ミズキとシャウ
三人は鹿の魔物に追われながら森林の茂みを駆け続け、やがて森の中から抜け出すことになる。
気づけば鹿の魔物は追っておらず、振り返って眺めてもしつこく追跡してきた魔物の姿は見当たらない。
そのことに気がついて安堵すると、さすがの長距離の走りにミズキとシャウの二人は息を切らして足を止めた。
ミズキは苦しそうな表情で両手を膝につけての前傾姿勢になり、対してシャウは額に汗を流しながら笑顔で話す。
「いやぁ、なかなか大変な移動だね!こんな子供の遠足みたいなペースで目的地に向かうなんて、旅慣れしてない頃を思い出すよ!」
「そうなのか?お前の性格を考えたら、いつもこんな調子でも違和感はないがな」
「ななっ、失敬な!ってタナトスだけ息切れしてないし!おかしくない!?ねぇ、おかしいよねミズキちゃん!?」
シャウは疲弊して息切れしているにも関わらず、大声でミズキに同意を求め始める。
するとその声が疲れている頭に響くのか、体力が消耗している彼女は固く目を瞑りながら答えた。
「はぁはぁ……。タナトスさんがただ者じゃないのは分かっていますから、私は驚きはしませんよ…。それより平和の勇者様が元気なのが凄いと思います」
「…んー、ミズキちゃん。私のことを平和の勇者様って呼ぶのは大変じゃない?もう仲間なんだし、気軽に可憐なシャウ様って呼んでよね!」
「わ、分かりました……はぁはぁ……!可憐なシャウ様の方が凄いと思いますよ…!」
シャウの言葉通りに、ミズキは可憐と敬称つけて呼び始めた。
あまりにも素直に言うものだからシャウは満足そうな表情を浮かべるが、タナトスだけは冷静に呟くのだった。
「真面目というか、意外にミズキは天然だな。それを言わせて満足するシャウもシャウだが」
「ふっふっふー!お世辞でも褒め言葉を言われたら嬉しいものなのだよ、タナトス君!それにミズキちゃんみたいな可愛い子に言われたら嬉しいじゃないか!嬉しいじゃないか!なぁ嬉しいじゃないか!」
シャウは身振り手振りを大きくしていき、更に声量も上げてきて異常な程に迫真していく様を表してきた。
しかも笑顔も天井知らずの明るさとなっていて、本当は一番元気なのではないかと疑いたくなる。
元気が有り余っている彼女の態度を見て、タナトスは冷静に会話を返した。
「しつこいぞ。ほら、呼吸が整ったら行くぞ。シャウの体調は気にしないが、ミズキは大丈夫か?必要なら背負って連れて行くぞ?今は時間が惜しいからな」
「はぁはぁ…いえ、大丈夫…です。私の足で……歩いていけます」
「さっすがミズキちゃん!根性あるね!下心丸出しのタナトスは大違いだよ!」
「はっはっはー。下心あるのはシャウだけだろうが、自由奔放な奴め。ミズキが動けるなら行くぞ。ただし、走っての移動だがな」
タナトスが少し前を歩き出しながら言った言葉に、意地を張っていたミズキは思わず目を見開いてしまう。
しかもミズキだけではなく、さすがに無理していたのかシャウまで慌てだして声をあげた。
「待って待って、待ってタナトス!走るのはやめよう?これ以上走ったら、何かに襲われたとき動けなくて死んじゃうよ!?こんなことが原因で英雄が死んだら、大変なことなんだから!」
「か、可憐なシャウ様に賛成です…!タナトスさん、心に余裕を作るためにも歩きましょう。絶対にその方が得策ですよ…!」
「お前らは楽しそうだからいいが、こう見えても俺は現状に困っているんだぞ。世間に目立ち始めているだけではなく、追われる身なんだからな。それも国王暗殺に関係することだから、相手は血眼で捜索してくるだろ」
前を向いたまま冷静な顔で突き放すようにタナトスが冷たく言うと、ここに来てシャウは口元を緩めて笑ってみせる。
でも今度の笑顔は明るいものではなく、明らかに悪巧みする悪者の笑顔そのもの。
その笑顔でシャウは脅す口調で、あえて低めの声で呟いた。
「鉱山の街レイアの場所、知らないくせに」
「うっ…」
「それに私が同行してないと、本当にただのお尋ね者だよ」
「………分かった。言いたいことは分かったから」
「そしてタナトスは苦し紛れの逃走を続けていくんだろうね、疑いが晴れることなく永遠と」
「分かったって言っているだろ」
「一体捕まったらどんな目に遭うんだろうなぁ。きっと酷い仕打ちがあるんだろうなぁ。もうそれは辱められまくるんだろうなぁ」
「分かったって……おい、何を言っているんだ?」
「ということで少し休もうじゃないか!やっすもう、休もう!たっくさん休もう!」
「シャウ、お前…言葉繰り返すの好きだな」
突っ込む彼の言葉を無視し、シャウはその場で座り込んでしまう。
それだけではなく、ふんぞり返って彼女は平然とタナトスに命令した。
「じゃあタナトス。まだまだ体力に余裕があるなら何か君の家から持って来てくれないかな?できれば食べ物で!尚且つ海の幸だと良いよ!」
「……さすがに人使い荒くないか?お前は自分のことをお姫様だとでも思っているのかよ?」
「え、お姫様ってか勇者だけど。ねぇお願い~、タナトスの普段食べている物がどんな物か私は知りたい~」
「……はぁ、じゃあ休んでいろ。代わりに俺が戻り次第、すぐに出発だからな」
呆れている様子をタナトスは露骨に表情に出しながらも、渋々と踵を返して単独で再び森の中へと向かっていく。
その後ろ姿をシャウは見届けて、薄暗い森へタナトスが姿を消すとすぐに彼女はミズキの近くへ歩み寄る。
シャウはさっきまでのお調子者の口調や態度とは打って変わり、少女らしい落ち着きある声で話かけだした。
「ねぇ、ミズキちゃん」
「はぁはぁ…なんですか。可憐なシャウ様」
「わはははー、シャウさんでいいよ。一応ミズキちゃんのために言っておくけど、可憐なシャウ様なんて冗談だったし。で、大丈夫?まだ息が途切れ途切れのようだけど」
「だ……大丈夫ですぅ…。大丈夫なんですよぉ…。でも、思えば今日はずっと休まずに動き続けている気がします」
ミズキはタナトスに会う前から森の中を彷徨ったり、主要都市リール街まで十キロメートルは歩いたり、あげくにはリール街を全力で駆けながらの戦闘に巻き込まれている。
しかもさっきまで森中を走っていたので、実際ここまで動けただけでも充分すぎる体力だった。
シャウはそんな疲れきったミズキを落ち着かせようと、背中を優しくさすり出した。
「うんうん、大変だったみたいだね。ところでさ、一つ訊きたいんだけどタナトスについてはどこまで知ってるのかな?」
「え、タナトスさんについてですか?可憐なシャウ様、じゃなくてシャウさんとは違うタイプの少し変わった人ぐらいとしか思っていませんね」
「え、その言い方だと私も変わっているってこと?…うん、それはいいけど、タナトスについてはそれぐらいしか知らないってことなんだね?」
「……はい?どういうことですか?」
「なーんでもないよ。いずれタナトスがミズキちゃんのことを信頼すれば、勝手に話すだろうから私が言うことは無いもん。ただね、それでも一つだけミズキちゃんに知ってもらいことがあるの」
シャウは優しい眼差しで相手の顔を見ながらも、真剣な気持ちで言葉を続けた。
「私はね、タナトスのことを信頼してるよ。それはタナトスのことが好きだからって世俗的な感情によるものじゃないし、一緒に戦った事があるからという理由でもない。タナトスは、私にとっては本当の……本物の勇者だから。世界を救ったのは私じゃない。タナトスがたった一人で、剣士として魔王と戦って倒したんだよ」
「え、どういうことですか?タナトスさんからは、シャウさんと一緒に戦ったと聞きました。それは嘘だったってことですか?」
「うーん、嘘かどうかは難しいところだね。私も戦いはしたんだけど、魔王に太刀打ちはできなかったんだよ。それも全く。正直、そのときは死を覚悟したね。えっへへ」
「つまりそこを助けて貰ったんですね。えっと、そもそもタナトスさんとはどのように知り合ったんですか?」
彼女は水色の瞳を瞬きさせて、シャウに純粋な疑問をぶつける。
しかし、さっきまで好意的に話していたシャウの表情が固まった。
明らかに迷っている時に見せる反応だ。
そのまま沈黙の時間が数秒間流れてから、少しだけ言いづらそうにしながらシャウは言葉を漏らし出す。
「うん、そのことについては……後々にしようか。出会いに関してもタナトスが話してくれると思うよ。ねぇねぇ、それよりミズキちゃんの好きな食べ物は何かな!私、同じ年頃の女の子としてすっごく興味あるよ!私はね、山育ちだけど海鮮類が好きなんだ!滅多に食べる機会が無いから、港町で食べた時の感動と衝撃が凄くてね!それでそれで…!」
「わわっ、えっと…はいそうですね!確かにその気持ちは分かります!私もお魚さんは好きですよ!よく好んで食べます!」
「わー本当!?いいね、やっぱりミズキちゃんとは気が合うね!じゃあ今度、港町に行って魚のフルコース食べようよ!私がお気に入りのお店があるんだ!」
「平和の勇者様のお気に入りのお店ですか。それは凄そうなお店ですね!ぜひシャウさんと御一緒したいです」
無理にシャウが話題を変えてきて、ミズキはその話に合わせる。
あとは彼女らは楽しく和やかな雰囲気で、シャウのペースで話を盛り上げていった。
それからミズキとシャウの二人は、タナトスが戻るまで楽しく会話して親睦を深めながら休憩を取るのだった。




