ティータイム
スイセンとユウは綺麗な喫茶店に入り、隅の方の席へと座って適当に飲み物を頼んだ。
この時間帯は仕事帰りが多いのか大人の客が店の半分を埋めるほどに入っていて、ゆっくりとくつろいでいる人が多かった。
そしてそんな中、ユウは小奇麗な顔をうっすらと紅潮とさせながら、どこかたどたどしくスイセンに話かけた。
「あの、スイセン様。私の無理のお願いを聞いてくださって、ありがとうございます」
「ん~、別に問題ないよぉ。ってか、ここまで連れて来て今更だねぇ」
「いえいえ、一応改めて言っておこうと思いまして」
「っくひひひ、そっかぁ。それで何か私に用かなぁ?訊きたいことがあるから、私をお茶に誘ったんだよねぇ?」
「あ、いえ……実はその…」
普通なら淀みなく答えれそうな場面で、ユウは口篭って視線を合わせないようにして俯いた。
一体何に対して恥ずかしそうな反応をしているのか、スイセンには理解しがたい。
なんというべきか、覗いて見ればまるでユウの目つきや口調は恋する乙女みたいだ。
「用って言うほどの用事は無いんです。ただお話したいなぁ、と」
「そう。私はトークが苦手だから、そんな盛り上がる会話はできないけど、私が相手でいいのかなぁ?」
「そ、そんな問題ありませんって!むしろ私がお相手で申し訳ないくらいです!それでですね。先にお一つ訊きたいことがあるのですけど、スイセン様のお好きなタイプってどのような人なんですか!?」
少し落ち着いたと思ったら、すぐにユウは声を荒らげて質問をしてきた。
照れ隠しにも受け取れるが、まるで平静とは程遠い口調で逆に恥ずかしがっているのが強調されている。
そのことにスイセンは面白い子だなぁと思いながら、至って平常心で会話に応える。
「うーん、何だか直球だねぇ。好きなタイプってことは、どのような人が恋愛対象になるのかってことだよねぇ?」
「は、はい!そのとおりです!」
「いやぁ、私はそういうの考えたことないからなぁ。考えたことなくても、そういう人が現れれば自然と恋心を抱くだろうし、特別な好みってのはないのかもぉ」
「そう…なんですか」
スイセンの答えに、ユウは肩を落として呟いた。
今までの人生が過酷なだけあってスイセンがどのような人が好きか、考えたり感じたりするわけがなかった。
とにかく目の前のことで精一杯であったし、せいぜい自分の考えに共感する人物に対して、仲間としての好意を抱く程度の話だろう。
それにスイセンの愛情に近い感情の芽生えがあるのは、同性だが実の姉ミズキにだけだ。
ただ、それも家族愛に過ぎない。
そしてミズキに抱く愛情は家族愛だと、スイセン自身しっかりと認識している。
スイセンはユウの残念そうな反応を気にかけつつも、会話の流れとして同じ質問を返した。
「じゃあ、ユウはどうなのかなぁ?好きなタイプ、というより好きな人がいるんじゃない?すっごく恋心を抱いてそうに見えるけれどぉ」
「わ、私ですか!?私はその……わわっ…!」
スイセンの質問にユウは顔全体を更に紅潮させてしまい、まるで高熱でも出しているのかと思ってしまうほどだった。
しかも実際体温が上がっているようで、手で小さな額や頬を撫でたりと暑さを誤魔化す仕草が見受けられる。
意地悪かもしれないけど、そのユウの子供っぽい様子は見ていて愉快なものがあった。
だからスイセンは質問攻めを緩めず、答えるよう促し始めた。
「ん~、どうしたのかなぁユウは。その反応だと、やっぱり好きな人がいそうだねぇ。誰なのかなぁ。故郷にいる男の子?それとも一緒に旅している男の子のエリックかなぁ?」
「ち、違いますっ…!故郷はそこまで親しい人は居ませんし、エリックとは…その……良い旅仲間だと思っているだけです!」
「いるかどうかの否定ではなく、対象の否定かぁ。ということは、いるのは間違いないんだねぇ。まぁ、私がせっかくお茶を付き合っているわけだし、私に秘密裏に教えてくれてもいいんだよぉ?」
「い、言えません…!恥ずかしいです!罪の告白より、ずっとずっと難しいことですよぉ…!」
そう言ってユウは両手で完全に顔を覆い隠してしまい、一人で勝手に撃沈して唸り始めた。
あまりにも愉快な反応に、思わずスイセンは笑ってしまう。
「っくひひひひ。そこまで恥ずかしいかぁ。なら、名前はいいからどんな人か教えて欲しいなぁ。その人の性格とか」
スイセンの言葉に、一人で悶えていたユウはゆっくりと顔を上げる。
相変わらず両手で表情を隠しているも、指と指の隙間から見える目が明らかに恥ずかしがっている。
誰から見てもその様子は明らかで、ユウから漏れてくる言葉も照れているのが抜けきっていないものだった。
「せ、性格ですか。その、何と言いますかね…。そのお人は、とってもクールで格好良いんですよ。そしてとてもお強くて、異性問わず誰が見ても見とれてしまいそうな可憐さで…」
そこからユウはスイセンの顔を見つめながら言い続けた。
まるで観察する視線だ。
「そして綺麗な水色の髪色に、見ていて吸い込まれそうな青い瞳。綺麗な顔立ちをしていて、顔の一つ一つがとても整っているんです…。でもただ綺麗なだけじゃなく、どこか愛らしさに近い可愛さというものがあって、すごく憧れてしまう顔立ちと身のこなしがあるんですよ」
「ん~、何だかそこまでベタ褒めだと、色眼鏡で相手のことを見ているように思えるねぇ」
「ど、どうでしょうか。確かに恋は盲目と聞きますけど、私にはそう見えるには変わりありません。とにかく、それだけ素敵な人なんです!」
「そっかそっかぁ。よほど好きなんだねぇ」
ユウではなくスイセンは目を逸らして、適当に言葉を返した。
そしてこの時に注文した紅茶が注がれたカップが店員により運ばれて来て、小さなテーブルの上に置かれた。
どこか清涼感混じりの甘い香りを嗅ぎながら、すぐにスイセンはカップに手をつけて口の中へと紅茶を入れる。
軽く一口飲み、ユウの顔を見てあることを考えていた。
明らかにユウは私のことを言っている。
何が要因かまでは分からないが、一種の恋心をユウは私に対して抱いてしまっている。
すぐにスイセンはユウの言葉から、女性を褒めているのだと分かった。
更に目で物を訴えるとはこうだと言わんばかりの、見本のような熱い視線。
だから恋愛経験が疎いスイセンでも、ユウの特別な感情を読み取るのは容易だった。
しかし同性だろうが異性だろうが、好意を抱かれてもスイセンは特別な反応で返すことはない。
ただ相手は自分のことをそう想っているのだと認識するだけであって、余計なサービス精神は持ち合わせていない。
ある意味スイセンらしいクールさと言える。
「じゃあ、ユウはエリックのことをどうとも思っていないことになるのかなぁ?」
スイセンはカップを受け皿に置き、会話を続けた。
すぐにユウも同様にカップを置いて、少し考える素振りを見せながら答えていく。
「う~ん、エリックのことは…良い仲間だと私は思っていますよ。とても強いわけではないのですけど、あれでも頼りにはなりますし、信頼はしています。それでも、私が近くに居てあげなきゃとは思いますけどね。だってエリックったら危なかっしいんですよ!」
急にユウは熱が入ったようにして話し始める。
それも身振り手振りまでして説明をする。
「魔物が襲ってきたら怯まずにすぐに立ち向かってしまいますし、困っている人がいれば勇者のようになるなら人助け!って言って猪突猛進気味に考え無しで助けようとします。正義感が人一倍強いことだけあって、面倒事も人一倍あるんですから!でも、そこがエリックの良い所ではあるんですけど、一人で出来ないことまでしようとするのが不安で…。この前も近くに盗賊団が居るという噂を聞いて、場所を探り当てようとしちゃいますし……」
「っくひひ、なかなか愉快な旅をしているんだねぇ」
「確かに普通に旅をするよりは楽しいかもしれませんけど、私としてはもう少し小さなことを成し遂げていく旅の方が好みですよ。食の街アルパに着いた時だって…」
それからユウは熱心に旅のことを一人で話し続けていた。
まさに何か溜まっていたものがあったのか、スイセンが一つ相槌を打てば長々と語る。
内容は苦労や悪口だったり、楽しかったことや感動したことだったりと様々なことだ。
けれど、話の内容を聞けばどれだけエリックと仲良く旅をしてきたのか伺えた。
その語り口は最早や家族に近いもので、いつだって二人で時間を共にしてきたのが理解できる。
それは愛情以上の感情があるように、垣間見えさえしていた。
しばらく話をした所で、空が暗くなっていることにユウは気がついた。
だから慌てて旅の話を切って、頭を下げ始めた。
「すみません、スイセン様!私一人で長々と話してしまって…」
「いやぁ、大丈夫だよぉ。私も色んな話を聞けて楽しかったからぁ。普段、こういう世間話とか聞く機会が無いからねぇ。何だか新鮮な気持ちだったよぉ」
スイセンの暗殺者という境遇の関係、一人の少女として話すことは滅多にない。
だから世辞ではなく、言葉通り新鮮な感覚は確かにあった。
しかし、すぐにユウは席を立ってスイセンに言葉をかける。
「こんな時間までお付き合いしてくださってありがとうございます!とても感謝感激です!もう時間が時間なので宿屋へ行きましょうか。案内します。あ、お茶代は私がお支払いしますね」
「じゃあ、お言葉に甘えてお願いするかなぁ」
ユウは自分の手持ちのお金で勘定を済ませて、二人で肩を並べて喫茶店から出て行った。
アスクレピオス街に着いた時にはすでに夕闇になりそうだっただけに、空を見上げれば星々が夜空で強く輝いている。
思わずその綺麗な輝きに目が惹かれて二人で見つめていてるとき、スイセンは人混みから視線を感じた。
「む……?」
顔をしかめてスイセンは見渡した。
何となく通行人が見てきただけかもしれない。
しかしスイセンの敏感な感性で反応した時には、視線が消えていて不自然さを覚えてしまう。
目があったから視線を逸らされたわけではなく、スイセンが反応したから視線を逸らされたという気配。
街中のことだから大げさかもしれないが、自分の立場上杞憂で済ますには油断が過ぎる。
「行こうか、ユウ」
「はい、スイセン様!こっちです!」
誰かに視られていることをスイセンは感じながら、二人でアスクレピオス街の夜の道を歩いて行った。




