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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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宿屋

街灯で照らされた街道を進んでいき、ユウとスイセンの二人は東区にある一軒の宿屋へとたどり着く。

しっかりとした造りの三階建てで、灯りを頼りに見れば看板にはフォトンと読める文字が書いてある。

そして店名について、何気なくユウは説明をしてきた。


「店名は、旅の助けとなる(ほの)かな光りという意味合いらしいですよ。前に泊まった時に、宿の方が教えて下さいました」


「へぇ、前もここを利用したんだねぇ」


「えぇ、その時は薬が目当てでアスクレピオス街に来たんです。数ヶ月も前の話になりますけどね。では、エリックが宿をとっているはずなので入りましょうか」


二人は宿屋へと入っていき、最初にスイセンが間取りを確認するようにして見渡した。

特別、変わった作りはない。

元から宿として機能するように作られているのが分かるように、玄関ホールには待合用のソファが置いてあってチェックするためのカウンターがあってと、それくらいだ。

酒場にするような場所はないし、寝泊りするだけの場所と見て良いだろう。

それでも朽ちた雰囲気がないだけ、サービス機能はなくても宿屋としては良い部類に入る方だ。


それからユウがカウンターの方へ行って宿屋の従業員と話している間、スイセンは壁に寄りかかって待っていた。

このとき神経を張り巡らす限り、喫茶店を出てからの追跡してくる視線は完全に消え失せていた。

建物を隔ててれば気づかれないと思って接近してくる輩が多くいるが、それが無いのは余程警戒されているのか、ただ監視をやめたのか。

どちらにしろ楽観できないとスイセンは思いながら、このことをシャウに話すかどうか考えつつ、横目で宿屋の窓を通して外の様子を探っていた。


「スイセン様、チェックインが済みました。私が302号室で、スイセン様は203号室です。こちらが鍵になります」


カウンターで用を済ませたユウが鍵を手に近づいてきて、一つの鍵をスイセンに手渡した。

鍵は簡易的な安っぽい作りなのがひと目で分かり、更に203と番号が書かれた小さな(ふだ)が付いている。

スイセンは鍵を一見してからポケットへとしまい込み、ユウに声をかけた。


「ありがとう、ユウ。早速私は部屋で休ませて貰うから。そうそう、お茶ご馳走様ぁ。なかなか楽しい時間だったよぉ」


「そう言って下さると嬉しいです!では、途中まで一緒に行きましょうか」


二人は階段まで歩いていき、上がって二階に着いたところでユウはスイセンに頭を小さく下げた。


「それではスイセン様、お休みなさいませ」


「うん、お休みぃ」


軽く挨拶を交わした所でユウは更に階段を上がって行き、三階へと姿を消した。

スイセンはその様子を見届けてから廊下を歩き、203と刻まれたプレートが張ってある扉を見つける。

すぐに鍵を使って扉を開けて部屋を覗いて見ると、部屋の中はテーブルと椅子にタンス、それにベッドが二台あるだけだった。

あとは開閉が自由なガラスの窓が一つだ。

二人が泊まると考えたら充分な広さではあるが、くつろぐと考えると窮屈なように見えた。


それからスイセンは丹念に部屋の隅から隅まで見回っては、タンスの中からテーブルの裏、更にはベッドの下まで確認する。

続けて何度か扉の内側から鍵を締めてはドアノブを何度も捻ってみたり、扉を開け閉めした時の音や開き方を入念に調べた。

続けて壁に聞き耳を立てて隣室や廊下から音が漏れてくるかまで確認し、窓を覗き込んでどのような光景が見えるか念の為に確認した。

まず隣室や廊下からの音は、耳を澄まさずとも少しは聞こえてくる。

これは真上の部屋や真下からの音も同様だ。

耳を澄ませば足音だって、しっかりと認識できる。

そして窓から見える景色は二階だからということもあって、大したものではない。

数メートル先には建物の壁があり、時間帯によっては日陰となってまともに日が差さないこともあるだろう。

それらを調べたスイセンは203号室の部屋を出て、一階のカウンターへと早足で移動した。


「すみません」


カウンターで声をかければ、奥から従業員の人が出て来て反応してきた。


「どうかしましたか?」


「203号室借りている者なんですけど、実はもう一室借りたいのですが空いてますか?できれば203号室の隣室、202号室か205号室がいいのですがぁ」


「えぇっと…、そうですね。両方とも空室なのですが、202号室でよろしいでしょうか。一泊で小金貨一枚になります」


「分かりましたぁ。202号室で問題ないですよぉ。はい、どうぞぉ」


スイセンは懐から小金貨を一枚取り出して、従業員に手渡した。

確かに硬貨を受け取った従業員は202号室と書かれた札が付いている鍵をスイセンに手渡し、このことをカウンターに置いてあるノートに書き込んだ。

スイセンはその様子を見守ってから、すぐさま階段をあがって廊下を進んで202号室の扉の前に立った。

そして、まずは別室の203号室の鍵をドアノブに差し込んで回そうとする。


「鍵は…さすがに無理かぁ」


どうやら番号が違う鍵では、別の部屋の扉を開けることは不可能らしい。

簡易的な作りだから開く可能性があったので、この点に関しては安心していい事になるだろう。

粗悪な宿だったら鍵すら無かったり、鍵があっても全てが同じ鍵穴と無茶苦茶なことがあるものだ。

スイセンは202号室の鍵に変えて開錠し、202号室の部屋の中も確認した。

一通り調べたところ間取りや家具の配置は同じであったので、他の部屋も同じなのだと察せれる。

これでこの宿屋についてはだいたい調べられた。

二つの部屋を借りたので、非常時に備えての活用ができるはずだ。


スイセンは調べ終えた所で、廊下へと出て行った。

するとちょうど階段を上がってくる足音が聞こえてきて、そちらの方へと視線を映す。

上がってきた人物は今ではよく知る女性で、アホ毛とリボンが特徴的な人であるシャウだ。

シャウはスイセンと目が合うなり、早足で廊下を歩いて近づいてきた。


「お、やっほーやっほー。スイセンちゃん、お茶会はどうだったかな?楽しめた?」


「えぇ、まぁ…。妙な告白を受けてしまいましたが楽しかったですよぉ。それより部屋を二つ借りたので、片方の鍵を渡しておきますねぇ」


そう言ってスイセンは203号室の方の鍵をシャウに手渡した。

するとシャウは鍵の札を目視しながら訊いてくる。


「あれ、もしかして私とスイセンちゃんは別室?」


「用心のため私がそうしたんですよぉ。私や平和の勇者ぐらいの感性があれば、隣室からの音もよく聞こえてきますし…。ただの念のためだと思ってくれれば結構ですねぇ。それに、眠っている隣が暗殺者だったら落ち着いて眠れないでしょ?」


「自分でそう言っちゃうんだね。うーん、暗殺者に気遣われるって変な感じ」


「っくひひ、そうですかぁ。それで、町長やこの街の兵士長からの話は終えたんですかぁ?」


「そのことについては部屋で話そうか。廊下で立ち話も疲れるから」


そう言ってシャウは手渡された鍵で203号室の扉を開けて、スイセンを部屋の中へと招き入れた。

二人は部屋に入るなり、シャウはベッドの上に座り込んでスイセンは壁へと寄りかかる。

それからシャウは得た情報のことを話し始めた。


「どうもアスクレピオス街には国王が暗殺されたことは知れ渡っているようだけど、さすがに私が協力者だとまでは伝わっていないみたい。今のところ奇跡の勇者とリール城の兵以外の人は、エリックやユウと同じ認識が大半だろうね。私は平和の勇者として暗殺者を追っているって感じかな」


「その認識も数日後には変わりそうですけどねぇ」


「かもね。それに加えて腕の立つ傭兵がタナトスにかけられた賞金首を狙っているって。しかもミズキちゃんは特徴だけ情報伝達されているに対して、タナトスは人相まで割れている。多分、タナトスはこちらに向かっている途中で罠に仕掛けられるだろうね。だからアスクレピオス街に到着するまで四日間以上はかかると見ていい」


元々、主要都市リール街から鉱山の町レイアまで最短で約二日間。

更に鉱山の街レイアから医薬の街アスクレピオスまで約三日間とかかる。

寄り道を無くして、最短最速で移動をしても最低四日間から五日間はかかると見ていい。

妨害を含めて考えれば更に日数は費やされるだろう。

そう考えると、合流できるまでかなりの日数がある。

続けてシャウは、今度は反乱組織について話していく。


「それと、アスクレピオス街の兵士長に聞いたところによると、反抗組織の臭いが出てきているらしいよ」


「臭い、ですかぁ?」


「そう、嫌な臭い。何だか近辺で魔物を連れた不審者がいるとか何とか。そのことに関してはスイセンちゃん、心当たりある?」


「魔物を連れてぇ?それって本当に反抗組織に関係することですかぁ?だって反抗組織は魔物を毛嫌いする者の集団同様で…、そんな魔物をペットみたいに扱うことはありませんよぉ。少なくとも私が知る限りでは、魔物を引き連れるなんて行為は知りませんねぇ」


「う~ん、私もそんな認識を抱いていたし、そうだよね。どういうことなんだろ。それにあとは特にないんだよね。他に誰かが暗殺されたわけでもないし、不自然な犯罪が起こってもいないようだし。意外に慎重で困っちゃうよ」


ぼやいてシャウはうな垂れ、反抗組織についてどうしようか一人で考え始める。

ひとまず話は聞けたもの、憶測するにも断片的過ぎる情報だ。

それに肝心のことに繋がりそうなことが分からないのが一番の難点だ。

スイセンも今の話を頭の隅に入れながら、喫茶店から出たときに感じた視線のことをシャウに話した。


「そういえば何ですけどぉ、私とユウで宿屋に向かっている途中、妙な視線がありましたよぉ」


「視線?それって…監視されていたってこと?」


「ちょっと飛躍しているかもしれませんけど、そう受け取って貰って問題ないですねぇ。現段階では視線があった、としか言えません。ただのファンかもしれませんし、女の子を視ることが好きな人だったのかもしれませんからぁ」


冗談交じりのスイセンの発言。

よく分からないが、すでに目を付けられていると考えていいのかとシャウは思っておく。

とにかく今日の出来事はこれで全てだ。

あとはまた後日調べていくしかない。

シャウは頭の中で話を整理するように何度か頷いては、真剣な面持ちでスイセンに言葉を返した。


「わははは、ついにスイセンちゃんのファンが出てきたか。うん、とりあえずは分かった。あとは明日にしようか。タナトス達が来るまで時間はあるから、こちらも慎重に動かないとね」


「そうですねぇ。では、私はお疲れな気持ちなので部屋で眠らせて貰いますねぇ。平和の勇者、よい夢を」


「わはは、スイセンちゃんもね。ゆっくり休んで、明日に備えてね。おやすみ」


シャウの挨拶にスイセンは手を軽く振って返し、部屋から出ていく。

そのとき、ちょうど部屋の目の前の廊下を歩いていた若い男性がいて、スイセンは思わず衝突しかける。


「おっと…」


二人は反射的に体を避けて、衝突は回避した。

このことに何となくスイセンは謝罪の意を込めて会釈し、男性も同じく会釈で返す。

そのまま男性は隣の205号室へと入っていき、自然と姿は視界から消えた。

スイセンはこの宿屋は結構人が入るんだなぁ、と思いながら202号室の扉の前へと移動して、気にかけることはなかった。

しかし鍵を使って202号室の扉を開けようとしたとき、廊下の違和感に気づいた。

廊下の靴の跡が、一部だけ異様な重なり方を見せている。

まるでその場に留まって地団駄を踏んだような、立ち位置を調整したかのような跡。

足跡の擦れ方から見て、新しいように見える。

何というか、立ち聞きでもされた跡とでも言うべきだろうか。

スイセンは嫌な予感を覚えながらも202号室の扉を開けて、先ほどの男性が入っていった205号室を一瞥してから部屋へと入って行った。


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