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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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夕暮れ

気が付けば、外は早くも夕暮れ時だった。

晴天は茜色にうっすらと染まりつつあり、あと一時間もしないうちに肌寒い夜となって小さな星々が輝きを増していくだろう。

そんな空をタナトスは鉱山の街レイアの広場にあるベンチに座って、遠い目で眺めていた。

周りの人々はすでに帰宅を始めていて、朝の騒動など影響が無かったように元の生活を繰り返している。

シャウの屋敷の焼け跡は残ったままだが、気にかける人は居ても生活に影響が出るほどではない。

そしてタナトスは黒い髪の毛先を風でうっすらとなびかせながら、今日の朝のことを思い出しては疲れたように溜め息を吐いた。


「なんだかお疲れみたいですね。隣、座ってもいいですか」


雑踏の中に混じって声をかけられたため、少しだけ反応が遅れつつタナトスは声がした方へと顔を向けた。

すると、夕暮れと多くの人の影を背に立っていた水色髪の少女がいた。

ただ少女、というにはそこまで幼い雰囲気ではない。

タナトスはその少女の名を口にしながら、了承の素振りとして手のひらで座るように促した。


「ミズキか。まぁ公共の物だからな。別に俺の確認取らなくてもいいさ。……しかし、確かに心なしか疲れているな。肉体的疲労というより、精神的な疲労が強いような感覚だ。それより、ミズキはもう大丈夫なのか?」


ミズキと呼ばれた水色髪の少女は愛想笑いを浮かべて、タナトスの隣に座って質問に明るい声で答えた。


「えぇ、シャウさんに比べたら元気百倍って感じです。とはいっても、私は大したことはしていませんでしたからね」


「そんなことないさ。ミズキはミズキで、自分にやれることをしっかりやったからな」


「そう…ですかね。なんだか助けてもらってばかりな気もします」


実際そうかもしれない。

だがミズキが居なければ解決できないことであったのは事実で、ミズキが居なかったらシャウは早く暗殺されていた可能性が充分にある。

だから何をしたという具大的に言えることがなくても、ミズキの全てが無意味だったということは決してなかった。

そのことを分かっているから、タナトスは褒める言葉をなげかけたのだ。


「そう謙遜するな。で、シャウの容態はどうなんだ?さっきまでポメラの家にいたんだろ?」


「シャウさんは、まだポメラさんのご自宅でぐっすりと眠っています。呼吸は安定しているようで大丈夫みたいですけど、早くても明日か明後日じゃないと目は覚まさないとポメラさんが言っていました。度重(たびかさ)なるケガと、治癒の多用で本来の体力以上に活動したのが原因だろうって」


「そうか…。まぁ魔王を倒してからの二年間、こうも面倒事が立て続けで起こることはなかっただろうからな。そのせいで鈍っていたものもあるんだろう。問題ないならいいんだ。じゃあ、あとはスイセン…だったか。お前の妹はどうしているんだ?」


「妹にはあれから何度か話しかけてみたんですが、どうも上の空で曖昧な返事しか返ってきませんでした。部屋に籠ったまま考え耽けているようで、あの様子だとポメラさんの監視が必要なさそうなほどです」


あの朝の出来事の後、タナトスとミズキ、ポメラ、シャウ、スイセンの全員は鉱山の街レイアへと戻っていた。

そしてシャウは自身の傷をある程度治すとすぐに眠りに落ちて、ポメラの家で休養を取ることになり、ポメラはその看病に当たっていた。

更にスイセンをポメラの家の空き部屋へと監禁する形でひとまず押し込み、同時に察知能力に長けているポメラが監視も兼任している。

まさに、とりあえずという状態ではあるもの、朝の騒動に関してはこれで落ち着いたと言えるだろう。


「とにかくこれで、当初の目的である妹探しは思わぬ形ではあったが、果たしたわけだな。それで、ミズキはどうするつもりなんだ?」


ここでタナトスが質問をなげかけたのは、一つの優しさと言える。

なぜならミズキがどうするべきか、何を望んでいるのか口にできるチャンスを得たのだから。

本当なら、王を暗殺した人物を捕まえたらやるべきことは決まっている。

けれど、それはミズキにとっては望まない結果を引き起こすだろう。


「私は……どうすればいいんでしょうか」


ミズキは表情に影を落とし、言葉を濁してしまう。

今、タナトスとミズキが濡れ衣を着せられているのは暗殺者と思われているからだ。

その真犯人である暗殺者を捕まえたのなら、さっさとリール城へと連行してしまうべきだ。

そうすれば冤罪は避けられる。

しかし、そんなことをすれば暗殺者であるスイセンがどうなってしまうのか想像は容易だ。

間違いなく極刑。

つまり死刑は(まぬが)れない。

妹が死刑なんて、絶対に嫌だ。

その意思だけは明確だが、肝心のどうすればいいかという答えが出てこない。


「……まだ答えは急がないさ。でも、先に言っておくが、俺としてはどっちでもいいぜ。どっちでもな」


タナトスはわざと強調するようにして、どっちという言葉を使った。

二択を迫る時に使われる言葉なのは言うまでもない。

だからミズキはすぐに気づく。

タナトスは妹を救うチャンスを与えてくれているのだと。

本来なら、タナトスの立場を考えれば問答無用でスイセンを連行されても文句を言えない。

それどころか、そうするべきとさえ言える。

なのにタナトスはミズキに答えを委ねた。

これはタナトスの気まぐれかもしれない。

でも今、妹を苦しみから救い出すためには、命を救うにはこの気まぐれにすがらないといけない。

だからこそ、ミズキはすがるようにしてタナトスの服の裾を掴んだ。


「……タナ…トスさん。私の、私のワガママに付き合って貰って……いいですか?」


「あぁ…別にいいぜ」


素っ気なくタナトスは答える。

しかし対してミズキは涙ぐんだ声で、言葉を漏らし続けた。


「本当にいいんですか…?きっと私の選択は間違っていると思います。それに……とってもとても、難しくて辛くて厳しいことですよ…?」


怯えた雰囲気。

そしてその選択をすることに恐怖と悲しみを持っている。

ミズキが口にしようとしていることは駄目なことだと、本人ですらよく分かっていること。

それが分かっていても、タナトスはその言葉を発するよう促した。


「選択が間違っていても、それしか方法が無いと思っているんだろ。なら迷うな。たとえ間違いだと分かっていても選択することを躊躇(ためら)うな。意思を口にしろ。これが私の選んだ答えなんだと、はっきり口にしろ。時には明らかに間違いでも、それが救いだってことがあるんだ。だから言え。お前が選んだ答えを」


「……タナトスさん…!私、妹を助けたいです…!死なせたくありません…生きて欲しいんです、妹と一緒に居たいんです!だから助けて下さい………。妹を、私を……守ってください…!お願いです!」


我慢していた感情を吐露(とろ)し、ミズキは泣きながらも言い切った。

ミズキの泣き声は雑踏で掻き消えてしまいそうなほどに小さなもので、瞳から流れる涙はすぐ乾いてしまう量だ。

でも確かに彼女の本心が、強くて確かな意思が口にされた瞬間だ。

そしてタナトスはその決断を(たた)え、神妙な顔つきで返答した。


「……分かった。いいだろう。しかし、最初会った時と同じだぞ。それだけの大仕事に見合うだけの、相応の報酬を貰うからな」


「どんな法外な報酬でも払います!絶対に払いますよ!」


「その言葉に偽りはないな?場合によっては、一生かけても払いきれない金額を要求するかもしれないぞ?それでもいいんだな?」


念押しの確認に、思わずミズキは面をくらいかける。

けれど、すぐに勢い半分に受け答えた。


「うっ…。そ、それでも払います!一生を尽くしても払います!ずっとずっと払い続けますから!だからお願いです…、一生守ってください!」


「そこまで言い切るのなら、こちらから言うことはない。よし、任せろ。タナトス・ブライト、その大任を見事果たしてみせよう。ということで、これからもよろしくな、ミズキ」


「ありがとう…っございます!タナトスさん、お願い致します…!」


もうミズキの中ではタナトスには感謝の気持ちしかなかった。

とても理不尽なワガママに従い、付き合ってくれるのだからこれ以上の感情なんてない。

ただただ嬉しいだけである。

タナトスさんはそんな泣いているミズキをあやすように頭を乱雑に撫でて、気をしっかり持つようにと言葉ではなく行動で示した。


「そう泣くな。俺はただ仕事を引き受けただけに過ぎないからな。それでだ、そうと決まったらこれからどうするべきだろうな。このまま逃げるだけなのも、あまり得策とは言えないだろうし」


「……これからのことに関しては、シャウさんが目覚めた時に決めようと思っています。引き続き、シャウさんの協力も必要ですから。それまでに私からポメラさんと相談して、スイセンにはこのことを話しておきます」


「そうか、頼む。なら俺はそれまでに旅の準備でもしておこう。まだ剣すら手元に無いままだしな」


「そうですか…。あ、それなら明日、一緒に剣を買いませんか?ついでに代金も支払いますよ」


ミズキのこの提案に、タナトスは一瞬だけ悩んだ。

女性に物を買ってもらうのは、男性としてのプライドに良くないかもしれない。

しかし自分のあまりにも貧相な手元のお金を思い出せば、タナトスはミズキの言葉に甘えるしかなかった。


「女性に武器を買ってもらうなんて情けない気もするが、贅沢は言えないか。…俺の手持ちも、ほとんどはミズキに貰ったものだけだから自分で買うのと大差ないからな。それじゃあ、明日な。俺は少し、武器の品定めしてからポメラの家に寄っていく」


「はい、では私は先にポメラさんの所へ戻っておきますね。また、あとで」


「あぁ、またあとで」


二人は簡単に挨拶を済ませるとベンチから立ち上がり、それぞれ別々の方角へと歩き出した。

新しい希望と目的を胸に、二人は夕焼けの街道を歩む。



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