侵入
食の街アルパで騒ぎが大きくなる中、タナトスは街の外へと出て近くの農村まで逃走していた。
特にここに来ると決めていたわけではなかったが、自然と人が少ない場所へと隠れながら進んでいたら来てしまっていた。
遮蔽物が少ない田舎らしい道を歩いていき、やがてタナトスは人気がない小屋へとたどり着く。
小屋は木で建てられた本当に小さなもので、人や動物が居座るような場所ではない。
実際扉を開けてみると、そこは物置でクワやらカマと農具が置いてあった。
「ふぅ……さて、どうしたものかな」
タナトスはその物置で一旦身を隠すことにして、扉を閉めて座り込んだ。
まずは第一にミズキ達と合流したいが、今はできそうにない。
しかし兵舎であれだけ暴れた後なら、どこかで身を潜めているとミズキ達は思うはずだ。
それでうまく鉢合わせることができればいいが、その方法は思いつかない。
何か狼煙をあげるなり手紙を渡すなり、伝達手段を考えなければいけないだろう。
「暗号を含めた噂を流すか…、それだと確実性に欠けるか。食い逃げ犯を仲介人にして、情報を伝えて貰うか。それなら食い逃げ犯を探す所から始めることになるから、二度手間だな。他には………ダメだ、とりあえず少し休むか」
タナトスは独り言を口にしながら思案していたが、たいした案は思い浮かばず一度仮眠を取ることにした。
ろくに食事が取れない今、少しの体力の消耗は次の戦闘に関わる。
それに右腕の骨が負傷しているから、まともな戦闘は難しい。
だからまずは体力回復に専念し、タナトスは眠った。
目をつぶり、体を休め、静かに呼吸して大人しくする。
タナトスが眠ったのは数時間のことだ。
目が覚めた時には物置の小屋には一切の日の光りがなく、外が暗闇に包まれているのだと分かった。
田んぼがあるためか蛙の鳴き声が聞こえてきた。
「夜か。今のうちに動くべきだな」
夜であれば、人の目につくことが少なくなる。
何より暗闇に紛れやすく、身を隠すのは容易だ。
そう思ってタナトスは静かに物置の扉を開けて、出ていこうとした。
しかし扉を開けるとき、彼は違和感を覚える。
蛙の声があまりにもうるさくて気付かなかったが、よくよく耳を澄ませば僅かに獣の声が聞こえる。
それと馬車を引くような音だ。
「妙だな」
移動や配送は時間がかかるだろうから、夜に馬車が動いているのは別に珍しいことではないだろう。
ただ、獣の唸り声と共に馬車の音が近づいて来ることが気になった。
音は物置から通り過ぎるだけだが、馬車から獣の唸り声が聞こえてくるように思える。
獰猛な獣で、まるで魔物の声だ。
タナトスは慎重に扉を開けた。
音と気配を殺して、極限まで暗闇に紛れて黒い瞳で観察する。
見れば、やはり獣の唸り声は馬車からだった。
馬車の荷台に乗せられて運ばれている。
明らかに不自然だ。
目を凝らしても馬車の後ろ姿しか見えないが、どこかへと獣を運んでいるのだと分かる。
「一体どこに猛獣なんか運んでる…」
タナトスはぼやきながらも、気になって追跡に動き出した。
追跡の目的が馬車だから、簡単に見失うこともない。
慎重に気取られないように気をつけるだけだ。
そうしてしばらく追った後、馬車は食の街アルパへとたどり着いてしまう。
そこで巡回していた兵士が馬車へと近づき、運転していた者と何か会話を始めてタナトスは身を隠しながら耳を傾けた。
「魔物はそれで全てか?」
「あぁ、これを拠点へと運べば運送は終わりだ。アスクレピオス街で先に騒動を起こした以上、こちらも早くしなければいけないだろうからな」
「そうだな、分かった。こっちも巡回の交代は近い。急げよ」
「任せろ」
田舎道から離れれば蛙たちは大人しく、夜のアルパ街は静かだったために会話はだいたい聞き取れた。
そしてすぐにタナトスは理解する。
こいつらは反抗組織の者たちだと。
「まさか夜が深いとはいえ、こうもおおっぴらに活動しているとはな。思わぬ収穫だ」
先ほどの兵士も、会話からして反抗組織のスパイか何かだろう。
正義の勇者の言葉を信じるなら、勇者に裏切り者がいるのなら兵士の中に混ざっていてもおかしくない。
やがて馬車は再び動き出し、街の中を進んでいく。
当然タナトスは巡回の兵士の見張りを掻い潜り、更に馬車を追い続けた。
できるだけ街灯であるランタンの光りを避けて、日陰の道を歩いていく。
そしてついに馬車は一軒の建物の前へと止まる。
建物は他と比べれば大きいが、二階建ての平凡な外装をした家だ。
そこで馬車の荷台からは、荷物となる檻に閉じ込められた魔物達が家の中へと運ばれて行く。
家からも数人の男性が出てきて、運搬を手伝って黙々と作業を進めていた。
その光景をタナトスが建物の陰から見ていたときだ。
彼の首に短剣が押し当てられる。
「何者だ?なぜ隠れている?」
「おっと…」
タナトスは脅迫されているにも関わらず、落ち着いた様子で相手の顔を見た。
すると巡回していた兵士で、どうも跡をつけられていたようだった。
かなり上手く隠れていたはずなのになぜバレたのか不思議だったが、タナトスは目線を上に向けてすぐに気づく。
最初にアルパ街に来たときに、シャウが言っていた見張り塔だ。
あそこで見張りしている人物も反抗組織の者で、すでにマークされていたのだと理解して呟いた。
「あぁ、そうか。そうだよな、見張り塔も乗っといてないと積み荷がバレるよな」
「何を言っているお前?何者か答え…!」
兵士が脅しをかけて問い詰めようとしたとき、タナトスは慣れた手つきで相手の短剣を持つ手を捻りあげていた。
それから素早く相手に足払いをかけて、腕をひっぱりながら地面へと叩きつけた。
これで一時的な窮地は避けたが、彼は明らかな物音を立ててしまっていた。
荷物を運んでいた男性が物音に気づき、タナトスが隠れている建物の陰へと警戒して近寄ってくる。
「なんだ、誰かいるのか…?」
「もう、身を隠してもしょうがないか」
タナトスはぼやき、陰から飛び出すと共に近づいてきていた男性の顔を魔剣の柄で殴りつけて吹き飛ばした。
その強烈な打撃は男性を一撃で昏睡させるもので、あっさりと地面に倒れこむ。
そのことに荷物を運搬していた他の男性達は驚き、タナトスに向けて刃物を取り出してきた。
しかし勝負は一瞬のことだ。
「悪いな。これ以上の騒動は面倒なんだ」
そう呟いたタナトスは右腕が負傷して使えないにも関わらず、秒殺で相手を全て気絶に追い込んだ。
運搬を手伝っていた反抗組織の者たち全員は地面に倒れ、簡単にタナトスの侵入を許してしまう。
彼は左手に魔剣を持ちながら家へと入り込み、調べ出してすぐに地下への通路を見つけた。
きっとアスクレピオス街同様で、地下に拠点が存在しているのだろう。
「また地下室か。あちらこちらと地下に部屋なんて作りやがって、まるでアリの巣だな。まぁいい。害虫駆除だ」
タナトスはそう言って、一人で地下へと足を踏み入れた。




