新兵器と秘宝の存在 ※後書きに短編
カオスの黒炎魔法による領域支配は、アカネが感嘆するほど便利で絶大な効力を誇るからこそ、非常に負担が重く体調を悪化させやすい。
そして今ここで彼女の体力を消耗させ切るわけにはいかず、黒炎魔法を解き、彼女達は目的地目前の物陰で潜む。
その気配を殺し、視線の先に集中している最中のことだ。
まさしく敵の動向を伺っているため、緊張感が高まる瞬間であり、このタイミングで不意に後ろから肩を叩かれたら誰だって驚いてしまうだろう。
それは熟練の英雄も例外では無く、たまたま叩かれる対象となったアカネが驚いて小さな悲鳴をあげた。
「きゃっ…!?な、なんなの!?」
普段、彼女が口にすることが無いほど高い音域の声だ。
その可愛らしくも聴き慣れない声が聞こえてきたから、アカネの反応自体にシャウは目を丸くして振り返った。
同じく他の人達も慌て気味に振り返ったとき、そこには鍛え抜いた体格を持つ男性エルフが二人立っていた。
このエルフ二人は『憤怒と影の国』の軍服を着こなした者であり、その軍人職の中でも秀でた実力を持つ人物だというのは、たとえ鈍感な素人目線でも一目で察せる。
とても洗練された佇まいに、何度も火事場を潜り抜けてきたような跡が刻まれた風貌。
しかし肝心の表情と物腰は非常に柔らかく、彼らの態度に敵意は微塵も含まれていない。
それ以前に、相手の顔に見覚えがあった。
「へ?なんでこんな所に…」
まずシャウが相手二人の姿を見て、疑問の第一声をあげようとする。
だが、すかさずカオスがお構いなしに勢いよく割り込んできた。
「リブラさんじゃないですかー!変装までして、星騎士の隊長さんがこんな所で何をしているんですかー?というか、お隣さんの人はもしかして……?」
お互い隠れ潜んでいる身だと分かっているはずなのに、それでもカオスは相変わらずのマイペース口調で喋り出した。
しかも、割かし大きめの声量だ。
そして『喜愛の国』で星騎士隊を務めるリブラ隊長は彼女の言葉に反応し、彼も場にそぐわない余裕ある笑顔を浮かべながら応えた。
「隣に居る彼は、あの断獄者の一員だよ。彼は前々から密偵として潜んでいて、私が潜入できるよう手引きしてもらったんだが……。それよりも小く可憐なお嬢さん方こそ、こんな所で何をしているんだい?特にカオス君の場合は、アエル副長と行動を共にしていたはずじゃないか」
どうやら肩を叩いて来た二人の男性は巨漢のリブラ隊長と、『楽園と輝光の国』に所属する断獄者のエルフだったようだ。
そして彼ら二人は普通では無い騒ぎを聞きつけ、他の仲間が潜入して来た可能性があると考えて、わざわざ駆けつてくれたらしい。
この偶然の再会による挨拶は程々に済ませ、すぐ互いの事情を全て話し、また上手く詳細を省きながら多くの情報をすり合わせた。
シャウ達からすれば、単独行動していると聞いていたリブラ隊長が、既に敵国の都市内部にまで入り込んでいたのは予想外であった。
それのみならず、ほぼ完全に機能停止しているはずの『楽園と輝光の国』が水面下で活動を続けている事も同じく予想外だ。
ただ、逆にリブラ隊長からしたら都市内で大騒動を引き起こしている彼女達の無謀な行動に驚き、また都市外で派手に戦闘を繰り返している者が彼女達の協力者だというのだから、経緯を聞き終えた頃には強い戸惑いすら覚えた。
「そうか、君たちの目的は分かった。しかし…あれだな、私が言うのもなんだが、君たちがやっていることは潜入じゃなく侵攻だぞ。いくら心強い仲間が居るにしても、手段が力ずく過ぎて滅茶苦茶だ」
リブラ隊長は感心している面もあるようだったが、同時に若干引いている反応でもあった。
いくら勇ましい経歴を持つ彼でも、こんな反応になってしまうのは当然かもしれない。
なにせカオスに無理やり引っ張られ続けているとは言え、客観的に見たら強行突破の連続に変わりないからだ。
猶予時間が短く限られているにしても、事ある毎に自ら退路を断ちながら進んでいるようにしか思えない。
更に瞬間転移で遠くに脱出すると聞いた所で、それは目的を達した後に使うだけという話だ。
要は一旦引く事ができず、たった一度っきりしか許されていない潜入で安全な場所を確保せず強行突破を続けるのは、どう考えても難がある。
実際これまで穏便に物陰で隠れられていた時間は、合計しても十分にすら満たず、せっかく最初は気づかれず潜入した要素を無駄にしてしまっている。
結果論かもしれないが、勢いに任せているだけで利口な判断とは言い難い。
ただシャウは自分達の進み方が如何に高い危険性を伴っているのか、それを承知の上で説明した。
「言い訳みたいになっちゃうけど、それだけ私達には時間が無いって理由があるからね。この一日どころか、できるものなら半日足らずで勝負を決めないといけないくらいだから」
「…そうだな……、すまない。別に責めるつもりで言ったわけでは無いんだ。我が国の恩人達である以上、気を付けて欲しいという心配が強くてね」
「わはははー。親切心からの心配に応えられなくて、ごめんね。私達って、いつもこんな調子なんだよ。…それでリブラの方はどうするの?さすがに私達の厄介事に付き合う義理までは無いわけだしさ」
「いや、付き合おう。君たちは『憤怒と影の国』に大打撃を与え、こうして数多の混乱を招いてくれた。これは私の最重要項目であったし、敵の通信によると、つい先ほど都市の防衛機能がほとんど停止してしまったそうだ」
「防衛って、えぇ!?それって本当なの?その……厄介事に付き合ってくれる話もそうだけど、あれだけ壮観だった防衛が駄目になったって……。正直、ちょっと想像つかないかも」
「さすがに正確な被害まで把握できてないと思うが、現時点ではそうらしい。単なる防衛拠点とも違う巨大規模だっただけに、私にも全く想像つかない話だ」
魔王幹部の実力を知るはずのシャウ達にとってすら信じがたい情報だから、リブラに至っては更に信じられない出来事だと思うのは当然だ。
都市の防衛機能が停止ということは、単純に外で戦っていた魔王幹部達が想像を絶するほど猛威を振るってくれたのだろう。
本来は陽動の役目に過ぎず、また不用意に甚大な被害を与えたく無かったから彼女達は少しばかり複雑な気持ちになるが、『憤怒と影の国』の目的が大陸一掃だと考えたら素直に喜ぶべき出来事かもしれない。
何より都市関係のみならず、全ての戦線にも強い影響を与える事になるのは考えるまでもなく確実だ。
場合によっては『憤怒と影の国』が一時休戦の申し出、及び降伏すら有り得る。
少なくとも全体の戦況を一変させるのは確実で、リブラどころか各国にとって予期しない転機を招くのは疑いようのない事実だ。
だからリブラは好意的かつ積極的な協力姿勢を心から示してくれて、シャウ達にとっても想像していなかった好機に恵まれる。
「つくづく魔王幹部って、一つ一つ成し遂げるが壮大でびっくりしちゃうなぁ」
「何にしても、私と彼は君たちの行動に付き合おう。本来は工作行為するつもりだったのだが、その率先してやるべき事が失われてしまったからね」
「そうだね。とりあえず、う~ん……付き合ってくれるなら何か案が欲しいかな。なんとかして目の前の施設に入り込みたいんだけど、見るからに警備が厳重でさ」
彼女達が入り込もうとしている施設自体には、敵を迎撃するような機能は見られない。
都市外周辺の防衛設備を思えば当然の話だが、代わりに軍人が群れを成して万全な警備しており、今ではシャウ達の出現を心待ちにしている。
それによる問題は、広く見渡しが良い私有地のせいで全く気づかれず通り過ぎるなんて絶対に不可能なこと。
そのためシャウは他の手段が思いつかずに尋ねたわけだが、なぜかリブラより先にカオスが元気よく答えてきた。
「ここはやはり陽動でしょう!同じような手段であっても、相手からしたら眼前の獲物を見過ごすわけにはいきませんからね!」
まるで名案みたく提案してくれたが、彼女の思考は陽動と強行突破の二択しか無いように感じられる。
ついでに言うなら、彼女の場合は陽動作戦だと称した所で、結果的に強行突破と変わらない事になる光景が想像つく。
もちろん、目的通りに上手く事が運ぶなら選択の幅が狭くても問題無いが、さすがにその二択は誰でも咄嗟に思いつけてしまうから意義ある意見にならない。
そもそも、とりあえず言ってみただけで具体的な方法が思いついている雰囲気では無かった。
だから、それほど深く考えていなかったカオスの提案は勝手に流れてしまい、すぐリブラが別案を口にする。
「断獄者の彼が一通りのカードキーを入手しているから、なるべく穏便に正面口を通る方が良いだろう。できれば、この変装も活用した上でね」
「おぉ、変装か~。でも、仮に軍服を調達できたとして、私達女の子だと背丈が合わないからなぁ」
「………そうだな。特にそこの二人に合う軍服となったら難しいか」
リブラの言う二人とは、カオスとユウのことだ。
この二人は特に幼く、シャウ達より一つ下の年齢層とすら呼んでも差し支えない。
そのため体格の成長が未発達どうこう以前に、ようやく背が伸び始める頃であって、まだまだ大人らしい部分が何一つ見受けられないくらいだ。
つまり変装した程度では、明らかな身長差や体格差から一瞬で怪しまれ見破られてしまう。
それでは変装する手間をかける意味が無いわけで、すぐリブラは自身の案に少し捻りを加えた。
「なら、まず私と断獄者の彼で中へ入り、別の入り口……裏口か窓だな。そこを通れるよう解放しておこう。詳しい侵入口と合図は通信で伝える」
そう言って彼は自分の軍服と一緒に調達したであろう通信機を一つ、彼女達の中で唯一使い方を知っているカオスへ手渡した。
それから彼らはウイルス研究施設へ向かい、誰からも疑われずに手際よく入り込んで見せた。
足の運びや重心の動き、それはまるで本当に『憤怒と影の国』で長年訓練を受けたような者であり、もし必死に細かな動作を見比べても他の軍人と遜色ないほどだ。
それほど自然体かつ洗練されていたら、この国では非常に珍しい純粋のエルフ族でも気に留められない。
正体を知っているシャウ達から見ても、ほんの少しでも気を抜いたらリブラ達の姿を見失いそうになるほど素晴らしく、準備の良さまで含めたらスパイ歴の長さが分かる。
申し訳ないと思う部分はあるが、はっきり言って破天荒な行動ばかりするカオスとは比べ物にならない。
また数分としない内にリブラから準備完了した連絡が届くから、この手際の良さは驚嘆に値し、ついミズキが感動に等しい言葉を漏らした。
「凄いですね、これが本物の潜入というものなのでしょうか。戦っていたばかりの私達とは、さすがに振る舞いが違いますね」
「うぅ~ん。戦闘における工夫とか状況判断であれば、私が劣っているとは思わないけどさ……。リブラの妙な筋肉自慢を見てきただけに、いきなり知性溢れる行動されると色々負けた気分なるよ。しかも見た目に反して、筋力以外で成し遂げてきたから余計にね」
「くすくすくす、大丈夫よ。シャウちゃんも可愛らしい見た目に反して、相当な脳筋で人々を驚かせているわ」
「ん?ノウキンってなに?え…、もしかして筋肉馬鹿ってこと?それって何も大丈夫じゃないじゃん!あと私はちょっと猪突猛進なだけで、見た目通り気品と知性溢れる行動しか取って無いから!」
「そうね、分かっているわ。ちょっと暴走しやすい一面があるだけよね」
「むむ~……!そんなに私って暴走している事あるかなぁ?カオスちゃんみたく突っ走る事したっけなぁ……?」
なにかシャウが釈然としていない一方、カオスは目の前のことに集中していて、ユウと共に移動するタイミングを見計らっていた。
リブラの通信によって裏の窓から入れると教えてくれていて、付近は大丈夫だとまで言われている。
しかし彼女達の現在地からその付近にまで、一切気取られず近寄ることが難しい。
つまり建物内へ入れる地点が確保されてから、巡回を避けて通れるルートを改めて見直さなければいけないのだ。
だが、いつまでも怯んで止まっていては、せっかくリブラ達が作ってくれたチャンスを無駄にしてしまう。
それによって意を決して移動しようとした矢先、突如大きな物体が近くの建物へ落下してきた。
「うっひゃぁぁ!!?」
独りで自分の振る舞いを見つめなおしていたシャウが、とても間抜けな悲鳴をあげる。
至近距離の爆発を連想させる異常な衝撃と騒音。
また瓦礫が周囲へ勢いよく飛び散り、シャウ達どころか敵達にとっても安心が失われたのは確実だった。
「これは…、氷?」
アカネは冷静に焦りを押し殺しながら状況分析し始め、巻き上がる粉塵の中から落下してきたであろう異物を目撃した。
それは不自然に巨大な氷塊であって、氷絶帝フレーレティが能力で生み出した物体なのは疑う余地も無い。
不思議に思う点は、なぜ周辺に落下して来たのかだが、続いて二つ三つと同じ物体が降り注いできた。
当然どれも凄まじい地響きと破壊を生み出し、敵達は総出で対処しなければいけなくなる。
どう考えても、狙いを付けた上での意図的な攻撃だ。
そう捉えたアカネは何らかのメッセージだと察したらしく、仲間達に向けて声をあげた。
「急いで行くわよ。恐らくあの黒兎……クロックだかが、ずっと聞き耳を立てていて、先を急ぐように催促かけて来たのだわ。魔王幹部らしい遠慮知らずな方法でね」
「納得だけど、これだと私達にまで危険が及ぶ事くらいは考慮して欲しかったかな!でも、強引ながら嬉しい助けかも!」
「おかげで私達の大好きな強行突破同然だわ」
皮肉混じりにアカネがぼやく。
とは言え、この混乱に乗じるのが得策なのは誰もが分かっている。
シャウ達は混沌とした状況下で迅速に行動を始め、リブラが用意してくれた侵入口から施設内へ忍び込んだ。
それから外の新たな騒ぎについて一言説明した後、事前に施設内の間取りを調べていた断獄者が案内を始めてくれた。
カオスも大まかな間取りは知っているが、何も日頃通っているような場所では無いから全て把握しきれているわけでは無い。
だから現状、建物内に一番詳しいのは断獄者のエルフだけであり、進む途中で白衣を勝手に拝借してはシャウ達が羽織った。
相手を欺けるほどの変装では無いかもしれないが、そのままの服装で歩き回るよりは目立ちづらくなる効果はあるはずだ。
そして人通りが慌ただしい狭い通路を進んで行くと、やがて地下深い場所へ繋がる階段に辿り着く。
物々しい機械の扉が道を塞いでいるが、彼らが持ち合わせていたカードキーによって開閉は自由となり、容易に地下へ進むことが可能となる。
あとは薄暗く照らされた長い階段を下りていくだけ。
ただし、今どこを通っているのか断獄者とカオス以外は漠然としか分からず、ユウが密かに覚える違和感を口にした。
「あれだけ広く地上を陣取っているのに、こうして私達が向かうのは地下って変な感じがします。それに見飽きるほど長い階段ばかり」
明確に誰かに向けての言葉では無かったため、少し間が空いてからカオスが反応を返した。
「ウイルスというのは危険ですからねー。だから地上への漏洩を防止する必要がありますし、あと何事も研究となったら外界に一切影響されない環境が必要ですので!」
「………なら山奥にでも場所を設ければ良いでしょうに」
「うーん。合理的な意見ですけど、一番重要なのは身近に置いて、内情を把握する事なんだってアービス様から聞きました。研究員にとっても都内の方が都合良いはずですし、まずこんな騒ぎが起きる事なんて誰も想定していなかったと思いますよ!」
「想定についてはそうだろうね。騒ぎを起こしている張本人もエルフじゃなく、私達や魔王幹部という前例無きトンデモなわけですから。……カオスさんも普通のエルフとは大きく違いますし」
「今までの考えや情報が無意味同然となったら、さすがに我が国も対応しきれませんねー!でも、きっと次から対処できるようになっているでしょう!国民の誰もがアービス様に倣い、未来への前進を忘れませんから!」
「ここに来るだけでも、この国の異常な開発力を目にしてきたからかな。次はあの怪物達に対処できても、あながち嘘にならない気がしてくるというか……むしろ違和感が無いかも」
既に核爆弾頭という大陸の半分を破壊できる兵器の存在を聞いているから、飛び抜けて強大な個を倒すための兵器が、これから開発されても不思議じゃない。
なんならカオスやマンドリンこそが、強大な個を打ち倒すために用意された兵器なのだろう。
そしてアービスはカオスを強力な個だと認識しているから、彼女の暗殺をマンドリンに一任させている。
まして、あのマンドリンに至っては生物複製として生み出されているため、アービスという狂人は最初から非人道的な運用目的を持っていたのだと、この場でユウは悟った。
「……使い方次第で人も立派な兵器になれるとしても、本当に兵器だと割り切って見るなんて…。すごく気持ち悪い話………」
漠然ながら、少女は強い嫌悪感を含んだ複雑な感情を抱く。
かつて自分が実験対象にされた記憶があるからなのか、所詮は他人の問題だと分かっていても許せない気持ちが溢れた。
同時にカオスの事を本気で可哀そうだと感じ始め、ユウは一方的に同情の念を持つ。
今まで意識していなかったが、彼女の内情を知るほど共通点が見つかる。
でも共通点を見つけた直後に想うのは憐れみだけでは無く、尊敬と憧れでもあった。
なぜならカオスは信じ敬愛している相手に見放されていても気にかけず、信念を一切揺るがさずに行動し続けている。
もしも自分が本気でアカネから見放されたら、全ての自信と自我を簡単に失うだろうとユウは想像した。
そんな有りもしない不幸を考えてしまい、ユウは怖くなってアカネの手を掴む。
「あらあら?」
ほんの少し疑問を感じたが、アカネは深く考えず握り返した。
下手に言及しないのは、まだユウは幼いから得体の知らない恐怖に襲われるのは普通だと思ったからだ。
危機的状況を続けば、誰もが不安を募らせて余計な考えに走ってしまう。
そういう時は目的だけを見据えて前へ突っ走ることが一番の解決策になるのだが、たとえ頭で分かっていても常に最善の行動を取れるわけでは無いのが人間だ。
やがて彼女達は長い階段を降り終えた途端、カオスは余計な事を口走る。
「ここですねー。ちなみに職員は普段エレベーターを使っていますので、こんな無駄に疲れる階段を使うのは非常時か変質者だけです!」
「くすくすくす。つまり、これで私達は全員揃って変質者の仲間入りというわけね。とても感動的な瞬間だわ」
「まぁ私達からしたら非常時だし、相手からしたら変質者同然だからカオスちゃんの言葉は正しいのかも。思いつき発言な雰囲気あるけどね」
シャウが適当な言葉で反応を返すと、なぜかカオスは乗り気で応えだした。
「私は基本的に思いつきで行動していますよー!思いつきとはひらめきであり、ひらめきは天才の証だというのが私の持論ですから!」
「偉人からの引用とかじゃないんだ………」
それだと単なる自惚れの類なのでは、とシャウは率直に思ったが、あえて口にせず押し黙ることにした。
それから彼女達は気を引き締め直し、カードキーで扉を開錠して通り抜ける。
まず扉の先にあるのは真っ白な空間だった。
地下とは思えないほど広く、精密機器ばかりの別世界。
賢者ロイの隠し研究所と大差ない場所で、少なくとも万年単位で生きた彼と同等の技術力を保有しているのだと視覚で理解する。
シャウ達からしたら不気味であるし、どうしたらこのレベルの技術にまで発展するのか想像すらできない。
少なくとも、この国だけによる真っ当な積み重ねでは有り得ないはずだ。
「…で、どこへ行けば目的の物があるの?」
シャウは当然の質問を投げかけた。
ここまで来ると『憤怒と影の国』所属の研究員が普通に歩いているが、自分のやるべきことに専念しているから見慣れない彼女達の存在を気にかけている様子は無い。
明らかに街中で通り過ぎる他人感覚で、会話内容に気を付ける必要も無いからカオスは普段の声量と口調で答えた。
「一応危険性が高いため、滅菌室を通って防護服を着用して、それから………まぁまぁ奥の方になりますね。とは言え、そこまで広く無いのですぐ着きますよ」
「そうなの?それなら秘宝もすぐ取りに行けそうだね」
シャウが秘宝のことを口にした瞬間だ。
この言葉にカオスは怪訝そうな表情を浮かべ、リブラと断獄者は呆気に取られた雰囲気を示す。
恐らく秘宝も必要だと知らなかったから驚いたためだと思うが、それだけが理由では無かった。
「え?んんー…?もしかして秘宝も必要だったんですか?」
「ごめん、そういえば言って無かったね。やっぱり秘宝だから厳重保管されていて、並大抵の方法じゃあ近づく事すら困難なんでしょ?」
「あ、いえ…うーん。入手が困難というか、それ以前に、もう秘宝は存在しませんよ」
カオスの予想外過ぎる言葉に、シャウ達は困惑すらできなかった。
存在しない。
とてもシンプルで分かりやすく、秘薬の生成が不可能だと知れる情報。
当然、そう易々と受け入れる事実のわけにはいかず、アカネが困った態度で問いかけた。
「それは、どういう意味なのかしら?」
「どういう意味と言われても…、とにかく存在しないんですよ。何十年も前に使い切ったそうですから」
「使い切ったですって?そもそも、この国の秘宝はどういうものなのか教えて欲しいわ。なぜか渡されたメモ書きには、全ての秘宝に関することだけ具体的な表記が無いもの」
「ミイラの指ですね。その指から生物複製技術でブライトさんを生み出したので、もう国には無いんですよ。…あぁ、でも……、ある意味まだ存在する事にはなるんですかね?ブライトさん自体が秘宝になりますから」
「そうだったの。それなら入手不可能と言い切れるわけでは無いのね。……このことタナトス君は知っているのかしら?まったく知らないわけでは無いと思うけれど、少し心配だわ」
ブライトの体組織が必要なら、タナトスが決闘の際に少し得られれば済む話だ。
ただ彼がそこまで理解していたのかシャウ達には分からず、ミズキが一つの申し出を口にした。
「よほど遠くで無ければ、私から伝える事ができます。今のところタナトさんの力が全く感じられないほど離れ過ぎているため、困難を極めますが……」
「要は偶然に頼らないといけないわけね。いいわ、私達がすべき事に変わりはない」
まだ道が完全に閉ざされてない以上、悲観することは何もない。
そして結局は目前の材料が必要に変わりないから、今更ここで行動指針を見直す行為も要らない。
警戒されていない内に向かい、手順に乗っ取って採取するだけ。
だからカオスの案内の下、全員は早歩きで通路を進む。
しかしシャウ達にとって最大の脅威が迫りつつあった。
これはきっと逃れられない運命の一つ。
今までがそうだったように、戦い抜く事でしか未来を切り拓けない暗示。
あらゆる危機的状況に挫けないよう、絶えず燃え滾らせた闘争を持った者達の宿命だ。
それはカオスにとっても完全の予想外であり、彼女はその人物を見かけた。
「うわっ……次期国王様だ」
アービス国王の跡を継ぐ、次期国王の存在。
現国王が前線に出るような行動を取るほどなら、そのような人物が居るのは当然なくらいだろう。
意外なのは、その人物はそこそこ年齢を重ねた男性ダークエルフであっても、見るからに貧弱そうで、アービスのような武人というより根っからの研究員らしい雰囲気だ。
またカオスの発言で、シャウ達にも誰が次期国王なのか一目で分かった。
すぐ分かった理由は身なりだとか、特徴的な物を身に付けていたからでは無い。
まるで彼の身を守るように全身黒く染まった人型の生物が一体居て、その黒い生物は複雑な仕組みが施された機械のヘルメットやらガントレットを装着しているという、異常にして異質である存在が居合わせていためだ。
「なにあれ…?」
あまりにも気味悪く恐ろしい存在を見かけて、ついシャウは狼狽する。
人型で、機械を身に纏った漆黒の怪物。
確実に初めて見かける正体不明の存在だが、ただユウとリブラには心当たりがあり、最初にユウが強い恐怖感を覚えた表情で呟いた。
「…そんな。あ、悪魔です……、…『哀楽の国』で見かけたのと似ている……。でも、あの様子だと多分…」
焦りのせいでユウは適当な言葉が思いつかなかったが、間違い無く制御されていると言いたかったのだ。
強大な個を始末するための兵器が開発されても不思議じゃない。
そう考えたのは数分前のことだが、さすがに既に存在しているとは思っていなかった。
更にその機兵と化している悪魔は身に付けている機械によってシャウ達の存在を瞬時に感知し、小刻みに震えるという不気味な動作で頭を向けてきてスキャンする。
それからだ。
侵入者を見つけ次第始末しろという命令でも受けていたのか、シャウ達という異物を発見するなり力強く歩いて来た。
※短編。次期国王という研究員について
『憤怒と影の国』の次期国王は様々な分野で活躍する研究員だった。
とは言え、元々は専攻が微生物というだけの研究員に過ぎず、アービス国王どころか貴族に類する血筋でも無いから、次期国王なんて話は無縁であった。
それなのに次期国王というのに選出されたのは、まさしく彼が天才だったからだろう。
それも科学的な天才というだけのみならず、むしろ人を扱う才能の方が長けていて、アービスとは違う形で先へ突き進む意志を兼ね備えていた。
実際に功績も重ねることで局長の役職を得て、そこで初めて直接アービス国王に声をかけられる。
「君は素晴らしい才能を持っていると聞いている。是非ともその真価を示して欲しい」
その言葉を聞いた彼は、自分が持つ科学の知識や理解を披露しろという意味合いだと思った。
だが、違う。
アービスが知りたかったのは彼が今まで培い、更に成長を見せる人間性。
そして他のエルフから並み外れた、何らかの独特な感性………熱意と狂気だ。
もちろん示す手段が分からずに戸惑う部分はあったが、結局それは彼の研究成果がアービスを満足させた。
研究の一つは、どのような要因を与える事で細胞は望み通りの反応を示してくれるのか。
その応用として、どのような条件下にすれば本体の限界以上に細胞は能力を出力してくれるのか。
そして最終的な研究テーマは、高い知能を持つ生物の思考及び能力に干渉して完全コントロールは可能なのか、というもの。
つまり支配だ。
結論から言うと、完璧にして理想的な支配は絶対に不可能だと判明する。
ただ、それは誰からの命令を受ける便利な人形は作れない、というだけ。
たった一人の特定個人………、要は主の複雑な命令を成し遂げる仕組みは小さな生物になら施せた。
それすら精密かつ緻密な投薬や操作を前提にしているから、研究を続けていた彼にしか実質命令は不可能という未発展状態で、尚かつ現状その技術を必要とする事は無かった。
しかし、いずれその技術が必要になると直感したアービスは早い段階で彼に望む以上のモノを与え、未だ広がり続ける将来性と野望から次期国王の一人という地位まで与えた。
これにより彼の全てに付加価値を加えることで国中から称讃させ、彼の研究意欲を強く刺激させたのだった。
そして国王からの直接的な応援を得た彼は更なる躍進をし続け、やがてカオスが入手した『哀楽の国』の秘宝により、彼の研究は短時間で新しいステージへ進んで見せた。




