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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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狩り

森の奥へ入って行ったタナトスは、辺りに視線を送りながら警戒して歩いていた。

シャウは食べられる物が欲しいと言っていたが、今は貯蔵している全部の食べ物が口に入れるには難がある状態だ。

そのためにもタナトスは目に見えるもの全てに注意を払って、何か食料になるものはないかと探していた。


「なんだ?さっき騒ぎながら走り回ったせいか?嫌に魔物が集まっているな」


タナトスは静かに呟いて、高速で鞘から剣を引き抜いた。

剣を引き抜く速さは全く目で捉え切れる速度では無く、常人から見れば手に剣が握られている事に気づくのが遅れてしまう境地だった。

彼は視線を動かして、周りにいる魔物の数を数える。

猿の魔物、鳥の魔物、昆虫類の魔物、爬虫類の魔物と様々な種類の魔物が合計で二十匹近くはいた。

この場にいる魔物全てが明らかに殺気を晒し出していて、タナトスに殺意を向けてきている。


「…手加減は無しだ。女の子を二人も待たせているからな。全力は出さないが、本気ではいくぞ」


彼が声にした口調は、今までとは違って歴戦の戦士らしい厳しさが含まれていた。

しかもタナトスの殺意はたった一人だというのに、敵全員の殺意を上回るほど濃く強烈な意思を放つ。

その殺意は空気が震えて全身が痺れてしまいそうなほどで、タナトスの殺意に当てられた全ての魔物は寒気を覚えた。

だから身震いをするはずだった。


「グゥッ…!」


一匹の魔物が息が詰まった悲鳴をあげる。

身震いするはずだった体は硬直して、銀の刃が魔物の胸元を貫いて血を滴らせていた。

そして魔物の体から刃が抜けると、魔物の体は脱力してだらしなく地へと落下する。

このとき気づけばタナトスが居た場所は変わっていて、血を噴いた魔物を蹴り飛ばしながら剣を引き抜いていた。

間もなくして、他の魔物の視界からは稲妻(いなづま)が走ったように見えた。

電撃が森を飛び跳ねて駆け回り、あっという間に次々と魔物達の体が裂けて血を噴き倒れていく光景となっている。


「遅いっ!」


一匹の鳥の魔物が急降下して風を切ってタナトスに向かうが、鳥の魔物の(くちばし)が当たる前に彼は振り返って剣を振り上げた。

振るわれた剣は風のみならず、鳥の魔物の体も切り裂いて血を飛び散らせる。

続けてタナトスは剣を投げつけて他の魔物の顔を突き刺すと、手ぶらになった彼にすかさず三匹の猿の魔物が接近し始めた。


「ふん、悪いが素手の方が痛い目をみるぞ」


タナトスは自身満々に言って格闘の構えをとる。

一匹の猿はその構えなど気にをせずに飛びかかるが、タナトスは掴んでこようとしてきた猿の魔物の腕を華麗なフットワークで避け、左フックを放って当てる。

顔を殴られた猿の魔物は殴打された衝撃で地面に転がっていき、木へと衝突して枝と葉を揺らした。

更に二匹の猿の魔物が鋭利な木の枝を手に襲いかかり、遠慮なくタナトスを突き刺そうとする。

しかし彼は冷静に一本の木の刃物は手で掴みとり、もう一本は膝蹴りで折ってみせる。

それからタナトスは素早く木の刃物を奪い取って、一匹の猿の魔物の喉を刺し貫いた。


「ギィッ!?」


あまりにも流れるような動きに、反撃されたことに気づくことすら猿の魔物は遅れる。

相手が反撃に戸惑っている間に、タナトスは刺していない猿の魔物を蹴り飛ばし、地面へと転がっていく猿の魔物に追い打ちに跳躍で接近して(かかと)落としを打ち込む。

鈍い音と同時に、踵落としをされた猿の魔物は白目を剥いて吐血した。

すかさずタナトスは吐血する猿の魔物を掴みあげては投げ飛ばし、他の魔物へと衝突させる。

もはや彼に武器があろうとなかろうと関係が無かった。

次々と魔物達はタナトスから強烈な一撃を受けては、悶絶や気絶していくばかりだ。

対して魔物の攻撃は全て(かわ)されるか、叩き潰されるか、逆に利用されて同士打ちまでする始末。

だからなのか、タナトスは自分で投げ飛ばした剣を回収すると、さすがに魔物達は慎重となって距離を取り始めた。


「…おいおい、そんな離れるなら素直に逃げたらどうだ?襲ってこないなら、俺も不用意に攻撃は…」


タナトスが悠長に話しだしたとき、後方から木をなぎ倒す音が聞こえ始めた。

地を荒く踏み鳴らし、地面を揺らすほどに響く衝撃。

酷く豪快すぎる音にタナトスは魔物達への視線を切って、振り返ろうとした。

すると体長だけで四メートルはある大きな影が、全力疾走して怒涛の勢いと迫力を持って迫って来ている魔物を視認することになる。


「うおっ…と!」


思わずタナトスは驚きの声をあげるなり、一瞬だけ剣を振るいながら跳躍して木を駆け上る。

しかし彼が足場にした木もへし折られて、すぐに木が薙ぎ倒され始めてしまう。

仕方なく別の木へと移ろうとタナトスが宙に跳んだとき、次々と倒木を作り上げていっている魔物の姿を見つけた。

それは大きな猪の魔物で、あらゆる建物や壁だろうと倒壊させる巨大な角と牙を持っていた。

自ら強者とアピールするような銀色の体毛に、頭部には青い毛のタテガミに似たものが生えている。

鋭い目つきは狩人に相応しいもので、明らかに攻撃的で興奮しているのか鼻息も荒い状態だった。


「猪の魔物、名前はヒル……なんとかだったな。魔界大陸に生息する奴よりは小さいが、この森では充分に大きいサイズだ。全く、どいつもこいつも遠慮がないんじゃないか?シャウみたいな自己中心的な魔物が多くて困る」


タナトスは本人がいないにも関わらず、冗談を口にしながら宙で剣を振るってみせた。

彼の剣の振るいに合わせてか、倒れ始めていた一本の木が途中で丸太のように綺麗に割れて猪の魔物の頭にめがけて落下する。

実は跳躍する前に剣を一瞬振るったのは、このためだった。

一度目の斬撃は倒れる木の角度の調整で、木の幹の半分はタナトスの剣撃によって抉れて狙った通りの角度に倒れ始めていた。

そして宙で二度目を振るうことで木の幹を切断して、丸太として猪の頭に落下していた。

斬撃によって落下する丸太は見事に猪の魔物の目に当たり、敵は片目が丸太で潰れて雄叫びをあげることになる。

雄叫びは大音量で、つい耳を塞ぎたくなるほどに森中に響いた。

ただ勇ましい悲鳴の雄叫びが長くことはない。

タナトスは飛び移った木から飛び降りて、剣の柄を握り直していた。


「悪いな。時間に余裕が無いから、少しだけ力を出させてもらうぞ」


とても冷静にタナトスは呟いて、一度だけ(まばた)きをする。

彼が瞬きして目を開けたとき、黒い瞳が変色して赤く染まっていた。

それは決して瞳に血を映しているから赤いのではなく、完全に彼の眼そのものから赤い光が放たれていたに等しい。

眼を赤く染めたタナトスが猪の魔物の背中に衝突する直前、全てはまさに一瞬の出来事だった。

彼の姿は影を地に落とすこともなく消えてしまい、同時に猪の魔物の巨体の体中から突如血が噴き出た。

それだけではなく敵の角と牙は砕け、手足も削ぎ落とされて頭が地へと落ちようとしている。

目は充血して、すでに生命活動としての鼓動と呼吸は止まっていてもおかしくない。

タナトスは無残な姿へと成り果てる猪の魔物を背に着地して、剣を軽く振って刃に付着していた血を飛ばす。

ゆっくりと鞘に剣を収めると、猪の魔物の巨体は地へと伏せることとなる。

しかもそれだけではなく、周りにいた他の魔物達も酷い出血をして倒れていく。

魔物のみに限らず、木々や地面にも剣で切り裂いた痕跡が残っていた。

全てタナトスが振るった剣撃によるものだ。

音すら発生させない素早さで、彼は文字通りこの場にいる者を全てを切り伏せた。


「ふぅー………」


タナトスは息をゆっくりと吐き、眼を静かに閉じる。

数秒間まぶたを閉じたまま、耳を澄ましても聴こえてくるのは森の葉の擦れる音だけだ。

それから眼を開けると、彼の瞳の色は元の黒色に戻っていた。

さっきの、ほんの一瞬だけの赤い瞳が嘘だったようにすら思える眼の変色だ。

更に殺気も消え失せて、タナトスが纏っていた雰囲気も落ち着いたものになっている。


「よし、適当に食えそうなものを捌いて持っていくか」


タナトスは猪の魔物に近づき、予備のナイフを(ふところ)から取り出して解体を始めだした。

このとき、ほんのかすかにどこからか気配を感じ取る。

新しい敵かとタナトスは周りを見渡すが、近くから生き物の気配は失せていた。

瀕死の中、まだ生きていた魔物がいたのか。

感じ取った視線のようなものが失せていたので、彼は特に気にかけず解体を再開する。

しかしタナトスが気配を感じ取ったのは正しいことで、水色の髪の少女が息を殺して遠くから見つめていた。


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