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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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演技と尾行

タナトスは三階の301号室を借りて、そこで顔を隠していた布を解いてはスイセンとシャウを襲ったという男性の特徴を思い出していた。

男性で髪は癖っ毛のある短い黒色、見た目は三十代あたりで身長は180センチほどであって物腰や動きは機敏な人物。

ほんのわずかだけ目は垂れていて、一見大人しそうに見える体格の良い男。

そしてカラスと名乗っていた反抗組織の手駒である暗殺者。

はっきり言って、どこにでもいそうな身体的特徴だ。

でもこれだけの情報があれば、警戒はしやすいのは間違いない。

そう思っていると、客室の扉がノックされた。


「誰だ?入って来ていいぜ」


タナトスは特に気兼ねなく答えて、扉の方へ視線を向ける。

それから扉はゆっくりと開けられて、客室に入ってきたのはシャウだった。

シャウは軽く手を振っては、扉を締めながらタナトスに近づいた。


「シャウか。どうかしたのか?」


「うーん、ちょっとこれからについて話をね」


「これから…、暗殺者についてか」


「それもあるけど、問題は反抗組織の動向だよ。この前、この街で狙われたのは私だっけど、きっと反抗組織は裏切り者としてスイセンちゃんの命も狙っている。でもね、それはタナトスとミズキちゃんも同じだよ」


シャウの言葉にタナトスは数秒考え込んだ。

そして彼女が何を言いたいのかという答えにたどり着くのは容易だった。


「……あー、国王暗殺の張本人であるスイセンと手を組んでいると見られているのか。実際、手を組んでいるわけだが」


「そうだね。そしてそれは反抗組織からしたら望ましくない出来事。いつスイセンをリール城に連れて行き、反抗組織の存在と企みが公になるのかヒヤヒヤしている事だと思うよ。なにせ、今はまだ反抗組織は大きな勢力ではない。本格的に国にマークされてしまったら、簡単に解散に追い込めるだろうね」


それならスイセンを連れて行けば良いという話になるかもしれないが、そうしたらタナトスとミズキの本来の目的であるスイセンの無事の確保には繋がらない。

それに本当に組織の解散ができたとしても、組織の幹部を逃す可能性が高くて解決に繋がるわけではない。

だから結局タナトス達が為すべきことは、自分の身を自分で守りながら反抗組織の主犯を捕まえることだ。

そのことを分かっているシャウは、勢いよくベッドの上に座り込んだ。

仕方なくタナトスも会話に集中するために近くの椅子を引っ張って、シャウの向かい側に椅子を置いて座り込む。


「それでだ。具大的に何を言いたいわけだ」


「おっと、そうだね。とにかく反抗組織としては、もうタナトスとミズキちゃんは鬱陶しくて仕方ない存在になりつつあるってことだよ。それはもう始末したいくらいに。だからつまりね、間違いなく反抗組織は近々接触してくるってこと」


「だろうな」


「でもそれは始末という形か、それとも交渉という形で接触してくるかは分からない。それで、タナトスに言いたことは一つ!」


「自分の身を守れってことか?」


「わはははー、残念ながら違います。罰ゲーム!」


シャウはタナトスの答えに対して、最初は笑っていながらも厳しい口調で言って足蹴りをしてきた。

唐突にこいつは何だと思いながらも、タナトスは足で受け止めてシャウの足蹴りを制した。


「じゃあ何をしろって言うんだ?」


「わざと反抗組織の罠に(はま)って欲しいんだ」


「…本気か?」


ついタナトスは呆れ半分の気持ちでシャウを睨んだ。

それにシャウは平気に笑顔で返して、話を続けた。


「うん、本気も本気だよ。さすがに街中で殺そうとするとは思えないし、多分タナトスは拠点に拉致されると思うんだよね。相手としては、タナトスという人質が居ればこちらに対して動きやすいと睨むだろうし、手の内に収めておけばいつでも殺せて都合よくできるだろうからねぇ」


「つまりだ。相手に俺の捕虜という切り札を持たせると…。俺が殺されても知らんぞ?」


「わははは、タナトスだし一回や二回殺されたくらいで死なないでしょ。で、あとは拉致されたタナトスを追って、拠点を発見という素晴らしい策です!ポメラ師匠が居れば追跡は容易だし、我ながら完璧だね!」


「俺は不死身になった覚えはないんだがな。でも、分かった。悪い策ではないと思うぞ。相手の思惑通りにみせて行動するのは、なかなか良い考えだ。何より手っ取り早いしな。しかし、もし俺が危険だと感じたら自力で逃げるからな。そのときは失敗を恨むなよ」


「それは仕方ないかな。私も全部が予想通りに動くとは思ってないから。捕まってからも、危ないと思ったら脱出していいよ。…うん、自分で発案しておいてなんだけど、タナトスだけかなり命懸けだね」


「それは構わないさ。元より命懸けの冒険をしているからな。じゃあ早速動くか。ポメラには話してあるのか?」


タナトスは椅子から立ち上がり、すぐに行動に移そうとする。

けどシャウはタナトスの手を引っ張り、慌てて声をかけた。


「待って。ポメラ師匠には話してあるけど、ポメラ師匠はできれば私の臭いの方が追いやすいんだってさ」


「ん、なぜだ?嗅ぎ慣れているからか?」


「私も知らないけど、多分そうじゃないかな。だから、とりあえず私のパンツでも持っていく?」


「……お前、本気で言っているのか?」


「私の目を見て。この真剣な眼差し。これで冗談で言ってると…ふふっ、思う?」


今、シャウは湧き立つ感情を押し殺そうとしたが、明らかに笑っていた。

こいつは突然何を言っているんだと思いながら、タナトスはシャウの手を振り払う。

もうあとは呆れてさっきの言葉を流すだけだ。


「演技してまで言うなら、ちゃんと演技しろ。早くポメラに実行開始を伝えに行くぞ」


「…ん~、タナトスの恥ずかしがる顔を見たくて、恥を捨てて言ったのに失敗したかぁ、残念。じゃあお願いね。私とミズキちゃんは、スイセンちゃんのお()りしないとけないから」


あれだけの危機に直面してから数日ぶりに会ったのに、変わらない奴だとタナトスは感心すら覚えてしまう。

とにかくこれで相談は終わり、二人して客室から出て行った。

あとはミズキにもこの作戦を伝えて、それぞれの行動の準備に入る。

ミズキとシャウはスイセンと同室して警護の態勢に。

タナトスは再び布で顔を隠してポメラと共に、薄暗くなっている外へと出た。


「ポメラ、頼んだぞ」


「うむ。離れて後ろについて行くから、適当に歩いてくれ。しっかりと尾行するぞ」


「そういえばポメラ、どうしてシャウの臭いの方が追跡しやすいんだ?シャウがそんな感じのことを言っていたんだが」


「あぁ、それか。シャウが小さい頃から、私と一緒に暮らしておったからな。下着…ではなく、服や髪、体臭はよく記憶しておるんじゃよ」


「そ、そうか…。変なことを訊いたな、すまない。じゃあ行くか」


今のポメラの発言は表情を見る限り、冗談な発言ではない。

タナトスはポメラの言葉を聞かなかったことして、アスクレピオス街を歩き出した。

それに遅れてポメラも動き出し、できるだけ臭いで追うようにして、人通りが少ない場所ではタナトスを視界に入れないようにしてまで限界の距離で追跡した。

ただ、どうもタナトスは土地勘が良くなく、妙な道を通ることが多い。

しかしどこを歩いても同じで、反抗組織の影はない。

そもそもタナトス達がアスクレピオス街に到着してから一時間近くしか経過していないので、すぐに接触があるわけがなかった。

時間は過ぎてあっという間に夜になり、できるだけ見知らぬ他人が接触しても違和感が無い場所へと足を運ぶことにした。

そのなか、タナトスは南区にあった居酒屋へと入る。

ポメラはさすがに長時間店の近くで待つわけにも行かず、かと言って店の中ではどこに反抗組織の者が潜んでいるのか分からないので、裏路地から建物の屋根へと登った。

そこで息を潜め、ポメラは気配を殺して居酒屋を見守る。


そしてタナトスだが、彼はこの大陸の居酒屋に入ったのは初めてだった。

酒を飲むのが主の場所、というのは魔界大陸にもあったのでイメージはついていたが、何だか異様に明るい場所だというのが第一印象だった。

時間帯が夜が深いこともあって酒に酔って浮かれた者が多く、賑やかな状態だ。

店内自体はそれほど広いわけではないが、満席が多くて一言で言えばうるさかった。

全体的には木造で質素な造りなのだが、それを感じさせない騒ぎだ。

タナトスは適当に空いているテーブルを見つけて席に座り、お酒ではなくお茶を店員に頼んだ。

そしてお茶が運ばれてきて、居酒屋で一人寂しく茶を飲むという周りから見たら異様な光景となる。

そんな姿を見てなのか、一人の男性がタナトスに声をかけた。


「いやはや、お一人かい?待ち合わせの彼女でも来るのなら去るけど、空いているなら座ってもいいかな?」


顔を見れば、声をかけてきた男性は癖っ毛のある短い黒髪で、三十代くらいの見た目で身長は高く、物腰がしっかりしているのが見て分かった。

更に目つきはどこか大人しさを感じさせる、わずかな垂れ目だ。

タナトスはカラスという暗殺者の特徴に似ているとすぐに気づきはするも、あえて今は気にせずに一般人らしい反応してみせた。

頭に巻いている布を深く被りなおし、彼なりに気前良さそうに答える。


「あぁ大歓迎だ。ぜひとも座ってくれ。何なら隣にでも座るか?」


「いやはや、さすがにそれは失礼だろうから、向かい側にしておこうか。では、お邪魔して」


相手はタナトスの前の席に座り、向かい合った。

それから店員が注文を聞きに来たとき、声をかけてきた男性はタナトスに向かって明るく言う。


「君、よく見れば飲んでいるのはお茶かい。いやはや、せっかく酒を飲む場所に来ているんだ。私のおごりで君の分も頼んであげるよ。ということで、この店のとびっきりの酒を二つ頼むよ」


「かしこまりました」


タナトスが何か言う前に相手の男性は勝手に注文して、店員は愛想よくしてカウンターへと歩いて行ってしまう。

とりあえずタナトスはそれっぽく振舞うために、頭を小さく下げて礼を言っておいた。


「あぁ、なんだか悪いな。確かに金欠ではあったのだけど、まさかおごってくれるなんて。お酒は好きだから嬉しい限りだ」


「いやはや、そう言って貰えると嬉しいよ。何なら沢山飲むと良い。好きなだけおごってあげよう。奢る代わりに、気分が浮かれるような面白い話を提供するのが条件になるがね」


「そいつは難しい。俺には話の才能が無い上に、面白味も無いもんでね。でも、そうだな。身近に面白い奴がいるから、そいつの話でもしようか」


それからタナトスは適当に話をして、ちょっとした笑いを誘った。

冷静に聞いてしまえばたいした話ではないのだが、酒が運ばれてからは、その場の雰囲気によるものとアルコールの力で大きく笑い合った。

当然、タナトスは本気で笑っているわけではなく、むしろ内心では話を考えるので一生懸命だった。

それはもう、どんな訓練よりも頭を悩ませるほどで楽しい気持ちにはなれない。

しかしお酒が進み始めて何杯目かになったとき、タナトスは急に目眩を覚え始めた。


「あー……」


「おっと、大丈夫かな?」


お酒に弱いにも関わらず飲みすぎたと、タナトスは後悔する。

演技ではなく本気で状況判断が難しくなる。

その様子を見かねてか、名前も知らぬ相手の男性は水が入ったコップをカウンターから受け取り、タナトスに差し出してきた。

流れとしてタナトスは受け取り、すぐに水を飲み干す。

だが、それは間違いだった。

一瞬妙な味がしてお酒のせいかと思ったが、一気に意識が混濁とする。

それから薬を盛られたと理解するのは早かったが、もう手遅れだ。

そのままタナトスの意識は遠くなり、自分の意思では動けなくなった。


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