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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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それぞれの家族

平和の勇者と奇跡の勇者が騒動の鎮圧に出て、それから丸一日が経過した。

騒動は次の日の朝まで及んだが、昼過ぎにはだいたいのことが済んでいて街の復興が始まっていた。

ただ傷跡は大きく、アスクレピオス街への被害は甚大で、残った混乱と動揺は大きなものだった。

シャウが治癒に奔走していたにも関わらず多くの人が亡くなっており、多くの悲しみと不安が人々の心を苛んでいた。

特に一部の不安は看過できないもので、民間人の間では兵士に対して不平と不満を抱く者が出てきてしまった。

兵士は頼れない、兵士は守ってくれない、兵士は魔物に対して無力だ。

それはアスクレピオス街に駐屯している兵士にだけではなく、大陸全体に居る兵士への不満となっていた。

まさに人間の心の中に撒かれた不安の種子だ。


一方、スイセンは騒動が起きた夜には目を覚まして、騒動の事と奇跡の勇者のことはミズキから説明を受けていた。

更に、タナトスが反抗組織へ侵入したが大きな収穫となることが無かったことも聞き、何か不思議そうな反応も見せた。

そして騒動から次の日の夕方のこと、タナトスはハーブティーが入ったカップを器用に三個も両手に持って203号室の客室の前に立った。

ノック代わりに足で扉を軽く蹴り、扉越しに声をかける。


「すまない、開けてくれないか」


「タナトス君ですかぁ、はいどうぞぉ」


タナトスの呼びかけに反応したのはスイセンで、彼女は両手が塞がっている彼の代わりに扉を内側から開けてあげた。

客室を覗けば椅子に座っているミズキの姿もあり、姉妹で世間話でもしていたのだと分かる。


「どうかしたんですかぁ、そんなにカップを手にしてぇ」


「あぁ、ここの名産と聞いてハーブティーを淹れて貰ったんだ。二人とも飲まないか」


タナトスは客室に入っていって、ミズキとスイセンの二人に持ってきたハーブティーを勧めた。

思えばスイセンとシャウを除いてこの街に来てからまだ三日目だが、ミズキとタナトスは何一つゆっくりと過ごせていない。

そのため彼なりに気を利かせたのもので、近づいていったミズキは喜んで差し出されたカップを受け取った。


「ありがとうございます、タナトスさん。私ハーブティー好きなんですよ」


そう言いながらミズキはもう一つのカップも受け取り、スイセンに手渡した。

手が自由になったタナトスはカップの中の液体を軽く(すす)ってから、別の椅子に座って話し出す。


「へぇ、そうなのか。ん、でもリール街以外の街はあまり行ったことないって言ってたよな」


「よく覚えてますね。そうですけど、アスクレピオス街のハーブは医薬でも飲料でも香辛料でも有名ですから、他の街で売られていることも多いんですよ。特にリール街ではアスクレピオス街に負けない種類の品揃えがされてますし、よく買ってはいました」


「そうか、料理が得意とも言っていたか」


「えぇ、妹は全く料理できませんから。家では私が代わりに作ってましたね」


遠慮のないミズキの言葉に、スイセンはふくれっ面をみせた。


「ちょっとお姉ちゃん!そういう言い方はあんまりだよ!」


「っけひひひ、ごめんごめん」


屈託のない笑顔でミズキは謝り、会話のやり取りに花を咲かせる。

仲の良い姉妹らしい反応だ。

タナトスはそんな二人を眺めながら、これからのことについて話しだした。


「ところでだ、スイセン。ミズキから話は聞いているだろうが、俺たちは次の街へと行くつもりなんだ。それで、次の反抗組織の拠点は分かるか?」


「え、唐突ですねぇ。次の街ですかぁ。正直あまり詳しいわけではないので、絶対にあるとは言い切れませんが、ここから近い街となると食の街アルパですかねぇ。まぁ途中で、他の街を経由しての移動となると思いますがぁ」


「食の街アルパか…。俺は詳しくは知らないが、名前の通りだと食べ物関係に根強い街ってことなのか?」


タナトスは一度耳にしたことある街名ではあるのだが、当然記憶に無くどんな街だかも知らない。

そんな彼の質問に、ミズキは和気あいあいとした口ぶりで説明を始めた。


「そうです!主要都市リール街に次いで衣食住が盛んな街として知られています。規模そのものはこの医薬の街アスクレピオスよりは小さいのですが、充分に大きな街と言えます。また、近くに多くの農村があって、食の街アルパが食材の流通拠点として機能していると言って過言ではありません。とは言っても、私の知識は本によるもので実際に行ったことは無いんですが」


「私も行ったことないかなぁ。食品改良や料理の研究を中心としているとは聞いているけど、私は興味ないし。あ、でもおいしい食べ物には興味はあるけどぉ。っくひひひ」


「それと、食の街アルパでは料理コンテストを頻繁に(おこな)っているそうですよ。他にも、お菓子で芸術作品を作るという不思議なこともしているそうです。面白そうですよね」


ミズキとスイセンの説明を聞いて、タナトスはできるだけ食の街アルパという場所がどんな景観なのか思い浮かべていた。

しかし彼のイメージでは今まで見てきた街並と魔界大陸にある村くらいでしか想像が及ばず、食の研究がどういう意味なのかすら分かっていなかった。

そのためタナトスにとっては全くの未知の街同然で、一種の期待を心に抱いていた。


「そうか、俺は食にうるさいわけではないが、おいしい食べ物があるというのは魅力的な話だな。観光気分で行けたら、良さそうな場所だ。惜しいことは表立って街を歩けないことか」


あえてタナトスは本題から外れた、緊張感が抜ける会話を続けた。

一刻も争う状況には変わりないが、悠久の時間というのは必要だ。

特にほんの数日前まではミズキは普通の一般人に過ぎない少女だったし、スイセンだって暗殺者とはいえ年齢で言えば少女に近い。

だからこの姉妹には悠久の時間が必要で、いつ平穏な時間が無くなるか分からない。

(がら)もなくハーブティーを持ってきたのも、タナトスが無意識にそんな心遣いをしていたからだ。

タナトスがハーブティーに映る自分の顔をぼんやりと見ている間も、ミズキとスイセンは楽しそうな会話を続けていた。

スイセンの心の底から明るい声を聞くのは初めてな気がする。

そしてミズキがここまで心を許して会話している姿も、初めて見るような気がした。

でも、これこそが親しい家族の姿なのかもしれない。

そう思うと少し羨ましくて、切なくて、ちょっとだけ感傷的な想いが湧きたつ。


「ふっ………」


そんな人間らしい気持ちが芽生えている自分を嘲笑し、タナトスはハーブティーを一気に飲み干した。

そして席を立ち、カップを手にして客室から出る前に彼は姉妹に一言だけ言い残す。


「それじゃあ、様子を見に来ただけだったからこれで失礼する。カップは宿のカウンターに戻しに行ってくれ。俺は三階の部屋で休んでくる」


「え、あ…はい。ごちそうさまでした、タナトスさん」


ミズキが後ろ姿のタナトスにそう言い、スイセンは形だけの挨拶として軽く手を振った。

タナトスも見てはいなかったが、背を向けたまま手を振って自然と挨拶を返した。

それから客室を出て行って、彼は一階のカウンターにカップを返してから三階へと上がって自分の客室に入って行った。

誰もいない寂しい二人用の客間。

タナトスは気分転換も兼ねて、空気の入れ替えとして窓を開け放った。

もう暮れようとしている日の光りと、夕暮れ独特の冷えてきた風の匂いが部屋に入り込んでくる。

その空気を大きく吸い込んで、深くため息を吐いた。

何気ない深呼吸で気分が少しだけ軽くなる。

とは言っても、別に何かに悩んでいるわけではないのに変な感覚だ。


「ふぅ、寝るか」


タナトスは窓を開けたまま、ベッドの上へと寝転がった。

そのまま仮眠しようと目を瞑り、体を休めようとした。

一度頭の中をリセットするための休息だ。

でも仮眠を取り始めて数分後に、扉が小さくノックされた。


「すみません、タナトスさん。いらっしゃいますか?」


ミズキの声だ。

スイセンと話していただろうに、一体何の用かと体を起こしながらタナトスは扉越しの彼女に言葉を返した。


「あぁ、いるぜ。入ってきていいぞ」


「失礼します」


ミズキは扉を開けて、少しだけ恐る恐る顔を覗かせてきた。

緊張しているような動作に、タナトスは言葉をかける。


「どうした、そんな慎重にして」


「あぁ、その…男性の部屋に入るのは初めてでして……、それで少し身構えてしまいました」


「男性の部屋って言っても宿の客室だし、別にいかがわしいことはしないって。それで、どうかしたのか?」


「特に用があるというわけではないのですけど、少しタナトスさんが悲しそうにしているのが気になりまして」


いつそんな表情をしただろうかと、タナトスは疑問に思う。

おそらくさっきスイセンの部屋へ行った時のことだろうが、そんな顔をしていたのかと自分でも不思議に感じた。


「そうか?特に悲しく思ったりはしてないけどな。まぁ、でもそうだな。ちょっとだけ昔を思い出して感傷的にはなってたかもな」


「昔と言うと、もしかして親がまだ存命だった頃ですか?」


ミズキはベッドに座るタナトスの隣へ移動して、同じく座り込んだ。

彼女の水色の瞳の目線が、彼の顔を覗き込んでくる。


「なかなか鋭いな。あぁ、そうだ。俺も、ミズキとスイセンのように家族らしい会話を親としていたことはあったんだなと思うと、なんだか不思議な気持ちでな」


「そうですか。なら、とても仲が良かったんですね」


スイセンとの仲の良さに自慢があるような発言だった。

だからタナトスはその言葉に、軽く笑って答えた。


「くははっ、あまり仲が良いと意識したことは無かったが、案外そうだったかもな。俺の親……、親父は俺の憧れだった。誰よりも強く、何者より気高く、あらゆるものを超越して心の底から誇れる存在。それは、亡くなった今もそう思える」


「タナトスさんにそこまで言わせるなんて、すごい人だったんですね。どのような父親だったのですか?」


ミズキに訊かれて、タナトスは自分の父親がどのような性格をしていたか久しぶりに思い出してみる。

そして同時にどんな日々を送っていたのかも、彼は振り返った。


「厳しく、融通があまり効かない親父だったな。俺への特訓となると、馬鹿みたいに真剣で全力で本気に取り掛かりやがった。おかげで強くなったというのはあるが、今思い出しても良い思い出だったとは言えない。それくらい、文字通り血反吐を吐くほどに辛かった。まだ幼少だった俺に、爪を持った獣と殴り合わせるとか正気の沙汰とは思えねぇ」


それも当時相手した魔物は全て、魔界大陸でも屈指の生物だった。

もちろん死にかけたし、死にかけているからと言って父親が助けてくれたことはなかった。

それぐらい遠慮も慈悲もない特訓というより、実践の連続ばかりだ。

今でもタナトスにとっては苦い思い出として残っている。

そんなことを思い出しつつ、彼は話を続けた。


「でもな、親父は必ず褒めてくれたんだ。特訓のあと、俺がどれだけ罵声を浴びせても親父は笑って、よく頑張ったなとか抜かしやがった」


タナトスの父親はあらゆる言葉で彼を褒めちぎった。

でもその一言一言は決して上辺ものではなくて、本心からの祝福と(ねぎら)いの言葉だ。

そのことは息子であるタナトスには分かっていて、気恥ずかしい想いをしたことは多くあった。


「そして俺が一人前と呼べるレベルになったとき、最初で最後のプレゼントをくれた。それがこの剣だ。名剣だからという理由が一番だが、父親を忘れないという意味合いでも今も大事に愛用している」


そう言ってタナトスは腰に差している鞘を強調させた。

青い破壊の死神(ブルーゾーク)という名を授かった魔剣は、タナトスが魔界大陸の魔王幹部の座についたときに魔王から頂いた魔剣だ。

だから魔剣は魔王幹部の証であり、タナトスの強さの象徴であり、父親である魔王と息子である彼の絆の一つでもあった。

タナトスは魔剣を父親から貰ったときのことを思い出し、感傷に浸って黙り込んだ。

そのときに、ミズキは優しい口調で言った。


「タナトスさん、きっとそのプレゼントは最初で最後ではないですよ」


「……なぜだ?」


「だって、こうして授かった剣を大事にしているということは、父親と過ごした日々も大切にしているということなんです。それにきっと、父親がタナトスさんを厳しく育てたのは、一人でも強く生きていけるようになって欲しかったからだと思いますよ」


ミズキとしては思ったことを口にだしているだけだろう。

でもその言葉はタナトスには考えたことのないもので、一種の心境の衝撃を受けていた。

それに気づかず、ミズキは言葉を続ける。


「だって、もし私が親だったら子供のことが心配で堪りませんもん。私がいない時は大丈夫かな、私がいなくてもちゃんと生活しているのかな、とか色々気になりますから。まして当時は魔物と戦争している時だったから、余計に心配は大きかったと思います。だから自分がいなくても生きていけるようにしたくて、タナトスさんの父親は厳しくしたんですよ。そして思い出である剣を大事にしているのが、証拠でもあります」


あぁ、そうか。

タナトスはミズキの言葉に、何か気づかされたような気がした。

彼の父親は魔王で、誰よりも重く大事な立場であった。

何よりも多忙で、本来ならタナトスに労いの言葉を直接言う暇すらなかった。

そして魔王であるがゆえに、いつ人間に殺されてもおかしくなかった。

タナトスは、どうして魔王が自分を造ったのか分からなかった。

ただの戦力補強として、周りが言うように次期魔王にするための器にしていたのだと思っていた。

でも、違ったのだ。

実はそれを、今までの魔王の行動が示していた。

タナトスは身近にいながら、そのことに気付けなかった。

魔王は、家族が欲しくてタナトスという存在を造りあげていた。

心の温かみというのを、魔王は欲していた。

そして自分の駒ではなく、本当の息子のようにタナトスのことを想っていた。

強くしようとしたのも、毎回言葉をかけてきたのも、全ては魔王としてではなく親としての行動だった。

そのことにタナトスは生まれて初めて気がついた。


「くははっ……、どう…だろうな。親父がそうだったのか、そんなことを思っていたのか、俺には全く分からない……」


「タナトスさん…?」


彼のどこか潤んだ声に気づいて、ミズキは小声で名前を呼んだ。

でも彼は呼びかけられたことに気づかず、まるで自分自身に言うかのように話を続けた。


「でも、そうだなぁ…。俺の親父は、少なくとも俺のことを家族として大事に想っていたのかもな」


気づけばタナトスの目からは涙が流れていた。

ミズキからしたら初めて見るタナトスの涙だ。

二年ぶりに、彼は静かに泣いた。


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