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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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農村

五人が医薬の街アスクレピオスから出発して、はや二日間が経っていた。

移動を始めて三日目には彼らは順調に進んでいたこともあって、食の街アルパの付近にある農村までは到着していた。

まだ昼前になる昇りきっていない晴天なる日の下で、低い柵で囲われた畑を見てタナトスが呟いた。


「ポメラ、もしかしてすでに食の街アルパの近くにある農村まで来ているのか?」


「ふむ、そうじゃな。すでにとは言ってもずいぶんと長い間歩いて来たが、ここまでくれば半日足らずで食の街アルパに着くぞ」


「そうか。ミズキとスイセンは大丈夫か。疲れてないか?」


タナトスは隣を歩いていたミズキとスイセンに、何気なくそう尋ねた。

それにミズキが(ひたい)の汗を手の甲で拭ってから答える。


「ここは日当たりがいいせいか、少し暑いですけど大丈夫ですよ。んー、それにしても畑の香りは良いですね。故郷を思い出します」


「故郷か…。俺の故郷も畑の香りというのはあったな。そういえばシャウとポメラの故郷は鉱山の街レイアと聞いているが、ミズキとスイセンの故郷はどこなんだ?」


「私達の故郷ですか。言ってませんでしたっけ。小さな村なんですけど、ドルチェ村という所なんです。畑もしていますが植樹なども多く、主に柑橘類の栽培をしているのですよ」


「柑橘類か。それはいいな。是非とも一度その村で食べてみたいものだ」


「えぇ、冤罪が晴れれば是非とも来てください。歓迎しますよ。もちろんご迷惑で無ければの話ですけど…」


その誘いにタナトスは自然と笑顔で言葉を返した。


「迷惑なものか。もちろん、喜んで行かせてもらう」


彼にしては珍しい笑顔のある話のやりとりだ。

シャウはそんな二人の会話を後ろ目に見ながら、先頭を歩いていた。

実はこの移動の二日間、シャウしか気づいていなかったが明らかにタナトスの口数が増えていた。

前は寡黙とまでは言わなくとも、あっさりと流す発言が多かった気がする。

少し前までは仙人のように山奥に一人籠った暮らしをしていただけに、この旅のおかげで誰かと一緒に居れることに慣れてきているのかとシャウは思っていた。

そして彼女がそんなことを頭の中で考えているときだ。

畑で作業していた農村の村人が平和の勇者の存在に気がついて、声をかけてきた。


「おーっ、平和の勇者様じゃねえか。こんな村でお目にかかれるとはなぁ」


訛り混じりに名前を呼ばれたことに気がついたシャウが手を振って返すと、村人は作業をやめて彼女達にへと近づいてきた。

だから念のためタナトスは村人から顔をそむけ、できるだけ表情を隠す。

少し怪しい動きだったかもしれないが、村人はそんなことは気にせずにシャウに話しかけた。


「平和の勇者様がここに来るとはなぁ。まさか正義の勇者様と同じ理由ですかい?」


正義の勇者という単語を聞いた瞬間、全員が一瞬だけ反応を示した。

今の村人の口ぶりだと、どうも四人の勇者の一人である正義の勇者も村へ来たようだった。

そのことについて詳しい確認を取るために、シャウは正義の勇者のことを村人から聞き出そうとする。


「どうも、こんにちは。お仕事お疲れ様だよ。それで、えっと正義の勇者もここに来てたの?」


「あぁ、何日だったかなぁ。ほんの数日前、アルパ街へ向かうと言って来てたんよ。その時は国王の暗殺について、なんかみんなに聞きまわっていたなぁ。あ、あとついでに畑が魔物に荒らされていたんで、退治してもらっただよ」


「そうなんだ。正義の勇者はまだアルパ街にいるのかな?」


「どうだかなぁ。おそらく居ると思うだよ。一週間ほど滞在するつもりとか何とか、情報あったら来てくれとか呼びかけてたからなぁ」


「一週間ほど…、ならまだいるという事はここに来たのは本当につい最近なんだね。おっけーありがとう、おじいさん。じゃあ私達、正義の勇者に会いに行くからまたね。お仕事頑張ってください」


シャウは訊きたいことだけ聞くと、早々に会話を切りあげて笑顔で手を振りながら歩き出した。

村人も嬉しそうに手を振って返し、タナトスの存在には気づかずに畑の作業へと戻っていく。

そうして村人から離れたところで、タナトスがシャウに話しかけた。


「なぁ、シャウ。今の話だと食の街アルパに正義の勇者が居るって話だが、大丈夫か?」


「ん~、どうだろう。正義の勇者とは仲良いけど、良い意味で変わってる人だからなぁ。なるようになるしか無いって感じかも」


「ずいぶんと曖昧な物言いだな…。そもそも俺は、正義の勇者がどんな人物なのか知らないんだ。どんな容姿で、どういう性格なんだ?」


全く正義の勇者を知らないタナトスにとっては当然の質問で、シャウは訊かれて思い出すかのように軽く唸った。

それから出されたシャウの答えは、大雑把なものだった。


「うんとね、見た目は黒髪で身長が高い」


「…それで?」


「性格は豪胆というのかな。とにかく正義感が他の人と比べて、かなりぶっ飛んでるね」


仲が良いという割には、シャウの言葉は少し失礼な言い方だった。

仲の良さ故の遠慮ない言い方なのか、それともシャウから見ても言葉通りにそう思える人物なのか不思議なところだ。

しかし彼女の説明はあまりにも抽象的過ぎて、タナトスは更に質問をせざるえなかった。


「他には?」


「私より強い、くらいかな。いや、まぁ私が勇者最弱だと自他共に認めているだけなんだけど」


「おいおい、あまりにもいい加減な説明じゃないか?せめて名前とかをな」


彼の言うとおりで、今の話だけではあまりにも分かりづらい。

それにタナトスに限らず、ミズキとスイセンだって正義の勇者については詳しく知らないはずで、これから接触すると考えたら情報は必要だ。

そのためタナトスが突っかかって言った所で、シャウに代わってポメラが説明を始めた。


「もういい、私が説明しよう。正義の勇者の名前はアリスト・テレサで、一部では正義のアリストと呼ばれておる。正義感が人一倍強く、それによる確固たる意思と信念を抱いており、とても行動的でもある。また、私と同じくらいの長さの黒髪で、身長は私より高い」


まともな説明に入り、タナトスは黙って聞いていた。

こうして五人は歩き続きながら、ポメラの説明は続く。


「それで実力に関しては、そうじゃな。はっきり言って、私がモーニングスターを持っていても歯が立たんじゃろう。それほどに強い、というより正義の勇者の能力じゃろうな。一度余興で素手の手合わせをしたことあるが、まるで攻撃が通じんかった上に何も技をかけられなかった。言うならば、まるで石像と相手したような感じじゃ」


石像と相手したような、と言われてもシャウ以外は全員いまいち理解できていなかった。

容姿についてはタナトス以外は把握しているだろうが、これに関しては実際に間近に見てみないと分からないだろうなとシャウは思って、ポメラの言葉に話をつけくわえる。


「戦績のエピソードをあげるなら、アリストちゃんは素手で盗賊団を一人で壊滅させてたり、魔物の群れも素手で一人で壊滅させてるからね。結構肉体派だと思っていいよ」


そう言われて、タナトスの思い描く正義の勇者アリストの人物像は筋骨隆々とした大男だった。

自分でも見上げてしまう身の丈で、いかにも筋肉美を持っていそうな容姿で、他の人とは性格だけではなく見た目も一線超えてしまっているのを想像した。

でもタナトスの思い浮かべた正義の勇者アリストの姿は、もはや前に戦った黒熊の魔物に近いものであった。

だからタナトスは一人で納得して喋った。


「なるほど。それぐらいの実力者となると、纏っている雰囲気で自然と分かりそうだな。参考になった。でも会うべきではないと分かっていても、そこまでの人物だと一目見てみたい気もするな」


今まで会ってきた人物や見てきた人間は、そこまで個体差があるような体格では無かった。

だからどちらかというと魔物寄りの感覚を持っているタナトスにとっては、正義の勇者アリストの姿に少しだけ興味を抱き始めていた。

そんな怖いもの見たさに近い感覚である彼に、スイセンが気だるそうに言った。


「私も正義の勇者については風の噂でどんな人物かは聞いたことありますけど、噂通りなら一目見るのも気をつけた方がいいですよぉ。おそらく、今の私達にとってはかなり厄介な性格のはずですからぁ」


「どういうことだ?」


「正義の勇者の性格は、ポメラや平和の勇者の話し通りってことですよぉ。まぁ、私も会って話したことはないので眉唾な噂ですけどぉ」


まるで腫れものに対する発言で、何か気になる言い方だ。

念のためスイセンの言葉を頭の隅においておき、タナトス達五人は食の街アルパへと一直線に進んでいった。


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