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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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鉱山の外へ

「思ったより苦戦しましたけど、ようやく仕留めれましたねぇ」


完全に動かなくなった蜘蛛の魔物バエルの屍を眺めて、スイセンは薄紅色の唇から細く短いため息を吐いた。

その小さな吐息を聞いてタナトスは黒い瞳を潜めて、同様に溜め息を吐いて淡白に応える。


「そうだな。明らかに準備不足で予想以上に手間取った。もし万端ならスイセン一人でも倒せた敵だったろうな」


「っくひひ、それってもしかして褒めてます?まぁ妥当な評価ですけどぉ」


実際、普段のスイセンなら短剣が不足することはなく、他の武器の用意だってしているのが常だ。

今はポメラに没収された後で最低限の道具しかなく、タナトスに至ってはスイセンがいなければ素手に等しかった。

いくらタナトスでも相手が魔界大陸の生物なら、素手で挑むのは自殺行為に等しかったはずだ。


「さてと、卵を破壊次第、外に出るぞ。長居するわけにもいかん」


「そうですねぇ。ここってあまり心地の良い場所じゃあ無いですもんね。………そう簡単に出れそうではありませんけどぉ」


スイセンのどこか意味深な言い回しに、タナトスは嫌でも引っかかる。

だから先の言葉を促させるようにして、疑問の声をあげた。


「どうした?」


「見てください、タナトス君。さっき私達が使った通路が溶解液で塞がれていますぅ」


「…本当だな。見事に溶けている」


最後、蜘蛛の魔物バエルの頭を切断したとき、バエルは大量の粘液を撒き散らしていた。

その溶解液が通路の岩やら天井、壁と溶かして結果的に塞ぐ形となっていた。

だが(さいわ)いにも、この場所は他の通路とも連なっている。

同じ道を通るわけじゃないから多少道に迷ってしまうかもしれないが、それほど問題は無かった。


「仕方ないな。なら真反対の道を通ろうか。こっちだ」


「はいはいっと。こっちも準備できましたから、行きますかぁ」


スイセンは引火薬品を巻き終えると、タナトスの後についていく。

そして通路に二人揃ったところで、タナトスは灯りとなっていた壁掛けのランプを手に取り、引火薬品へと投げ入れた。

するとランプの灯火(ともしび)がスイセンの巻いた薬品へと引火し、バエルの卵へと飛び火して焼き尽くし始めた。


「これでたまたまの小火(ぼや)により、魔物達は死滅したってことになるだろうな」


「いいんですかぁ?」


突然のスイセンの言葉。

一体なんのことかと、タナトスは質問を質問で返した。


「何がだ?」


「自分が母体を討って、蜘蛛を焼き払ったって言えばきっと皆さんが多大な感謝をして、良い事尽くしですよ?」


「そんなことか。いいんだよ。最初に言ったとおり、目立つことは避けたいんだ。それに…俺は英雄になりたいわけじゃない。誰かに讃えられたいわけでもない。ただ俺は、自分が望むことしているに過ぎないんだ。賞賛も名誉も必要ないさ」


「……クールですねぇ。私は好きですよ、そういうドライな一面がある性格」


「そうかい、それは良かった。…これ以上いたら火傷しそうだな。行くぞスイセン」


タナトスはスイセンの手を引き、少し強引に戻ろうと通路の奥へと足を進めた。

帰りは魔物に襲われる気配はなく、迷いながらも順調に戻れているように思えた。

それでも険しい道による疲れのせいか、それともひと仕事が終えたことによる集中力の切れか、スイセンの口数が余計に多くなっていた。


「タナトス君は何か好きな食べ物はあるんですか?」


「んー、好きな食べ物か。肉だな。あとお酒。……とは言っても、お酒は大して飲めはしないんだが。金銭的にも体質的にもな」


「お酒は決して安い値段ではないですからねぇ。ちなみに私はお魚が好きですよぉ。ミズキお姉ちゃんが魚類好きですからぁ。二人暮らししている時には、よく食卓に出たものです」


「…そうか。思えば、最近というか数年近く魚類の物は口にしていないな。樹海暮らしだったからな。川は流れているが、別に盛んなわけでも流通しているわけでも無かったから、口にする機会が全くなかった」


通路の分かれ道を前に、タナトスは自生活のことを思い出しながら口にしていた。

そして特に相談するわけでもなく、適当に通路を選んで二人は歩いていく。

そのことに関してはスイセンは口を挟まず、雑談を続けた。


「えー、魚類がない食生活とは考えれませんねぇ。では、畑とかはしていたんですかぁ?」


「畑か。畑という畑はしてないな。けれど昔に、試しに小規模な畑をしてはみたことはある。だが樹海では山菜の類は時間さえかければよく採れたし、上手くできないからすぐにやめた」


「じゃあほとんど狩猟と山菜採りによる生活だったんですか」


「そうなるな。料理も特別できるわけじゃないからな。特にこだわりが無かったら、そういう生活になるもんだぜ」


「私も料理は野生動物を殺せる程度にしかできませんけど、さすがにそれだと食事が飽きてしまいそうですねぇ」


「……野生動物を殺せる程度の料理?」


タナトスはスイセンの言葉の一部の意味がよく分からず、つい口にして復唱してしまうも、やはりよく理解できなかった。

しかし特別に気にかけることはせず、話をしながら進み続ける。


「確かに、少し気に出したら俺の食生活は飽きてしまうものだろうな。それでも俺は酒すら無かったから、何もなさ過ぎて逆に不満すら湧かなかったが」


「そのレベルにまで達すると、少し同情の念すら抱いてしまいそうですねぇ…。そういえばですけど、タナトス君のあの技。どうやって身につけたものなんですかぁ?あれほどの体術と剣術、並大抵の努力では得られないものだと思うのですけどぉ」


「え、あぁ…。戦闘のことか。ずいぶんと急だな」


「いえ、最初……監視していた時からすごく気になっていたものですから。それで、どうやってあれほどの力を?自己流というわけではないですよねぇ?」


タナトスは何て答えようかと言葉に詰まった。

それもそのはずだ。

なぜならスイセンは散々魔物のことを憎々しいと言葉にしているし、それに対する態度も言葉通りで異常なほどに執着している。

ここで素直に魔王に鍛えられたなんて、口にできるわけもない。

だからタナトスは目が泳いだり口調がおかしくならないように気をつけながら、嘘とは断定しづらい言葉で返した。


「全部、親から受け継いだものさ。親がとんでもないスパルタでな。毎日毎日毎日、死ぬかと思うようなことをされてきた結果だ。俺が生まれた頃はちょうど人間と魔物の戦争も過激だったせいで、より喝を入れられたものだ」


「なるほどぉ。私も同じようなものですからねぇ。ほんの少しだけ似ていますねぇ。私も親からとても厳しくされたものですよ。まぁ、私の場合は私が自ら望んだ面が大きいんで、厳しくして頂いたって方が正しい表現ですけどぉ」


ここでタナトスは少しだけ不思議に思う。

確かミズキは、親は幼い頃に死んだと言っていたはずだ。

だから実親を指しての言葉ではないのだろう。

親代わりが武術の(たしな)みでもあったか、兵士の類の職についていたのか。

どのような生業なのか不明だが、スイセンにこれだけのことを叩き込んでいるのなら只者ではないのが分かる。

こうして二人は他愛もない会話を続けていると、やがて日の光りが漏れている鉱山の出入り口を見つける。

そのことにタナトスが一番に気がついて、後ろを振り返ってスイセンに声をかけた。


「スイセン、そろそろ外だ。できるだけバレずに出るぞ」


「はいはい、任せてくださいって。息を潜めることならタナトス君以上だと、自負してますからぁ」


そう言って、スイセンとタナトスは気配を殺し、静かに誰にも気づかれずに鉱山の外へと出るのだった。



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