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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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スイセンの歪み

鉱山の街レイアから少し離れた山中に、水色の髪の少女であるスイセンが居た。

スイセンはゴーグルを額へ付け直し、青いマフラーも巻き直す。

そして水色の柄の短刀を手にして、立ったまま近くの木に寄りかかった。

それから冷たい眼で、血だらけとなっている茶髪の女性の姿を眺めた。

スイセンの視線の先にいる茶髪の女性は髪が乱れ、服が酷く破けては傷だらけだった。

しかも両手足が縄で縛ってあり、足のつま先が地面に触れる程度に調整してあって吊るされている。

更に首にも縄が巻いてあり、首と両手首に巻かれている縄で木に吊るされているのが分かる。

そのため当然、手首だけではなく首にも縄の圧力がかかり、締め上げられていて呼吸が困難だった。


「平和の勇者であるシャウさ~ん。まだ、生きていますかぁ?」


木に寄りかかっていたスイセンは甘える声で、どこか意地悪な口調で縄に締め上げられている茶髪の女性に声をかけた。

シャウと呼ばれた茶髪の女性は、首の縄のせいで上手く首も振ることができずに反応ができない。

そんな何もできないシャウの様子を見て、スイセンはクスッと笑って草木を踏んで歩み寄る。


「っくひひひ、少し麻痺毒が強すぎましたかねぇ?でも、これぐらい動けないようにしないと治癒されますからね。すみません、手荒でぇ」


まるで(いた)わっている発言だ。

でも、今している行為もこれからも、スイセンは一切労わる気はない。

むしろ真逆の感情が頭の中では渦巻いていた。

(いじ)めてやるという気持ちだけが彼女の中にある。

シャウに近づくとスイセンは短刀を手早く回転させて、鋭利な刃をシャウの白い肌に当てて寸止めする。

このまま短刀を横にでも動かせば、刃がシャウの肌を傷つけるだろう。

本来なら一瞬で治せるから恐れるべきではない傷だが、今のシャウにとっては全てが致命的な傷になりかねない。

全身の麻痺が酷く、自分の体が無いんじゃないかと思うほどに感覚が無くて治癒が発動できないからだ。

それに治癒ができない状態で、別の毒薬でも使われたらどうしようもない。


「で、生きているんですかぁ?」


スイセンはシャウの髪を掴み、無理に頭を下げさせる。

すると縄が首を上に吊り上げようとしているものだから、より首が縄で締まっていった。

そのことにシャウが虚ろな目で苦しそうに唇を震わした。

反応があると気づくと、さらに数秒間下に引っ張ってからスイセンは髪を離す。

そうすれば解放されると同時にシャウが苦しく咽せてしまう。

その様子を少しだけ愉快そうに、口元を歪めてスイセンは笑った。


「っくひひひひ。なぁんだ、まだ生きているじゃあないですかぁ!もうてっきり死んだかと思いましたよぉ!心配させないでくださいって」


「……ぅ…っ」


「なんですかぁ?何か言いたいことがあるなら、はっきり言って下さいよ。その可愛らしい口を動かしてさぁ…」


次にスイセンは、自分の人差し指をシャウの口の中に入れた。

今なら、シャウの口はわずかに動くから噛むことくらいならできるかもしれない。

しかしスイセンは指先であご下を引っ張るものだから、抵抗する素振りが限界だった。

それからスイセンは指先でシャウの柔らかい舌を撫でては掻き回す。

シャウの口から唾液が垂れ、スイセンの指先が濡れた。

まるで人間をおもちゃで遊ぶようにしていて、彼女の狂気混じりの感覚が見え隠れしている。

好きなぬいぐるみを好きなように動かし、中身に詰まった沢山の綿を引きずり出すのと何も変わらない。

スイセンはシャウの口から指先を抜き取ると、今度は指先についたシャウの唾液を自分で舐めて小さく笑った。


「んぅ…。なんだか血の味がしますねぇ?っくひひ、そろそろなにか言葉を口にしたらどうですかぁ?もし一言も話す気が無いというのなら、すぐに殺しちゃいますよー?だいたいあの時、殺さなかったのは気まぐれ同然なんですからぁ。私としては一秒も先送りにせずに殺害したいんですが、一応大事な命令を受けてますからねぇ」


スイセンは喋りながら、シャウの首元に手を添えた。

手の形は締め上げるもので、力を入れたら首絞めの行為になる。

けれどスイセンはそんなことはせずに、ただシャウの首を触っては次第に胸元の方へと指先を這わせた。

このことにシャウは恐怖はしないが、一瞬だけ体を萎縮させて硬直させた。

その反応にスイセンは楽しそうにしながら話し続ける。


「さてと、先ほど気絶する前にも訊きましたが、もう一度聞きましょうか。シャウさぁん、故人となった王様が魔物としていた密約、そのことを知って賛同している有力権力者は誰ですか?こちらもある程度は把握しているんですけど、さすがに全員とはいきませんからねぇ。片っ端から暗殺するのも大変なので、教えて下さると助かるんですがぁ」


「……っ、い…言え…ない…!」


シャウは舌すら麻痺しているほどだったが、途切れ途切れで確かに答えた。

しかしスイセンにとっては望まない答えなのは百も承知。

もうすでに殺されていてもおかしくないのに、ここに来て反抗する意思をみせるシャウにスイセンは嫌な気持ちを露骨に顔に表した。


「なんで言えないんですかぁ?素直に答えれば、少しは嫌な死に方はしないと思いますよ?それとも嫌な死に方をご所望ですか。それなら良い死に方がありますよぉ。メメという少女、いましたよね。その子がシャウさんを殺すように脅迫をかけるんです。きっと泣いて喚いて、大変なことになりますよねぇ。それで殺せなかったら私が貴方の目の前で、じっくりとメメを殺します。全く不必要な犠牲ですけど、仕方ないですよね。魔物の味方をする勇者の味方をするのなら、つまりは魔物の味方ってことになりますから!っくひひひ」


冗談か本気か分からないが、スイセンは不気味な発言をしては笑った。

嘘だとしても、そんなことを口にするだけでおぞましい。

それに本当に厄介なのは、今のスイセンを見る限りやりかねないことだった。

だから、耐え切れずにシャウは訴えかけた。


「だめ…っ!そんなの……みんなが、嫌な気持ちになっちゃう…!」


「嫌な気持ちぃ?何が嫌な気持ちなんですか…。私はこうして、魔物の利に(くみ)する人がいるだけで嫌な気持ちでいっぱいですよ!意味が分からない。なぜ魔王を討伐した平和の勇者が、下劣な魔物と王様の密約に賛同するのか理解できない!魔物なんて、みんなを殺す害悪なのに!っくひひ、頭おかしいですよぉ!」


突然、スイセンは声を荒らげた。

怒りを目にして、心底から憎しみとの怒りがにじみ出ていた。

でもそれは一瞬のことで、すぐにスイセンはさっきまでの余裕の表情へと切り替える。

しかし、さっきまでと言うには少しだけ違っていて、目が恐ろしく空虚なものに近くなっていた。


「あぁ、すみません。声を荒らげて本当にすみません。せっかく話してくれたのに、反抗してすみません。謝ります。それで、どうしたら話す気になってくれますか?謝ってもダメですかぁ?なら、やり方を変えましょう。そうですねぇ、解毒……しましょうか。麻痺を解いて、治癒をさせて……そして何度も抉ります。刺します。切り刻みます。平和の勇者は体が縄のせいで動けず、できるのは自分の身の治癒だけ。どうです?(こん)比べですよ。まぁワンサイドゲームなんですが。なかなかに、良い案だと私は思いますけど」


「………うぅ…」


続くスイセンの狂気じみた発言に、シャウはかすかに頬を濡らしてみせた。

血や汗は流しても、決して涙を流してこなかったシャウの瞳に雫が溢れる。

予想外とはいかなくとも、弱気な反応にスイセンは悪意ある微笑みを浮かべた。


「っくひひ、急にどうしたんですか?普通なら喜ぶべきことだと思いますよぉ。だって傷が癒せるんだから。素敵な力ですよねぇ!どんな深い傷だって治せるんですから!」


「……駄目だよ。たとえ私がいくら傷ついていても…、本当に治癒が必要な人は別にいるんだもの…」


「はぁ?いきなり何を言って…」


「今、本当に治癒が必要なのは……あなたなんだよ。その心の傷、深くて深くて……あまりに酷くて心が壊死してしまいそうなほどな傷。私が癒してあげたいのは、そういう傷なんだよ。外傷を癒す能力なんて…見せかけの癒しに過ぎない」


「唐突に何を聖人ぶっているんですか。(しゃく)に触る…。不愉快、すっごく不愉快です!何を分かったような口ぶりを…!何も知らないくせにミズキお姉ちゃんと仲良くして、何も知らないのに私のことを言って…!そういうの凄く不愉快!死ね!お前みたいな無神経に傷に触れる奴が私は嫌いなのよ!何が癒しが必要だ…!私は心を(うるお)す存在が必要なんじゃない!心を渇かす元を殺したいんだ!お前に分かるものか、分かってたまるか!っくひひひひ!っくひひひひひひ!」


スイセンは歪んだ笑い声をあげた。

その歪みは悪意によるものではなく、動揺と焦燥感からくるものだった。

しばらくの間、笑っていたスイセンは息を切らして笑いを止める。

そして短刀を握り締めて振り上げた。


「もういいです。殺します。拷問も尋問も(わずら)わしくて馬鹿馬鹿しい。密約の協力者は奇跡の勇者にでも訊きます。では今度こそさようなら、しましょうか」


スイセンは落ち着いた口調と表情で、淡々と言うだけだ。

対してシャウは慈悲を懇願するわけでもなく、この瞬間には似つかわしくない全く別の言葉を呟いた。


「ミズキ……目を瞑ってて…」


その言葉に、スイセンは激しく動揺する。

言葉を聞くなりスイセンが慌てて振り返ると、縄に縛られて座っていたミズキが半ば呆然とした表情で驚き固まっていた。

実はスイセンは、シャウの家でスイセンと再会したときに眠らされてスイセンが隠れた部屋に隠されていた。

眠りはタナトスに起こされたメメと同様にとても深く、簡単に起きるものではなった。

そしてスイセンが毒でシャウを麻痺させた後、下山用の馬でミズキとシャウをこの場に連れて行ったのだ。

しばらく沈黙が流れた後、スイセンとミズキの目線がしっかりと合う。

するとミズキが声を震わして、スイセンに声をかけた。


「スイセン…、今……シャウさんに何をしようとしていたの?」


「お姉ちゃん…。起きちゃったんだ。まだ眠っていて良かったのに。大丈夫、お姉ちゃん。お姉ちゃんのことは私が守るから。王殺しの罪なんて、誰にも(かくま)われないタナトスって人に着せてあげればいいから」


「何を言っているの…?スイセン、お願いだから答えて…!今、何をしようと……」


ミズキの二度目の問いかけ。

それでもスイセンは答えず、短刀をしまってからミズキの下へと近づいて行った。


「大丈夫。怖がらないでお姉ちゃん。全部、私たちのためだからぁ。大好きなお姉ちゃんは絶対に安全だから不安がらないで。大好きだよ、ミズキお姉ちゃん…」


「誤魔化さないで、スイセン…。なんで、今シャウさんを刺そうとしたの?」


このミズキの質問に、スイセンはお姉ちゃんは何も知らないのだと知る。

何も知らなくて、シャウに騙されていると思ってしまう。

だからスイセンは妹らしい甘える優しい口調で、ミズキに教えてあげた。


「あのね、シャウは魔物の仲間なんだよぉ。つまりは人間の敵。だからね、殺さないといけないの」


「魔物の仲間?シャウさんが?」


「うん、そうなの。実はね、私が殺した王様はすっごく悪い人だったんだよぉ。勝手に魔物と物流の密約を交わしていて、魔物を援助していたの。私達の両親を殺した魔物を、王様が裏で助けていたんだよ?そしてシャウはその密約の賛同者の一人なの」


事実か分からないが、ミズキにとっては充分に驚きの話だった。

そのためミズキはこの話が本当なのかと縛られているシャウに目配せをしてみると、シャウは自嘲気味に薄く笑って本当のことだと遠まわしに肯定した。

少なくとも、否定の意味がある反応ではなかった。

そんなことを気にせず、スイセンは姉の頭を胸元で優しく抱きしめて一人で話し続ける。


「あの人が教えてくれるまで、私は知らなかった。そんなの私は許せない。魔物を助ける真似をするなんて絶対に駄目。だから私は、ある抵抗組織に入ったの。この世界から魔物を全て葬り去ろうっていう組織。そして私は暗殺者として抵抗組織で(めい)を受けて、まずは魔物に与する人を殺すことになって王を暗殺し、勇者達を暗殺するの。ねぇ、私…世界を良くするために頑張っているの。だからお姉ちゃん、褒めて…。私の大好きなミズキお姉ちゃん」


「ス、スイセン…。その…頑張っているのは分かったけれど、暗殺なんてしないで。そんなのお姉ちゃんは悲しい。暗殺なんてよくないよ…!余計に悲しくて、辛くなっちゃう…!」


「心配してくれるの?ありがとう、お姉ちゃん。やっぱり優しいね。でも私は大丈夫だよ。絶対に大丈夫。お姉ちゃんのためになると私は信じてるから、どんなに大変でも苦しくても頑張れるよ。だからお姉ちゃんは私を見守ってて…、それだけで充分だから」


スイセンはミズキを離すと、再び立ち上がってシャウの近くへと歩いて行く。

どうみても殺す気だ。

スイセンの表情は決意あるもので、躊躇なんてしない。

こんなことミズキからしたら見守れるわけがなく、慌てて声を荒らげた。


「だめスイセン!ダメぇ!お願いやめて!シャウさんを殺さないで…!シャウさんを殺しても嫌な思いするだけだよぉ…!やめてやめて…やめてよ!お願い、私の声を聞いて……!嫌だよ…私はこんなの望んでないよ…」


いくら制止の声をかけてもスイセンは歩みを止めない。

もう彼女は暗殺者として生きる決意を固めてしまっているから、止めるわけがなかった。

でも今止めなければ、スイセンがスイセンでなくなってしまうような感覚がミズキにはあった。

昔はとても優しい妹で誰よりも命を慈しんでいたはずだったのに、敵と言って沢山の人を殺そうとしている。

このままでは、凶暴な魔物と変わらなくなってしまう。


「何度も待たせてすみません、シャウ。今、楽にしてあげますから」


「いやあぁああぁあ!!」


スイセンが短刀をシャウに振るおうとしたとき、ミズキのあげた悲鳴で思わず手が一瞬止まった。

そのとき森を駆け抜けていく音が聞こえてきたと思ったと同時に、一つの影が木々から飛び出してスイセンに飛び蹴りを放っていた。

素早くスイセンは腕で防ぐも底なしの力により小さな体は吹き飛ばされ、短刀を宙に手放しては後方へ強制的に下がることになる。

そして宙に舞っていた短刀を突如出てきた影の人物が掴みとり、シャウを縛っていた縄を短刀で高速で切り離した。

突然の救援に驚いてミズキが呆然とするなか、解放されたシャウは地面へと落ちて身を叩きつけかける。

しかし落下する前に救援に来た人物が抱きとめて、声をかけた。


「命があったようで何よりじゃ、馬鹿弟子め」


「ポメラ師匠…」


スイセンに飛び蹴りを放った人物はシャウにポメラと呼ばれ、慈しむ眼差しでシャウの体の傷を眺めた。


「酷い傷じゃな。可哀想に、とても辛かったじゃろう…。しばらく黙って安静にしとれ。私は少し…悪ガキに灸を据えてくる」


ポメラは悠々とシャウを抱えたままミズキの近くに行き、優しく丁寧にシャウをミズキの隣に降ろして、ミズキの縄も短刀で切って解放する。

その間、スイセンは体勢を立て直して短刀を構えて警戒しているだけだった。

ミズキの近くにポメラがいるから、人質を恐れて攻撃を仕掛けれないのだ。


「さてと、お主がミズキじゃな?シャウからは話を聞いておる。で、あっちが噂の妹さんか。なるほど、これは疑いをかけていた私が馬鹿だったらしいな。ミズキ、お主の眼を見れば心優しいのがよく分かる。シャウと同じ眼じゃ…」


ポメラはじっとミズキの瞳を見つめて、優しい笑みで言った。

この犬の耳と尻尾を生やした人物が何者で、何のことを言っているのか、さっぱりミズキには分からない。

だがこの人物の口ぶりからしてミズキは薄々と感づいた。


「あ、あの…もしかしてあなた様は…?」


「悪いが、自己紹介は後じゃ。逃げられても困るからな。先に言っておくが、お主の妹に少しだけ手荒な真似をさせてもらうぞ。その間、馬鹿弟子を大人しくさせておいてくれ」


ポメラは早々に会話を切り上げて、憎悪にまみれた目つきで短刀を構えているスイセンの方へ振り返る。

露骨に殺意が向けられているが、それでもポメラは静かな面持ちでいた。

そして冷静な口調で呟いた。


「まるで親の仇でも見るような視線じゃな。一体何がどういう目的なのか訊きたいのじゃが、問答は後よなぁ。では…、狼と人間の半獣人、平和の勇者の師であり英雄の一人、ポメラ・ガルム参るぞ」


ポメラはそう言うと、背中に背負っていた大きな袋から自身が愛用する武器を取り出した。



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