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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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暗殺者同士の暗殺

暗殺者カラスとの距離は歩幅にして六歩程度。

その彼が接近して来るとき、スイセンは一切の気を抜かずあらゆる行動に対処するつもりだった。

聴覚も触覚も視覚も嗅覚も限界まで研ぎ澄まさせて、一瞬の気の緩みもない。

彼女としては完璧の迎撃態勢だった。

なのに、カラスが二歩目を踏み出した時にはスイセンの眼前に立っていた。

大股で歩いて来たわけではない、跳び出して来たわけでもない。

ただ、気が付いたら目の前に居たという状況に陥っていた。


「えっ…!」


スイセンが驚きながらも腕を振るおうとした時には遅い。

先にカラスは短剣で彼女の武器を打ち払い、更に片手で首を絞めてきた。

武器は床元を滑っていき、スイセンには唐突の息苦しさが襲ってくる。

油断していなかったのに、何もできなかった。

とても普段の彼女では考えられない失態だ。

すぐにスイセンは別の短剣を取り出して、締めてくるカラスの腕を切りつけようとする。

しかしカラスは自ら首絞めを解除して避けては、体を捻って回し蹴りをスイセンの腕に叩き込んできた。

続けて肘打ちを胸元に打ち込み、流れる動きで掌底を顎に放つ。

動きについていけないスイセンは連撃を叩き込まれるままで、体を怯ませるだけだ。

そして間髪なくカラスは回し蹴りをもう一度放って、スイセンの腹部に強烈な蹴りを入れた。


「うぅ゛っ…!」


蹴りを受けたスイセンの華奢な体は吹き飛ばされ、壁に強く背中を叩きつけてしまう。

鈍い音が鳴り、酷い痛みが体中に走る。

思わず吐き気を覚えてしまいそうな衝撃と痛みだが、スイセンはふらつきながらも立ち上がった。

その痛みを受けた彼女の様子を、カラスは冷たい表情と余裕ある目で見つめて呟いた。


「いやはや、存外弱いな」


「っくひひひ。そうですかぁ?私からしたらこの程度、どうってことないんですけどねぇ」


スイセンは精神的優位を保とうと、相手を煽ってみせる。

でも無駄だ。

カラスは興味なさそうにしているだけで、スイセンの言葉なんて耳に入ってすらいない。

すぐにスイセンは、表向きは余裕を見せるようにして口元だけ微笑んでみせた。

そして足元に落ちていた先ほど吹き飛ばされた武器を手に取って、短剣の二刀流で構え直す。

今度は接近を見逃さない。

スイセンは心の中でそう意気込み、三メートル近く離れているカラスの僅かな動きにも注意を払う。

でも、次はもっと早かった。

カラスが一歩目を踏み出したときに、また眼前までの接近を許していた。

少なくとも今の距離感だと、一歩では接近できないものだ。

なのに気づいた時には間近にいる。


「このっ…!」


それでもスイセンはさっきとは違い、接近されたときの心構えはできていた。

だからスイセンは何とか先手を打つことに成功していて、距離を取りながら短剣を素早く振るう。

けれど、カラスに刃は届かない。

あっさりと彼の短剣によって打ち払われて、攻撃と呼ぶには乏しい結果になっていた。

更に、この流れが連続的に(おこな)われた。

スイセンが下がりながら攻撃しても、すぐに接近されて態勢を整えることもままならない。

ゆっくりなのに早く、遅いのに手早いカラスの動きに翻弄されている。

気づけばカラスの短剣がスイセンの体をかすめてきて、彼女がただ逃げるだけの防御姿勢に回り始めていた。


「一度…離れないと……!」


たまらずスイセンは窓から身を乗り出させて、柄にワイヤーが付いた短剣を近くの建物の屋根に投げ飛ばした。

すると短剣は屋根に引っかかり、スイセンは宙に身を舞わさせながら腕に力を入れる。

あとは勢いよく建物の壁に着地しては、ワイヤーを引っ張りながら壁を駆け上がって、屋根の上に降り立つ。


「いやはや、逃げるつもりか…」


それを室内から見ていたカラスは追うかどうか、一瞬だけ考える。

しかし、今のカラスとスイセンの剣撃の音が宿内の騒音となって聞こえていたため、他の部屋が慌ただしい音を立て始めたことに気づく。

おそらく、先ほどの音のせいでこの部屋に多くの人がやってくるだろう。

その際に平和の勇者シャウを暗殺する隙ができるかもしれないが、顔を見られるのは好ましくない。


「…面倒だな」


後々の暗殺に支障を与えるわけにもいかなので、追跡が良いと判断したカラスは仕方なく窓から跳躍した。

素早く彼はスイセンがいる屋根へと駆け上がり、二人の姿は夜月によってうっすらと照らされた。

暗殺者同士が向かい合い、互いに武器を手に、相手を殺すために対立する。


「っくひひ、高所による月下での戦いなんて、とても絵なりますねぇ。乙女にとってはロマンチックで、最高の気分ですよぉ」


スイセンの言葉に、やはりカラスは応えない。

向けられるのは言葉ではなく、獲物を見つめる眼だけだ。

つまらない反応にスイセンは呆れたような小さな溜め息を吐き、短剣を両手に構える。

二人の距離は六メートルほど。

先ほどの室内と比べたら足場も悪く、体幹のバランスに気をつけなければ自由な動きは難しい。

これなら一瞬の接近はないだろうと、スイセンは推測した。

でも、その見方は甘かった。

カラスが歩き出して三歩目を踏み込んだときに、スイセンの目の前に居て短剣を振り下ろしていた。

もはや瞬間移動なのではと思ってしまう現象に、スイセンは面をくらう。


「っく!」


怯まずスイセンは短剣をぶつけ合って、攻撃を防ぐ。

だがカラスは攻撃の手を緩めず連続的に短剣を振るってきて、傷つけようとしてくる。

対してスイセンをカウンターを織り交ぜながら、何とか一進一退で攻撃をやってみせた。

しかし、カラスの方が俊敏で攻撃の読みに優れていた。

剣撃の打ち合いの中でスイセンの動きは読まれてしまい、僅かの隙を狙われて手刀を高速で打ち込まれる。

続けてスイセンは服を捕まれて、抵抗する間もなく強く投げ飛ばされてしまっていた。


「ぐぅ…!」


スイセンは痛みで嗚咽を漏らしながらも屋根に衝突する直前に受身を取り、流れるように跳躍しては別の屋根へと飛び移った。

すぐにカラスも高く跳躍してきて、月明かりを浴びながら真上から短剣を手に落下してくる。

素早くスイセンは身を転がしながら回避し、コンマ数秒後にはさっきまで居た場所にカラスが音を重い鳴らして着地した。

更にスイセンは後ろに下がって距離をとり、荒くなってきた呼吸を整えようとする。

同時に危機感を覚え始めていて、思考を巡らした。


いくら自分が万全な状態で無いにしろ、想像以上に実力差がある。

僅な差かもしれないが、その僅かな差が決定的な実力差となっていて攻撃が通らない。

何より一番の問題は終始、カラスのペースだということ。

彼に接近を好き勝手にされているから、自分の思う動きができず決定打ができない。

良くても、防御中に苦しみ紛れの攻撃ができるだけ。

とにかく問題は、カラスの瞬間的と言える接近だ。

せめて何歩目に接近してくるか分かれば、こちらも攻撃に転じやすい。


油断していないのに何故見切れないという思いの中、スイセンは武器を構え直す。

そしてカラスは焦りを見せず、歩き始めた。

この接近に警戒して、スイセンは数歩だけ後ずさる。

その時だった。

カラスが三歩目を踏み込んだとき、微小だが踏み込むの時間の長さと音が違った。


「…っ!?」


同時に、スイセンは反射的に強く一歩身を引いてみせる。

すると彼女にすら予想外のことに、カラスの短剣の斬撃を紙一重で避けていた。

一瞬の驚きの表情が両者共に見られる。

だがスイセンはただ驚くだけではなく、すぐに踏み込み直して前に出た。

短剣を素早く振るい、カラスの首元を狙って切りつけようとした。

けれど寸前のところでカラスは短剣で受け止めて、(つば)迫り合いになる。

互いに力を込めて腕を震わし、強く睨み合う。

その中、カラスは呟いてきた。


「いやはや、ひどい偶然だな…」


確かにスイセンが攻撃を察知できたのは偶然だろう。

そもそもどうして反応できたのか、スイセン自身よく分かっていない。

さっきの踏み込み以外は、全てただ歩く動作で音や踏み込みの時間に違和感が無かったから、違いが出てきた理由が分からない。

しかし今の出来事により動きに何かの秘密があるのは明らかで、スイセンに動きを読む可能性が生まれたのは事実だった。


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