砦に潜む気配
暗闇に包まれた外の世界。
小さな星々と月が空で輝き、大自然の道をうっすらと照らしている。
タナトスとミズキ、ポメラの三人はそんな夜の草道を歩き進んでいた。
主要都市リール街での救出から二日目の夜。
三人はすでに鉱山の町レイアがある山道を越えていて、医薬の街アスクレピオスへと向かうだけだ。
しかしここまでの長距離の移動を、ほとんど休憩なく進んでいたこともあって、さすがにタナトスからは疲労の様子が見られる。
ポメラとミズキは一緒に乗馬しているため、疲れはそれほどでもない。
ただ、タナトスの一番の疲労の原因は魔人の状態を何日も継続していたことにあった。
今はさすがに通常の状態でいるが、最初の奇跡の勇者アカネからの襲撃からリール街での救出を終えるまでの数日間、タナトスは魔人の状態を維持していた。
そのため体力回復が追いつかず、スタミナを大幅にすり減らしている。
そんな疲れた様子が顔に出ていたのか、すぐにミズキは気がついて心配する声をかけた。
「タナトスさん、大丈夫ですか…?なんだかとても、お辛そうに見えますけど…」
「…夜、だからな。さすがに、まともに睡眠を取らずに移動していたら疲れるさ。あと、シャウが余計なことをしてないか心配でな」
この冗談交じりの言葉を聞いて、ポメラは夜空を一度仰いでから提案を持ちかける。
「月の位置からして夜はまだ長い。仕方ない、近くに砦があったはずじゃから、そこで休もうではないか」
「私は賛成です。馬も休ませないといけませんし、無理はよくありません。タナトスさん、そうしましょう」
ミズキに促されながらも、タナトスはポメラと一度目を合わせた。
追っ手を引き離しているとは言え、油断できる状況ではない。
しかしポメラの視線は無理はするなという労わるもので、小さく溜め息を吐いてからタナトスは頷いた。
「ありがとう、分かった。そうしようか。ポメラ、砦の場所は分かるか?」
「任せておくれ。そう遠くはない。こっちじゃ」
三人は行く先を変更して歩き出し、夜風に吹かれながら進んでいった。
夜が深いせいか静かな雰囲気に涼しい空気。
魔物も含めて多くの生き物は眠りに入っていることだろう。
そんな夜道を三人は草を踏み鳴らしながら行き、数十分もしない内に一軒の建物が見えてきた。
暗くて分かりづらいが、規模からして砦だと察することができる。
すぐに三人はその砦へと真っ直ぐに進んでいき、入口となる場所に着いた。
砦は石造りでしっかりとしている建物だが、内部全体を見回すのに時間がかからなさそうな小規模で、近くには物置らしき小さな小屋が別に建ててある。
砦は高さからして、三階建てほどになるだろうか。
大きな家に見張り台が付いているだけの造形に近い。
守るための拠点というより、戦時の兵士の物資補給地点のように思えた。
そんな砦をミズキは見上げて言った。
「わぁ…。所々朽ちていて、灯りもないから不気味に見えてしまいますね」
その言葉を聞いて、タナトスは同じく砦を見上げて何気なく呟く。
「戦時中に命を落とした兵士の幽霊が出るかもな」
「幽霊ですか!?や、やめてください!私、そういうこと言われると、変に連想して怖がっちゃうんですよ!苦手なんですから!」
「そうなのか?まぁ安心しろ。幽霊なんて、居やしないさ」
「うぅ、タナトスさんは気にしない性格で羨ましいです…。嫌だなぁ幽霊。怖いのは絶対に駄目です」
二人が会話している間、ポメラは鼻を効かせていて、臭いを探りながら話した。
「何を話しておるのじゃ。先客がいないか、先に調べるぞ」
「先客?あぁ幽霊のことか」
「だからやめて下さいって、タナトスさん!」
ミズキの反応にタナトスは意地悪そうに笑いながらも、三人は砦の敷地内へと入っていった。
そして馬を近くで休ませて、タナトスとポメラの二人は敏感に辺りの様子を探りつつ、小屋を通り過ぎて砦の中へと足を踏み入れる。
木の扉を押し開けて、三人は室内を見渡す。
すると意外にも入口には灯されたランタンが壁にかけれられていて、薄暗くはあっても視認することができた。
魔物との戦争が終わってから放置だったのか埃臭いため、灯りがあるのは奇妙な話しだった。
だからこのことにポメラが最初に口にした。
「どうやら誰かいるようじゃな。それか、さっきまで居て、どこかへ出かけてしまったか。外から見る限り、他に灯りは無いようじゃったが…」
「幽霊か」
「もう、しつこいですよタナトスさん!いい加減にしてくだい!」
さすがに同じやり取りされてはポメラも内心呆れる。
そんな調子でポメラがランタンを手に取って、三人でまとまって行動して砦の中を巡回していった。
暗闇に包まれている砦の中は特にものはなく、家具一式が多く置いてあったり、古ぼけた日常品が置いてあるばかりだった。
ただ割れた窓が無かったり、野生動物の住処になっていないことから比較的人が住めそうな状態に維持はされていた。
あまり掃除がされて無いだけで、問題視する所は見当たらない。
しかし、この広い建物が静寂と暗闇で満たされているせいで、異様にミズキだけは怯えている反応をしていた。
探索している間はずっとポメラとタナトスの近くを離れず、二人の服の裾に捕まっているほどだった。
更にネズミが歩けば、それだけで過剰に反応して小さな悲鳴まであげていた。
「ひゃあい…!あぁ、タナトスさんポメラさん!今、何か床を通っていましたよ!きっと幽霊です、幽霊ですよ…!っけひひひひ…ひぃ!奇怪音まで!」
「……タナトス、お前のせいじゃからな」
「正直、悪かった。夜道を歩いて来てたのに、まさかここまで怯え出すとは思ってなかった」
「うっひぃ!見てください!また通っていきましたよ!」
ミズキの反応に、さすがのタナトスも罪悪感を覚え始めて申し訳なさそうな目になっていた。
からかうだけのつもりが、こうまで怯えるのはタナトスにとっては想定外だった。
そんな一人盛り上がるミズキを連れて、やがて三人は砦内の見回りを終えて他に何もいないことを確認した。
となると、灯りが点いたランタンは先客がつけたまま放置していったのだろう。
そう結論づけてから砦の三階にあったベッドルームに移動し、ポメラは室内を照らすようにしてランタンを近くに置く。
このベッドルームは粗末なベッドが多く設置してあることから、兵士が就寝に使っていたことがよく分かる。
放置されていたせいかちょっとかび臭いが、臭いさえ我慢すれば眠るには充分に良い場所だ。
少なくとも外で眠るより、ずっと快適だろう。
「俺は疲れた。悪いが、さっさと眠らせて貰うぞ」
タナトスはそう言って剣を収めた鞘を外して、ベッドの上を手で払ってから身を乗りだした。
あとは仰向けになってリラックスする姿勢をとり、静かに呼吸をする。
まだ眠ってはいないだろうが覗いて見れば目は瞑っており、眠るなら早く眠ってしまいたいのだろう。
そのことに関してはポメラも賛成で、眠気から一度あくびして、眠そうな声でスイセンに話した。
「私達も寝ようではないか。どちらにしろ、早朝から出発しないといけないんじゃ。休める時に休まないと、酷い顔になってしまうぞ」
「そうですね。私も寝ようと思います。ポメラさん、おやすみなさい」
「ふむ、おやすみ」
眠りの挨拶を済ませると、ポメラは簡単に準備を済ませてタナトスから離れた場所のベッドへと寝転んでしまう。
そのため一人では怖いスイセンはどのベッドで寝ようかと迷うも、暗闇に潜む恐怖を感じてすぐにポメラの隣のベッドに移動した。
「すみません、お隣で寝させて貰いますね…」
スイセンは小声でポメラに囁いてから、自分も眠るためにと水色の髪を束ねていた髪留めを取って、ベッドの上で寝転んだ。
そして目を閉じ、寝ようとする。
かすかに聞こえる空気の流れる音、埃っぽい臭い、傷んでいるせいで寝返りだけで軋むベッドに無人の建物独特の妙な静けさ。
最初は見知らぬ建物ということもあって慣れない雰囲気だったが、すぐに疲労のおかげで気にならなくなり熟睡に誘われていく。
だから数分もしない内に深い眠りに落ちている事だろう。
そんな中、スイセンだけは意識は明確に覚めていた。
「まずい…眠れない……」
普段なら気にせず眠れるのに、タナトスの幽霊発言のせいで変に緊張感を抱いてしまっていて眠れなかった。
かと言って夜通し起きているわけにもいかないし、とにかく目を瞑ろうとする。
でも目を瞑れば見えない間に幽霊が来るのでは、という思いがよぎって安心できなくなってしまう。
結果、どうしても眠れなかった。
「うぅ、眠れ~眠れ~…」
ミズキは誰にも聞こえないほどの小さな声量で、自分に言い聞かせるようにするも都合よく眠気がやって来るわけが無かった。
むしろ何だか頭が冴えてくる気がして、余計に嫌な想像ばかり頭に浮かんでくる。
考えないようにすればするほど、考えてしまうという状態に陥っていた。
そんなとき、妙な風の流れを肌で感じた。
すきま風が入ってきたような空気の巡回で、誰かが近くを通ったのかと思ってしまう感覚だ。
続けて、どこかの遠くの扉が閉まる音。
「あふひっ…!?」
ついミズキは情けない悲鳴をあげる。
砦内を巡回していたとき、どこか扉が開けっ放しになっていて風で閉まったのかもしれない。
そうだと納得しようとしたが、耳を澄ませば歩く足音をほんの僅かに聞き取ってしまう。
「まさか本当に幽霊…?い、いや…!」
ミズキは恐怖で手が震える。
隣で眠っているポメラを起こそうかと思うも、自分の思い違いの可能性もある。
あまりにも自分が幽霊だとばかり考えるせいで、そう思っているだけかもしれない。
しかし気になるのは確かだ。
もう幽霊の可能性をここまで感じてしまったら、思い違いだとしても眠れる気がしない。
「こ、こうなったら…」
ミズキは意を決してベッドから出て、前にタナトスから貰った短剣を革製の鞘に収めたまま手に取る。
そして慎重に忍び足で歩き出し、一人で確認しに行くのだった。




