表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
29/338

英傑と暗殺者

ポメラが袋から取り出した武器は、一見したら1メートル半ほどの長さがある太い棒で、柄頭に大きな球体が付いた武器だった。

それだけではなく球体にはトゲが生えており、凶悪的な造形をしている。

その武器を見て、ミズキは驚きの声をあげた。


「あれはメイス?実用性を考えれば、好んで扱うのは珍しい武器ですが……」


この場面で、どうしてミズキがこんなことを口走ったのか。

それはシャウが一度、ポメラ師匠の武器は特殊だと言っていたことを覚えていたからだ。

でも、実際はメイスという至って普通の武器だ。

特殊というには程遠い。

ポメラが武器を取り出したため、スイセンは警戒して短刀を手に二刀流の構えをとる。

それからほんの数秒だけ睨み合い、先に動き出したのはスイセンの方だった。

素早く地面を蹴り、軽快な足取りでポメラへと接近する。


「む……?」


ポメラは迎撃の構えとしてメイスの柄を握り直したとき、スイセンは姿を消した。

少なくともミズキの目にはどこへ消えたのか全く見えず、とても軽やかでまるで消滅したかのようにさえ思えた。

対してポメラは視線すら動かさずに、ただ構えているだけだ。

動揺もしておらず、決して見失ったから慌てているという様子でもない。

けれど本来なら少しは慌てるべき場面だった。

なぜなら気づけばスイセンの姿はポメラの頭上にあり、落下しながら短刀を振り下ろしているのだから。


「おっと、速いのう」


かすかに鼻をピクっと反応させて、ポメラは平然とした態度で呟いては後ろに身を引いてスイセンの落下攻撃を避けてみせた。

そのため短刀は空を切るだけで、ポメラの体にはかすりもしない。

スイセンは地面に着地すると、すかさず動き出してポメラへと襲いかかって短刀を連続で振るう。

踏み込みからの高速で振るわれる両手左右からの斬撃。

しかしポメラは後ろにステップを踏んで行って、全て紙一重で(かわ)していった。


「んははは、ずいぶんと身軽な奴よ。勇者のパーティーと比べても遜色ない実力なのが充分に分かるぞ」


ポメラは賞賛に近い言葉を吐いてはいるが、スイセンの次から次へと繰り出される攻撃を避けていく。

その光景はまるで追いかけっこで、明らかにポメラの方が余裕あるようだった。


「ちっ!私を馬鹿にしてぇ!」


スイセンは声を荒げると、手に持っていた短刀を二本ともポメラに投げ飛ばした。

すぐにポメラはメイスの柄で短刀を弾くも、スイセンは次の行動に入っていた。

スイセンは手早く服の内側から小さな球体を取り出して、前方へと放り投げる。

すると球体はポメラの目の前で炸裂を起こし、白煙による煙幕を発生させた。

互いに視界が効かなくなるが、互いに目の前に相手がいるのは分かっている。

問題は次の攻撃の軌道が読めなくなることだ。

さすがに警戒してなのか、深追いはせずにポメラは足を止めてメイスを両手で構え直した。


そのとき、ポメラの眼前の煙幕を何かが突き抜ける。

突き抜けてきたものは一瞬だけ白煙に包まれていて、何かは視認では分からない。

スイセンの手か、短刀か、それとも別の武器か。

けれどポメラは一切気にかけず、構えから腕を動かしてメイスを横に振り回した。

力強く、遠慮のない攻撃で確信を持った動作。

同時にスイセンが短刀でポメラの横から襲いかかっていて、ポメラのメイスが振るわれている短刀を打ち弾いた。

弾かれたことによりスイセンは怯んで体勢を崩し、つい悪態を口にする。


「くっ!メス犬の癖によく気づきますねぇ!」


そして煙幕を突き抜けてきた物体は白煙を発生させた同様の球体で、ポメラの大ぶりな攻撃が直撃して球体を破壊する。

続けて炸裂音と白煙が発生して、煙幕はより一層濃くなって範囲を広げた。

もはやシャウとミズキからは、スイセンとポメラの姿は見えない。


「悪いが、その程度では私を動揺させることはできんぞ」


スイセンが体勢を崩している間にポメラは片手で首元を掴みかかり、下へ引きずり込んで地面に叩きつけようとした。

だが地面に叩きつけられる直前にスイセンは片手で受身を取りつつ、更には両足をポメラの首に絡ませて三角締めを決める。

そのままスイセンは受身に使っていない方の手でポメラの胸元を掴んで引っ張り、自分と一緒に地面へと伏せようとする。

けれどポメラは上半身を前のめりに倒される寸前に、メイスを支え棒として地面に突き刺して転倒を防いだ。

すると次にはスイセンは地面への受身に使っていた手を動かし、素早く(ふところ)から短刀を取り出してポメラの腕を傷つけようとした。


「本当に身軽な奴じゃのう」


それでもポメラは冷静に呟きながら、スイセンに絡まれている腕ごと大きく振り回す。

片腕で人間一人を振り回すのは、普通では考えられない筋力。

しかも勢いは強く、決して苦し紛れによる行動ではなかった。


「馬鹿力ですかぁ…!」


見た目からは考えられない力に、スイセンは動揺の声を漏らす。

このままでは再び地面に叩きつけられるとしても、近くの木に叩きつけられるとしても対処はしきれない。

そう判断してスイセンは三角締めをやめて、自ら投げ飛ばされる形でポメラから離れることになった。

すでに受身と次への攻撃の体勢に備えていたスイセンは近くの木に足を着けて体勢を立て直し、間髪なくポメラの方へ再び駆けていこうとした。

だがスイセンがポメラの方へ視線を向けたとき、眼前にはトゲの生えた鉄球が迫りかかっていた。


「なっ、鉄球!?」


さすがに驚きの声をスイセンはあげて、鉄球を服にかすめて近くの木へと素早く移動する。

こうして他の木へと移ったときには、鉄球は先ほどスイセンが足場にしていた木をへし折り、容赦なく粉砕していた。

気づけば鉄球は鎖と連結していて、見れば鉄球が突然襲ってきたのはポメラが投げたからだと理解できる。

そして鎖を視線で辿れば、ポメラの持つ長棒である柄の先端と繋がっていた。

その様子に、スイセンはポメラの武器がメイスとは別種だと分かってぼやく。


「モーニングスターですかぁ。半獣とはいえ女性なのに、よくまぁそんな獲物を扱えますねぇ…」


「褒め言葉として受け取っておくぞ」


ポメラの扱っていた武器は柄に鎖が仕込まれていて、先端の鉄球を飛ばせる仕組みだった。

中距離の攻撃も可能というのは確かに利点だが、鉄球のみならず鎖を含んだ重量を考えたら武器としてはあまりにも不出来だ。

それに武器としての扱いづらいさは、他の物と比べたら郡を抜けている。

もはや殺傷の武器というより、破壊のための道具に近い。

そしてポメラは投げ飛ばした鉄球を柄を引くことで、簡単に手元へ鉄球を戻してみせた。

さっきの威力といい、重々しい金属音といい、ただの見せかけの鉄球ではなにのがよく分かる。


「言っておくが、私は不器用ではないが命の保証をできる自信はないぞ。ケガが怖いなら、今のうちに投降でもするべきじゃな」


「……決まり文句のつもりで言っているのか分からないですが、暗殺者が投降するというのは死と同意義ですよ?」


「そうか。なら投降しろとは言わん。代わりに、力づくでも捕縛させて貰おうかのう」


「できるものならどうぞ。できるものならね」


スイセンは強調するように同じ言葉を二度も口にすると、額につけていたゴーグルを下ろして装着する。

それからマフラーを手で押さえたとき、ポメラは容赦なく柄を振るって鉄球をスイセンの方へ剛速球で飛ばしてみせた。

途方もない力で飛ぶ鉄球が裂く空気の音は、まるで猛獣の唸り声だ。

そんな向かってくる鉄球に合わせて、スイセンは跳んで近くの木の上へ移動して避けるが、動きを読んでいたポメラはすでにスイセンの元へと飛び掛っていた。

ポメラは手早く柄を振るい、スイセンを叩き伏せようとする。

しかしすぐにスイセンは反応して、切り払う動作で短刀によりポメラの棒術とコンマ数秒の間のみ打ち合う。

力強くて素早く振るわれる棒術に対し、繊細で器用に振るわれる短刀の攻防。

一秒にも満たない時間の間に、いくつもの金属音が鳴っていた。


だが打ち合っている間に、飛びかかったポメラは足場がないために落下するはずだ。

そうスイセンが思っていた矢先、明らかにポメラの体は落下せずに宙吊りとなる。


「鎖…!」


一瞬疑問に思いはしたが、スイセンはポメラが宙に浮いている原因が鎖だと理解する。

ポメラは飛びかかると同時に柄を振るうことで鎖を操作し、木の上部に鎖を引っ掛けることでロープ代わりにしていた。

ポメラは宙吊りになると片足を動かして、スイセンの片方の短刀を蹴り上げる。

予想外の反撃によりスイセンの上半身は仰け反り、大きく怯む。

その間にポメラは柄を強く引き、鎖を引っ掛けていた枝ごと折って鉄球を振り下ろした。

鎖に引き寄せられた鉄球はスイセンの頭上へと落ちていき、当たれば頭が砕けるのは間違いない。

そのことを危惧したスイセンは無理に姿勢を変えながら、短刀の刃を鉄球に滑らせて攻撃の軌道変更と同時に避けの体勢に入った。

このスイセンの咄嗟の行動により、見事に鉄球はスイセンの隣を落ちるだけとなる。

しかし鉄球はスイセンが足場にしていた枝をへし折り、ポメラと一緒にスイセンも落下する事となった。


「よくまぁ、そんな重々しい物を気軽に…!さすが英雄の一人ですよ!」


予想以上の鉄球の速さに、スイセンは賞賛の言葉すら口にした。

けれど言葉とは裏腹にスイセンは落下しながら、手に残っていた一本の短刀をポメラの顔に向かって投げ飛ばす。

的確で速い投擲(とうてき)だ。

スイセンの動きを眼で追っていたポメラはそんな短刀に気づくも、今は避けようがない。

手も振り下ろしていて、掴み取るには間に合わない。

だからポメラは顔で短刀を受けるしかなかった。

その様子を見て、遠くからミズキが叫んだ。


「ポメラさん!」


叫んだのは、遠くから見れば顔面に短刀の刃が刺さっているように見えたからだ。

だが実際は少し違う。

ポメラの口元には短刀が咥えられていた。

このタイミングで、しかも空中で口で刃を受け止めるなんてありえない。

でもポメラには動揺した様子はなく、至って真剣な瞳でなに食わぬ表情と言っていい。

ポメラは地面に着地する直前に短刀を吐き捨てて、着地するときは体を回転させて勢いを殺しながらスイセンとの距離をとる。

それから口元を手で拭き、ほんの一瞬だけ遅れて着地したスイセンの方へ向き直る。


「やれやれ、口の中を少し切ってしまったな」


ぼやきながら血が混じった唾を吐いた後、ポメラは柄を振り回して鉄球を投げ飛ばす。

しかし鉄球はスイセンの隣を通り過ぎるだけで、スイセンのマフラーをなびかせて身構えさせるだけだった。


「どこを狙って…」


拍子抜けのことにスイセンは呟くも、続けてポメラが柄を引いたとき妙な音を後方から聴くことになる。

もしかして、と思ったときには悠長とし過ぎていて遅い。

鉄球はポメラの手元へ戻ろうとしてきて、再びスイセンの隣を通ると一緒に鎖をスイセンの小柄な体に巻き付いた。


「うっ!?」


スイセンがうめき声を出したとき、鎖は完全にスイセンの体を引き寄せていて、バランスを崩しながらポメラの目の前で転倒する事となる。

華奢な体が地面を擦り、明らかに無防備な状態。

すかさずポメラは転倒しているスイセンにめがけて拳を振り下ろし、止めを刺そうとする。

けれどスイセンは地面に転がった勢いを利用し、両手で地面を押しながら前転してポメラの狙いを外してみせた。

そのままスイセンは立ち上がっては、ポメラから一度距離を取るために後退した。

そして体勢を立て直すかと思いきや、スイセンは自分の頭を掻き出して半狂乱に近い口ぶりで叫びだす。


「くそくそくそぉ…!これだと埓があかない…!なんで…、なんでそんなに強いのに魔物を放置しているんですか!魔物なんて全部抹殺する対象なのに!あなたも魔王を抹殺した一人なのなら、魔物は抹殺するべき存在と分かっているはずですよねぇ!抹殺しないということは、魔物の味方をするってことなんですか!?」


「なんじゃいきなり。抹殺抹殺と小うるさい奴じゃな。確かに魔物は打ちのめすべき存在ではあるかもしれんが、今はそれ以上に打ちのめさないといけない奴がおるんでな。そのような論争を今はする気がない。どうしても話をしたいのなら、大人しく捕縛されるんじゃな」


「……言い訳がましい。そうやって誤魔化して、騙して、裏では魔物を助けるつもりなんでしょう?分かってます。分かってますよ、私は。平和の勇者の仲間なんですもんね。聞くまでもありませんでしたか」


「本当に話にならない奴じゃのう。そっちから話しかけてきたのだから、せめて会話を噛み合わせて欲しい所じゃが」


ポメラがそう言うも、スイセンは頭を振って話を聞いている素振りは一切ない。

苛ついた口調と怒り混じりの表情で、スイセンは独り言のように喋るだけだ。


「あぁ、面倒くさい。七面倒臭い。もう、いいです。私と敵対する人はみんな魔物の味方なんです。どいつこいつも頭のおかしい人なんですよ…。力があって魔物を殺さない奴は悪だ。魔物を庇う者は悪だ。魔物は悪だ。そんな奴ら、魔物共々私が抹殺してあげます」


「何を言おうと勝手じゃが、できるかどうか、させるかどうかは別じゃぞ」


「っくひひひ、いいですよ。いくらでも邪魔してください。妨害してください。できるものならね!」


スイセンは大声を上げると同時に、素早く地面を蹴って姿を消した。

しかしポメラはしっかりと動きを捉えていて、確かに眼で捕捉している。

ただポメラの体が追いつくかは、別問題だ。


「なんじゃ、奴め。更に距離を?…しまった!」


ポメラが気づいた時には遅かった。

遠回りに動いていたスイセンは動きを変えて、一直線でシャウの元へ接近し出す。

懐からは新しい短刀を取り出し、もうスイセンの眼はポメラに向いておらずシャウしか見ていない。

律儀にポメラを先に狙う必要はない。

そもそもスイセンは最初からシャウを狙うつもりだった。

スイセンが獲物を変えてシャウに襲いかかっているのは、誰の目から見ても明白だ。

だからミズキも反応して、シャウを守ろうと覆いかぶさって必死に声をあげた。


「駄目!やめてスイセン!」


「どいてよミズキお姉ちゃん!いくらお姉ちゃんでも、シャウの味方をするってことは、魔物に味方すると同じなんだから!」


「魔物の味方でも何でもいい!だからシャウさんを傷つけないで!やめてぇえええぇ!」


ミズキの叫びはただ悲痛で、スイセンは迷いなく短刀を手にシャウを殺そうと襲いかかっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ