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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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何気ないひと時

昼過ぎ、曇りない空に浮かぶ太陽は真上を過ぎていた。

このとき、タナトスは広場のベンチに座っていた。

親のことを思い出したせいで忘れかけていた、昨日交わしたミズキとの約束。

宿屋に戻って昼食を終えた後、モチベーションを持ち直したタナトスは剣を買うことを思い出して、急ぎ足で広場に移動していた。

そしてしばらくして、水色髪を束ねたミズキが笑顔でやってくる。


「お待たせしました、タナトスさん!すみません、遅くなってしまって…」


「なに、時間はあるんだ。遅くなっても何の問題もない。じゃあ行くか」


「あ、はい…」


どこか大人しい頷き。

その微妙な変化が気になってタナトスは心配の声をかけた。


「どうしたミズキ。心なしか落ち込んでないか?」


「あぁ、いえ…その、午前のとき無神経だったなぁと思って…私、何だか失礼なことを言いましたし…」


「なんだ、まだ気にかけていたのか。別に何ともないから気にするなって。それより、お金の用意は大丈夫なんだろうな。言っておくが、できるだけ良いものを買うからな。へへへっ」


「うっ…お金を惜しみはしませんけど、ほどほどでお願いします」


タナトスができるだけ何事も無かったように装えば、それに合わせてミズキも普段の調子で話そうとする。

だからちょっとした冗談を交えれば、できるだけ笑顔でいようとした。

そんな少しぎこちない様子で二人は、タナトスが見つけた昨日の金物の売店屋へと足を運んだ。


「思えば、二人で歩くのは最初の護衛以来だな」


「そういえばそうですね。あの後に、すぐにリール街で暗殺の濡れ衣を着せられて、シャウさんが加わりましたから……はぁ」


「なんだ急にため息なんか吐いて。まだ気にかけているのか?」


「あ、いえ……ここの所、まだ追撃の手が及んでいないから平穏ですけど、そういえば私達は今頃、大陸中の人に狙われているんだろうなーっと思うと憂鬱で」


「はははっ。確かに、あまり気分が良いものじゃないな。でも、まだ解決できる糸口が見えている分、戦争の時に比べたら気が楽なもんだ」


そう、戦争のときは少なくとも魔物の方ではもっとピリピリとしていた。

それは人間の方でも同じはず。

いや、むしろもっと凄惨な状態だったかもしれない。

なぜなら人間の大陸に魔物が一方的に攻め込んでいたわけだから、魔王を打ち倒したにしても、被害は人間の方が大きかったはずだ。

タナトスはそんなことを思いながら、話を続けた。


「戦争時は、街中を魔物が荒らすから衣食住すら落ち着くことはなかったはずだからな。今の俺たち以上に切羽詰っていた人ばかりだっただろう。そう思うと、王が死んだというのに本当に平和だ」


「…どうなんでしょうね。きっと、この街にまで王様は暗殺されたことが伝われば、皆さん悲しんで落ち込んだ気分になると思います。そして私達を非難して捕縛しようと…」


「おいおい、そんな気にかけるな。非難はされるが、捕縛される心配はないぞ。なぜなら俺が守るからな。俺が(まも)っている以上、何者も俺達を捕まえることはできない。それだけは断言できる」


「っけひひ、素晴らしい自信ですね。頼りにしています、タナトスさん」


あまりにも自信たっぷりなタナトスの言葉に、ミズキはいつもの柔らかい微笑みで返してみせた。

こんな他愛もない会話。

でもこのような会話ができる時間も、今だけかもしれない。

この先どうなるか、ミズキやタナトスだけではなく、ポメラやシャウにも予測はついていない。

ただ分かっているのは、間違いなく危険に晒されるということだけだ。

それも並大抵ではない脅威による、大きな危険。

それでもタナトスには絶対の自信があり、ミズキはその自信に頼る。

悪いことではない。

しかしタナトスの自信は、絶対に負けないという実力的な物による事に過ぎない。

シャウと違って、初めて魔界大陸に到達したような様々な危険を経験したことがないから言える自信だ。

だからタナトスはいずれ知るだろう。

実力だけでは、能力だけでは、どうしようもない危険があるということに。


そして二人が歩き進んでいくと、やがて金物の売店へとたどり着く。

そこには昨日の店員である、おばさんが鉱山の騒ぎが耳に届いているだろうに通常に営業をしていて、愛想笑いで出迎えてくれた。


「いらっしゃい。昨日のダンディなお客さんだね?待っていたよ。ほら、約束通り長剣の品揃えはばっちりだ。財布の中身を確認しながら好きなだけ見て、好きなのを選びな」


「助かる。じゃあこれを頂こう」


タナトスはそう言って、鞘に収められた長剣を手にとった。

とてつもなく早い即決に、ミズキだけではなくおばさんまで驚きの声をあげる。


「え、刃すら見ていないじゃないか。そんな簡単に決めていいのかい!?」


「あぁ、問題ない。おばさんのことを信用しているからな。別にまがい物を仕入れていたりはしてないんだろ?」


「た、確かに一応一通り目を通してはあるけど…好みとかあるからねぇ」


「なら大丈夫だ。この剣を頂こう。ほら、ミズキも選んでおけ」


タナトスが手短に選んだのは簡単な理由があった。

それは、長剣なら何でも良かった、というシンプルなものだ。

まずタナトスの力量に見合う剣が、この大陸の素材では到底作り得ないことが大きく要因している。

魔界大陸でも希少で特別な鉱石を加工した剣でなければ、タナトスが慎重に選ぶことはない。

そしてそんな貴重な剣は、今はタナトスの家で眠ったままだった。

ミズキはタナトスがすぐに選ぶものだから多少慌てるが、できるだけ慎重にしようとよく見て手に取り、剣を選んでいく。


「選ぶのがお早いですね、タナトスさん…。ちょっと待っていて下さい。私もできるだけ早く決めますから……。できるだけ前に使っていた剣と同じ感覚がいいから……えーっと、これは。少し違うかな…。なら、これ…」


ミズキが選んでいる時に悩み始めているとき、少し離れた所から叫ぶ声が聞こえてくる。

それは悲鳴に近く、市民による大勢の声だ。

一体何事かとタナトスが声の方へと顔を向けると、誰かが声を荒らげて伝えに走ってきた。


「大変だ!魔物だ!魔物が鉱山から出てきたぞ!みんな逃げろ!」


その言葉で、タナトスはすぐに蜘蛛の魔物バエルの子グモだと理解する。

できるだけ退治はしたが、念入りに殲滅したわけじゃないから、やはり生き残りがいたかとタナトスは思う。

だからタナトスは新しい剣を手に、騒ぎが出ている場所の方へと勝手に歩き出すのだった。


「ミズキ、支払いは任せた。俺は少し試し切りをしてくる」


「え、えぇ!?私もすぐ行きますよ!」


「大丈夫だ。この辺に出る魔物なんて、朝飯前も同然だ。それどころかシャウとの朝の手合わせにも劣る。安心しろ、すぐに片付けて戻ってくる」


タナトスはそう言って走り出し、目を赤く染めた。

そしてそれから走りに一気に加速をかける。

目立つ行為は避けるというのは、鉱山の時から変わらない。

だからタナトスは、誰にも見られずに始末するつもりでいた。

そのためには誰かに認識されるわけにもいかず、状況を理解される前に終わらすしかない。

それが手っ取り早く、手間のかからない方法だ。

一歩踏み込めば突風と化すタナトスの走行。

すでに現場へと迫るタナトスの存在に気づける人は、極少数人だけだろう。


「あれか。襲われているな」


タナトスが走っていった先には、三匹の子グモがいて、一人の女の子が襲われかけていた。

子グモと言っても体長は一メートルほどある魔物で、ひと噛みでもされたら子供は大きな傷を負うだろう。

予想していたより頭数が多いが、魔人の力を発揮しているタナトスからしたら本当に小さな子グモと変わらない。

だから子供がケガを負う前に、新しい剣の鞘に手をかけ、柄を握る。

そして一秒にも満たない事だった。

剣を振り切って黒いマントをなびかせ、全ての子グモを切り刻んだのは。

更に女の子を抱えて、タナトスはその場から離れる。

魔物が現れた場所から数十メートル離れて、タナトスは女の子を丁寧に下ろすと、女の子はタナトスの名を口にした。


「タナトスお兄ちゃん…?」


「え?あぁ、メメか。たまたま俺が近くに居て良かったな。悪いが、俺はもう行くが気をつけろよ。あと、このことはみんなに黙っていてくれ。あまり騒がれると面倒だ。この口約束、守ることできるな?」


「うん…!タナトスお兄ちゃんのこと、シャウお姉ちゃんと同じくらい好きだから、約束守れる!」


「そうか、いい子だ。じゃあ、またな」


メメとはそこで別れて、タナトスは瞳を黒くしてすぐにミズキがいる売店へ戻っていった。

するとちょうどミズキも剣を選び終わった所で、慌てた表情でいた。

それに対しタナトスは平然とした口調と態度で言葉を発する。


「どうだ、選び終わったか?」


「今終わりましたけど、それよりおケガとかはないんですか?」


「ケガはない。大丈夫だ。それと始末もしてきた。良い剣だったよ、何の問題なく扱えた」


「物凄く実践的な試し切りでしたね…。お会計も済ませましたし、行きましょうか」


そう言って店員のおばさんが、また来てね、という言葉に二人は手を振って応える。

そして二人は他愛もない会話を続けながら、肩を並べて歩いて行った。


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