奇跡の勇者アカネ
大陸に現存する四人の勇者の一人、奇跡の勇者にポメラは攻撃的に言葉をぶつけた。
けれどポメラの言葉なんてどこ吹く風と言わんばかりに、奇跡の勇者は余裕の笑みを決して崩さない。
それから奇跡の勇者は丁寧な動きを見せつつ、落ち着いた口調で話し始めた。
「くすくすくす。どういうつもりかなんて、ちゃんちゃら可笑しいわポメラ。こそこそと行動していたようだけど、言い訳なんて聞かないわよ。何故なら私の優秀な仲間達が、貴方たちが国王暗殺者と山で仲良くしている姿を見ているのだから」
まさに、いつの間にと口に出さずとも五人は同じことを思った。
気配を断つことに優れていて敏感な感性の持ち主であるスイセンですら、監視の目に気付くことはできなかった。
となると、想像がつかないほどに遥か遠くから見られていたのか。
何しろ観察者が優れていたのは間違い無くて、さすが勇者の仲間だけあると思うしかない。
そして武器を取り出して身構える五人を前に、奇跡の勇者は気楽に話を続ける。
「それはともかく、初めて会う方がいるから自己紹介をしておきましょうか。私は神の村シェンの巫女であり、奇跡の勇者。名前はアカネ・ルビアと申し上げます。どうぞお見知りおきを」
奇跡の勇者はアカネと名乗ると、不気味なほどに綺麗で丁寧なお辞儀をしてみせた。
それから奇跡の勇者アカネはお辞儀をして下げていた頭を少し上げて、わざと悪意ある笑みを見せつけて呟くのだった。
「どうか私の名前を忘れないで頂けると光栄ですわ。この愚者どもが」
奇跡の勇者アカネが乱暴な言葉を吐くのと同時の出来事だった。
タナトス達の頭上に目掛けて真上から二本の矢、更に山の木々から一本の矢が襲ってきた。
それにいち早く反応したポメラがモーニングスターを振り回し、真上から降ってくる二本の鋼鉄の矢を弾き飛ばす。
続けて山の木々から飛んでくる一本をシャウが三節焜で弾き、すかさずスイセンとタナトスが前方に走り出て奇跡の勇者アカネへと間髪なく襲いかかった。
咄嗟の行動にしては、連携が取れていて的確と言える動きだ。
しかしスイセンとタナトスという二人の実力者に襲われているにも関わらず、奇跡の勇者アカネは微動だにしなかった。
「悪いが、リール街のこともあるから手加減はしないぞ!」
タナトスはそう言いながら剣を振りかぶり、スイセンとほぼ同時に武器を振り下ろした。
でも奇跡の勇者アカネに刃が触れる直前、どこからもなく複数本の閃光が迸って、タナトスとスイセンの斬撃を弾いた。
まるで鐘を叩いたような気持ちのいい金属音が鳴り響く。
だがスイセンは弾かれると同時に体を捻り、奇跡の勇者アカネに回し蹴りを放っていた。
「あらあら、ずいぶん暴力的ね」
奇跡の勇者アカネはそう呟きながら片手でスイセンのまわし蹴りを受け流しては一歩下がり、火を灯したランプのように輝く横笛を振るう。
すると横笛の動きに合わせて、どこからもなく発生した無数の閃光が鞭のようにしなりながらタナトスとスイセンに襲いかかる。
今は追撃を仕掛けたから、スイセンは防御の動きは取れない。
だからタナトスが自ら一歩前に出て、剣を高速に振るうことで無理に閃光の刃を受けようとする。
しかしリール街の時と一緒だ。
閃光が刃に触れる直前、閃光はうねって剣を避けて狙いまで変えてきてタナトスを切り裂こうとしてくる。
「厄介な技だ!」
次にタナトスは足をしっかりと地につけて、軸足に力をかけて素早く体を逸らすことで紙一重で避けてみせる。
だがタナトスの回避行動を読み切られていた。
すぐに奇跡の勇者アカネは横笛を振るって、新しい閃光の刃で足元を切断しようとする。
「おっと…!」
足元の攻撃を回避するためにタナトスが宙に跳んでみせたが、絶え間なく奇跡の勇者アカネは閃光を操って、閃光の刃を槍として彼の体を貫こうとする。
しかし閃光の刃がタナトスの体に触れる前に、スイセンが動き出していて短剣で閃光を打ち払った。
完璧なカバーだった。
それからは閃光の刃と斬撃が交差し合った。
このことに奇跡の勇者アカネは楽しそうに笑う。
「あらあら素敵じゃない!格好いいわよ、貴方たち二人!なんて最悪なのかしら!」
こうしてタナトスとスイセンの二人はお互いカバーをしていきながら、奇跡の勇者アカネと一進一退の攻防を繰り広げていく。
その間、ポメラとシャウとミズキの三人は連続で射られる矢の対処に追われていた。
絶え間なく降ってくる矢は確実に動きを読んできていて、移動した先に落ちてくる偏差撃ちだった。
ありえないほどの先読みの射撃で、矢を撃っている人物の実力が垣間見える。
シャウとポメラは武器で攻撃で矢を打ち払っては、ポメラは臭いを嗅ぎ分けて矢を撃ってくる人物の場所を特定しようとした。
しかし臭いを感じ取れない。
鼻が利くポメラが敵の臭いを察知できない理由は一つしかない。
臭いを誤魔化しつつ、鼻で嗅ぎ取れないほどの長距離射撃で仕掛けてきていることになる。
このことに焦りを覚えたのはシャウで、一緒に矢を打ち払っているポメラに声をかけた。
「どうするの師匠!狙撃者を仕留めにいく!?」
「敵の狙いはこちらの分断と分かっておるが、そうしなければいけないようじゃな。悪手と分かっていて、そうしないといけないとは最悪だのう…!シャウ、ミズキを頼んだぞ!私が奇跡の勇者の仲間を落としてくる!」
「おっけー!多分、こちらに他の奇跡の勇者の仲間が来るだろうけど、奇跡の勇者の仲間は狙撃手の他にあと一人だけだからね…!安心して任せて!」
そんな会話のやり取りを矢を弾きながらして、ポメラは木々が生い茂った山へと再び足を踏み入れた。
それからシャウとミズキは近寄って武器を構え合い、できるだけ隙を見せないようにする。
それからだ。
その様子を奇跡の勇者アカネはタナトスとスイセンの攻撃を捌きながら遠くから見ていて、ポメラが森に入った姿を見ると横笛を一瞬だけ空高く上げた。
すると閃光が空を駆け抜けて雲すら裂いた。
とんでもないことだが、攻撃としては全くの無意味でしかない。
一体何だとタナトスとスイセンは思いはするも、その行動の意味を理解することはできない。
だから思わずスイセンが奇跡の勇者アカネに問う言葉をかけた。
「一体なのつもりなんですかねぇ…?」
「くすくすくす、さぁ…なんでしょうね?それより数瞬とはいえ、悠長に構えて大丈夫なのかしら。もっと激しくいくわよ」
奇跡の勇者アカネは不敵な笑みを浮かべては、続けて閃光の刃を振るった。
再びタナトスとスイセンは過激な攻防をすることになるが、先ほどの奇跡の勇者アカネの行動の意味をすぐに知る事になる。
それは奇跡の勇者アカネと戦闘繰り広げている場所から、数百メートル以上も離れた所のことだ。
そこには一つの寂れた砦が佇んでおり、多くの城の兵士の姿があった。
この兵士らは主要都市リール城で鍛え上げられた精鋭の者達で、シャウでも厄介に思えるほどの精兵だ。
一人一人が確実にミズキ以上の実力の持ち主で、頭数は二十人を越えている。
そして一人の兵士が空を裂く閃光を見て、他の兵士たちに声をかけた。
「奇跡の勇者様からの合図だ。みんな出るぞ!」
奇跡の勇者アカネの一見無駄な行動は狼煙として機能し、援軍を呼ぶ合図となっていた。
でも最悪なことに狼煙は精兵にだけではなく、この合図はポメラが足を踏み入れた山に潜んでいる者達にも伝わる。
山には奇跡の勇者のパーティーの狙撃手を含めた二人が居て、ポメラ迎撃に動きを変えた。
こうして多くの者達が動き出し、タナトス達の戦況は一気に悪化していくのだった。




