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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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嵐の前の夜

気が付けば深夜になっていた。

どこまでも空虚で、ほのか灯りを持つ月すらを飲み込んでしまいそうな深淵なる暗闇が世界を包む。

夜だけに吹く冷たい風が木々を撫で、葉をざわめかす。

自然と神経が研ぎ澄まされ、あらゆる環境が情報となって自分に伝わる。

虫の音、水のせせらぎ、動物の息、魔物達の視線、木々と獣の臭い。

今なら全てを感じとれる。

タナトスは軽く溜め息を吐き、淀みを世界に漂わせた。

赤みがかった毛先が風で揺れ、冷たい風は静かに頬に触れてくる。

そんな中、タナトスは赤く染まった目で辺りを見渡しながら足を進めた。

かすかに息をきらしつつ、前だけを見つめて進んでいく。

すでにタナトスは自分が居を構えている森まで来ていた。

だが、ここまで戻るに費やした時間は約一日半。

それまで休みなく走ってきたが、さすがに体力の消費は激しくて目眩が襲ってくる。


「……いい加減にしろよ。雑魚が…!」


木々に隠れて見つめてくる視線が酷く鬱陶しく、苛立ちのあまりタナトスは暴言を吐く。

今のタナトスは些細なことで怒り狂ってしまいそうな状態だった。

それほどに神経が苛立っていて、冷静とは程遠い。

だが逆にその殺気に当てられて、敵意を向けてくる魔物も少なくはない。

そして三頭の狼の魔物がその殺気に敵意を抱き、タナトスに向かって走り出した。

軽快な足音を鳴らし、先頭を走る一匹が鋭い牙を剥き出しにしてタナトスへと飛びかかる。

その瞬間だった。

先頭を走っていたはずの狼の魔物の頭は地面へと衝突し、原型を留めないほどに無残に潰れていた。

続けて二匹目、三匹目とタナトスに向かう前に死んでいく。

どれも無残で、一瞬で、悲鳴をあげる間もなく命が途絶えている。

そんな死体をタナトスは冷め切った瞳で見下ろした。

手には果物を殴り潰したように、液体がこびりついている。

その跡は殴りつけてついたものだろうか、それとも叩きつけてついたものか、または握りつぶしたのか、誰も観測していないから知る由もない。

それからだった。

タナトスが自宅へと向かうまでに、異常なほどまでに辺りに血が飛び散っていくのは。

魔物の死体はどれも頭だけが潰されていて、地面に転がるばかり。

そして地面の死体が一つ増えるたびに、タナトスの体を染める赤色も増えていっていた。


そんな惨劇が続く森の中をしばらく歩き続け、ようやくタナトスは自宅に着く。

小さな自宅の中は真っ暗な空間で何も見えないが、タナトスは慣れた手つきでマッチを手に取っては火をつけてランタンに灯りを点ける。

すると薄汚れた部屋を照らし、どこに何があるのかようやく視認できるようになった。

タナトスはランタンを手にして自宅を漁り始めて、手早く戦闘の準備を進めていく。

狩猟で使っていたボウガンと短剣、それと他に使えそうな道具類。

二年前に使っていた右腕だけの篭手に、左手用のグローブ。

更に服も全て新しい物に変えて、ブーツも履き替えた。

そして魔界大陸の希少な鉱物で作られた剣。

この剣は二年前までは、タナトスが使っていたひとふりで死神の刃として恐れられていた魔剣だ。

魔界大陸の鉱物の特性でうっすらと光りを放っていて、暗闇の中で魔剣を振るえば青い光りが軌跡として描かれる。

そのため魔剣は青い破壊の死神(ブルーゾーク)と呼ばれ、ありとあらゆるものを斬れるが故に、魔王幹部にすら恐れられ続けていた。

タナトスはその魔剣を鞘に収めて、腰へと差す。


「まだ、早いか……。焦ってもしょうがない…、少しだけ……少しだけ休むか」


タナトスはそう呟き、疲れきった体で自分が使っていたベッドへと腰を下ろした。

そして寝転がることはせず、そのまま目を瞑り仮眠を取る。

深い眠りに入らないように気を付け、魔剣の柄に手を添えたまま静かに眠りへと入っていく。

今頃、ミズキはどうしているだろうか。


ミズキは馬車の中、静かに揺られていた。

手足は縛られていて、精兵に見張られているために身動き一つ取れない。

というより、こちらが意図していない動きをするだけで首を撥ねられそうな雰囲気だった。

当たり前かもしれない。

なぜならミズキは王様を殺した暗殺の容疑をかけられている。

厳重に監視されるのは避けられない。

それでも恐怖で体の震えは止まらなかったし、逃げ出したい思いでいっぱいだった。

今、ミズキの手元に武器となるものはない。

それは別の馬車で護送されているポメラも同じだろう。

ポメラは暗殺関連の容疑者、厳密には暗殺を企んだ一員として護送されている。

だからポメラもこのままでいけば、拷問では収まらず処刑される可能性は充分にある。

このままではいけない。

そうだと分かっているのに、今の自分は手詰まりだった。


スイセンは無事だろうか。

奇跡の勇者様を相手にして無傷でいるとは思えない。

できれば大けがを負ってないと嬉しい。

シャウさんも別の部隊に捕まっていないだろうか。

いくらシャウさんが強くて傷を治せても、動きを封じられたらそれまでだ。

それにシャウさんは無茶をよくするから、余計に不安と心配が残る。

そしてタナトスさんも奇跡の勇者様を相手にしているから、無傷ではないと思う。

けれどあのタナトスさんが負けるなんて想像がつかないし、スイセンと一緒に戦っているから絶対に勝っているはず。

少なくともスイセンとタナトスさんの二人が捕縛されていることは、絶対に無い。


……問題は助けに来てしまうかどうか。

この状況、助けるのは非常に困難だとミズキ自身よく分かっている。

助けにきた人物が例えタナトスだろうと無事で済むはずがない。

でも助けて欲しいという気持ちは強い。

けれど怖かった。

自分のために誰かが傷つくなんて耐えられない。

だから、見捨てても構わない。

自分がいなくても、旅を続けれることは可能なんだから。

もし処刑されるとしても、ミズキは受け入れるつもりでいた。

それが自分の運命なんだと諦めないと、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

だからミズキはうっすらと涙を流す。

そして、馬車の足音で消えてしまうほどの小さな声で呟いた。


「助けてください……タナトスさん…」


その言葉は、ミズキの本心だった。


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