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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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激戦

 タナトスは城外へと飛び出すと同時に、壁につけられていた旗の柄を剣で切り裂いて手に取る。

続けて落下しながら壁に剣を突き立てて、落下の勢いを一旦殺す。

 さすがに外には兵士がいるが、まだ自分が騒ぎを起こしているとは伝わっていないために、驚いた目で見られる程度だった。


「とりあえず早く逃げないといけないか」


 続けて彼はアクロバットな動きで壁を駆けて降りて行くと、一人の兵士が城から出てきて大声をあげるなりタナトスに向けて弓矢を構えてくる。

一分足らずで城内の出来事が伝っての行動だろう。


「優秀な奴らだ。仕事が早い」


 狙いをつけて兵士が射る矢は、見事的確に駆け下りているタナトスへ向かってきた。

手早くタナトスは手に持っていた旗で飛んでくる矢に絡ませて、旗を投げ捨てて矢ごと地面に落とさせた。

それから全力で壁を蹴ることで大きく跳躍し、タナトスは城の外壁の上へと大きな音を立てて着地する。

 こうしてタナトスが城の外壁から地面に降りて行くときには、すでに兵士たちが集まって動き出していて、武器を手に怒声をあげながら追って来ていた。

このまま戦う真似をしても、状況は全く改善されることはないだろう。

 そう判断してタナトスは街の外へと逃げ出すために剣を鞘に納めて、地上から街の門へ向かって風を切る速さで走り出す。

 人ごみをかきわけて軽やかなに舞い、あまりにも人の密集が激しければ近くの箱を踏み台にして飛び越えて行きさえした。

そんな逃走している途中、偶然にもタナトスは水色の髪の少女の姿を見かけて思わず大声をあげた。


「ミズキじゃないか…!あいつ!おい、ミズキ!」


 彼が大声で呼びかけると、水色髪の少女であるミズキはタナトスの方へと振り返る。

すぐにタナトスはミズキの近くへと駆け寄って、肩を上下に動かしながら荒い呼吸をできるだけ抑えて早口で話した。


「お前、何をしているんだよ!どうしてあんなことをした!?」


「え、突然何のことですか?事情がさっぱり飲み込めないのですが……」


「何を言っているんだよ!お前が王を殺害したせいで俺が追われているんだ!何とかしてくれ!」


 タナトスは必死に訴えかけるが、ミズキは不思議そうな顔をするばかりだ。

彼女は言葉の意味をまるで理解できていない。

 殺害する瞬間を見ていたタナトスですら、もしかしてミズキは本当に知らないのではと思ってしまう反応で互いに余計に混乱してしまう。


「殺害!?すみません、タナトスさん。本当に何がなんだか分からないのですが…!」


「何どういうことだ?俺の見間違い……じゃないよな?俺ですら意味が分からなくなりそうだ」


 変に話がこじれてしまってタナトスが足を止めていたとき、異常な眩しさを感じた。

まるで太陽を直視した時に感じるような眩しさで、タナトスはミズキの手を引きながら反射的に身を屈める。

 するとその瞬間に、タナトスの頭の上を光りが空間を切り裂くように(ほとばし)った。

光りはタナトスの後ろの石畳の地面を切り裂き、まるで光りが刃として地面を抉ったような跡となっている。


「これはっ…!?今度はなんだ!」


 あからさまな攻撃に彼が表情を歪ませていると、民家の上にいた一人の女性が目を細めながらタナトスの姿を眺めていた。

 その女性は独特な装束を身にまとっており、袖の短い白衣を着ていて赤い(はかま)を履いている。

更に青いマントを羽織っていて、腕の方には黒色の厚い革のグローブを着けており、右手には横笛のような物を手にしていた。

身長は少なくともミズキよりは高く、年齢は分からないが若い女性らしい体つきをしている。

そして何より長い金髪が特徴的であり、細めた瞳は鮮やかな深緑色だった。

 この装束を着た金髪の女性は細い横笛を手に、タナトスの回避行動を見て呟いた。


「あらあら、どういうことか私の力を知っているような動きだったわね。それなりに知れ渡っているにしても、素晴らしい咄嗟(とっさ)の判断。正直、驚嘆したわ」


 タナトスは今の攻撃で騒がしくなった人ごみのなか、攻撃してきた方角を見てその金髪の女性の姿を見つける。

それと同時にタナトスは苦しそうな表情で呟くのだった。


「あいつは、まさか奇跡の勇者か!ちっ、久々にあいつの姿を見たな」


 すかさずタナトスはミズキの手を掴みながら体勢を立て直し、片手で剣を鞘から引き抜いて構える。

 対して装束を着た金髪の女性である奇跡の勇者は、横笛をナイフのように持ち直してから横に素早く振るってみせた。

すると振るわればその横笛の動きに合わせて、どこからともなく輝かしい一閃が甲高い音を唸らせながらタナトスに襲いかかった。

 もはやタナトスを襲う光りの一閃は、音速を余裕で上回る速さだろう。

まさに閃光そのものと言って差し支えない。

 しかしタナトスはその一閃を、片手による素早い剣撃で見事に打ち払う。

打ち払った瞬間に辺りに金属音が鳴り響き、ミズキは攻撃を仕掛けられていることさえ分かっておらず驚くばかりだ。

 でもその驚いている数秒の間にも奇跡の勇者は容赦なく横笛を幾度も振るっては、複数の閃光を刃としてタナトスの身を切り裂こうとした。


「少しは生け捕りって発想はないのかよ」


 タナトスは愚痴りながらも剣で複数の閃光を切り払っては、ミズキの手を引いて後ろに下がって紙一重で回避してみせる。

その短い一連の回避行動に、奇跡の勇者は神妙そうな顔をした。

なぜならタナトスの恐ろしく速い剣撃もとてつもないと思わせてくれるものだが、それ以上に体の動かし方に奇跡の勇者は内心では驚いていたからだ。

 明らかにタナトスは閃光の軌跡を見切っており、攻撃を完全に視線で捉えている。

並の人間どころか、歴戦の戦士でも無理な芸当だ。

 だから奇跡の勇者は誰の耳にも届かないと分かっていても、疑問を呟かずにはいられなかった。


「何者なのかしら?あの剣士、かなり強いわね。……もう少し出力を上げてみましょうか」


 奇跡の勇者は横笛を手元で回転させては、横笛の先端をタナトスに向けた。

それから不自然な光りが横笛を包み始めたとき、ちょうど追いついて来た多くの兵士達が大声をあげる。


「いたぞ!あいつだ、あの黒服の剣士だ!それと奴の仲間もいるぞ!早く捕まえろ!」


 タナトスがミズキの手を握っていることもあって、追っ手である兵士たちはミズキを彼の仲間だという認識をしてしまう。

そのことに状況を呑み込めないミズキは、ただ呆然とするばかりだ。

タナトスはその呆然とするミズキの手を強引に引き、再び街の門へと向かって走り出した。

 そして兵士達が来たために、奇跡の勇者は輝かせていた横笛を一旦持ち直して攻撃する素振りをやめる。


「あらあら、これだと兵士に当たりかねないわね。仕方ないわ、私の仲間も攻撃できないし。……正門に先回りする方が良さそうね」


 奇跡の勇者はそう呟くと民家の屋根の上を軽快な足取りで駆けて、タナトスとは違って一直線で門へと向かい始める。

彼の逃走劇による騒動で全員が街の正面門へ向かっているとき、状況の流れでミズキも一緒に走りながらも堪らず声を荒げだした。


「もうどうしてこんなことになっているのですか!まるで理解できません!」


「俺も理解できていない!とにかく今は逃げるぞ!ついてこい!」


「何でついていかないと駄目なんですか!って、あぁ…!なぜか兵士達がタナトスさんだけではなく、私も狙っているような声が後ろから聞こえます…!」


「それは幻聴や空耳じゃなく、言葉通りそうなんだよ!ほら走れ!」


「うぅん…もう!あとで絶対に説明をして下さいね!」


「俺とお前が無事だったらな!」


 タナトスとミズキは走りながら大声で会話していると、街の警備兵である鎧を着た二人の男性が槍を手に、制止する言葉を吐きながら前方から襲ってくる。

けれどタナトスとミズキも決して走る速度を落とさず、そのまま突き抜けていこうとした。

 勢いを緩めずに二人の警備兵とすれ違う直前、タナトスはミズキの手を離して鋭い目つきを見せる。

そのとき、警備兵は命の危険を感じて確かに寒気を覚えた。

 タナトスは剣を握る手に力を込めて、一瞬だけ足を止めてから振り下ろされてくる槍を弾き、再び走り出してすれ違う時に剣で軌跡を描いて一本の槍を切断した。

続けてミズキも腰に差していた鞘から剣を引き抜き、もう一方の警備兵が持っている槍を剣で叩き伏せて警備兵の手元から槍を力技で手放させる。

こうしてあっという間に武器を無くした二人の警備兵は、呆然と立ち尽くすばかりだった。

 そのことに気づいたタナトスはミズキに目配せをして、素直に賞賛の言葉を送る。


「意外にやるな、ミズキ!」


「本当ですか!?ありがとうございます…!でも不思議です!今、褒められても全く嬉しい気持ちがありません!」


「っくははは!それは残念だ!ほら、次が来るぞ!右の奴を頼む!」


 次は前方から四人の兵士がやって来た。

 タナトスは懐から短剣を取り出して、手早く兵士に投げ飛ばす。

すると短剣の鋭利な刃は一人の兵士の肩に刺さり、膝を着かせて怯ませた。

間髪なくタナトスは飛び蹴りで一人を蹴り飛ばして、跳んでいる途中に剣を地面に突き刺すことで自分の体を捻らせ、更に回し蹴りを別の兵士に向けて放った。

タナトスの回し蹴りは見事に一人の兵士の頭に直撃し、蹴り飛ばした二人の兵士を共に地面に激しく横転させる。

 そのタナトスの動きをカバーするように、ミズキは残っている一人の兵士に立ち向かっていた。

彼が蹴り飛ばした兵士が地面に横転したとき、ミズキは兵士の懐に飛び込み、首元を掴んで下の方へと引っ張る。

 そしてミズキは剣の柄で兵士の顎を打ち上げて、姿勢を下に崩させたこともあって強烈な痛みを与えた。


「タナトスさん!左通路!」


 ミズキは視界の端で兵士の姿を捉えると、反射的に口から言葉が出ていた。

同時に二人の兵士が左手の通路から飛び出してきて、すぐさま手に持っていた槍で遠慮なく突いてくる。

咄嗟にタナトスは槍の突きを紙一重で避けては、槍を掴んで手前に引っ張ることで一人の兵士の体勢のバランスを崩した。

 すぐにタナトスは体勢が崩れた目の前の兵士の顔を蹴り上げる。

同時に彼は兵士が持っていた槍を掴んだまま奪い取っては、手早く投げてつけてもう一人の兵士の顔に柄を当てて転倒させた。


「助かった、ミズキ!良い判断だな!」


「だからこの状況だと、褒められても嬉しくありませんって!」


 タナトスに賞賛を受けるミズキは大声で否定する口調で話すが、表情はまんざらでもないものとなっている。

 あとの逃走も絶え間なく二人は道中で兵士に攻撃を仕掛けられるが、自然と互いにカバーして門へと順調に駆けて行く。

しかし街から出れる門までの距離があと百メートルを切ろうとしたとき、天真爛漫(てんしんらんまん)な声が空から轟いてきた。


「いっえぇ~い!暗殺者さん、みっけ~!」


「うおっ!?」


 タナトスは声と自分を覆う影に気づき、後方へ跳躍して回避した。

それと同時に、タナトスの目の前の女性が降ってきては装飾された長い棒で石畳を叩き割ってきた。

割られた石畳の破片が舞っている中、タナトスは確かに降ってきた女性の姿を視認する。

 アホ毛が出ているセミロングの茶髪とピンクのリボンの髪飾り、細めの体型でありつつも女性らしい胸がある綺麗な体のライン。

そして大きな茶色の瞳に小奇麗な顔をしているが、その表情はまるで元気いっぱいの子供そのものだ。

服装は全体的に青を強調した旅人用の服で、ミニスカートの下に短パンを穿いているのがタナトスの視界からはよく見えた。

 すぐにその天真爛漫な女性は石畳を割るなり姿勢を変えて、長い棒を振り回しながら地面に着地する。

それから天真爛漫な女性は、タナトス達を指差して勝手に自己紹介をし始めるのだった。


「やいやいやい!王様を殺害したという不届きな暗殺者ども!この英雄である平和の勇者、シャウ・コヨルちゃんがお相手しちゃうぞ!大人しく観念……って、タナトスじゃん!」


「あ、あぁ久しぶりだな、シャウ。相変わらず、おめでたい様子で何よりだ。実はお前に用があったんだがな。ちょっとそれどころでは無くなったから、またの機会に話そうじゃないか。では、さらばだー!」


 タナトスは視線を泳がせながらも、怒涛の勢いに近いかなりの早口で喋っては平和の勇者であるシャウの隣を過ぎ去っていく。

その後をミズキは遅れながらも追い、思わず言葉を漏らすのだった。


「平和の勇者様と本当に知り合いだったんですね、タナトスさん」


「ん?まぁな。あいつのことだ。きっと事情を察して見逃してくれ……」


「こらぁー!タナトス、待てぇー!」


 平和の勇者である茶髪の女性、シャウは怒鳴るような大声をあげて兵士と一緒にタナトス達を追って来ていた。

だからこの状況になると分かっていても、不利になってしまう出来事にタナトスはため息をつくしかなかった。


「やれやれ、そう都合よくいかないか。…っと!」


 シャウはさっき割った石畳の欠片を持っていたようで、その欠片を複数個も宙に放り投げては持っている棒で器用に前方へ打ち出した。

 打ち出された石の破片は射られた矢のように飛んでいき、兵士たちの間を掻い潜ってタナトスの顔をかすめる。

明らかに気絶狙いの攻撃だ。


「シャウめ、前より棒術が上達しているな。だが、その程度では…!」


 タナトスが余裕ぶって不敵に笑っていると、次は彼とミズキの目の前に閃光が大量に降り注いで見事に目の前の屋台や物を粉々にする。

建物の壁や石畳には焼け付いた跡が残っており、速度を緩めずに遠慮なく先へ突っ走ていたら閃光によって体を貫かれていただろう。

 タナトスとミズキはすぐに走る足を止めて前方を眺めると、数十メートル先には通路の真ん中に立っている奇跡の勇者の姿があった。

完全に先回りされている。

 このまま直進して行けば、奇跡の勇者との真っ向勝負は避けれないものとなってしまう。

勝算が無いわけではないが、肝心の戦闘する時間の猶予がない。

 後ろは平和の勇者シャウと多くの兵士たちによる追っ手、前方は奇跡の勇者。

手詰まりとなっている状況に、ミズキは顔を青くしてタナトスに泣き言に近い言葉を口にするのだった。


「タ、タナトスさん!もう逃げられません!ここは一度大人しく捕まりましょうよ!何があったのか未だにいまいち分かっていませんが、何もしていないなら無実は証明できますよ!」


「確かにこの騒動の張本人は俺じゃないが、証明は無理だ。俺がしているであろう証拠はあるが、俺が何もしていないという証拠が無いからな!」


「じゃあ何ですか!まさかこの場で殺されるとでも…!?そんなのありえない!とにかく大人しく投降しましょう!そうすれば無実だと証明できる機会はいずれ訪れます!」


「そんな希望的観測、俺は嫌だね!来い!奇跡の勇者の方を突っ切るぞ!」


「無理無理無理!あんなの私には対処できませんって!死にます殺されます、絶対に無理ですぅ!」


 タナトスは喚くミズキの手首を掴み、自ら先に行くことで無理矢理に走らせる。

すると当然、奇跡の勇者は向かってくるタナトスに向けて輝く横笛の先端を向けて振るった。

 横笛が振るわれると同時に、まるで(むち)のようにしなやかな線を描いた閃光がタナトスへ襲いかかる。

 彼は最初と同様に剣で打ち払おうとするが、剣の刃が閃光に触れる直前に閃光は軌道を変えて剣を避けてきた。

瞬きも許されない時間の中、タナトスは閃光の刃が剣撃を避けた事に気づいて素早く身を屈める。

 でも身を屈めた程度では避けきることはできず、閃光の刃はタナトスの肩をかすめて傷つけるのだった。


「っ!くっ、これは…!」


 彼には痛みを感じる時間の余裕すらない。

次に閃光の刃が複数本、一切の温情も無くタナトスに襲いかかろうとしていた。

 もはやどれほど閃光の刃があるのか数える余裕もない。

さっきの鞭のように動く閃光の刃に混じって、直線的に軌跡を描いてくる閃光の刃までもが沢山ある。

 これにはさすがのタナトスも、身構えている姿勢でもないので対処のしようが無かった。

まるで刃が一面埋まった針山の壁に体当たりすると同じで、無謀な状態だ。

 それでもタナトスの目つきは驚きで緩んだり見開いたりはせず、むしろ逆に鋭いものとなっていた。


「悪いが少し打ち落とさせて貰う…!」


 タナトスはほんの一瞬だけ足を止めては、掴んでいたミズキの手首を手放した。

その瞬間、多くの閃光の刃が砕け散る。

気づけばタナトスは剣を振り切った動作に入っていて、遅れて聞こえてくる甲高い金属音で彼の剣撃によって叩き切ったのだと周りは理解する。

 今のタナトスの攻撃は間近にいたミズキはおろか、奇跡の勇者ですら全く反応できていなかった。

だから多くの閃光の刃が、ただの光りとして宙に霧散していくのを眺めるのみだ。

 だがタナトスは全ての閃光の刃を打ち払ったわけではなく、いくつかの閃光の刃が彼の体に突き刺さって体から少量ながらも流血していた。


「タナトスさん!」


 奇跡の勇者の攻撃により膝を地面に着きかけたタナトスの姿を見て、ミズキが悲痛に名前を叫んだ。

 それと同時刻、リール城にある見晴らし塔の最上階から逃亡している二人の姿を見ている者がいた。

その人物は髪がセミショートで真っ白だが毛先だけが赤く染まっていて、くすんだ赤い瞳をしていた。

そして赤を強調した軍服を着ていて、表地は赤で裏地は白のマントを羽織った男性だ。

決して屈強な体型ではないが、それ相応の筋肉質の体をしている。

身長は少なくとも百八十センチ近くはあり、見た目そのものは青年だ。

 この白髪の青年は軽く数百メートルは離れているはずのタナトスとミズキの姿を確かに視線で捉えていて、刃が細い長刀を鞘から引き抜いた。

引き抜かれた長刀の刃は赤く、どこまでも曇りのない輝きを持っている。

 すると、白髪の青年の近くにいたローブを着ている人物が男の声で呟いた。


「なんだ、やるのか?」


 どこか意外そうな口調での質問だ。

対して白髪の青年は澄んだ落ち着いた声で、質問に答えを返す。


「あぁ、少し試してみたい。それに国王の命がどうこうは興味ないけれど、一応命令ではあるからね」


「そうか。まぁ好きにしてくれ……、殺戮(さつりく)の勇者」


 殺戮の勇者と呼ばれた白髪の青年は、ゆっくりと静かに赤い長刀を振るった。

同時に鳴った風を切る音。

 しかしその風の切る音以外の音が、リール城から遥か遠くにいる石畳に倒れかけていたタナトスの耳に届いていた。

まるで鐘のやたら高い音を鳴らしたような音響も聴こえてくる。

 そういえばこの近くに鐘の塔があったな、とタナトスがどうでもいいようなことを思い出したとき、全員から驚きの声と悲鳴があがった。

タナトス達の近くにあった、このリール街の一つの特徴でもある鐘の塔が横に真っ二つ切られていて、塔の中部以上から上の部分が街へと崩れ落ちようとしているのだ。

 あまりにも突如の異変とも呼べる出来事に、心当たりのある奇跡の勇者は口元を歪めて慌てて後ろに下がって行く。


「あらあら、この滅茶苦茶な攻撃……殺戮の勇者ね。あいつが街中で剣を振るうなんて馬鹿じゃないの…!」


 そして鐘の塔の落下は誰にも止められるわけもなく、一切の容赦なく街の通路へと落下する。

塔が崩れれば轟音を鳴り響かせ、土埃と瓦礫を撒き散らして大きな振動が街中に伝わった。

 すぐに兵士たちも退避しようとしていたが間に合わずに何人かが、鐘の塔の倒壊に巻き込まれてしまっている。

 この倒壊により視覚と聴覚は全く効かなくなり、奇跡の勇者はタナトスとミズキの姿を見失っていた。

だが、奇跡の勇者は決して慌てることはなくて落ち着いた口調で呟いた。


「これだと死んだかしらね…。暗殺者たちは」


 奇跡の勇者がそう言ってしまうのも無理は無かった。

なぜなら鐘の塔が倒壊した通路は、ちょうどタナトスとミズキがいた場所なのだから。

つまりタナトスとミズキの頭の上に塔が降って来たことになる。

 更に二人が死んだと確信させるかのように、土埃が治まって視覚が効くようになってもタナトスとミズキの姿を誰一人見かけることはなかった。

 ただいなくなったのはその二人だけではなく、平和の勇者シャウの姿も兵士の集団から忽然(こつぜん)と消えていた。


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