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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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食の街アルパ

歩いてタナトス達五人は農村を抜けて、食の街アルパへと向かい続けた。

農村からの距離はそれほどなく、時間で言えば一時間足らずで着くことができてしまう。

そのためアルパ街はすぐに目前となり、タナトスは独り言のように呟いた。


「む、門が見当たらないな。ここは身分証明の必要が無いのか?」


彼の発言に反応したのはシャウで、前を向いたまま彼女が答える。


「うん、そうだよ。大陸の中心付近にある街だから、畑という食料の宝庫でも魔物は比較的少ないからね。昔から最低限の囲いくらいしかないよ。でもその代わりに、ほら見て」


食の街アルパに足を踏み入れる前に、シャウは遠くを指さした。

つられて視線を向けると、その先には高く立派な塔が町並みから飛び抜けて、そびえ建っていた。

遠目でも少しだけ顎を上げて見てしまうほどの高度があり、高さだけで言えばリール城に匹敵するかもしれない。

それほどに高く、異質な建造物でもあった。

そしてその塔についてシャウが説明を続けた。


「あれが見張り塔として機能しているんだよ。今ではアルパ街のイベントで使われていることが多いらしいけど、最上階には大型の望遠鏡が備えてあって農村の細部のことまで見張れるんだって」


「それは凄いな。他の街以上に見張りが徹底されていて、見張りが防壁の代わりとして機能しているってことか。一度その望遠鏡を覗いて見てみたいもんだ」


「うーん、さすがに立ち入ることは難しいから観光気分で見に行くのは無理かな。平和の勇者としてなら、私は気軽に入ることはできるだろうけど」


そんな会話をしつつ、五人は食の街アルパへと足を踏み入れた。

食の街アルパの景観の特徴としては、アスクレピオス街と比べたら食材関係の商店が見るからに多く建っていることだろう。

荷物を積んだ馬車も数多く通っており、馬車が通るための道がしっかりと整備されているほどだ。

そのため街全体は開放的な造りがされていて、裏路地となる道も馬車が通れそうなほどに広くなっている。

まさに交通において特化している街とも言える。

そしてそろそろ昼時でもあるため、料理の良い匂いが道端まで漂ってきていた。

思わずつられてしまいそうな匂いに、店の前で足を止めてしまいそうだ。

そんな街並と料理の匂いに感動してか、ミズキが歓喜の声をあげた。


「うわぁ、凄いですね!なんだか他の街と比べて明るく見えますし、おいしそうな匂いがあちらこちらと臭ってきています!最近まともな料理を口にしていなかったので、余計に食欲が刺激されますよ!」


同じくスイセンもいつもと違って目を少しだけ輝かせていて、ミズキに同調した。

普段冷めている反応が多くとも、嬉しいことは嬉しいのだとスイセンは態度で示す。


「そうだねぇ、お姉ちゃん。旅してるとどうも乾燥した食べ物とか多くなるから、一度おいしいものだけでお腹いっぱいにしたくなる気持ちは分かるよぉ」


スイセンの言葉は、ポメラを除いた全員の気持ちを代弁したものでもあった。

タナトスに関しては昔から腹を満たす程度の味っけない食事ばかりだったし、シャウも国王暗殺がされてからは最低限な食事しかとっていない。

そしてポメラは唯一自制心が働いていたが、別にみんなのおいしい物を食べたいという気持ちが分からないわけではない。

だからだろうか、シャウが次に口にする提案を誰も否定はしなかった。


「よーし、じゃあどこかお店に入ってお昼にしようか!お金は私の手持ちで払うから、その辺は気にしなくていいよ!」


「本当ですか、シャウさん!ありがとうございます!」


「わはははー、今日のシャウ様は最高に太っ腹だよ!じゃあ、どこのお店にしようか。適当にそれなりのお店に……お、あそこにしようか」


シャウは目についた料理店を選んで、その方へ向かって歩いていく。

目に付いたのはたまたまで、何となく見渡していたら料理店の看板がシャウの興味を惹いただけだ。

どうしてシャウの興味が惹かれたのか、それはメニュー表を見ればすぐに全員が分かることだった。

彼女が選んだ料理店へと五人は入り、テーブルに案内されて四角のテーブルを五人で囲む形で席に座った。

店の内装は明るい装飾がされており、アスクレピオス街にあった喫茶店に近い雰囲気があった。

多くの料理店が建ち並んでいる街でもあるのだ。

きっとこの店なりに客引きをしようと、穏やかな雰囲気と清潔感を重視した店内にしているのだろう。

そして店のアピールと言わんばかりに、壁を見れば額縁とカウンターの隣にはトロフィーが飾ってある。

額縁には賞状が収めてあって、第25回前菜部門コンテスト準優勝と書いてあった。

トロフィーも、そのコンテストで準優勝した証だ。

ミズキはそのトロフィーを席から遠目に見ながら、小声で言った。


「すごいですね、なんだかとても良い店っぽいです」


料理店に入った回数も少ないため、ミズキは期待を胸に笑顔を浮かべる。

そのとき店員が来て、明るい声で挨拶をしてきた。


「どうもいらっしゃいませ、こちらがお品書きになります。メニューが決まりましたら、そちらに置いてある鈴を鳴らしてお呼び下さい。すぐに参ります。それではごゆっくり」


そう言って店員はメニューが書かれた紙束をシャウに手渡した。

受け取ったシャウはメニュー表を見渡し、すぐに決めたようで他の人に見せるように置く。

すると全員がメニュー表を覗き込んだとき、どうしてシャウがこの店を選んだのか察した。

そのことをタナトスが一番に口に出した。


「俺はあまり料理に詳しくないから品名を見ても分からんが、心なしか魚類の料理らしき名前が多いな」


「わははー、そうでしょ。この店の名前はルプワンソンシエルって言って、意味は天国の魚だからね。この聡明なシャウちゃんは店名を見て魚料理が豊富なのだとピンときたわけですよ!」


嬉しそうに意気揚々とシャウは言った。

文句があるわけではないが、選んだ理由は完全に自分好みのものだ。

そんな彼女の楽しそうにしている顔を見ながら、ミズキは思い出して話す。


「そういえばシャウさんは魚類がお好きなんでしたっけ。どうりでこのお店をお選びになったわけですね。私も好きですから嬉しいです。えーっと、どの料理もおいしそうですね。どれにしようか迷ってしまいます」


このあと全員は簡単に注文を決めるなか、タナトスだけは料理名だけでは品物が分からずミズキに多くの質問と確認を取りながら選んでいた。

そして店員を呼びかけて注文をとって、料理が来るまで雑談を始める。

特に何かについて話すわけでもなく、時間潰しだけの会話だった。

でもそんな会話をしているとき、急に店内で大声が響き渡った。


「お待ちください…、お金…く、食い逃げです!誰か捕まえて!」


女性の店員が悲痛な声で叫んでいた。

唐突のことに店内はざわつき、騒然とする。

店の出入り口を見れば慌ただしく出て行く人物がいて、その人物が食い逃げの犯人なのは一目瞭然だった。

あまりのことにただ慌てふためくだけの客達。

ただその中、店員だけは追いかけ始めていて食い逃げ犯を捕らえようとする。

でも動き出したのは店員だけではなく、客の中で一人だけ同じく動こうとしていた。


「すぐ戻ってくる。ちょっと待ってろ」


「え、タナトスさん…!?」


目立つ行動にミズキは止めようと声をかけたが、タナトスは席を立って走り出していた。

本人としては特に正義感を持ったわけではなく、落し物を拾うの程度の感覚だったかもしれない。

でもいくら人のためになるとは言っても軽率な行動で、シャウ達は内心驚いていた。

しかし止める前には遅く、すでにタナトスは店員と共に店の外へと出てしまった。

まず外に出て見渡すと人ごみを掻き分けるというより、押し倒すように逃走している人物の後ろ姿が見えた。

背丈からして男だろうか。

コートを着ていて帽子も被っているため体型や特徴は分かりづらいが、今ならそう簡単に見逃すことはない。

すぐに目に付いたのでタナトスは逃走する人物を追って走り出した。

手っ取り早く捕らえるために、素早く高速で動いて人ごみは高く跳んで飛び越えて行く。

そして跳んだ勢いのまま飛びかかろうと、コートの人物の上に影を落とした。

逃走している相手は突然の日陰に反応してか、振り返ろうとしてきた。

それとほぼ同じタイミングで、タナトスはコートを掴んでののしかったはずだった。


「なに?」


彼は思わず疑問の声をあげた。

なぜならさっきまで目の前にいたはずの人物は煙のように消え失せてしまっていて、タナトスの足元には脱げたコートしか残っていない。

まさに手品のようで、何が起きているのか理解するのに時間を要した。

とにかく(のが)したのだとタナトスは思って見渡すが、自分を注目する通行人しか見当たらない。

いない。

いや、コートと帽子を捨てて人ごみに紛れ込んだのか。

普段なら驚異的な動体視力で見逃すはずもないが、まさか鮮やかにコートを脱ぎ捨てるのだと思ってもいなくて油断していた。

とにかく見失ってしまったのは間違いなく、相手はかなり手馴れていた。

言い訳がましいが、こんな自然と人ごみに紛れ込めるなんて思ってもいなかった。


「ちっ、何者か知らないが、ただの食い逃げなのによくやるもんだな」


思わずのことに、ついタナトスは舌打ちして愚痴をこぼした。

自分が追いかけたというのに情けない話だ。

けど、諦めかけた所でタナトスの鋭い感性が反応する。

それは些細なもので、視線を向けられている人ごみの中では到底気づけないはずのもの。

自分の頭上から意識を向けられていると、タナトスは感じ取った。


「上か…!」


彼は気配を感じ取って頭上を見上げた。

すると建物の屋上から、こちらを様子見している人の顔が見えた。

視線が合ったことに気づくと覗いてきていた人物は顔を引っ込める。

逆光に近いため暗くて見えなかったが、明らかにこちらを見ていたし普通に考えて屋根に人がいるわけがない。

タナトスは自分の身体能力を活かしてあっという間に壁を駆け上がって、同じく屋上へとその姿を晒す。

すると、逃げようと屋根の上を駆けて離れていく男性の後ろ姿が目についた。


「今度は逃がさないぜ」


タナトスは呟いてさっき街道を走った速度より、更に加速をかけて屋根の上を走った。

その速さと身のこなしは逃走する相手とは比べ物にならないもので、簡単に接近しきる。

だからここまで来れば捕縛が容易で、タナトスは屋根の上で飛びかかって食い逃げ犯を押さえ込むのだった。


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