彼女だからこその方法
スイセンは暗殺のことを考えながらも、アスクレピオス街の西区へと足を運んでいた。
今さらだが、反抗組織のことを暗殺者カラスからそれとなく訊いておけばよかったと思う。
シャウを暗殺するしない関係なく、反抗組織そのものとの接触手段は持っておきたい。
そしてアスクレピオス街の西区は、主に住居地帯が多く目立った。
たまにハーブ園があったり、自営業らしき小さな診療所や酒場があるだけで他に目がつくことはない。
あとは早朝と呼べる時間帯ではなくなっているので、老若男女の人がちらほらと外出しているだけだ。
ひとまずスイセンは閉鎖となっている門を調べるために街道を突き進み、人の生活様子や貧富の違いを感じさせる建物類は一切無視して行く。
「これかぁ…」
外壁をなぞらえて歩けば、簡単に西門の場所へと辿り着いた。
かるく見渡せば、兵士の話通り見張りとなる人物は見当たらない。
それに門も二重の施錠が見受けられていて、古ぼけた錠前がかけられていた。
簡単に見たところ錠前は別々の鍵でないと開かないようだが、古いこともあって錠前はずっと交換をしていないのが分かる。
つまり一度解錠の手段を持たれてしまったら、それまでだ。
「あれぇ?」
更に足元の石畳を見れば、扉の下に物を引きずった跡があることに気づく。
さすがに石畳だと新しい傷かまでは分からないが、使われている可能性の示唆にはなる。
ただ、この門は場合によって使われている所を目撃されるだろう。
もし目撃されたら住民には不審がられるはずだ。
スイセンはそのことを気にかけながら、あとは調べられることが無いので西門が離れていった。
あまり西門に長居しても、変に人目がつく可能性があるからだ。
スイセンの性格上、それは好ましいことじゃない。
それから、続けてスイセンが南区へと行った時のことだ。
特に目的なく朝の喫茶店の開店を見ていると、あの明るい声がスイセンに向けられてきた。
「おぉ、スイセンちゃんじゃーん!おっはよー!」
元気な挨拶をしてくる声の方へ目線を向ければ、手を振って近づいてくるシャウの姿があった。
シャウはアホ毛を揺らしながら楽しそうな笑顔をしていて、すぐにスイセンの目の前へとやって来る。
「あぁ、平和の勇者ですかぁ。どうもおはよう。それで、朝早くからどこに行ってたんですぅ?」
「うん、アスクレピオス街の外で朝の運動をちょっとね。スイセンちゃんは何をしていたのかな?」
「私は気になることがあったので、真面目に調査をしていたんですよぉ。賭けの勝負に勝ったのに自ら動くなんて、私って偉くありませんかぁ?」
「うっ…、それは嫌味なのかな?も、もう私だって真面目に情報収集はしているんだらかね!有力な話はまだ無いけど!そうそう、それよりさ。スイセンちゃんは朝食はもう済ませた?まだなら一緒に食べようよ!」
そう言ってシャウは楽しそうにスイセンの手を引く。
まだ了承してないのに、ずいぶんと気が早い。
「急ですねぇ。別に構いませんけどぉ」
「よしよし、どこか近くで済ませようか。女の子らしく楽しくて気品のあるトークでもしながらね!わはははー」
シャウはスイセンを少し強引に連れて行く形で、昨日とは別の場所の喫茶店に入っていく。
綺麗に内装されていて清潔感ある雰囲気の良い喫茶店だが、朝だからかお客はほとんどおらず、かなり空いている様子だ。
二人は軽食を注文してから席に座って待った。
その間、時間潰しにシャウはスイセンに言葉をかける。
「スイセンちゃんは今日はどうするのかな?」
「予定ですかぁ?ミズキお姉ちゃんが来るまでは特に何かするつもりはありませんけど、そうですねぇ…。一つだけ気がかりがあるので、その調査ってところでしょうかぁ」
「気がかり?何か思い当たることでもあったの?」
「うーん、まだ言うほどのことじゃないんだよねぇ。何かあれば改めて報告はするので、その時にって所かなぁ」
「そっか。ちなみに私は兵士から話を聞いて回るから。兵士長が知らないだけで、下の兵士達が気づいているってことはあるからね。何も手がかりが無い以上、聞き込みしか手段ないし」
「でしょうねぇ。まぁ私は自分の調査が終われば、あとはのんびりとさせて貰いますけどぉ」
特に実りがある会話でもないことを続けていると、やがて軽食が運ばれてくる。
二人分の彩りがない簡単なサラダにロールパン、それとミルクだけだ。
いただきます、と食事の挨拶をしてから二人は食べ始めて、盛り上がりに欠ける会話をしていく。
妙に会話がちぐはぐだったりするのは、この二人だからこそと言える。
そしてしばらくして、会話の途中でスイセンは暗殺者カラスのことを思い出して、つい表情が固くなる。
その僅かな変化をシャウは感じ取り、気遣う言葉をかけた。
「あれ、どうしたのかなスイセンちゃん。パン、おいしくなかった?」
「…いえ、そういうわけではないですぅ。ふぅ……。平和の勇者、いくつか訊きたいことがあるのですけど、いいですかぁ?」
「え、何かな。パンはあげないよ?」
「そんなことはどうでもいいです。平和の勇者は、どうして勇者を名乗っているのですかぁ?」
このスイセンの質問に、シャウは一瞬きょとんとした。
言葉の意味と真意を理解できなかったからだ。
それでもシャウは自分なりに答えてみせた。
「王様に勇者としての称号を授けられたからね。役職みたいなものだよ」
「そうですかぁ。では、勇者ではなかったらどうなんですぅ?もし勇者としての称号を授からなかったら、平和の勇者は違った生き方をしていましたかぁ?」
今度の質問は、シャウは腕組みして考えて唸る。
自分が勇者じゃなかったらどうだったかなんて、今まで考えたことなかったことだ。
確かに今まで勇者として行動をしてきたことは多々ある。
けれど、どうだろうか。
勇者じゃないから諦める、なんて自分の姿は想像できない。
だからシャウは数秒の思考のあと、はっきりと答えた。
「絶対、私は勇者だろうとじゃなくても今と変わらないね。初めて旅に出たとき私は勇者じゃなかったし、勇者だから仕方なくやったという事は無いもん。仮に私に治癒という特別な力が無くても、きっと私は変わらない。私は私なりに、みんなを助けるために行動するだけだよ。それが私の信条であり、私の存在意義。困っている人がいれば、私は救いの手を差し出す」
表情は真剣そのもので、立派な発言だった。
それにシャウは言葉通りの実行をしていて、固く強い意思を感じられた。
あまりにも高潔すぎる意思に、スイセンは理由を訊かずにはいられない。
「どうしてですかぁ?どうして、そこまで人を救おうと思えるんです?ただ人を助けたいからという善意だけではありえない考え。一種の異常にさえ思ってしてしまいますよぉ」
「…うん、私はミズキちゃんとスイセンちゃんと同じように、小さい頃に両親が魔物に殺されているからね。その時は心が歪むほどに憎しみを覚えたし、世界が終わったような絶望感だってあった。でもね、そんな私をポメラ師匠が助けてくれたの。私を引き取り、私に生きる希望を与えてくれた。そのとき、私は思ったんだ。私なりの方法でいい。私もみんなに希望を与えて、生きる活力を与えたいって!」
そう言ってシャウは微笑む。
その表情と眼差しは底なしの優しさに溢れていて、今まで見た朝日より眩しくて、どこか神格に見えた。
あまりにも真っ直ぐな瞳に、スイセンはつい目を伏せてしまう。
自分とはどこまでも対照的に明るく、ミズキに似ているようにも思える。
だからスイセンは辛かった。
まるで自分の生き方が間違っているように思わされてしまって。
更にシャウは優しい表情のまま、スイセンに話し続けた。
「でもね、スイセンちゃんみたいな生き方も悪くは無いと思うよ。だって、スイセンちゃんは敵となる相手を排除しようとしているだもの。それを望む人間だっているだろうから、悪い事とは言い切れない。人を助ける方法は一つじゃないからね」
「…そうですかねぇ。私はただの独りよがりですよぉ。人のためじゃない。そうしたいからそうするだけですぅ」
「わははは。ならさ、今からでもスイセンちゃんなりに別の方法で人助けになることをしてみたらどうかな。きっとあるんじゃないかな。スイセンちゃんにしかできない希望の与え方ってのが」
「……私だけにしかできない人助け」
今まで魔物を殺害することだけを生き方としていた。
考えたことなかったし、考えたとしてもできるとは思わなかったはずだ。
でも、もしかしたらあるのかもしれない。
その可能性を、平和の勇者に教えられてしまった。
一体どうして、平和の勇者はシャウなのだろう。
勇者でなければ暗殺の対象にならなかったのに。
平和の勇者がシャウという高潔過ぎる人物でなければ、暗殺に躊躇いを持つことないのに。
スイセンは不思議と漏れそうになってきていた涙を堪えた。
そして、彼女は涙声でシャウに言った。
「平和の勇者…。今晩のことで、ちょっと話したいことがあるんです」
今スイセンは別の道を一歩、踏み出そうとしていた。




