集合
宿屋に着いた三人は扉を開けて店内へと入っていき、ここでも争いがあったのだとすぐに分かった。
床には飛び散った血の跡があり、狼の魔物も倒れたままとなっている。
このことにタナトスは焦りを覚えて、舌打ちをして愚痴をこぼした。
「ちっ、最悪だな。ここまで魔物が入ってきてるとは」
気持ちが急いでしまった彼は先走って行き、階段をあがって二階へと移動した。
そして二階の通路でも同じく狼の魔物が転がっていて、更にはスイセンがいるであろう客室の扉には血が付着しており、扉の下にも引きずった血の跡が残っていた。
だからタナトスはすぐに扉を開けて、安否を確認する。
すると客室にはベッドで眠っているスイセンと、椅子に座ったミズキが荒く呼吸している姿があった。
片脚は布で縛っていて、その部分は赤く滲んでいる。
「ミズキ!」
「……タナトスさん、ご無事でしたか」
「あぁ、いや俺のことはどうでもいい。お前こそ大丈夫なのか?ケガをしているじゃないか」
タナトスは客室に入っていき、ケガを負ったミズキの脚を凝視した。
まだ血が止まっていないようで、布は血でかなり湿ってしまっている。
けれどミズキは無理に笑って、優しい声で答えた。
「私は大丈夫です。たしかにこうしてケガをしていますが、たいしたことありません」
「そうか、それならいいんだが…。シャウはどうした?」
「シャウさんは外に出たっきりでまだ戻っては……、え?」
ミズキが話している途中、遅れてアカネとラベンダも客室へと入ってきて姿を現した。
そのためミズキは驚き戸惑って言葉を詰まらすが、下手な誤解を与える前にアカネが先に発言する。
「あらあら、私達のことは気にしないでちょうだい。今はそこの彼と、敵対関係ではないつもりだから」
そうは言っても、ミズキからしたらアカネに対しては苦い思い出と嫌な印象しかない。
だからタナトスに視線を向けて、小声で尋ねた。
「どういうことですか、タナトスさん」
「アカネの言葉通りだ。こちらの事情を分かってくれていて、少なくとも今は俺たちに敵意は無いそうだ。むしろ協力関係であると思っていい」
「何があったのか分かりませんけど、説得したのですね?分かりました。でも、どうして一緒にここへ?」
ミズキの言葉を聞いていたアカネがその質問に答える。
もちろん敵意のない自然体の口調でだ。
「シャウちゃんと話すためよ。彼女に用があるの。これからどうするのか、とかその辺を諸々とね」
「これから…?何か情報でも掴めたのですか?」
次にミズキの言葉に、タナトスが反応して答えた。
「あぁ、一応な。今外で起きている騒動はおそらく反抗組織の仕業なんだ。そのことについて相談したいことがあってな。まずは情報の相互交換をしよう、って所だ」
「なるほど、何となくですが分かりました。でも、シャウさん達がいつ戻ってくるか分かりませんよ。外のことがおさまってから来るかもしれませんし…」
ミズキがそういった矢先、玄関扉が強く開かれる音が聞こえてきた。
その音に反応してラベンダが警戒して身構えるも、次に聞こえてきたのは元気な女性の声だった。
「たっだいまー!って、うわ!なんだこれ!」
全員に聞き覚えがある声で、すぐにシャウだと理解した。
そして床に倒れている魔物に驚いた声だということも分かる。
惨状を目の当たりにしたためか、彼女が階段を駆け上がる足音が聞こえてきて客室へと急ぎ足で向かってきた。
続いてシャウが客室を覗き込みながら、大声をあげる。
「ミズキちゃん、大丈夫!?」
この声にミズキは頭を小さく下げて反応を示すが、シャウの視線は彼女ではなくアカネの方に向けられていた。
凛とした姿に深緑色の瞳がシャウへの視線を返す。
唐突の再会に彼女は驚いて言葉を詰まらすも、アカネは平然とした様子で特に口に出さず軽く手を振る動作だけしてみせた。
遅れてシャウも手を振り返し、さっきまでの様子とは打って変わって慎重に話し出す。
「……あれ?なんでアカネちゃん達がいるの。タナトスもいるし、どういうこと?」
シャウが疑問の声を口にした所で、ポメラも客室へとやってくる。
当然ポメラは驚いて身構えるも、アカネ達の反応を見て警戒する態度は表面上解いた。
そしてポメラも概ねシャウと同じ疑問を口にしたあと、アカネが答えた。
「どうもこんにちは、シャウちゃんにポメラ。実はちょっと話をしたくてお邪魔していた所なのよ。彼、タナトス君とは偶然出会って、利害の一致で助けたの。くすくすくす、感謝しなさい」
アカネが力を発揮できなかったから、どちらかというとタナトスが彼女を助けたようなものだが、あえて横から口を挟む真似はしなかった。
シャウとポメラもタナトスが助けられたという話については特に何か思うことはなく、軽い反応で受け流す。
そしてアカネが一人で話を続けた。
「それはさておき、これで役者が揃ったってことね。なら、まずは私があなた達とはどういう関係でいるつもりか先に話をした方が良さそうね。下手に警戒心を持たれるのは好きじゃないから」
そう言って、アカネはタナトスから事情を聞いたという話を始めた。
そしてその話を信じ、敵対するつもりはないということ、表立ったことはしないが最低限の協力はするつもりだということ、反抗組織に関してはアカネの方でも敵対視はしていて、そちらの方の殲滅には動き出すこと。
だいたいはそのような話の流れだった。
更にアカネは言葉をつけ加えた。
「あと、言っておくけどシャウちゃんに関しては暗殺者の協力者だという情報は決して流れないから、その点に関しては安心してちょうだい。これまで通り、国王暗殺はタナトス君とミズキだけだと世間には伝わるわ」
この言葉についてはシャウが気になり、質問をぶつける。
「え、それってどうしてかな?もしかして、アカネちゃんが私のこと大切に思ってくれているおかげ?」
「そうよ。私はシャウちゃんのことが好きだから」
突然の告白に反応を示したのは、ラベンダとミズキだった。
二人共顔を赤くしては、どういうことかラベンダは涙目にまでなっている。
けれどアカネは冷めた口調で言葉を続けた。
「嘘よ。上の者たち…、一部の貴族と王子の判断よ。勇者は民間人にとって英雄でなければいけない。だから国王暗殺の協力者なんて疑心暗鬼を生むような混乱しか招かない情報は流さないし、まだ確固たる証拠がない。勇者の中に裏切り者はいるかも、という話は出ているけど明確な証拠が無いと手配はできないって考えらしいわ」
「ふーん、そうなんだ。てっきりアカネちゃんの粋な計らいかと思っちゃったよ!」
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない。気味が悪い」
アカネが意地悪そうにシャウに言う姿は、ちょっとだけ楽しそうに見えた。
旧友と話すような素振りで、仲の良さが伺える。
そんな二人を見ながら、タナトスが発言をして話を続けさせた。
「それで、具体的にアカネ達はこれからどうするつもりなんだ?もう俺たちを追跡することはしないんだろ」
「そうね。鬼ごっこは終わりだわ。この街での騒ぎが治まり次第、タナトス君が捕まっていた反抗組織の拠点を調査して、何か手がかりがあれば動くって所かしら。何も無ければ神の村シェンに一度戻ってから、主要都市リール街に行くわ」
「そうか。なら、俺たちはどうするべきかな。このまま街に滞在して調査結果を待つのもいいが…、どうするシャウ」
「え、私に訊くんだ?こういうことはポメラ師匠の方が良いと思うけど、そうだなぁ……。待っていても仕方ないし、次の拠点を捜索した方が手っ取り早いんじゃないかな。ね、ポメラ師匠!」
シャウはひとまずの提案を出したあと、黙っていたポメラに訊いた。
その考えに対して、ポメラも頷いて同意を示す。
「そうじゃな、こうして反抗組織が手を打ってきた今、悠長にしている時間はない。奇跡の勇者と協力できる今こそ、ただ待機するだけではなく私達ができることをするべきじゃろうな」
「だよねぇ。ならそういうことで、スイセンちゃんが目を覚まし次第に説明して行動しよう!まぁ、その前に私は負傷者の手当に奔走するつもりだから、すぐに行動できるかは怪しいけどね」
そう言いながら、シャウはミズキに近づいて脚の治癒を始めた。
まだ外の魔物の騒動は治まっていない。
今頃は兵士と奇跡の勇者の仲間の一人であるジュエルという人物が躍起になって活躍しているだろうが、二次災害のこともあるから簡単に事は収束しないだろう。
そのためアカネは今の話を打ち切って、指示を出した。
「そうね、先に外の騒動を何とかしましょうか。ラベンダ、外に行くわよ。平和の勇者と共同すれば、すぐにことは治まるでしょうから」
「はい、任せてくださいアカネ様」
シャウはアカネの言葉を聞いて、さっき戻ってきたばかりなのを関係なく元気よく返事をした。
「よし、そうだね!アカネちゃんがいれば百人力だよ!ということでポメラ師匠、また外に行こう!ミズキちゃんが心配で戻ってきたけど、タナトスがいれば問題ないだろうし、気兼ねなく活躍できるよ!ということでミズキちゃんとタナトスは待っていて!すぐに戻るから!」
そう言ってシャウとポメラは動き出し、続いてアカネとラベンダも外へと出て奇跡の勇者と平和の勇者のパーティーで騒動を治めに行動に出るのだった。
残されたミズキとタナトス、スイセンの三人は大人しく客室で待つだけだ。
でもミズキはタナトスの顔を見ては、思い出したかのように言った。
「そうだ、タナトスさん。言い忘れていました。お帰りなさい」
「なんだ突然?…ふっ、とりあえずただいまと言っておこうか」
ミズキの脈絡ない発言にタナトスは苦笑しつつも、挨拶の言葉を返した。
その言葉に、彼女は水色の髪を揺らして優しい明るい笑みを浮かべた。




