表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
57/338

暗殺者カラス

それから翌朝のことだ。

まだ朝日が出て間もない頃に、スイセンは202号室のベッドの上で目が覚めた。

いつも通りならシャウは既に起きていて、どこか邪魔にならない所で準備運動でもしているのだろう。

そう思いながらスイセンは体を起こしてから手で軽く髪を撫でるだけで綺麗に整えさせて、ベッドから降り立つ。


「ん……」


目元を指先でこすって意識が覚醒すれば、あとは装備の点検を軽く済ませてから身支度を整えるだけだ。

スイセンは武器や道具類を服のうちに忍び込ませて、202号室から出て行く。

昨夜の廊下の足跡や街中での不自然な視線を考えて、念のため夜は警戒しておいたが何もなかった。

ただ穏やかに時間が流れるばかりで、本当に他は気にかけることは無かったと言っていい。

だからと言って警戒を緩めるわけではなく、スイセンは常に周りの気配を探りながら宿屋の中を歩いた。

静かに階段を降り、玄関ホールを通り過ぎて扉を開け放ち外へと出る。

すると穏やかな風と、ほんのりと温もりのある朝日を体で浴びた。

鼻で大きく呼吸して嗅げば、どことなく漂ってくる青みと清涼感のある草の臭い。

ちょっとだけ気分が爽快になるから、嫌いな臭いじゃない。

スイセンは青いマフラーを巻き直しては、まだ人通りが見えない街道を歩いていく。


まだこのアスクレピオス街の構造は理解していない。

前に一度スイセンは薬の入手に来ただけで、その時はほぼ一直線で薬屋へと行って、見回ったり観光することなく帰っている。

だからこの際、せっかくだからとアスクレピオス街を見回ろうとしていた。

そうすれば反抗組織からの接触があり得るし、何らかの情報も得られるだろう。

楽観的で最善手とは言えない話だが、シャウの言うようにミズキ達の合流までは、大きな動きを取れないのが現状だ。

そう考えてスイセンはアスクレピオス街を歩いていき、ひとまず東区の方はどのような場所なのか把握する。

アスクレピオス街の東区は物を売買する建物が多く、早朝の関係で開店していないという状態の建物が多く見受けられた。

そして売買による物資の保管場所が多くあり、倉庫によって入り組んだ道もあって建物は密集気味だ。

ここに宿屋があるのも、旅の商人を受け入れるためだろう。

言わばこのアスクレピオス街で、一番にお金と物資の流通が多い区域だと分かる。

更に街を守る外壁を(つた)って歩けば、街の出入り口となる門へと着く。


「あれ、ここにも門があるんだぁ…」


スイセン達がアスクレピオス街に入って来た門は別の場所で、それは南区のことだ。

ただ東区にある門は南区に比べて少し小さく貧相で、あまり表立って往来に使わる門のようには見えなかった。

それでも門番となる兵士が見張りとして二人立っていたので、スイセンは近づいて一般人を装いながら声をかけた。


「どうも、おはようございますぅ」


スイセンに声をかけられた兵士は、真面目な表情で挨拶を返す。

一言一言がはっきりとしていて、礼儀正しく、気の緩みをあまり感じさせない口調だ。


「おはようございます!…旅の方ですね。如何(いかが)致しましたか?」


スイセンの顔を見て、兵士は旅の者だと一発で見抜く。

アスクレピオス街の住人の顔をだいたい覚えているということだろうか。

そうだとしたら、職務にかなり勤勉な兵士だと思える。


「いえ、特に用事があるわけではないのですけどぉ、ただこの門って普段使われているのかなぁと思いましてぇ」


「こちらの門ですか。はい、この門は商人だけが使用を認められている通行道となっているのですよ。物資の搬入で南区の門の流れを悪くするわけにもいかないので、商人の方々と物資の搬入専用の門となっております。ですので、御足労ですが外壁の外へと出る際は南門をご使用下さい」


スイセンの質問に兵士はそう快く答えて、そのための門かと納得する。

考えてみれば非常時としての門が他にあってもおかしくない。

主要都市リール街は防備の堅牢さと防犯性を高めるために門は一つしかないが、もし崩れたりすれば大混乱が起きるだろうなとスイセンは思っていた。

そんなことを考えてから、スイセンは続けて質問をする。


「そうですか、わざわざありがとうございますぅ。それで聞いておきたいんですけど、アスクレピオス街は他に外壁の門があったりするんですかぁ?」


「他の門、ですか…。いえ、現在使われている門はこの東区と南区のだけですね。前は西区にも門がありましたが、今は閉鎖されています」


「閉鎖?何かあったんですかぁ?」


「何か事件が起きたわけではないのですが、必要性が薄いということで今は非常時のためだけの門となっていますね。使われていないので実質、閉鎖というだけの話です。管理は夜の見回りのときだけですが、二重の施錠もされていますから」


「なるほど、分かりましたぁ。教えて頂き、大変助かりましたぁ。それでは私は行きますねぇ。お仕事頑張ってください」


「ありがとうございます。どうか良い一日を」


スイセンは兵士に見送られて、門から離れていった。

そしてすぐに考える。

西の門、二重に施錠されていると言っていたが、常に兵士が見張っているわけではないのなら、少し怪しいと思える。

はっきり言って、反抗組織が使用している可能性があってもいい。

施錠なんて一度開錠されてしまえれば、あとは開閉は自由だ。

不審に思って鍵を変えない限り、鍵なんて無いと同じだ。

そのことを調べるためにスイセンは西区の方へと、再び歩きだそうとする。

だが、足を動かした時に昨日と同じ不愉快な視線をスイセンは察知した。

もう門から数十メートル離れていて、早朝で近くに人影は見えない。


「………姿を見せないってことは敵、ってことでいいんだよねぇ?」


スイセンは呟いて目つきを鋭くし、服の内側に手を差し伸ばす。

するとその臨戦態勢に反応してか、狭い裏路地から男性が静かに姿を現してきた。

少しぼさついた短い黒髪に大人しそうな目つき、うっすらと髭を生やしている事と骨格から三十代ほどの男性に見える。

身長は高く、スイセンと比べて頭一つ分は高さが違う。

服装は市民が着る一般的なもので、動き回るためのようには見えない。

しかし歩く姿と物腰で分かる。

鍛えられた人で、身にまとう気配や雰囲気はスイセンに似たものだ。

つまり生き物を殺す者。

その男性を見て、スイセンは言葉を漏らす。


「あなたは……昨日廊下ですれ違った人…」


このスイセンの発言に男性は不敵に微笑む。

ただの表情の変化なのに、妙に警戒心を高めさせられた。

よくよく見れば現れた男性は、昨日シャウと話して部屋から出た時に衝突しかけた人物だ。

廊下で会った時は向かい合うことが無かったから気付か無かったが、目が合えば緊張感を覚えてしまうものがある。

そんな緊張感が生まれ始めている中、男性は落ち着いた口調でスイセンに声をかけた。


「君はスイセン、だね?いやはや、どうも初めまして…」


男性による名前の確認からの小さな礼。

いきなり名前を言ってくることを考えると、この男性は反抗組織の一員だと伺える。

しかしまだ犯行組織の者の保証がないため、スイセンは用心して厳しく問う。


「挨拶の前に、あなたは誰かなぁ?まず先に自己紹介してくれないと、馴れ馴れしく話しかけられても可憐な女性は警戒しちゃうんだけどぉ?」


この言葉に男性はとても落ち着いた様子で、敵意がないように口元を指先で掻く仕草を見せた。

それからスイセンを見据えながら歩いて近づいていき、簡潔に答えた。


「いやはや、全くもってその通りだ。自分としたことが失礼した。自分の名前はカラス。君と同じ所属の者。そして君と同じ命令を受けている。だからどうか、仲間として快く受け入れてくれるとありがたいんだが、いいだろうか」


「カラス、ねぇ…」


男性はカラスと名乗っては、両手を広げて危害を与えないアピールをしながらスイセンに近づいていく。

言い方からして反抗組織の者なのは間違いない。

それも前のスイセンと同じく、平和の勇者シャウを暗殺するための者だ。

だが今のスイセンの立場上、反抗組織は敵の立ち位置に近い。

それにこのカラスという男性が、本当に平和の勇者シャウの暗殺が目的で姿を現したのか分からない。

もしかしたら既にスイセンが裏切っていると知っている可能性がある。

だからスイセンは服の内側から短剣を取り出し、カラスに刃の尖端を向けた。

対してカラスと名乗った男性は歩みを止めず、そのままスイセンに近づく。

そんな状況で目の前まで接近したとき、少しでも刃を動かせばカラスに刺さる距離となる。

なのにカラスに動揺はなく、姿を見せたときから表情は変わらない。

逆に不気味だった。


「いやはや…」


暗殺者カラスは呟いた。

目はスイセンを見つめているが、ようやく表情の変化をさせて、少しだけ困った顔をする。


「いつまで自分に刃を向けるつもりだろうか。そろそろ警戒を解いて貰いたいのだが」


言うとおり、いつまでも刃を向けているだけなのは愚策だ。

無意味に不信感を抱かれ、時間が過ぎるだけ。

けれど警戒を解くわけにもいかない。


「そうですねぇ…。じゃあ、どうして私の前に姿を現したか教えて頂きたい所かなぁ」


「姿を現したも何も…。いやはや、同じ所属で同じ命令を受けているのなら、協力体制を取ろうとするのは当たり前だと思うんだがね?」


「なるほど、一理ありますねぇ」


そう言って、スイセンが短剣を下ろした時だった。

スイセンの手元から短剣が消えていて、カラスの手に先ほどまで刃を向けていた短剣が握られていた。

まるで手品のように鮮やかで、短剣が奪われたことに気付くのが一瞬遅れるほどのことだった。

このことにスイセンは反射的に体が動き、踏み込みながら二本目の短剣を取り出そうとする。

だがカラスは奪った短剣でスイセンの動きを制するように刃を首元に当てて、更にはもう片方の手でスイセンが武器を取り出そうとしていた腕を掴んでいた。


「なんのつもりですかぁ…?」


油断はしていたわけではない。

ただ体が追いつかなかった。

熟練度はカラスの方が上だと、今のやり取りで理解する。

周りから見れば危機的状況だ。

それでもできるだけスイセンは平然を装った。

カラスも平然とした態度で、動きに反して敵意になく話しだした。


「いやはや、先に確認をしておきたいことがありましてね。どうして平和の勇者シャウを暗殺せず、親しげに話していたのか気にかけまして…。そのことについて、お答え頂けるでしょうか」


やはりか、と思うしかなかった。

この言い方だと、宿屋での部屋の会話は聞かれていたと思っていいだろう。

スイセンは昨日のシャウとの会話を思い出しては、慎重に上手く事実を混ぜて話しだした。


「暗殺はすぐにしようと思いましたよぉ。ただ奇妙なことに、王の暗殺の濡れ衣を被せられたタナトスに平和の勇者が逃亡の協力を申し出たんですぅ。そのタナトスという人物が実力者なこともあって、手を出すのが難しくなりましてねぇ。それにタナトスも反抗組織にとっては良い(こま)になると思い、ひとまず仲間として取り入ったわけですよぉ。そうすれば、いつでも暗殺は容易ですからぁ」


「………そうですか。つまるところ、予測外のことに個人の判断での暗殺が難しい状況に陥ったわけですね?いやはや、それは要らぬ心配。すぐに暗殺は実行して貰って構いません。そのため、自分まで命令を受けることになってますから」


「そうですかぁ。それは良かったぁ。なら、一週間以内には必ず暗殺しますので、カラスはゆっくりと休んでもらって構いませんよぉ」


スイセンの言葉を聞いてカラスは構えを解き、軽く笑った。


「はははは。いやはや、スイセンさんはご冗談がお上手。自分が協力致しますから、今夜には暗殺は実行してもらいますよ。他にも暗殺のターゲットはいるのですから」


カラスの当然の言葉。

スイセンが一週間以内と言ったのは、ミズキ達との合流を狙ってだ。

しかし、今晩にはと否定されたから無意味と化した。

どうしたものかと、スイセンは表情に出さずとも悩むしかなかった。


「そっかぁ、今晩ですかぁ。分かりましたぁ。それでは今晩、眠っている時に襲いましょうかぁ。実は平和の勇者とは別室に泊まっていますので、カラスは扉から侵入して暗殺を狙ってください。私は外への逃走を警戒して、屋根の上で待機しますぅ」


「了解。しかし外への逃走は警戒してなくても大丈夫ではあるのだがね。自分は抵抗もさせず、音もなく始末してしまうから」


「っくひひひ、心強い言葉ですねぇ。期待してますよぉ。それでは、いつまでも外で物騒な話はできないので夜に合図送りますねぇ」


「いやはや、相分かった。では夜に。あと、そうそう。ナイフお返ししますね」


カラスは短剣を投げ返し、スイセンは綺麗に受け取っては服の内側へと忍び込ませた。

それからそのまま二人は踵を返して、それぞれ別の道へと歩いて離れていく。

このとき、スイセンには迷いがあった。

スイセンとしては姉のミズキでさえ無事であれば、他はどうでもいい。

だからここでシャウを暗殺しても、目的への直接的な被害になるわけではない。

むしろシャウを暗殺して反抗組織に不信感を抱かせない方が、ミズキを守る立場として立ち回りやすくなるだろう。

そんな不穏なことを考えつつ、スイセンはアスクレピオス街の街道を歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ