四人の野宿
それからシャウがなだめ続けた後、ようやくエリックとユウの二人は心を落ち着かせ始めた。
だが興奮おさまらない様子のままで、目が輝いていて表情は嬉々としている。
それでも何とか話そうとして、改めてエリックから自己紹介を始めた。
「すみません平和の勇者様!つい興奮してしまって…、遅れながらも僕はエリック・ルノールと言います!よければエリックと呼んでください!」
頭にハチマキを巻いた男の子がエリックと名乗ると、次にユウと呼ばれ続けていた女の子が小さく頭を下げて自己紹介する。
「私はユウ・エルリストです。ユウと呼んで下されば感激です!」
「うんうん、エリック君とユウちゃんだね。おっけー覚えたよ。あと、私の後ろに居る可愛い無口系少女はスイセンって名前なんだ。仲良くしてあげてね!」
そこでスイセンは会話の流れとして、無愛想な表情ではあったが軽く頭を下げる。
するとそこでエリックとユウは突然、二人で小声で内緒話を始めた。
最初にユウが手で口元を隠しながらエリックに耳打ちをする。
「ねぇねぇ、エリック。平和の勇者様の連れってことは、もしかして唯一の生き残りの偉大な仲間の一人なのかな?」
「た、確かにそうかもな!俺の聞いた話では半獣半人だった気がするけど、聞き間違だったかもしれない。あとで平和の勇者様とスイセン様のサインを貰っておかないとな!」
「うん!」
二人はそんな内緒話をした後、スイセンの方へ向き直って元気よく頭を下げて挨拶の言葉を返す。
「よろしくお願います!スイセン様!」
「さ、様…?」
予想外の大声による反応と敬称をつけられたことで、思わずスイセンは少し驚きと戸惑いを覚えた。
そのことにシャウはほくそ笑み、意地悪らしい口調でスイセンに囁く。
「様だってさ。よかったね、何だか尊敬されているようで」
「……この子達、何か勘違いしているんじゃないかなぁ?」
スイセンは疑問を抱くと同時に、何だか見た目通りに二人が子供らしい印象を受ける。
そしてシャウとスイセンは焚き火に近づいて腰を下ろし、他愛ない会話をシャウから始めだした。
「ねぇねぇ、そういえば二人はどういう関係なのかな?旅の道中で知り合った仲とか?」
この質問に先にエリックが答えた。
「あ、僕たちは同じ故郷の生まれなんですよ。いわゆる幼馴染ってやつです」
「そうなんです!それで、私たちは平和の勇者様に憧れて旅に出ているんですよ。平和の勇者様みたいに強くなって人を助けたいと思って」
ユウの言葉にシャウは感心したようにして頷く。
そしてどこか得意げな表情で、素直に褒める言葉をなげかけた。
「なるほど~。それはなかなか素晴らしいね。行動に移すことは良い事だし、何より私を目標にしてるのがいいね!これからも精進して、どんどんと強くなりたまえ!」
「はい!」
「うん、いい返事だね。それで、お二人さんは今は医薬の街アスクレピオスに向かっているのかな?」
シャウの言葉に、エリックが前かがみになって食い気味に答えようとしてきた。
どうも憧れの人物であるシャウと話したくて、仕方ない態度だ。
さっきから最初にエリックが反応してくる。
「そうなんです!もしかして平和の勇者様もアスクレピオスへ?そうだったら、そこまで御一緒しませんか!」
「う~ん、私達と一緒にねぇ」
どこか渋りがちなシャウの反応に、エリックは自分が図々しいことを言ってしまったかと後悔する。
けれど、そこでユウが話し出して会話に間が開かないようにした。
「すみません、なにか問題がありましたか?」
「いやぁ、問題ってわけじゃないけど、逆にこっちが迷惑をかけそうだからなぁ。とは言っても、道は一緒だし別にいいのかも。スイセンもそれでいいよね?」
「私も特に問題視することはないですねぇ…」
シャウの問いかけにスイセンは流し目で、どこか投げやりに答えた。
けれどそのスイセンの視線はエリックとユウをしっかりと捉えており、観察しているようにも受け取れる。
シャウはそのことに気づきながらも余計なことは口にせず、エリックの方を向き直って了承の言葉を発した。
「うん、じらしてごめんね。私達もアスクレピオスが目的地だから一緒に行こうか。短い道中だけど、よろしくね~」
シャウの明るい答えに、エリックとユウの心配そうな表情が一気に明るいものへと変わった。
そして真っ先にエリックが歓喜の声をあげるのだった。
「本当!?やった、よかった!あの平和の勇者様と一晩だけでも旅ができるなんて夢のようだ!あ、そうだ。お腹空いてませんか?実はこれがあるんです」
「ん、なにかな?……はっ!この鼻腔を刺激してくる芳しい臭い、もしや魚類の干物…!?」
「そうです、そうなんですよ!それもイカのスルメ!実は風の噂で平和の勇者様の好物と聞いて、常に持ち歩いているんです!」
「素晴らしい、素晴らしいよエリック君!早速、焚き火で焼いて、焼きスルメとして頂こうじゃないか!今日一番のご馳走だよ!」
スイセンからしたら何がご馳走なのか理解に苦しむも、シャウは活き活きとした様子でスルメイカをエリックから貰っては焚き火で丁寧に炙り始めた。
スルメイカは熱で少しずつ水分が飛んで形が変形していき、うっすらとした焼き目と共により強い香りを放ち始める。
その臭いはシャウにはあまりにも魅力的で、誘惑的で、暴力的と言ってしまってもいい独特な香り。
海の幸を漂わせる生臭さの中にある優雅な香りが、強烈な食欲を湧かせてシャウの嗅覚を虜にする。
そして焼き目と臭いがついたところで、シャウはスルメイカを夜空へ掲げて恍惚とした表情で眺めた。
「あぁ…、いいねいいねぇ、この臭い。海の幸ならではの魅力だよ。そして魅惑ある色鮮やかさに、気品ある造形。足の部分から噛んでいこうか、それとも頭から咥えて味わっていこうか迷うよ。もう眺めているだけで、私の心は幸せだよ~」
どことなくうっとりとした眼差し。
スイセンは自分も自分の姉であるミズキも魚類関係は好きではあるが、シャウと比べたら格段に好きという感覚は劣るのが分かった。
それほどまでにシャウの表情や目つき、口から漏れてくる賞賛にも似た言葉は満足げで幸せそのものだった。
このことに、スイセンはついぼやく。
「なるほど。もし平和の勇者を毒殺するなら、魚類に含んでおけばいいんですねぇ。いい情報を得ました」
「もう、スイセンちゃんったら怖いこと言わないでよ。今は心にたっくさんのゆとりを持って味わいたいんだから」
「なら、早く口に入れて味わったらどうですかぁ?ワインのように色や香りとじっくり楽しむのも結構ですけど、一番おいしい瞬間を逃してしまいますよぉ」
適当にスイセンは言って、早く食べてと遠まわしな台詞で促した。
その言葉に納得したシャウはスルメイカを頬張り、歓声をあげて満面の笑みといったリアクションをする。
そして次にユウが、手荷物から手のひらサイズの干し肉を取り出した。
「はい、スイセン様。干し肉です。どうぞ召し上がってください!」
「うん?干し肉なのは見てわかるけど、なぜ私に?」
スイセンの真っ当な返しに、ユウは少し戸惑いを見せた。
それに困った声色で突然訊いてくる。
「あれ?確かスイセン様って干し肉がお好みじゃなかったですっけ?」
「特別好きでもなければ嫌いでもないけれどぉ…、ひとまずありがたく貰いますねぇ」
スイセンはそう言ってユウから干し肉を受け取り、臭いを嗅いでから口に入れて頬張った。
そのことに気づいたシャウはスイセンを眺めつつ、そういえばポメラ師匠は干し肉を好んでいたなぁ、と思いながらスルメイカをあっという間に食べてしまう。
「うむ、いいスルメイカだったぞエリック君」
「あ、ありがとうございます!」
シャウがエリックを褒めたところを見たユウは、どことなく羨ましそうだった。
そしてちょっと照れた表情と口調で、スイセンに訊いてみる。
「スイセン様。あの、干し肉の味はどうでしたか?」
「え?普通かなぁ」
「普通……、そうですか…」
ちょっと期待していた反応と違ったことに、ユウはどことなく残念そうに呟いた。
ちょっと悲しそうな子供っぽい表情。
すぐにスイセンは期待はずれな返答したことに気づき、続けて答えた。
「でも、私は好きだよ。さっき食べた干し肉」
とってつけたようなスイセンの気遣った言葉。
けれど、その褒め言葉がユウには嬉しくて、寂しそうな雰囲気からうって変わって楽しそうな口調で言う。
「本当にですか?ありがとうございます!まだあるんで、差し上げますね!」
自分に向けての笑顔と言葉だと思うと、スイセンは何だか歯がゆいような恥ずかしさを感じた。
だからつい顔を逸らして、できるだけ感化されないようにしてしまう。
それからは携帯食料で慎まやかな夕食をとり、シャウの魔王討伐についてのことを話題に四人は話していた。
この時もやはりエリックが率先して、シャウに質問をすることが多かった。
魔界大陸はどのような環境だったか、恐ろしい魔物と対峙した時はどう対処したのか、どのような旅をしてきたのか、魔王の所にはどうやって辿り着いたのか、他の勇者様はどのような人なのか。
それらをシャウが答えてはユウとエリックが目を輝かせて、スイセンがほとんど無言で眺めているという状況だった。
そしてやがて四人は眠りに入って、比較的平和に一夜明かす。
まだ朝日が昇りきってないころ、エリックとユウが熟睡しているのに対してスイセンとシャウは目を覚ましていた。
気温は肌寒く、風は穏やかで草原の草を撫でるようで、雲が少ない綺麗な空。
とりあえず朝の習慣としてシャウは眠っている二人から離れた場所で、ゆっくりと体を動かして演武の準備に入る。
その光景をスイセンは遠目に見ていたが、演武をし始めようとしてきた頃に近づいて、シャウに声をかけた。
「おはよう、平和の勇者さん」
「うん、おはようスイセンちゃん!どうしたの?何か用?」
「別に……。これといった用はないですけどぉ、平和の勇者の動きでも観察しようかなぁと」
「おー、何だか抜かりないって感じだね。仲間の動きを知っておくのは良い事だからね。コンビネーションやカバーって、もの凄く大事だし」
このシャウの言葉に、スイセンは薄く笑う。
ほんの数日前までは暗殺者として敵対していたはずなのに、暗殺の対象から仲間呼ばわりされるなんて滑稽に思えたからだ。
普通なら信頼していても、なかなかに言えることじゃない。
でもシャウという人物なら、仲間と言い出しても違和感がないのが恐ろしいところだ。
それからスイセンは口元をマフラーで隠して、シャウの発言のことを口に出した。
「仲間、ですかぁ。平和の勇者はよくそう簡単に言えますねぇ」
「…うーん、あのさスイセンちゃん。平和の勇者って呼び方さ、変えない?仲間なんだし、気軽にシャウちゃんって呼んでいいんだよ?」
「それはかなり抵抗ありますねぇ。仮に仲間だとしても、そこまで親しい仲になった記憶が私には無いのでぇ」
「そっか。それならさ、一つ勝負しようか」
「勝負?」
スイセンはシャウの突拍子のない言葉に、不思議そうに呟いた。
見ればシャウはどこか不敵であり、楽しそうとも捉えれる表情だった。
それは、遊び心いっぱいの子供が悪戯を思いついた表情そのものだ。
「勝負って言っても組手じゃないよ。どっちが魔物を一匹狩ってきて、ここまで持って来るかって勝負。ね?簡単でしょ」
「そう……私はまだ本調子には程遠いけど、良いハンデですかねぇ。いいですけど、私が勝った場合はどうするんですか?」
「え、スイセンちゃんが勝った場合か。考えてなかったな。そうだね、スイセンちゃんが勝ったら、医薬の街アスクレピオスでタナトス達が来るまでゆっくりしていていいよ!私が情報収集や捜索するから!」
「あまり魅力的な褒賞じゃないですけど、悪くもないですねぇ。いいですよ、受けて立ちましょうかぁ。では、今すぐスタートで」
「よし、負けないからね!」
そう言って、シャウとスイセンはそれぞれ動き出した。




