異常発生
鉱山の中の道は長年使用されていたためか、よく整備されていて、風通しが良くて心なしか涼しさを感じ取れた。
更にこまめに設置されているランプのおかげで薄暗さはあるもの視界は良好で、よほどのことがない限り奇襲を仕掛けられる心配はなかった。
そしてスイセンがいつの間に消えていなくならないように、見張りの意味を含めてタナトスがスイセンの後ろを歩いていき、スイセンは短剣を片手に気配を張り巡らせながら歩いて行っていた。
「ところでスイセン、悪いが短剣を一本貸してくれないか?実は長剣がなくてな、戦うにしても肝心の武器がないんだ」
「今更ですねぇ、別にかまわないですけどぉ。はい、私特製の短剣ですよ」
「特製って…なんか違うのか?」
「いえ、別に何もないですよぉ」
じゃあ、なぜわざわざ特製と言ったんだと突っ込みたくなるが、特別気にすることはなく素直にタナトスは短剣を受け取って懐にしまい込んだ。
それから数分間、歩き進んでいくとやがて道が枝分かれをし始めていく。
思えば鉱山の構造がどうなっているか二人共、全くの無知だ。
だから相談しながら足を進めて行くしかなかった。
「さてと、道が分かれているが、どっちへ行くべきか」
「どこから湧いて来ているのか分からない以上、どこへ行っても一緒じゃないですかぁ?ということで直感で行きましょうか。私、こう見えても直感は中々に優れているんですよぉ」
「それ、本当か?」
「嘘ですよぉ」
あっさりと嘘と白状しながらも、スイセンは分かれ道を迷いなく足を進めてしまう。
この選択の仕方に少し不安が残るも、いちいち悩む時間も惜しいためタナトスは文句は言わずついていくが、よく気丈な態度いれるなと感心する。
凹凸した地面を歩き進み、また更に道が分かれては坂道や下り坂まで入って明らかに道は入り組み始めていく。
その間、スイセンは青い瞳で周りを見回し、タナトスは黒い瞳でくまんなく見ては警戒を緩めずにいた。
そしてやがて二人は研ぎ澄まされて敏感な感覚が、妙な気配を感じ取る。
簡単に言ってしまえば殺気。
ただその殺気は純粋なものじゃない。
捕食してやろう、という目的あっての殺気だと、まさに戦闘による直感が二人に働きかけていた。
「タナトス君……、どうやらおでましみたいですよぉ」
「これは凄いな。洞窟内だというのに、四方八方から見られている気分だ。こうまで熱烈な視線を送られると、あまり気持ちいいものじゃないな」
「っくひひ、それには私も同意見ですねぇ。……っ来た!」
スイセンが声を荒げると同時に、頭上から酷く濁った紫色の液体が、コップからぶちまけられた水のように飛んできた。
狙いはスイセンとタナトスの両名ともだ。
すぐにスイセンは前に跳び出すことで避けては、タナトスは後方に下がることで避けてみせた。
すると飛ばされてきた粘液は岩に付着し、白煙を発生させては焼きつく音を鳴らしながら岩を溶かし始めた。
一般的な蜘蛛は粘液を流し込むことで獲物を溶かして捕食していくが、どうもこの魔物は粘液を飛ばせるように進化しているらしい。
それは、ただ待って獲物を捕食するのではなく、自ら獲物を仕留めていくことに適応した結果のものだと言えるだろう。
「そこですねぇ!」
スイセンは粘液を飛ばしてきた方へ短剣を素早く投げ飛ばすと、刃物が果物に刺さるような深々しい音が鳴った。
そしてすぐに一匹の蜘蛛の魔物が、勢いよく地面へと落下してくる。
一見したら肥大した体を持つ巨大な蜘蛛に過ぎないが、よく見れば以上に発達した肉食獣にも劣らない鋭い牙が口に複数本生えている。
その牙は刺し込むだけではなく、咀嚼すらしてしまいそうなほどだ。
口も大きく、足の先端にはカマキリのように鎌までついていて、とても殺傷能力に優れた魔物だと見て分かる。
しかし生命力はそこまで無いのか急所にでも当たったのか、短剣が刺さったダメージと落下の衝撃でその魔物は絶命していた。
「おい、スイセン。次が来るぞ」
「次って言葉で済む量だったらいいんですけどねぇ」
タナトスの言葉に対し、スイセンが意地悪そうに言うのも無理はない。
なぜなら他にいた蜘蛛の魔物が一斉に、鈍い緑色の目を光らせているからだ。
その頭数は……、数えるだけで半日は時間が潰せてしまいそうなほど。
気持ち悪いことに天井を覆い隠す数で、一種の地獄絵図と何ら変わりない有り様だった。
だから思わずタナトスですら、苦々しい表情で言葉を漏らしてしまう。
「これ…本当に数十匹という数なのか?一斉に鉱山から湧き出てたら、一瞬で街を食い尽くしてしまうように思えるぞ」
「うーん、さすがにこれは予想外……。さて、どうしましょうか。タナトス君」
呑気にスイセンがタナトスへ質問を投げかけていると、蜘蛛の魔物の数匹から天井からぼたぼたと重々しい音と共に降りて来る。
それから沢山の足を器用に動かし、見た目とは裏腹にえらく素早い動きでタナトスとスイセンにへと、それぞれ襲い掛かり始めた。
物量で押すつもりなのか、タナトスの方に襲いかかる蜘蛛の魔物は一直線に向かってくる。
しかしタナトスからしたら、いくら数が多くとも動きが遅ければ小さな蟻と同じだ。
短剣を構えたと同時にタナトスの姿は消えて、向かって来ていた蜘蛛の魔物の腹部を全て切り落としていた。
続けて天井から援護射撃のように飛ばされる粘液は、華麗な身のこなしで避けていっては、地面に落ちていた鉱山の作業で使われていたであろうスコップを手に取って投げ飛ばす。
するとスコップは蜘蛛の頭を見事に突き刺さり、肉を抉って蜘蛛と共に落下していった。
「さすがに数が多いと一種の恐怖を覚えますよぉ!」
比べてスイセンは蜘蛛の魔物とは一定の距離を保っては、懐を何やら漁って道具を手に取る。
手にとったのは小さな針達だ。
すぐにスイセンは針を蜘蛛の魔物に投げ飛ばしては、上手く複数匹の蜘蛛の魔物の目玉に突き刺してみせた。
すると針を刺された内の一匹だけが苦しむ様子を見せて、命途絶える動きをみせて停止する。
その様子をみて、スイセンはタナトスに声をあげた。
「タナトス君!どうやらバエルというこの蜘蛛の魔物、効く毒があるみたいですよぉ!」
「そうか!それで一掃はできそうか!?」
「無理です!」
まさかの即答だった。
あまりの早さに、打開の希望を見出す瞬間すらなかった。
思わず少し気が抜けてしまいそうなほどで、肩の力が抜けかけた。
「じゃあ、どうする!?この数となると、いくら俺でも短剣一本で殲滅は難しいぞ!」
「短剣に有効な毒が塗ってあってもですか!?」
「なに!?今、この場でそんなことができるのか!」
「できますけど、準備不足で時間が必要ですぅ!時間、稼げますか!」
「十秒でいいなら確実に稼いでやれるぜ!」
「素晴らしいです!十秒で充分ですよ!では、任せました!」
スイセンはそう言うと、蜘蛛の魔物たちの陣形の隙間を掻い潜ってタナトスの方へ駆け出し、タナトスの後方まで下がっていった。
それから懐にあった道具を慌ててぶちまけるようにして地面に取り出して、何やら忙しく手を動かし始める。
十秒。
それは短い時間かもしれないが、戦闘や試合の十秒とはとても長い時間だろう。
まして全力の殺し合いとなれば、十秒なんて実力が拮抗した人物同士でも永遠に等しい時間となりかねない。
そのことをタナトスは承知で、自らの目を赤く染めて短剣を構えるのだった。




