始動する彼女達と各国
「困りましたね。しかし、やはりとでも言うべきでしょうか。予想外ではあっても予定通りの事態を迎えてしまいました」
賢者の家にて、そう僅かに困惑する思いを含めて呟くのはカルラだった。
タナトスが早朝に出かけてから既に丸一日経過している。
つまり少なからずブライトとの決戦だけに一日費やしている状況であり、もう彼の帰りを大人しく待ち続けられる時間がミズキ達には残されていなかった。
それに、もしも数時間後にタナトスが戻って来たとしてもだ。
長時間の死闘を繰り広げた後である以上、どれだけ楽観的に考えても即時行動可能だとは思い難い。
そうとなれば事前の話し合いで決めておいた通りに行動する他なく、これからミズキ達が秘薬の材料採取に向かう事となる。
行動するのはミズキとシャウ、そしてアカネとユウの四人だ。
ただミズキとユウは未だ万全の状態とは言えず、むしろ不調なくらいだ。
そのため本当なら安静に休んでいて欲しいし、本来そうしているべきだとミズキ以外の全員が今でも思っている。
それでも他に選択の余地が無いため、調合という役目を担っているカルラにできることは彼女の体調を気遣う事だけだった。
「ミズキさん、魔王の力は使えそうですか?」
「はい、落ち着いている状況だったら問題無く……」
「何があっても貴女だけは戦闘を避けて下さいね。そのためのシャウさん達ですし、しつこく言っている事ですが体調を崩したら元も子もありません」
「もちろんです。それにルミナさんが貸して下さった道具もありますから、余程の事が無い限り大丈夫ですよ」
「分かりました。もしタナトスが戻ってきたらミズキさん達の事は伝えておきます。……それと一応言っておきますが、こうして私達が生きている間はタナトスも無事という意味に繋がりますから安心して下さい」
タナトスが負けたら全生物がブライトによって即刻排除される。
だから彼は生きているとカルラは言いたかったわけだが、すぐにアカネが思った事を口にした。
「なら同時に彼は絶え間なく今も戦い続けているという事だわ。自分に代わり、私達が上手く事を運んでいると信じてね」
厳しい言葉とは裏腹に重々しく気にかけている素振りは無く、しっかりと目の前に集中できている立ち振る舞いだった。
非常に落ち着いた表情で、普段通りに等しい態度。
そしてそれはシャウも同様であって、飛び跳ねるような元気を振り撒いて声をあげた。
「じゃあ頑張り過ぎているタナトスの期待に応えられるよう、私達も張り切らないとね!よーし、シャウちゃん凄く頑張っちゃうぞ~!」
「程々にしておきなさいよ。貴女の場合、下手に張り切り過ぎた所でミズキの負担になってしまうわ」
「う~ん、そうかなぁ?でもアカネちゃんが言うなら、そうなのかも?どこか釈然としない気持ちがあるけど!」
「私達が成すべき最低条件は、ひたすらミズキちゃんを紳士的にエスコートする事よ。付け加えて言うと、できるだけ淑女らしさも兼ねること」
「え?私は元から紳士的かつ淑女さで満ち溢れているけどな~!とりあえずアカネちゃんが言いたいのは、看病するように気遣えば良いって話でしょ?」
「分かっているのなら良いのよ。そして今更な事を確認している時間が惜しいわ。もう早く行きましょう」
相変わらずシャウが付け入れたくなるような隙を見せて喋るから、つい意地悪したい気持ちが湧き上がってしまう。
だが、アカネは視線を逸らしながら自分から催促をかけることで堪えてみせ、やや強引にシャウの手を引っ張る事でミズキの近くへ寄った。
それから瞬間転移が発動されようとする直前のこと、カルラが若干早口で注意を呼び掛けてくる。
「あと一つだけ伝えておくべき事がありました。おそらく、もう間もなく『喜愛の国』と『憤怒と影の国』は本格的な激突を始める頃合いのはずです。ですから自発的な干渉含め、巻き込まれる危険性がある行為は絶対に避けて下さいね」
「はい、ご忠告ありがとうございます。それでは行ってきますね、カルラさん」
「えぇ、どうか気を付けて下さい。私も……皆さん達と同じように成し遂げられる事を信じて待っていますよ」
信頼している仲間に向けて語りかけるような優しい眼差しでカルラが言った直後、すぐさまミズキは瞬間転移の能力を使って移動した。
向かう先は『憤怒と影の国』の領地内……だったが、早くも大きな問題が発生してしまう。
それはミズキの不調が原因か、単純に実戦経験の浅さが思わぬ形で現れてしまったのか、どちらにしても到着した場所は完全に想定外の所だった。
具体的にどこの場所なのか、それは誰にも分からない。
そのせいで周りを見渡すのだが、迷ってしまった問題とは別に四人は揃って気まずそうな表情をしていた。
その中でもユウが戸惑いを露わにしていて、半ば呆然とした気分で呟く。
「……アカネ様。不可抗力とは言え、さっそくカルラさんの言いつけを破ることになってしまいそうですね」
「もう喜ばしくない事態に直面するのはお馴染みの事だわ」
到着した先は、まさに戦場から間近と呼べる場所だった。
厳密には戦場となる直前だと言った方が正しいのか。
実際に四人が居る場所こそは平坦な道なりに過ぎないのだが、ちょうど進軍中の軍勢が彼女達の隣を通っている最中だ。
そのせいで一瞬慌ててしまうものの、冷静に注視すれば『喜愛の国』の兵達だと城で見覚えがあるから分かった。
カルラの予想通りなら、これから間もなく兵達は戦いを始めるはず。
だから相手が好意的でも不用意に近づくべきでは無いため、先にアカネがミズキに質問を投げかけた。
「ここがどこなのか、ミズキは把握できているのかしら?」
「…はぁはぁ……ちょ、ちょっと待ってください…。すぐ能力で確認したいのですが、思っているより上手くいかなくて……。すみません…」
「そう慌てる必要なんて無いわ。ゆっくりと呼吸を整えてなさい。私が話を聞き出してくるから」
そう言うなりアカネは一人で進軍中の兵達に近づき、相手の足並みを揃えながら情報を引き出して来た。
こういう時の判断力は素晴らしく、一切物怖じしない気丈さは彼女の良い所だろう。
そして必要な情報を得られたらしく、一分も経たない間に戻って来た彼女は進軍先とは真逆の方向へ視線を向けて喋り出した。
「どうやら少し離れ所に陣営を構えているらしいわ。そこで星騎士隊が待機していると言っていたから、そっちへ行ってみましょう」
「お~、アカネちゃんって何気なく凄いよね。そういうのは機密的な情報だから安易に教えてくれないでしょ」
「偶然よ。強いて言うなら、私の観察眼と直感はタナトスより勝っているもの」
「要は教えてくれそうな相手を選んだってこと?やっぱり何気なく凄いじゃん」
「どうでも良い出来事をベタ褒められても反応に困るわ。とりあえず陣営に行くべきよ。そこなら私達の所在地が明確に分かるわ。ついでに、どこを通れば比較的に安全か教えてくれるでしょうね。……そこまでミズキちゃんは歩けそうかしら?」
「はい……少し歩く程度なら、たぶん支障ありません。きっと大丈夫…、です」
ルミナから借りた道具のおかげで、まだ体調は良好な方へ維持されているはずだ。
それなのに大丈夫という言葉の意味を疑いたくなるほど、ミズキの発せられる声からして生気が弱々しい。
注意深く観察するまでも無くルミナより希薄な雰囲気であり、尚且つ無理している気配に満ちてしまっている。
そもそも歩けるかどうかの心配をされている時点で、平常時とは比較にならないほど弱っていると本人が気づくべきだ。
「思っていたより困ったものね……」
まるで文句のようにアカネは呟いたが、決してミズキに向けて言った内容では無い。
最悪な容体に陥っている彼女を連れ出さないといけない状況を歯痒く思ったからこそ、つい口から出てきてしまった言葉だ。
ただ今更あれこれと言えるわけが無く、今できる最善の選択としては彼女が気絶や脱力にでも襲われて転ばないよう支えてあげる事くらいだ。
その支える役目はシャウが担い、なるべく負担をかけないよう気を付けて進む。
だが望ましくない状況に身を置き続けていたら、危険な事態に遭遇するのは当然だろう。
「あれ、今なにか風が」
ミズキ達が進軍中の兵達からしたら逆走しているとき、一番早く異変を察知したのは周囲に気を配っていたユウだった。
ほんの一瞬だけ強い風が通り抜けて、髪が僅かに逆さ上がるようにしてなびいたのだ。
それから突如、大きな影が周囲を覆い尽くす。
雲が太陽の日を遮ってしまった変化とは違い、あまり気を張っていなくとも不自然だと感じ取れる影の出現。
だから多くの人々が何気なく空を見上げるわけだが、その確認動作は降り掛かろうとしている脅威に対して呑気過ぎた。
「えっ、嘘でしょ?」
最初に驚き混じりの反応を示したのは、おそらくシャウだ。
それから数秒後足らずのこと、巨大な鉄の塊が地面に降り立って多くの悲鳴と恐怖の声をあげさせた。
その場に居合わせていた全員が大地の揺れる衝撃を全身で感じた頃には何人かの兵が圧し潰されており、また何人かが致命的な損傷を受けていた。
落下の衝撃で舞う土砂に混じって血肉が飛び散っている。
この残酷な光景を目にする中、降って来た物体を前にユウは思い出しながらも戦慄した。
「『哀楽の国』で見た兵器に似ているけど……少し…いえ、だいぶ違う…!」
前に『哀楽の国』で秘宝を手に入れようと潜入した際、ユウは地下で戦闘守護機兵と呼ばれる大型兵器を破壊した。
あれも大層な武装が搭載されている様子だったが、目の前に存在する戦闘守護機兵らしき物体は更に大型かつ大量の兵器を搭載している。
更に上空から降って来るなんて派手な動きは、きっと今襲い掛かってきた兵器にしか不可能なものだ。
「敵襲だ!付近の者は退避しろ!いや、陣形を……応援も…!」
あまりにも大胆不敵な奇襲で兵士は混乱してしまい、いくら気を引き締めていても行動を決定させる判断が誰一人できなかった。
すると、人の姿とも獣の姿とも形容し難い鋼鉄の塊はすぐに動き出し、容赦なく猛威を振るい始めてしまう。
まだ兵器の正体は不明だが、少なからず『憤怒と影の国』の戦力であって攻撃を仕掛けて来たのだと理解する事だけは難しくなかった。
問題は打開、または広がる被害を回避させる手段がすぐに思いつかなかったこと。
そして何より行動可能な猶予時間が全く与えられず、仮に適切で素晴らしい判断を下せた所で事態が好転したのか怪しい。
「このままでは危険だ!総員、急いで迎撃を!ぁっ……ひぃっ!」
勇猛果敢だったかもしれない誰かの悲鳴が途絶える。
機械の怪物はいくつもの機関銃を乱射し、更に謎の装置から苛烈な火炎を噴きながら素早く動くため、どう足掻いても生身で応戦するのは困難だった。
しかもどのような武器で『喜愛の国』が応戦して来るのか想定してあるらしく、敵は銃撃や魔法攻撃のみならず、携帯バズーカの類による攻撃にまで高い耐性を持っていた。
並大抵では無い厚さの特殊装甲を持たせつつ、強力な武器の数々に俊敏な可動。
もはや完全に殺戮兵器以外のなにものでも無く、無機質かつ無情にエルフ達を殺し続ける様は恐怖の対象でしかないだろう。
そして当然、ひたすら暴れる兵器が居ればミズキ達にも脅威が迫る。
されども、さすがに黙って悲惨な状況を傍観していたわけでは無い。
些細な動きからアカネは兵器の脆弱性を早くも見抜いており、道具振るって強力な閃光を撃ち放っていた。
「さて、どうかしらね」
アカネの閃光はひたすら鋭く、貫通性が高い。
また精密な操作性により大地を掘削する事も可能なほどで、範囲こそは狭くても穿ち抜く効力に長けている。
それは頑丈な兵器が対象でも例外では無く、彼女の攻撃は確実に敵兵器を貫通していた。
「まだまだ止めないわよ」
二度目の閃光が間髪無く放出され、その二撃目が撃ち込まれた瞬間に巨大機兵の内部で小規模な爆発が発生する。
どうやらアカネは意図的に可燃性ガスを発生させるなり、見事引火させたようだ。
それに伴って微かな燃焼が視認できて、ユウが感嘆の声をあげた。
「さすがです、アカネ様!」
外部から受ける爆発と内部爆発で受けるダメージは天と地の差がある。
ただし、決して爆発そのものが致命的な破損に繋がることはない。
その代わり機能低下を招く要因になって、機兵は電気系統エラーを吐いて一時的に停止する。
停止が一時的に過ぎないのは、エラーが出たら自動的に非常及び緊急予備系統へ切り替えられるからだ。
この機能を兵士達は知っているのか知らないなのか、アカネ達が連携や援護を求める前から自発的に反撃へ転じていた。
「まだ油断できないぞ!ありったけの指向性爆弾を設置しろ!可動部に噛ませるんだ!」
「早くしろ!このチャンスを逃すな!」
明確な指揮が無いにも関わらず行動は非常に迅速であり、二十秒も経たない間に多くの指向性爆弾が機兵に付けられた。
合わせて機兵が再起動しかけるものの、同時に機体の複数個所から爆発が起きる。
今度の爆発は特殊であって、ほとんど爆炎が起こらないものだ。
だが効果的な破壊力を生んでおり、爆音と共に機兵は派手な瓦解を起こし始めた。
「効いているぞ!いや、まだ油断はするな!」
一人の兵士が警戒を持続させる言葉を投げかけた。
そう呼びかけている間にも機兵からは多くのパーツと武装が地面へ落ちていき、もう戦力として期待できるような状態では無くなる。
ほぼ全壊状態となってしまえば転倒するだけの鉄塊で、次第に機体全体が炎と煙に包まれて完全停止を迎えた。
こうして襲撃を受けるなり撃破したが、それでも『喜愛の国』にとって看過できる被害では収まらず、束の間の安心すら許されないほど多数の死傷者が出てしまった。
そのせいで一人も歓声をあげないし、周りを見渡しても浮かばれない表情ばかりだ。
「なんてことだ……。なんとも酷すぎる有り様だ…」
「おい!早く応急処置しろ!それから担架に乗せて後方陣営へ連れて行ってやるんだ!」
「くそぉ、ちょっと掠っただけなのに…こんなに血がぁ……!いてぇ…いてぇよ……!」
「まるで…胸が焼けてるみたいだ……。どうしてだ…息が…しづらい…一体どうして…」
「足……俺の脚がどこかにあるはずなんだ。探してくれ…誰か頼む……俺の………うぅ…」
次第に聞こえてくるのは負傷による悲鳴と呻き声、それから早くも気疲れした落胆の溜め息ばかりだ。
それに襲って来たのが秘密兵器だとしても、たった一機な上に短時間で酷く苦しめられたという事実が兵の戦意を奪う。
なぜなら次に連想する事態は誰もが同じで、本格的な交戦が始まれば今の兵器が大量に襲ってくる光景だ。
そう思い浮かべ出したら自分は生き残れるなんて希望を持てるわけがなく、また心の拠り所として明確な対策を無意識に求めてしまう。
だから激しい動揺が広がってしまう一方、シャウは負傷者を治癒するために奔走し始めた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「分かっているわ。貴女にしか救えないのだから早く済ませて来なさい」
行き当たりばったりと変わらない判断かもしれないが、アカネはシャウの行動を後押しする。
もちろん彼女の救援に心の底から感謝し、大げさに敬う者が大半だ。
しかし、シャウの治癒能力は絶大な効力があっても万能では無い。
大型機銃によって四肢が吹き飛んだり押し潰されたり、または火炎で致命的な火傷を負った者を完全に助けることは不可能だ。
中には傷が治っても死亡する者がいて、更に数秒の遅れで死亡してしまう不運な兵士も居た。
これには辛いものがあり、あのシャウが泣きそうな表情を浮かべているのはアカネ達には分かった。
また、どのような心情を抱いているのか察せてしまう。
そして彼女は自責の念から大きな瞳を潤ませ、トラウマを想起した言葉が溢れ出ていた。
「あの時と一緒…。私達が何年も戦争していた頃と同じで、救えない人がいっぱい居て……。自分の事が嫌いになりそうだった時と何もかも同じ…」
種族や武器に大きな違いがあっても、彼女にとっては忘れかけていた感覚で見覚えある光景の一つだ。
一言で言えば、人生で一番嫌いな悪夢そのもの。
絶対に救いたい意志と救える力があるのに、実際は救えないとなったら自己嫌悪してしまうのも無理は無い。
でも、下手に自己嫌悪を募らせていたら行動を鈍らせてしまい、やがて救えない者が増えてしまうとシャウは経験から知っている。
だから後悔しながらも割り切るしかない。
これが自分の運命であり、相手の運命だったのだと無理にでも自分を納得させる理由をつけなければいけない。
なるべく良し悪しを気にかけず、とにかく救う事のみに専念すること。
それこそが最善だと信じ込むことでシャウは治癒能力の練度を維持させ、その場で一通り治癒を終えさせた。




