シャウのおはよう
翌日。
朝特有のまどろみ。
その感覚がタナトスの体を包んでいて、さすがのタナトスも長時間眠りたくなる気持ちでいたくなってしまう。
だからつい一眠りしようと布団を被り直そうとしたとき、元気すぎるあの声が轟いてきた。
「おーい起っきろー!タナトスくーん!あっさだぞー!朝の中でも、とびっきりの朝だよー!起きろや、このぉ~!」
「う…うるせぇ…!」
セミロングの茶髪にアホ毛が跳ねていて、ピンクのリボンの髪飾りをつけた綺麗な体のラインをした少女。
その少女は天真爛漫な様子でミニスカートを揺らしながら、笑顔でタナトスの布団をひっぺ返すのだった。
更にそこから、まくし立てるように早口で少女は怒涛の勢いで喋っていく。
「まだ起きないのかな?そろそろ起きてもいいんだよ?というか起きようよ!起きて組手しよ!組手組手、幾年の時も経た懐かしき手合わせをしようじゃないか!さぁ立て宿命のライバルよ!」
「…あのなシャウ、お前は病み上がりなんだ。なのに俺がお前に対する第一声がうるさいというのは、さすがの俺でも不本意なものがあるぞ」
タナトスにシャウと呼ばれた少女は、一瞬だけきょとんとする。
それから数秒だけ唸って考えると、満面の笑みで言い出した。
「なるほど。つまりタナトスは私のことを心配してたってことだね!おっけーおっけー。それは感謝するよ!でも大丈夫。この平和の勇者シャウ、見事……完全復活いたしました!やったね!もう元気が有り余って大変なくらいだよ。ね、大変なくらいじゃない?そうでもない?そうでもないか!もっと元気な方がいいか!そうだよね~!わははははー!」
明らかに元気の良さが一段とキレを増していて、もはやタナトスが口を挟む隙は一切無かった。
それなりに綺麗な女の子に笑顔で起こされるのは良い事かもしれないが、さすがに起こし方に問題がある。
眠ったはずなのに、すでに疲れを覚え始めたタナトスは呆れ切った眼差しでシャウの笑顔を見ることしかできなかった。
「ところでタナトス!」
「あ…?なんだ?組手なら、するにしても後にしてくれ…」
「あ、組手は冗談だったのに付き合ってくれるのね。じゃなくて、さっき寝ぼけ眼のミズキちゃんから聞いたよ。あのスイセンって暗殺者を護衛するんだってね」
「寝ぼけ眼って…お前、ミズキにも容赦無しか……」
「それで、具体的にどうするのか決めているの?」
タナトスの突っ込みを耳に介さず、シャウは質問を投げかけてくる。
もう余計な言葉は聞いてくれないとタナトスは諦めて、頭の寝癖をかきながらタナトスは答えた。
「具体的なことはまだだが、目的はあるぜ。簡単に言えばスイセンに暗殺の命令を出した奴を引きずり出し、そいつに罪を認めさせるってとこだな」
「なるほどなるほど。まぁ、とりあえずの考えとしては悪くないんじゃないかな。それで、肝心の目的地は分かっているの?」
「それはまだ……スイセンから聞いていないからな。あいつがどれだけ協力的になってくれるか分からないが、姉妹のミズキに心酔している面があるから大丈夫だろ」
「う、うっわ~。私が言うのも何だけど、いい加減な発言だね。けど、スイセンに聞いてみないと始まらないか。じゃあ後で聞きにいこうか。まずは朝食をとって、次に組手。それからポメラ師匠の家に戻る!いいね?」
自分勝手な予定を組まれたものだとタナトスは思うが、シャウの強情さはすでに身に染みて分かっている。
だからタナトスはぼんやりとした意識の中、頷くことしかできず、シャウの気が済むように付き合うしかなかった。
そしてシャウはスキップを踏みながらタナトスから離れるとき、思い出したようにタナトスは声をかけた。
「そうだ、シャウ」
「ん、何かな愉快なタナトスちゃん」
「ちゃん付けはやめろ。…全く、この調子だと言いたいことも言えなくなるな。とにかく、元気になって良かった」
「え?あぁ…うん。おかげさまで。ありがとうタナトス」
タナトスの名前を口にするとき、シャウは口元を緩めてとびっきりの笑顔を見せた。
それはタナトスに心配されていたんだ、という純粋な嬉しさによるものだ。
感情を素直に表に出すのは、シャウの良いところと言える。
それからシャウは目を輝かせて、元気いっぱいの様子のまま同じく宿屋に泊まっているメメの方へと挨拶しに行った。
タナトスはその後ろ姿を見届けると、もう一度眠る気にはなれず、少し楽しそうに呟いた。
「ったく、本当に元気な奴で困ったもんだ。さてと、俺も起きてしばらく付き合ってやるか…」
これで暗殺のことは本当に一段落着いたなと思い、タナトスは晴れやかな気持ちを胸にベッドから降りて、一日の準備に入るのだった。




