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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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アカネの調査記録2

「ギィがががァ゛ィィィうおああぁおぉおおィ゛……!」


「ふっ、ひどい歓迎の声だな」


部屋に入った直後の雄叫びに、ついジュエルは冗談を口にした。

獰猛で攻撃的な声に二人は警戒をするも、最初は驚きを強く受けていた。

なぜなら扉を開けた先には、鉄格子の檻に閉じ込められた人らしき者がいたからだ。

手足を鎖で繋がれていて、辺りには血が飛び散っており、鋭利な爪で引っ掻いたような傷跡が体中につけられている。

そして何よりその人らしき生き物は、姿こそは限りなく若い男性であるのだが、右腕が大きく肥大化して巨大な爪を持っていた。

しかも肌と呼べるか分からない肉塊のような全身は灰色で、充血していて瞳まで赤い目は(まぶた)がなく飛び出しているように見えた。

更に髪と呼べそうな黒色の毛が頭に生えており、まるで魔物の姿と人間の姿が掛け合わさせられたみたいで、ひどく(いびつ)だ。

まさに化物という言葉が似合うその生物を見て、ジュエルはラベンダに声をかけた。


「さてと、この狂犬をどうしようか。見たところ、鎖で縛られていて身動きが取れない様子だが」


「動けないなら下手に手を出す必要はありません。まずはアカネ様に報告しましょう。こんなのが居ては落ち着いて探索するなどできませんから」


「それは賛成だ。繊細である俺の耳でこんな声を聴き続けていたら、精神がおかしくなってしまいそうだ」


そう言って二人が部屋から出て通路へ戻ろうとするとき、金属が弾ける音が後ろから聞こえてきた。

振り返って化物の姿を見ると、体を拘束していた一本の鎖が壊されていた。

その様子を見た二人はすぐに同じ直感をして、先にジュエルが呟いた。


「いかがわしい奴だな。どうやら人の臭いに敏感なようだ。来るぞ」


言い終わると同時のことだ。

肥大化した右腕を持った人型の化物は次々と鎖を破壊していき、自由になった途端には鉄格子を巨大な右腕で掴みかかろうとした。

そしていとも簡単に鉄格子を引き裂き、檻から身を乗り出そうとしてきた。

しかし出てくるまでの動きは無防備で、すでにラベンダとジュエルの二人は化物に接近して攻撃に移っていた。

ラベンダは曲刀で化物の右腕を斬りつけて、ジュエルは槍で化物の頭を貫く。

ほぼ一瞬に等しい出来事のことで、相手は反応することも対処することもできなかっただろう。

頭という急所を潰した今、勝負は決着がついた。

そう二人は思っていた。


「グィギガガガィ…!」


「脳天を貫かれてずいぶんと元気な奴だ」


まだ化物は唸っていたため、ジュエルはしぶとい奴だくらいにしか思っていなかった。

だがそれは慢心に過ぎず、化物は右腕を振るって攻撃しようと仕掛けてきた。

そのことに反応してジュエルが叫ぶ。


「ラベンダ!」


「分かってます!」


ラベンダは二本目の曲刀も鞘から引き抜いて、化物の右腕が動ききる前に振るって斬り飛ばした。

続けてジュエルは頭を突き刺した槍を突き上げて、力押しながらも見事に化物の頭を縦に裂く。

それにより化物の頭の中身と血が飛び散り、ひと目で分かる確実な死をあたえた。

さすがに頭を潰されては行動はできず、最後に小さく呟いて相手は地面へと重く倒れこむ。


「ユ゛……ゥ…」 


地面に血の池を作るだけで、もはや生命の活動はしない。

その姿をジュエルは見つめて、槍に付着した血を振り払って一息つくのだった。


「ふぅ…、なかなか面倒な困ったちゃんだったな。おかげでせっかくの正装に血が付着した」


「服に赤のワンポイントがついて素敵ですよ。それより結局この魔物…と呼ぶべきか分かりませんが、なんだったのですかね。あきらかに普通の魔物と比べて知性の欠片がなく、ただ凶暴でした」


「若い男性に近い姿をしている割には、本当に知性は魔物以下だったな。まぁとりあえず、俺たちがすることはアカネに報告することだけさ」


「そうですね。他に何かありそうな感じもありませんし…」


ラベンダは薄暗い部屋を軽く見渡したが、特にこれといった物は見当たらなかった。

まるで化物を監禁するためだけの地下室だ。

他に何も無いというのが逆に薄気味悪く、そして不可解で彼女としては納得しきれていなかった。

なぜこんなのが魔物を憎むはずの反抗組織の拠点にいるのか、それが一番理解しがたいことだった。

そのため特に見つからない以上、アカネに報告しようと動き出すときにラベンダは足元に何かあることに気づく。

最初は小さい金属で、先ほど破壊された鉄格子か鎖の一部だと思ったが、拾い上げてみると名前が彫られた小さく薄い金属の札だと分かる。

一種の認識票だ。


「傷のせいで彫られている名前が一部しか読めないな。エリック、かな?」


「おいラベンダ、何をしている。早く行くぞ」


「あ、待ってください。今行きます」


こうして二人は命を落とした化物を置いていき、元の通路を通ってアカネの所へと戻っていった。

見つけた物が化物だったということもあり、二人は走って通路を駆け抜けた。

そうして最初に見つけた部屋に戻ると、椅子に座って本を眺めているアカネの姿があった。

アカネは二人が戻ってくることに気づくなり、すぐに声をかけた。


「あらあら、もの凄い声が聴こえたのだけど、何があったのかしら?」


彼女のその質問には、ラベンダがはっきりとした口調で答えた。


「聞こえていましたかアカネ様。実はこの先の通路の奥に、魔物らしき生物が檻の中に閉じ込められていたのです」


「今は何も聞こえないことを考えると、倒したようね。無事なようで何よりだわ。他には?」


「いえ、他は特には…。ただその魔物らしき生物が異常というか、奇妙だったもので……」


ラベンダの返事にしては、珍しく曖昧な物言いだった。

どうもただ事ではなかったのだとアカネはその様子から察して、本を閉じて椅子から立ち上がった。

そのときにジュエルは本の表紙を見て眉を潜めたが、誰もそのことに気づかずにアカネが話しだした。


「本の内容はほとんど覚えた所だし、見に行きましょうか。連れて行ってちょうだい」


「はい、分かりました」


ラベンダがアカネを案内しようと、再び通路を通ろうと動き出した。

しかしジュエルは動かず、二人に対してこう言った。


「悪いが俺は待たせて貰うぜ。正直、あまり見ていて気分のいい生き物じゃなかったからな」


その言葉にアカネが反応して、振り返って彼を深緑の瞳で見つめて言葉を返す。


「そう、分かったわ。なら先に宿に戻っていていいわよ」


「あぁ、レディだけを残すことに気は引けるが、そうさせてもらうよ。さすがに調査続きで、気遣う余裕がないほどに今夜は疲れた」


ジュエルはそう言い残し、地上へと戻るために二人とは別の通路へと足を運んでいった。

アカネはその彼の後ろ姿を見届けてから、ラベンダと共に化物がいる檻へと向かっていく。

薄暗い道を突き進んで、アカネは青紫の髪を揺らして歩くラベンダの案内についていき、化物の死体がある牢へとたどり着いた。

早速アカネは檻の近くに倒れている化物の姿を見つめて、注意深く観察した。

確かに一見ただの化物だが、彼女としての印象は人間が変異したようなものに思えた。

頭が潰れてしまっていて何とも言えないところがあるが、切り離されている右腕さえ気にしなければ男性の死体にしか見えない。


「ラベンダ、他には何かあった?」


「他ですか。そういえばこれを拾いました。名前らしきものが彫られた認識票です」


そう言ってラベンダはアカネに金属の札を手渡した。

受け取った彼女は認識票に目を凝らして、眺めながら小さく呟く。


「エリック、かしら。暗殺リストとは別のページに書かれた所に同じ名前があったわね…。とは言っても、よくある名前だからページに書かれた名前のことをさしているのか分からないし、そもそも誰の認識票なのか……」


すでに手書きされた本の内容をほとんど把握していたアカネは記憶の引き出しを使って、エリックという名前があったのを明確に思い出していた。

ただ曖昧な所が多く、いまいち要領が得ない。

しかし化物の方へと視線を下ろしては、もしかしてとは思いながらもすぐに自嘲した。


「まさかね。……とりあえず分かったわ。ちょっと調べたいことが出て来たから、この認識票は預かるわね。傷ついているけど鑑定か修復に回せばフルネームで読めそうだし、名前が分かれば門で誰なのか調べられるわ。あとはもう撤収しましょう。化物の片付けは兵士にでも言っておいて」


「分かりました」


こうして二人は反抗組織の拠点の調査を打ち切って、化物の死体を檻に残して何事もなく通路を通って地上に向かって戻っていった。

途中で同じく調査していた兵士にも声をかけて化物の回収を頼み、反抗組織の地下拠点と繋がっている建物から出ていく。

そして月に照らされる夜の街道を歩いていき、アカネとラベンダはジュエルが待っている宿屋へと行くのだった。


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