記憶改ざんと世界改変
タナトスが魔王幹部という位を得たのは、まだ見た目に幼さが濃く残っている少年の頃だった。
魔王幹部は魔族の中でも尊敬されるべき立場であり、誰もが認める圧倒的な実力者だ。
ただし、タナトスに対して不満を覚える者は多かった。
それは単に彼が幼いからでは無く、誰から見ても未熟なこと。
確かに実力そのものは魔王幹部に匹敵する。
だが、精神面含め多くの部分がまだまだ未発達なのは本人も自覚していた。
とても頼りなく、どうしても信頼たる存在では無い。
まして父親である魔王と比べたら脆弱過ぎて、最初は陽炎帝イグニスが不服そうな態度で直接愚痴りに来た。
「武帝タナトスか。まるで武力に長けたような称号だなぁ?」
「どうかな…。おそらく総合的な武力じゃなく武術の方だろう。単純な実力勝負だったらイグニスの方が上だ」
「待て待て。その言い草だと俺が負ける可能性があるみたいじゃねぇか」
魔王と幹部達が集まっている場においての、ちょっとした言い合いの始まり。
もちろん互いに本気のつもりは無く、何気ない態度だから深刻なほどピリピリした雰囲気はない。
しかし、すぐさま弄りがいのある空気を察したのだろう。
時元帝クロックは急いでまで二人の間を割って入り、明らかに面白おかしそうな態度で話に加わって来た。
「しひひひひっ。イグニスって策を使わなければ、部下と協力して戦う感じでも無いからねー。そりゃあ常勝無敗は無理でしょ!」
「黙れ黒兎が。お前も遊びを優先するから同じだ」
「お?なになに?そう言っちゃうなんて、自分の戦いがお遊戯だって自覚があったのかな~?」
「お互い自分なりの拘りを持っていると言っただけだ。そして俺の場合は、後腐れが無いよう己の力で勝ったという確信を得たいのだ」
「別に協力があっても勝てば正義だし、結果が良かったら誰も文句無しでしょ。むしろ、そこまで徹底しないと自信を得られないなんて、見た目は豪胆でも意外に軟弱気質なんだね~」
「何?今なんと言った!俺が弱気だと!?」
今度は少し喧嘩腰の言い合いとなっていた。
わざと挑発し合っていれば、このような事態に発展するのは当然かもしれない。
だが、さすがに魔城内で暴れられるのは迷惑でしか無く、純魔帝サタナキアが急いで近づいて来るなり声を荒げた。
「お前達いい加減にしろ、なんとも無礼極まりなイ。魔王様の御前であるのみならず、今はタナトスを歓迎する時間ダ」
サタナキアは関係を取り繕う立場でもある事から、まだ魔王が存命な時は穏健な事をよく口にしていた。
そうタナトスは過去の事を思い出しつつ、これからどうなるのかを思い返していた。
確か人間との実戦経験は無いまま、何度も死にかける模擬戦をさせられ続けた覚えがある。
それは魔王幹部になる前からも同じであって、今思えば危機に瀕する度に能力が上がる事を親父は知っていたから、そんな激しい特訓を繰り返させたのだろう。
おかげで命懸けの戦闘という感覚を掴み、同時に本来なら同族と呼べるはずの魔物達を殺す事に躊躇いは持たなくなっていた。
「そういえば俺は……、人やエルフを殺した事が無いのか」
今更気づいた事だったが、これまでタナトスは自分の手で人を殺めた事は一度たりとも無い。
あれだけ人間大陸での内乱やエルフの戦争に巻き込まれているというのに、彼は自分の事ながら少し変な気分がした。
それほど命の価値とやらに差が無いと今なら分かるのに、自分は数えきれないほど魔物を殺している。
むしろ同族意識を持つべきである魔物に対してだけ、いつまで経っても徹底的に容赦ないくらいだ。
これはきっと魔物を殺した経験を何度も重ねってしまったから、そういうものだと割り切れるようになっただけだろう。
要は人間を一度でも殺せば、魔物を始末するのと同じ感覚で切り捨てられる可能性がある。
「しかし、まぁ仮定の場合であって実際はどうかな…」
実際は人間を殺さないまま長い冒険を続けているのだから、こんなのは不毛な考えだろう。
なんなら現在では一人の人間として生きているくらいだ。
それから突如、彼の記憶は勝手に先へ進む。
しかも相当の年月を経た後であり、彼が魔王幹部に就任してから何年も経過し、もう立派な青年の背格好となった頃だ。
「そうか、侵入者か。よくここまで来たな」
あまりにも住み慣れた魔城内のホールで、まったく見慣れない生物を彼は発見した。
まだ幼いと言えそうな顔つきの少女に、犬のような尻尾と耳を生やした体格が良い女性。
彼が出会った侵入者は二人とも人間だった。
厳密には半獣半人という種族も含まれていたが、初めて見る存在だから人間だという一括りの認識でしかなかった。
人間とは初めての邂逅だ。
だからと言って相手に驚きであったり興味を抱いたりと、特別な感情が湧き立つ事は無い。
自分は魔王幹部らしく敵を処理しようと、冷めきった態度で魔剣を引き抜こうとした。
そんな時だ。
「うっそ!?人間じゃん!なんでこんな所に居るの!しかも身なりからして住み着いている感じだし!」
見た目はボロボロで疲れ果ててそうな少女だったが、いざ声を出せば騒がしいくらいの様子だった。
そんな能天気な少女に向けて、もう一人の女性が注意を促す声をかけた。
「恐らく私達が知らん魔物か、魔物に育てられた人間じゃろう。こうして対峙しているからには敵だと思え。それにここは魔王の本拠地じゃ。もう何が起きても油断はできんぞ」
「そうだね、師匠!これまで仲間達が繋いでくれた今のため、私は止まるわけにはいかない!それに今更私達を止められなんてしないよ!」
少女は覚悟を口にしながら勇ましく長棒を振り回して構えるのだから、ついタナトスは本気で自分の眼を疑いかけた。
まさか人間は棒っきれで魔物の軍勢と戦っているのかと。
幹部達の魔具どころか、魔物が自前で持つ爪や牙と比べても酷く弱すぎる。
もう片方の人間は威力を重視した鉄球を武器にしているが、それでもやはり連続的な戦闘に向いている武器かと言えば微妙な線だ。
きっと、もっと多くの仲間が居て役割分担していたのかもしれない。
そう考えれば辻褄が合うわけだが、仲間を失ったまま本拠地へ突撃して来るのは素直に愚行だと思ってしまう。
「そんな武器で戦うつもりか?こう見えても俺はけっこう強いぜ」
「貴方が強いだとか私達が不利だとか、そんなの関係無いよ!無謀でしか無くても、もうこれが最後のチャンス!これで決めないと人々は耐えられずに死んじゃうもん!」
「なるほど、退路が無いわけか。他の手段が残されて無いにしても、ずいぶん勇ましいことだ。……だが、やっぱり無駄だ。不可能な事は絶対に不可能なままで、思いつきの覚悟一つで状況が一変することは決して無い」
「思いつきなんかじゃない!これは私達が長年築き上げた意志で、これまで繋いでくれた人々のおかげで今という結果があるんだよ!少なくとも仲間達が居なければ、この場所に私は来れなかった!」
「最後が失敗に終われば、なにもかも無駄な犠牲だ。しかし、いや……少し無駄話が過ぎたな。悪いが、これまでの繋がりとやらを全て断ち切らせてもらう」
やたらとシャウの威勢が良いせいで、タナトスは戦闘する前に不必要な会話を続けてしまっていた。
そして初めて話した人間がシャウだったせいで、人間はこんな事を考えているのだという印象を持ってしまう。
それから不思議な気持ちで戦い始め、結果的には不本意ながら一度見逃すことに…………。
「馬鹿な…、どうしてだ………。一体どうなっている…?」
タナトスの口から動揺する声が漏れた。
他者の鮮血に染まった刃、服には飛び散って付着した赤い着色。
シャウとポメラの機転で魔城内の一部が崩壊し、酷い粉塵に包まれた状況下で彼は立ち尽くす。
そして目の前に転がるのは物言わぬ屍。
死んでいるのは当然だ。
自分が容赦なく二人を深々と斬り刻み、絶命するまで何度も致命傷を与えたのだから。
「俺はこんなことをしていない……。こんな、二人を殺したりなんて……!」
なぜか頭が痛い。
なぜか混乱する。
彼は魔王幹部としての使命を全うした。
それだけなのに、余計な記憶が当時の使命を拒否する。
どうなっているのか彼には分からない。
記憶違い?現実じゃない?夢じゃない?これこそが真実?
あらゆる考えが浮かび、タナトスの手は恐怖で震えた。
「これは違う…!あれから俺はシャウ達と一度離れて、そして親父からあの話をされて………!」
考えても分からない疑問ばかりで確かめる必要ができた。
二つの死体を見捨て、タナトスは慌てて魔王の所へ向かう。
すると魔王は一人で部屋に閉じこもっていて、大きな椅子に座り込んでいた。
そして彼がタナトスに向ける視線は失望した眼差しだ。
更にとても残念そうで、魔王は哀しみに満ちた表情で暗く呟く。
「……そうか、このような経緯を辿る事となったか。しかし、これも充分に有り得た事態ではあったか」
「親父、何を言っている…?いや、それより俺は侵入者を始末したんだ!褒めてくれ!俺は幹部としての務めを初めて成し遂げて…!」
異常だった。
こんな情けない事を言いたくて魔王の所まで疾走したわけじゃない。
それなのに口からは勝手に言葉が出てきて止まらない。
自制不可能な感情が渦巻く。
しかも気づけば、タナトスは救いを求めるようにして魔王にすがりついていた。
だが魔王は子の存在など無視して、独り言のような喋りを続けた。
「もはや俺には時間を操る力は無く、蘇生や記憶の改ざんも不可能だ。そして俺が視た未来が訪れる事も無い。…それでも、このまま世界を進めなければいけない。俺と平和の勇者シャウは相打ちとなった。そういう事にしなければ世界は続かない」
「な、なぁ…親父。老いぼれ過ぎておかしくなったのか…?俺の話を聞いてくれよ……。そうだ。俺は、本当はシャウ達と一緒に冒険することになって…、それで…」
「そうだな。そうなるはずだった。しかし、そうはならなかった。お前がタナトスである以上、この先が地獄でも生きるしかない。生き続けて、少しずつでもいい。よく考えて模索することで幸福な世界を築け。後ろの道を選び直す事は出来なくても、先の道を変えることは可能だ」
「待ってくれ、訳の分からないこと言わないでくれ…!俺の話を聞いてくれるだけで良いんだ……!お願いだから、俺を見捨てないでくれ…!くそっ……くそぉ…!」
それからどうなったのか分からない。
しばらくして魔王は死を遂げ、魔王補佐官のカルラが『魔王はシャウとの決闘で相打ちとなった』という情報を人間大陸に流した。
そしてタナトスは裏切り者では無く魔王を守れない愚か者となり、周囲からの侮蔑で人間大陸へ逃れる事となった。
どこにも居場所は無い。
うっそうとした森林の中で住み、ゆっくりと今後の身の振り方を考える時間を得るだけ。
覚悟も罪も何も無く、命あるだけの愚者。
ただ剣を振るうことだけは忘れず、日々訓練は続けていた。
「もう俺には今まで培った武術しかない……。これだけは失わないよう磨かないと…」
教えられた技を思い出し、やがて新技を編み出し、改良を重ねる事で彼は実力を飛躍的に向上させる。
しかし、確実に強くなっている実感があっても虚しいだけだった。
目的も無く独りで突っ走った所で生きる意味を感じられず、どこか空虚だからだ。
何の繋がりも無いせいで道を模索する仕方が分からなく、模索する必要性や意味すら無いと感じる。
そのままどれほどの年月が経ったのか分からないとき、彼は森林で一人の少女を見かけた。
「ミズキか……」
本当なら名前も知らない相手だったが、自然と言いなれた単語を口にしていた。
シャウ亡き今、彼女と繋がりを持つ意味が無い気がした。
なぜならシャウが居なければ彼女は死んでいた場面が多い。
それに彼女自身、シャウと繋がりを持たなければどのような人生を歩むのか想像つかない。
何より今は人間に対する興味が完全に失せていて、とても気にかけたりする心持ちでは無かった。
だから一度無視して、彼はその場から離れようとする。
「でも、そういえば……」
そう思った時には遅い。
念のため戻った所で彼女は魔物に襲われた後であり、既に息が絶えかけていた。
恐らく目が見えないくらい弱っていて、まともに周囲の音を聞き取れないほどの負傷と衰弱。
でも、もしかしたら助けようと思えば助けられるかもしれない。
「俺の声が聞こえるか?聞こえるなら手を…」
「だれか……スイセン………、ごめんね……私…」
「もう聞こえて無いか。……なら、辛い時間は短い方が良い」
「たす…け……」
救いを求める少女の首に向けて、彼は素早く刃を振り落とす。
本当それだけのはずだったが、最終的に彼女は無残な姿で絶命していた。
最初人間だと認識したのが勘違いだったと思い直すほど原型は無い。
どことなく心が痛むほど深く悲しかったが、もはや後に引きずるほど辛い気持ちを抱く事は無くなっていた。
冷静に見れば単なる死体であるし、トドメという情けをかけただけの話だ。
魔物と変わらない。
そもそも相手が何者だったのかすら、よくよく考えたらタナトスは知らない。
しかし彼は気づけば彼女の墓を作ってあげていて、何に対してなのかも分からないまま跪き、手を組みながら目を瞑ってまで祈っていた。
魂に対する祈りのつもりなのか、自分の行動原理が理解できない。
そしてタナトスはどうでもよくなっていた。
いや、どうでも良いのだと気づいてしまった。
相手の命など有象無象同然だから、自分は人間も魔物も殺せた。
殺したことに意味があるのかと問われたら、きっと彼はこう答える。
「命そのものに意味が無いから、相手を殺す動機なんて不必要だ」
誰かに応えるわけでもなく、出てきてしまった返事だ。
これは見境なく命を奪い続けた自分に対する言い訳。
何の信念も持たずに武術を磨き、誰かのためでは無いどころか自分のためですら無く生き物を殺した殺戮者の主張だ。
そして彼が祈りを止めようと目を開けた時、手には魔剣が握られていた。
眼前に広がるのは死体の群れと血の海。
「そうか、俺がやったのか……。俺が人間を全員殺した…」
タナトスはリール街の城内でスイセンと国王を切り捨てて、更なる凶行を阻止しようと駆け付けた兵士達を皆殺しにした後だった。
人間を殺害する事に不思議と何の感情も湧き立たない。
冴え渡るほど落ち着いていて、自然体なくらいだ。
それから都市で奇跡の勇者アカネを殺し、ラベンダを殺し、ジュエルを殺し、グレイトを殺し、ついには殺戮の勇者クロスと対峙した。
さすがにクロスは強かった。
強くなったはずのタナトスでも苦戦するほどで、はっきり言って数多の技を駆使した所で太刀打ちが難しいくらいに。
だが、死に瀕しかけたとき、魔王の力が覚醒して辛くもクロスを撃破する。
「…あとに残った勇者はアリストだけだな」
正義の勇者アリストだけは勇者会議に遅れて来たから、かつてリール街だった場所で始末することは叶わなかった。
だから瓦礫と死体しか残っていないゴミ山の一帯を抜けて、会った事も無い彼女を見つけ出して殺そうとした。
もちろんアリスト自身もタナトスを追うから、お互いが向き合うのに時間はかからなかった。
そしてタナトスは彼女を殺そうとしたが、意外にもアリストは粘った。
元から頑強なのもあると思うが、それ以上に精神力が異常だったと言うべきだろう。
アリストは両目を潰されて片腕を失おうと戦闘前の気概を保ち続け、必死に戦いを挑んで来た。
「どうしてそこまで戦う?もう無理だろ。大人しく諦めろ」
「はっ…!こんな苦難程度で諦めていたら……とっくの昔に諦めているよ…!はぁはぁ……それにね、…ぐっ…!あたいはあんたと背負っているものが違うんだよ!!」
「分からないな。皆から勇者なんて呼ばれているから、そんな事を言えるのか?」
「己の正義に勇者とか関係無いね!大事なのは信念を持って生きること!自分にとって恥ずかしくない正義を貫き通しつつ、皆が安心して歩ける道を作るだけさ…!」
「かなり抽象的だ。それとも夢物語と言った方が良いのか。現実はこの状況だというのに」
「現実だって?くぅ……、一体何を言っているんだい!現実ってのは今この瞬間だけじゃなく………」
しっかりと相手は何か言っていたはずだが、途中からタナトスには聞こえなかった。
なぜ聞き取れなかったのか疑念を抱く所かもしれないが、相手の意見に興味が無いから聞き直す気にはなれなかった。
刃を振るい、全て終わりにするだけだ。
そう思って魔剣を振りかざしたつもりだった。
「なんだ…?」
自分の左腕が魔剣を掴んだまま、一切動こうとしない。
まるで完全に固定されているみたいだ。
それに左腕だけ魔王の力による輝きが異なる。
どうなっているのか理解できない。
何が起きているのか、何が邪魔しているのか、何が阻止しようとしているのか。
突然のことに混乱したとき、どこからともなくブライトの声が響いてきた。
「おやおや、どうやら思わぬ邪魔が入ったか…」
同時にタナトスの体験していた場面が切り替わる。
それは誰かの記憶であり、紛れも無く本物の過去。
エルフ達の国際パレードでブライトに負けてしまった後の事で、自分の意識が無かった時だ。
左腕を失い、尚且つ命を絶たれて賢者の家へ連れ込まれた頃のこと。
そこにはどうしてもタナトスが復活できず、絶望するミズキの姿があった。
「タナトスさん……。お願いです、目を開けてください………。私はタナトスさんを信じています…。タナトスさんなら、絶対に…」
他にもシャウ達が居て、ミズキが持つ魔王の力で蘇生させようとしていた。
しかし練度が圧倒的に足りない。
サタナキアの時のように生命力を分け与えるだけでは不十分で、少しずつ取り返しが付かない終わりを迎えている最中だった。
もう駄目かもしれない。
そう誰もが思い始めてもミズキだけは諦めずにいて、先に彼の左腕を再現することにした。
一概に再現とは言っても、実際にやろうとしている事は無からの創造だ。
当然、まだ彼女では積み重ねが足りず踏み入れられない絶対神の領域。
まして一生かけても不可能だ。
だからこそ彼女はすぐに思いついたのだろう。
感覚共有を使い、仲間達の積み重ねを足し合わせるという強引な方法を。
「皆さん、それにルミナさんや賢者様、そしてカルラさんにもお願いがあります。どうか力を貸して下さい」
仮に全員の力で一時的に積み重ねた所で、その領域に踏み入れたとしても力を万全に扱えるわけじゃない。
それに絶対神の能力を覆すのには、同じ領域に立って理屈を理解した者にしか不可能だった。
そのせいで当時のタナトスは左腕を再生できなかった。
しかもそうとなれば、この場に居合わせている人達で絶対神の領域を理解している者など存在しない。
だが、この場に居なくとも奥深く古い記憶の中に存在する彼は別だ。
今は亡き彼。
それでも賢者ロイ、半妖精ルミナ、元魔王補佐官カルラ、タナトスとシャウの記憶に彼は居る。
魔王が遺したのは力や想いという繋がりだけでは無い。
きっとミズキが覆せるのは未来永劫この一度っきり。
記憶を頼りに左腕を創り、タナトスは皆の力で冒険を再開する。
「……これって…」
タナトスの左腕が創造されると共に、なぜか息を吹き返す。
誰にとっても予想外の現象で、明らかに自分の力で蘇生したような様子。
こればかりは誰にも分らず、この記憶を傍観していたブライトが推測を口にした。
「お前は自分の力で生き返った。それは間違いない。だが、蘇るきっかけを得たのは左腕のみが更なる領域に触れた存在として創造されたからだ。お前は仲間………いや、遥か昔から続く繋がりによって積み重ねることができた。それによる心境変化もあった事だろう」
「そうだな。この後は、不思議なくらいに自分はミズキを愛していると自覚できた」
「やはり何が変化に繋がるのか分からないものだ。……何にしろ、これまでの経験と仲間に感謝するのだな。あと少しの所で記憶改ざんは失敗に終わった」
「記憶改ざん?」
「律義に説明する気など無い。まして敵対している者同士で馴れ合うつもりもな。さぁ、私の酔いも醒めて来たから続きを始めるぞ。これからは互いに搦め手無しだ」
そう言われた直後、タナトスとブライトは見上げずとも宇宙が見える星で向かい合っていた。
まるで何事も無かったような状況で静寂に包まれている。
どうやら何らかの攻撃を受けた最中だったらしい。
そうであれば次はどのような類の攻撃を仕掛けて来るのか、まったく予想がつかない。
それでもタナトスはシャウのように仲間のために奮い立ち、アカネのように挫けぬ自信を持ち、アリストのように信念を貫き通す意志を絶やさず、クロスのように相手を徹底的に倒す意欲を湧かせる。
自分の技も、持てる力も、心構えも全ては全員が今まで尽力し続けた結晶だ。
これからも築き上げ続けるために、彼は魔剣を構えてブライトに立ち向かう。
「さっそく行くぜ。邪剣・暗闇之天啓」
「…世界改変・無限能力の追走」
タナトスが視認不可能な斬撃という新しい剣技を披露するのに対し、ブライトは初めて能力名を口にする。
自分の技名を口にしたのは恐らくタナトスと同じ理由で、より練度と精度を高いレベルにするためだ。
全知全能の絶対神と呼ばれているような彼がこの行為をする必要となったのは、タナトスの実力に見合うだけの力を発揮しようと考えたからだろう。
だが同時に問題視すべき点は、今まで以上の能力を相手が見せるという意味にも繋がってしまう。
事実、タナトスからしたら惑星群や複数の銀河収縮より厄介な事が起きる。
まったく効力の方向性が異なる能力が次々と襲い掛かる事となって、その度に適切な対処を求められるようになったのだ。
「次から次へと…!本当に技が多い奴だ……!」
「っくはははは。おいおい、どうしたタナトス?まだまだ始まったばかりだ!」
眼に見えない粒子を吸ったら問答無用で血を枯らし、全内臓を破壊する能力。
一滴で星が融解するほどの豪雨を発生させる能力。
相手に意図的な条件反射及び、強制硬直させる能力。
完全に認識不可能な正体不明の猛攻を与える能力。
地面に足を着けているだけで毒のように細胞を蝕ませる能力。
一歩でも動けば即死させる能力。
一瞬でも静止させた肉体の箇所に激痛を感じさせる能力。
相手が特殊能力を使えば効果を反転させる能力。
五感による認識が狂う能力。
ブライトの存在を認識したら極限までの能力低下、そして完全脱力する能力。
次の行動を思考したら膨大な雑念を生み出す能力。
事象の開始と過程、更に結果に至るまでを操る能力。
過去と未来のモノ含め、あらゆる存在を無限召喚する能力。
他にもブライトは数多に渡る能力を繰り出し続けるから、タナトスは実力を発揮する以前の話で酷く戦いづらかった。
「無限にあれこれとやりやがって、なんて面倒臭い奴だ!」
「面倒臭い奴とは、さすがに心外だな!少しは私を尊敬して崇めてもいいのだぞ!」
「なにが尊敬だ!勝手に言ってろ!」
絶え間なく続く直接的な破壊に間接的な攻撃、意図的であり偶発的に起こす妨害と障害。
タナトスが今まで戦ってきた、どのような敵とも全く違うタイプだ。
ここまで完全な特殊能力によるゴリ押しは経験した事無かったが、彼としての対処法は新たな特殊能力を編み出しつつ、武術を万全に使用する事のみだ。
そして常に相手の能力に対応した特殊能力を新しく発揮させるのは、意外に難しいことでは無い。
根本的な部分は武術同士の戦闘と同じだ。
相手が攻撃してきたら技に合わせて回避や防御、カウンターというように的確な反応するだけ。
ただお互い決定打となる攻撃が通らないとなれば、それこそ体力果てるまで攻防が延々と続いてしまう事になるだろう。
しかし似た状況の繰り返しばかりであっても、一つだけ確実な変化が起きていた。
それは戦闘の最中でタナトスが更なる成長を遂げ続けている事であり、やがて彼はブライトより先に新たな能力を発現して着実に行動を制すようになっていたのだった。




