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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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二つの小さな勝負

スイセンはシャウから離れたあと、ポケットから食べ物を取り出した。

それは干し肉で、昨日ユウから余分に貰ったものだった。

押し付けられたようにして貰った物だが、まさか役に立つようなことがあるとは思ってもいなかった。


「こちらから探すより、気楽に待った方がいいってねぇ。さてと…」


スイセンは干し肉を軽く噛んで、より強く臭いを香ばしくさせた。

そして今は火が消えてしまっている焚き火から、残っている灰を子袋に詰めて持っていく。

それから離れた場所へと移動すると、咥えていた干し肉を自分の手持ちの紐で巻きつけて、更に紐を自分の腕に巻きつけて繋いだ状態にする。


「場所は適当に、っと」


そしてスイセンは草が禿げた地面に子袋に詰めていた灰を流し落とし、その上に干し肉を置く。

これで灰に残った熱で、干し肉が焼けて臭いが強くなる。

こうして干し肉を設置したスイセン本人は、岩陰に身を隠して仮眠をとる姿勢にする。

あとは臭いに釣られてくる獲物を待つだけだ。


「ミズキお姉ちゃん……」


待っている時間が退屈で、ふと頭に思い浮かんだ人物の名前をスイセンは口にした。

シャウから話を聞く限りだと、どうもタナトスがミズキを助けに行ったようだが大丈夫なんだろうか。

ここまでの道中、シャウは一度も心配する言葉がなく、まるでタナトスに対して信頼と自信があるようだった。

確かにタナトスは異常なほどに強い。

他の勇者と比べても決して実力は劣らず、本当に人間なのか怪しいほどだ。

それでも個人の実力に過ぎず、とても団体相手にまで通用とは思えない。

だから助かる希望はあれど、不安な思いの方が強い。

本当は自分が助けに行きたいくらいだ。


「ふぅ……。…ん?」


スイセンは景色を眺めながら待っていると、こちらに向かってくる人がいることに気づいた。

その人は幼く見える女の子で、セミロングの茶髪で頭に花の髪飾りをつけている。

ユウだ。

ユウは手を振りながら早足でスイセンに近づくなり、子供っぽい無邪気な笑顔で挨拶を発してきた。


「スイセン様、おはようございます!起きるのがお早いのですね」


「…そう、おはようユウさん。エリック、だったかなぁ。あの男の子はまだ寝ているの?」


ユウの明るい口調に対して、スイセンの口調はかなり他人行儀に近くて遠慮が強いものだった。

しかしユウはそんなことは気にせず、愛想よく話していく。


「はい、まだまだぐっすりの様子でしたよ。ところで、平和の勇者様はどこにいらっしゃるのですか?よろしければ、朝の挨拶をしておきたいのですが」


「あぁ、今は平和の勇者と私が勝負中でねぇ。どっちが早く魔物を一匹狩れるか競争しているんだよねぇ」


「え、そうなんですか?事情はよく分かりませんけど、勝負しているんですね。邪魔してごめんなさいです。あ、そうだ。問題無いなら、私がスイセン様を手伝いますよ!一人より二人です!」


「ふぅん…?」


協力したいとユウ自ら申し出してきて、スイセンはユウの体をじっくりと見回した。

見たところユウの身にまとう雰囲気だけで、足腰の強さや実力者らしい風貌に近いものを感じ取れなかった。

少なくとも旅人らしいものはあるが、協力と考えるとあまり宛てにすることはできない。

侮るや馬鹿にするわけではないが、実力を見ずとも程度が知れてしまうのが分かってしまった。

しかし決してスイセンはそのことを口にせず、一つの頼みごとをお願いする。


「そう、なら威嚇でもしてもらおうかなぁ。今、私は干し肉で魔物を釣ろうとしているから、相手がこっちの方に来たら大声を出して避けるようにして貰っていい?」


「えっと…、つまり逃げ道を狭めるってことですね!いいですよ、任せてください!」


「うん、ユウは元気いいからねぇ。期待しているよぉ」


特に大して深く考えずスイセンは期待という言葉を使ったが、ユウは本当に期待されていると捉えて両手拳を握って気合を入れだした。

そしてちょうど役割を与えたとき、スイセンは腕が引っ張られる感覚があることに気付く。

干し肉に巻いた紐が反応しているのだ。

話に夢中になっていたスイセンは魔物の接近に気づいていなかったので、急いで岩陰から顔を覗かせて魔物が引っかかったのか確認する。

見れば干し肉を置いた所に猪に似た魔物が二頭いて

、餌にかかっているのが分かった。

すぐにスイセンは短剣を取り出して、狩る姿勢に入る。

そこでスイセンはユウに声をかけようとしたとき、先にユウは立ち上がって大声をあげた。


「がおー!がおー!こっちに来ないで下さいー!」


「ばっ…、叫ぶのが早い…!」


全く想定していなかったタイミングでユウが大声をあげてしまい、スイセンは慌ててしまう。

しかしスイセンの予想とは違って、二頭の猪の魔物はユウの声に反応するなり、こちらの方へと向かって走ってきた。

これはチャンスだとスイセンはすぐに気づき、岩陰から身を乗りだして猪の魔物へと向かって走り出した。

どちらも素早く地面を駆けていくが、衝突となれば猪の魔物の方が(まさ)るだろう。

だからスイセンは猪の魔物と接触する直前に、勢いよく前へと跳んで飛び越えようとする。

見事スイセンが猪の魔物の頭上を越えるとき、スイセンは短剣を振り下ろして猪の魔物の頭を突き刺した。

すると一頭は割れた額から流血し、転倒して地面の上を滑っていく。

すぐにスイセンは着地して、もう一頭の魔物を仕留めようと動き出した。


「うわわっ、こ…こっちに魔物が…!」


しかしもう一頭の猪の魔物はユウへと向かっており、簡単には追いつけない。

ユウはただ慌てふためくだけで、このままだとユウは怪我を負ってしまうだろう。

別にスイセンが気にかけることでは無いかもしれない。

それでもスイセンは鈍く感じる体を動かし、走り出す。

途中で倒れている猪の魔物の頭から短剣を引き抜き、その短剣を振りかぶって投げ飛ばした。

そして投擲した短剣が届く直前、猪の魔物は異様に発達した角でユウの体を貫こうとする。

このままだと短剣が届くまで、僅かに間に合わない。


「うぅ…!」


突然の恐怖で体が萎縮していたユウだが、何とか逃げようとして岩陰に身を隠す。

そのほんのちょっとした時間稼ぎが功を成して、猪の魔物の角がユウを貫く前に、短剣が猪の魔物の体を突き刺した。

猪の魔物は短剣により怯み、攻撃された後ろに振り返ろうとする。

そして振り返る時には、スイセンの影と猪の魔物の影が重なるほどの距離になっていて、スイセンは短剣を振りかざしていた。

素早く的確に短剣は猪の魔物の首元に当てられて、刃は滑るようにして肉を裂いた。

血が噴き出すと同時にスイセンはユウの近くに着地して、何事も無かったように声をかける。


「これでおしまいだねぇ」


「す、凄いです。さすがスイセン様ですよ!もの凄く強いというのは噂通りですね!」


「噂…?」


あくまでスイセンは暗殺者だから、実力に関して噂になるなんて考えづらかった。

やはりこの子は何か勘違いしているなとスイセンは気づきながらも、指摘せず猪の魔物の回収に動き出した。

干し肉はその場に捨てて、せっかくなのでユウに手伝って貰いながら仕留めた二頭の猪の魔物を持っていく。

勝敗を決めるのには一頭で充分なのだが、自慢したいというちょっとした見栄が働いたからだ。

特に意味は無い。

焚き火があった場所へと戻ったとき、シャウはまだ戻ってきておらず、スイセンは自分の勝利を確信してほくそ笑む。


「っくひひひ、私の勝ちみたいですねぇ。しかも二頭。これは平和の勇者の悔しがる顔が楽しみだなぁ」


たいしたことない勝負ではあっても、自分の勝ちには変わりない。

これで少しは見返せると思い、スイセンには満足気な気持ちが少なからずあった。

そうして数分後にはユウはエリックを起こし、朝食を取ろうとしたときにシャウが戻ってきた。

一体何があったのかよく分からないが、シャウは足元を濡らしていて、肩には鳥型の魔物が担がれていた。

意気揚々と戻ってきたもの、すぐにスイセンの方が早かったことに気づくなり、悔しそうに愚痴を漏らす。


「うぅ…まさかスイセンちゃんの方が早かったとは…。しかも二頭も捕らえているなんて完敗だよ。でもね、上手くいけば絶対に私の方が早かったんだから!」


「それ、完全にただの言い訳ですよねぇ?負けは負けなので、約束したことはしっかりと守って下さいねぇ」


「わ、分かってるよ。言いだしっぺだから、それくらい守るもん!守ってやるもん!そして働き者のシャウ様凄いですねって、(ねぎら)って貰うんだから!」


シャウは少しヤケクソ気味に言っている間、ユウはエリックが寝ているときに何があったのか説明していた。

するとその話を聞いたエリックが大声をあげる。


「えぇ、目の前で戦闘を見せてもらったの!?うわー羨ましい!それは僕も見たかったな!」


「うふふー。スイセン様の動き凄かったんだから。まさに目にも止まらない早業って言葉が、すごく似合う光景だったんだよー」


とは言っても、スイセンは本調子というわけではない。

そんなことを楽しそうにユウが話していると、エリックの見たかったという反応にシャウは気づいて、近づいて声をかけた。


「ふふーん、エリック君。そんな見たいなら、間近で私の実力で良ければ見せてあげようか!」


「え、本当にですか!願ってもないお言葉です!」


「そっかそっか。そこまで嬉しそうにしてくれると、こっちも嬉しいよ。じゃあ、構えて立ってごらん」


「……はい?」


シャウの言葉にエリックは嬉しそうな表情から一変して、一気に不思議そうなものと変わる。

どうもシャウの意図が理解できなかったようだ。

けれど隣に居たユウは察したようで、エリックに耳打ちした。


「もしかしたら平和の勇者様と手合わせしようってことなのかも」


「え、えぇ!?手合わせ!?そんなの無理だよ!死んじゃうよ!」


エリックのその言葉についシャウは苦笑し、笑いながら言った。


「わははは。何も殺したりしないし、ケガをさせる気もないよ。それにもしケガしたって、私の治癒で治してあげるから気にしないで向かっておいで」


「いやぁ、それでも…僕なんか相手に……」


「そうだね。エリック君は私の足元にすら及ばないかもしれない。でもね、エリック君。男には強敵に立ち向かわない時が必ず来るんだよ!それに昨晩、私は話をしたはずだよ。強敵が現れても、私はただ逃げるだけってことはしなかったって!」


実は昨晩、シャウは勇者について少しだけ話していた。

たとえ自分が貧弱な勇者でも、絶対強者である魔王との対峙は避けられない。

だから自分がいくらちっぽけな人物であろうと、勇者である限り強者から逃げることはしなかったと。

エリックはそのことを思い出し、シャウに奮起させて貰って手合わせする気を持ち始めた。

そして強い意思を持った目でエリックは答える。


「そう…ですね。僕、やります!いえ、手合わせさせてください平和の勇者様!」


「うん、いい返事だね!その一言を私は聞きたかった!じゃあ、やろうか」


こうして二人は少し開けた場所へと移動し、エリックとシャウは向かい合わになって構え合う。

武器は無し。

組手による純粋な手合わせ。

どれほどエリックが体術に自信があるかのか、又は無いのか分からないが、どちらにしろシャウは手を抜くつもりはない。

相手をする以上、しっかりと自分の腕前を見せるだけだ。

決闘というわけではないがユウが立会人となり、近くで見守る事となる。

スイセンは興味なさそうにしていて、黙々と猪の魔物を捌いていた。

スイセンからしたら見るまでも無いという判断だ。

そしてユウは手をあげて、開始の宣言をした。


「じゃあ私が合図を取らせて貰います。手合わせ、始めてください!」


ユウの言葉と共に、シャウは一気にエリックに接近した。

素早くシャウはエリックの腕を掴むなり、引っ張りながら足払いをかけて完全に姿勢を崩した。

このとき、エリックもシャウの腕を掴んでいたが、まるでビクともせず技術だけではなく力の違いも実感する。

それからシャウはエリックを仰向けに地面に叩きつけて、背中に乗ってマウントを取った。

更にシャウはエリックの片腕を引っ張っては首元にも腕を通して、軽く首を絞める体勢をとる。

そのままエリックがえび反りの姿勢にさせられて、その時点で組手は終了。

本当にあっという間のことだった。


「…っと、こんなものかな」


シャウはエリックを手放して、マウントをやめて開放した。

そしてエリックは体を少し痛めたようで、多少はふらつきながらも立ち上がる。


「やっぱり平和の勇者様はもの凄く強いですね…。まるで歯が立ちませんでした」


「まぁ私は実力というより経験が豊富だからね。相手にできなくても仕方ないから、落ち込まないでね。むしろこの経験を糧に頑張って欲しいよ!」


「励ましまでくれるなんて、僕は幸せ者です…。もちろん頑張ります!頑張って強くなって、いつか平和の勇者様と対等になれる人になってみせます!」


勢いだけの発言かもしれないが、とても純粋で少なくとも今は強くそう思っていると分かる言葉だ。

その言葉にシャウは満足して、優しい微笑みで返した。

そしてこの後に朝食をとって移動の準備を終えて、シャウとスイセン、エリックとユウの四人は医薬の街アスクレピオスへと向かって歩き出した。


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