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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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同士討ち

二人で鍔迫り合いを打ち払ったあと、そこからは体術による連撃の叩き込み合いだった。

殴打を防ぎ、連脚を(かわ)し、横転させられても受身とってはすぐに相手の攻撃を殺す。

衝突で鈍い音を鳴らし合い、ぶつけ合う拳と避け合う二人の身のこなし。

屋根の上という足場の悪いなか、カラスとスイセンは剣撃を打ち合いながらも互いの体術で攻めていった。

だがやがてスイセンの方が分が悪くなり始めて距離を取ると、暗殺者カラスは構えを解いて歩く姿勢になる。

だからついスイセンは皮肉っぽく呟いた。


「あなたはずいぶんと好きですねぇ、そのやり方」


まだカラクリは今いち理解できてないが、その戦法に自信があるのは見て分かる。

現状、まだ対策があるわけではない。

今度こそ見抜いてやろうとスイセンは短剣を構え、カラスの動きを凝視して耳を澄ませた。

けれど今度は無駄だった。

三歩目を踏んだときにカラスの姿は目の前に現してきて、さっきのような音の違いなどは一切無かった。

しかもカラスはスイセンの首を刈り取ろうと、短剣を素早く横に振るってきている。


「ちっ!」


期待はずれの出来事にスイセンは舌打ちしながらも、刃で斬撃を受けては更に後ろに下がった。

今は防げたが、この調子が続いていたらいつ死ぬか分かったものではない。

もう悠長に手の内を探れそうではないとスイセンは判断し、やり方を変えるために二本の内の一本の短剣を懐にしまう。

するとスイセンの動きに反応してか、カラスは低い声で話しかけてきた。


「もう、遊戯してもいられないな。君の実力に敬意を評し、あとは速攻で終わらさせて貰おうか。これからきっと、君は私の動きを理解するだろう。しかし、理解したとて対処できない。どうしようもできない」


一体何の事だと思いながらも、スイセンもカラスが何か仕掛けてくる事を察する。

だからあえてここで、スイセンは準備を進めながら会話をして時間を稼ぐ。


「そう。なら私もあなたの悪運に敬意を抱いて、本気でやろうかなぁ。でもその前に、あなたが口が聞けなくなる前に一つ訊きたいことがあるんだけどぉ?」


「……ふむ、なんだ?」


答える気はないが、聞くだけ聞いてやろうという口調だった。

この暗殺者を退ける事だけが目的ではなかったスイセンにとってはその聞き返しはチャンスであり、すぐに核心に迫ることを訊いた。


「あなたって反抗組織の詳しい拠点場所って知っているのかなぁ?知っているのなら、乗り込みたいから教えて欲しいんだけどぉ?」


「いやはや、それはなかなか面白い質問。そうだね、自分は詳しい拠点地を把握している。だが、教えるわけにはいかない。いくら今戦力を補強しているとはいえ、数で押し込まれると困るんでね」


「あらら、それは残念。教えてくれたら、花束でも届けてあげようと思っていたのにぃ」


「あいにく、自分は花が嫌いでね。送ってくれるのなら宝石にしてくれないだろうか。こう見えても、光り物が大好きなんだ。…さてと、もうお話はいいかな?では、終わりにしようか。話もこの戦いも」


カラスはそう言って、自然体で静かに歩き始めた。

同時にスイセンは懐から煙玉を取り出して足元に炸裂させて、濃い煙幕を張る。

このことにカラスはさすがに歩みを止め、その隙にスイセンは煙幕の中から毒針を複数本飛ばす。

深夜なこともあって目をこらしても気づきづらい毒針だが、彼は横に移動してあっさりと身を躱す。

すかさずスイセンは煙幕から飛び出して、短剣を投擲しながら全速力で接近していった。

すぐにカラスは飛んでくる短剣を弾くも、合わせてスイセンは手で引く動作をする。

すると投擲した短剣の柄には細いワイヤーが付いていて、弾かれた武器はスイセンの手元に吸い寄せられていった。

そのまま手早く短剣を手に取って、彼女は斬りかかる動作をしてみせた。

だから当然、カラスは迎え撃とうとする。

けれどスイセンはあと一歩の間合いの所で足を止めて、煙玉をカラスに向かって放り投げた。

煙玉を短剣で打ち払ってもいいが、炸裂弾の恐れもあったので不本意ながら後退する。

そのため煙玉は屋根の上に落下して破裂し、より広範囲の煙幕を作り出した。

もう互いの姿の視認が困難な煙幕だ。

その中スイセンだけはカラスの居場所をしっかりと把握していて、的確に彼の後ろに回り込んでは短剣を手に襲いかかった。


「この程度っ!」


けれどカラスは素早く反応して、スイセンの攻撃を避けては短剣で反撃してきた。

でも回避は想定済みだったスイセンは、カラスの攻撃に対して二本目の短剣で受け止める。

そこからスイセンは追撃を仕掛けて、舞うような動きで二刀流による連撃を振るった。

この鮮やかな連撃をカラスが見事に捌いていくと、すぐにスイセンは反撃される前に後ろに下がって煙幕に姿を隠す。

しかし今のでカラスもスイセンの居場所をはっきりと把握した以上、逃すわけなく走って追い込み始めた。

そのせいでスイセンは次の手に移る前にカラスの接近を許してしまい、二人は視界不良のなか剣撃をぶつけ合いながら煙幕の外へと飛び出した。


「っくひひ、やりますねぇ!」


二人は短剣で打ち合いながら別の屋根へと飛び移り、少しだけ距離を取る。

すると次にカラスが先に攻撃を仕掛ける素振りとして、静かに歩き出した。

スイセンが身構えると同時に、カラスは瞬間的な接近をしていて刃をぶつけ合う。

夜中に響く金属音。

それからスイセンは素早く切り返そうとするも、次に振った時に彼は三メートル離れた場所に移動していた。

すぐにスイセンは気づく。

あの妙な接近方法は、間合いを取るにも使えるのだと。

あとは露骨なヒットアンドアウェイだった。

読みづらいタイミングで接近して来ては、気づけば離れているという手段。

あまりにも嫌な戦法に、スイセンは苛立ちを込めて暴言を吐いた。


「このっ…!(わずら)わしい!」


完全にカラスのペースに引き込まれてしまい、スイセンは動きを取りづらくなる。

だから別の屋根へと移動までして下がりながら攻撃を受け止め続けていると、やがてスイセンは気づく。

暗殺者カラスは特定の状況下の時だけに、あの異様な接近をして来ている。

屋根の移動となると必ず跳躍してくるし、距離が離れすぎると普通に走って来ていた。

更に後退しながら攻撃を受けようとすると、僅かにカラスの動きに乱れを感じ取れる。


「どうやら、私が認識しようとすればするほど駄目みたいですねぇ…」


まだ完全に理解したわけではないが、どうやらカラスの動きは錯覚をおこさせるものだった。

だからどれだけ警戒しても錯覚だと気づけず、自分の感覚を信用しているからこそ余計に解明できなくなっていた。

どのような技法か不明だが、大雑把に言えば歩く歩幅や動きを全く変えずに瞬発的な速さを発揮させて接近していた。

とても人間離れした動きで、カラスが独自に身につけた技だろう。

錯覚の利用によるものだから目の前の相手にしか通じないだろうが、暗殺にはとっておきの手法だと言える。

一見単体戦においては脅威に思える技だが、それだけ分かればスイセンには充分だった。


スイセンは宿屋から充分に離れていることに気づき、別の屋根に移ると同時に煙玉で煙幕を張った。

もちろんカラスは追って来て、不意打ちを警戒して身構える。

だがスイセンは攻撃を仕掛けず煙幕に紛れて、気配を殺して屋根から飛び降りた。

そして建物の影に身を隠し、カラスの様子を伺うのだった。

これで煙幕が夜風で吹き飛ばされれば、月夜に照らされるのはカラスだけとなる。

そのことに気づいた彼は辺りを見渡し、呟いた。


「いやはや、逃げられたか。あまり慢心するものじゃあないな」


宿屋から離されてしまった以上、もう平和の勇者シャウの暗殺を狙うのは困難だ。

だからと言ってスイセンを野放しにするのは大きな問題となる。

なら反抗組織としてはどうするべきか。

答えは簡単だ、嫌でも引きずり出して始末すればいい。

カラスは屋根から飛び降りて、あえて隙を作るつもりで街道を歩き出した。

歩く先はもちろんシャウがいる宿屋だ。

これでシャウを暗殺しないにしても、スイセンとしては行く手を阻まなければいけない。


しかし、カラスの行動をスイセンは想定していた。

カラスの動きの弱点としては、前方に障害物が存在してはいけないことにある。

足場が安定していなくても可能な動きだったのは驚きだが、あくまで動作としては歩くだけなので障害物の乗り越えは不可能だ。

しかし、もっと的確な方法がある。

闇討ちだ。

そのことを考えて、素早くスイセンは息を殺しつつ先回りして進み、道角で建物に身を隠して待ち受ける。

チャンスは一瞬。

このタイミングを逃せば、もう倒すのは不可能だ。

スイセンは激しくなっていた鼓動を抑え、気配を消すことに専念した。


そしてやがて、カラスが靴音を鳴らしながら歩いて来た。

わざと足音を鳴らしていることから、誘ってきているのは分かる。

でも逆手に取るしかない。

全てを自分に優位に働かせ、勝利を掴み取る。

これで決まるなら、自分の体調不良なんて関係ない。

シャウを守ることで自分が新しい道への一歩を踏み出す証明にするため、疲労困憊(こんぱい)した体でスイセンは意を決する。

神経を研ぎ澄ます。

呼吸を整える。

リラックスする。

イメージする。

体の動きを自分の感覚に任せて、最善を尽くす。


「……来た」


カラスが通りかかる瞬間、スイセンは動き出した。

理想以上の鮮やかな動きで、静かな足取りのなか何よりも俊敏で、柄を握る手に力を込めて、自然と体が急所に狙いを定めて、ハンティングする動物が獲物に噛み付くよりも瞬間的で無音に武器を振るった。

同時に血が噴出し、鮮血が舞う。

最初にスイセンは自分が胸元から血を垂れ流し、一気に意識が朦朧としてきたのが分かった。

更に地面に頭を強烈に叩きつけられて、衝撃と共にぼやける視界。

そのおぼろげな視界には、カラスが首元から血をこぼしている姿があった。


カラスは目を見開いてふらつき、首元を押さえている。

明らかに呼吸が荒く、動きは鈍い。

今なら追撃で仕留められる。

でも体が動かなかった。

ただ意識が途絶えそうなだけで、何もできない。

そんな私を見下ろしながら、暗殺者カラスは落としていた短剣を拾おうとする。

すると怒声が聞こえてきて、甲冑を身にまとった見回りの兵士らしき人物がやって来た。

そのせいかカラスは短剣を拾うことすらやめて、壁に寄りかかって血の模様を描きながら、この場から逃走をしていく。

私はその後ろ姿を見ることしかできない。

あぁ、相討ちか。

さすが暗殺者だなぁ、と私は声に出せずとも口元だけで囁き、すぐに意識は暗闇に呑み込まれてしまった。


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