全知全能の絶対神
タナトスが猛攻となる連続剣撃を放った次の瞬間、見渡す限りの空間が歪み出すと共に切り裂かれた。
彼の一振りは惑星全体を穿ち抜く威力に昇華しており、また光りすら裂いてしまうために一帯は暗闇と化す。
それは敵の一振りも同様だ。
たった一撃で世界を一変させる強烈さを持っていて、ありとあらゆる存在を消失させる力を誇るのが当然と言える領域。
もはや巨大惑星という命を奪うのも、二人にとっては花を摘み取るより容易い行為となっている。
何にしろ、自身の眼前に立つ生物を殺すためだけの攻撃と考えたら規模が大げさ過ぎる事だろう。
「素晴らしい衝撃だ、タナトス」
それでも小手調べ同然なのか、ブライトは平常時と変わらない態度で褒め言葉を口にした。
どれだけ強くとも言葉を吐く余裕など生まれるはず無いが、あいにく両者は生物という枠に収まらない強者と言っても差し支えない。
言うならば神の中でも比類なき力を持つ者同士であり、最低限でも誰しもの想像を上回る全能で無ければ、戦闘と呼べる状態にすらならない。
そのため戦闘の場所に選んだ惑星は瞬く間に崩壊を起こし、超巨大エネルギーとして爆発を起こす頃には二人揃って別の惑星へ移っていた。
その惑星も同じく荒廃した大地だが、今度は雷雲が天を埋め尽くしている劣悪環境。
際限なく風向きが変化する暴風が吹いていて、巨大な雷が絶え間なく降り注いでいる。
けれど二人は襲い掛かってくる風雷を何とも思っておらず、万全な状態で静かに武器を構え合っていた。
そんな悪天候の下、攻撃が始まる前にブライトが呑気に声をかけ出した。
「脆かったとは言え、あっさり星が壊れてしまうか。それだけに良い斬撃だったわけだ。だが反面、どれほど凄かろうと所詮は武器を振るっているだけなのは、少し残念でもある」
「…いちいち何を言いたい」
「そうやって武器で攻撃している内は、まだまだ人間だということだ」
「元から人間のつもりだ。それに今のところ、お前も大差無いみたいが?」
「私は他者と違って攻撃手段が豊富だからな。あまり一斉に披露できないのだよ」
そう言いながらブライトが拍手するように手を叩いた直後、降り注いでいた雷の群れが不自然な軌道を起こしてタナトスに襲い掛かった。
合わせて地盤の陥没と隆起が発生し、周囲から無数の火柱が噴出するなりタナトスに向かって来ている。
タイミングからして意図的に操作された天変地異ではあるが、とても動揺するほどの脅威では無かった。
「激しいが、これくらい…!」
今更自然災害という攻め方がタナトスに通用するわけが無く、彼が回転も加えた横薙ぎをするだけで脅威は一掃され、全て無力化していた。
ただブライトの攻撃は継続しており、今度は雷雲が一気に吹き飛ばされる。
日光を遮る雲が失せれば、普通なら晴れて周りは明るくなるはずだ。
しかし、なぜか更に暗くなってしまい、思わずタナトスの視線はブライトから上空へ向けられた。
「なんだ、これは…」
つい口走った困惑の言葉。
何が起きても不思議では無いと分かっていても、そう言いたくなるのも無理はない。
なぜなら自分が地面に立っているにも関わらず、空から大地の塊としか言い表しようが無い物体が迫って来ているからだ。
あまりにも不可解であって、咄嗟に千里眼の能力を使うことで彼は状況を理解する。
「星が…、こんなバカな真似をよくも」
ありえないことに大量の惑星が迫って来ている。
星がまるで吸引されていく塵のように一カ所へ集まっていて、既に宇宙空間で激突し合っている事実に戸惑いしか覚えない。
肉眼でも観測可能な範囲で無数の星が割れ、無数の星が崩壊し、無数の星が炸裂する。
これには逃走の一手しか残されてなく、タナトスは急いで別の惑星へ瞬間転移しようとした。
星の爆発によって発生したエネルギーが脅威として襲いかかるのは、光りの移動速度より圧倒的に速い。
だから逃げられる時間は極端に短く、数字化するのが難しいほど。
それにも関わらずブライトは斬りかかって来て、タナトスは反射的に魔剣で受け止めていた。
「……っ…!」
息を呑む猶予が無ければ、感情を揺らがせている時間すら惜しい。
そのためタナトスは魔王の力で時間を止めようとする。
けれど、同等以上の力を持つ相手が気前よく能力発現を見逃すわけが無く、時間を即座に再始動させようとする。
それによって発現されたのは時間停止と強制的な時間の流動。
この相反する能力が同時に発現されるとなれば、予想つかない事態が引き起こされるのは当然だ。
また互いに望まない形で影響を与え、結果的に流れる時間が大きく鈍化した。
「こっ…の…!」
ついタナトスは悪態を吐きたくなる。
ゆっくりと、しかし劇的に星々が終焉を迎えている。
このような最中でも二人は通常時と変わらない動きで攻防を続けていて、一進一退のせめぎ合いが一瞬たりとも途絶える事は無い。
「っくははは。どうしたタナトス。遅い、遅いぞ」
「この酔っ払い野郎が。いつまでも余裕ぶりやがって…!」
何であろうと例えられない速度で攻撃を打ち出し、何者だろうと防げない技を見切るの連続。
やがて膨大なエネルギーは大地を消失させていき、次第に二人の身は気化し始めていた。
肉体が焼かれる以前に気体化していくのは、尋常では無いエネルギー量が伴った破壊光線を浴びているせいだ。
しかも一切熱を含まないもので、その破壊力は宇宙においても最強クラス。
更に、気づかない内に遥か頭上で発生しているブラックホールですら破壊されていて、もはや周辺に存在するモノは全て終わりを迎えようとしている。
そして、ついに二人は耐えきれなくなったのか。
一つの銀河が終焉を迎えかけている最中、ようやく両者共に別の銀河へ瞬間転移して新たな大地に足を着けた。
「この私でもガンマ線バーストを間近で受けたのは初めての経験だな。どうやら能力で防護していても、もっと相応の対策が必要らしい」
「な…、何のことを言っている………」
まだ余裕を見せるブライトに比べて、タナトスの息は少し短く浅かった。
能力による肉体再生も相手より遅く、まともな状態になるのに数秒はかかりそうだ。
早くも疲労を見せ始める彼にブライトは視線を向け、気まぐれな口調で言葉を続けた。
「悪戯に星々を破壊した事は無かったからな。だから何が起きるのか、少し観測していたわけだ。どうやらお前は私との攻防しか見ていなかったようだが」
「ちっ……、わざわざ余裕たっぷりに言いやがって。嫌味な奴だ」
「それにしてもだ。今の攻撃を耐えきるのは、さすがタナトスだと称えておこう。…しかし、更なる規模となれば一体どうかな?」
先ほどより更に規模が大きい技。
そんなものがあるのかと疑いたくなる上、あった所で想像がつかない。
そうタナトスが考えていた矢先、すぐに異変は訪れた。
世界が歪んで見える。
最初の数秒、自分の感覚が狂ったのかと彼は思った。
だが、実際は正しい認識だと気づくのには意外にも時間を要さなかった。
実際に光りが歪み、大地が歪み、空が歪み、目に映る全てが歪んで見える。
月のように見える星が歪んで、肉眼では捉えられないほど遥か遠い星も含めて全体が歪む。
これは錯覚の類では無い。
確実に物質そのものが形を崩していて、本来の形状を保てなくなっているのだ。
「今度はどうなって…」
さすがに理解の範疇を越えて戸惑うとき、再度タナトスは千里眼による空間把握で事態を察する。
今度は星々という規模では無く、周囲の銀河を丸ごと一カ所へ引き寄せようとしているのだと。
複数の銀河が無理やり集束されたらどうなるのか予想がつかないのもあるが、それ以前にこれほど広大な規模となってしまえば、同じく文明を持つ生物達が巻き込まれていても不思議では無い。
なにせ生物が存在しない銀河に飛んだのは最初だけで、咄嗟に瞬間転移してしまった今、まずこの銀河に生物が居るかどうかの確認すら取れていない。
それなのに多くの銀河を容赦なく破壊してしまう辺り、本当にブライトは自分の家と決めた星以外はどうでも良いのだと思わざるを得なかった。
「つくづく胸糞が悪い奴だ…!自分の眼に入らないモノ以外はどうでも良いのかよ!」
「そんなことより今度はどう対処するつもりだ?また時間を止めようとするのか、それとも近くの銀河へ飛ぶのか?試行錯誤するのは勝手だが、そう何度も同じ手段は使わせんぞ」
「黙れ!お前のような外道が、相手を試す口ぶりなんてするな…!」
「ずいぶん怒っているようだが、もしや文明崩壊でも目の当たりにしたのか?なら不運にも巻き込まれた者達には悪いことをしたな。とは言え、こればかしは抗いようが無い天変地異だったわけだが」
「なんでそんな他人事みたく言えるんだ!全部、お前が意図的に引き起こした事だろうが!」
「っくはははは、安心しろ。どうせ恐怖を覚える間も無く絶命……いや、あらゆる生命体は完全な絶滅を遂げている。何も知らずに、そして何も気づかない間に全てが終わるのは、むしろ幸福だろう」
どこまでも他人事であり、どこまでも勝手が過ぎる独自解釈。
隅々まで世界を見ていながらも深い部分は何一つ考えていない。
生態を理解しているのに、生物が持つ命が何なのか理解していない。
しかも彼には悪意らしい悪意が本気で無い事から、どうしても彼の価値観をタナトスは理解できなかった。
「なぜそんなに命を軽く見ている。なぜ気軽に何もかも抹消できる」
「………アービス曰く、国は統率されていなければいけない。そして大陸単位となれば、衰退と繁栄を強引に繰り返さなければいけない。そう言っていた」
「またかよ。いつもそうだ、いきなり何のことを言っているんだ」
「しかし宇宙規模として物事を見たとき、また別なのだ。衰退も、繁栄も、維持も何の意味を持たない。真に必要なのは創造すること。それもゼロからの創造であり、無から有を生み出すことは、すなわち無限に繋がる。要は誕生という始まりさえあれば自然と調和が成され、後々の森羅万象は有象無象で構わない。実際、今までがそうだった」
「だから何を言いたい。お前にとって今ある事はどうでもいい存在だって言いたいのかよ」
「あくまで宇宙規模で観測した場合の意見だ。そこから大切な物を見つけ出すのはお前達の勝手で、守り通すのも抵抗するのも自由だ。さっきの言葉は、そういう意思で私は行動しているという主張だ」
噛み砕いて言ってしまえば、意見の不一致に過ぎないのだろう。
また全生物が自由にしていいように、自分も自由にしているだけだと。
何にしても、こうも破壊し尽くしているようでは見逃すことはできない。
だから敵だという立場を関係無しにタナトスは強い反感を抱いていて、根本から否定するつもりで語気を強めた。
「ますます訳が分からないぜ。じゃあ、お前にとって大切な物はなんだよ。お前だって生きていて、何か感じるものがあるから自分の考えを持っているんだろ」
「今の所、大切だと言えるのは自分の居場所だけだな。ただし、美しいか醜いかまでは拘っていない。残酷な世界だろうが、高潔な世界だろうがどうでもいい。なんなら消滅しても構わない。……まして私は自身の存在意義すら求めていないのだ。こうして存在するから、私なりに行動しているだけ」
もはや単に孤独だからという理由で片付けられないほど、彼は世界そのものに興味を持っていなかった。
あらゆる事に強い関心が無いから、どうでもよくて全てを破壊してしまうことに躊躇いが無い。
興味や関心が無いから新たな真実に対して「くだらない」の一言で済ませる者と同じで、その感覚が世界規模になってしまっている。
だから彼に必要なのは、対等な仲間でも真っ向から立ちはだかる敵でも無く、それは間違いなのだと気づかせる存在だろうとタナトスは思った。
言わば、教え諭す者。
「神剣・銀河裂神武」
打ち倒す以外の目的を定めたタナトスは、すかさず更に上位の剣撃を振るった。
それはかつてない鋭さと閃光以上の煌きを持っており、現在居る場所を除き、ブライトの力によって終わりを迎えた銀河の群れを一瞬で両断する。
同時に世界の歪みと銀河の集束は強制的に収まるが、重要な事はそれだけでは無い。
きっと敵に向けて放てば、それで勝負の決着となったはずの攻撃だった。
そうブライトに思わせるだけの領域にタナトスは踏み入れつつある一方、彼は平常時同様の表情で静かに喋り出した。
「ブライト。俺は世界を語れるほど立派じゃない。だけどな、お前より生き物がどういうものか知っているぜ。それに世界ってのは、目に見えているものだけが全てじゃない」
「っくはははは。なんだ、つまり目に見えないものが大切だと言いたのか?」
「そうじゃない。自分が知らないだけで、気づかないだけで大切なものが必ずあるんだ。そして、その把握していない大切な何かが、自分が大切だと思っている存在を構築してくれているのだと知っておくべきだ」
「事象の関連に関係性……、お前達風に言うと縁の繋がりか。っくははは、それほど周りの存在が気になるのか。それとも価値を認め合う存在が居なければ、己の自信を喪失するだけか」
「やっぱり分かって無いな。俺が大切だと思える存在は、繋がりがあったおかげで見つけられた。そして見つけるまではお前と同じく周りに興味は無くて、そもそも最初から大切だったわけでもない」
初めてミズキと会ったとき、本音を言えば丁度いい案内役くらいにしか思っていなかった。
ミズキも最初は助けて貰った恩があっただけで、特別な感情を抱くようになったのはもっと後だとタナトスは知っている。
そしてブライトは世界の観測者らしい言葉を口にした。
「当然だな。最初から対象に思い入れを持つのは稀な話であり、通常は何らかの動機付けが必要だ」
「もっともな意見だ。そして俺がミズキや仲間達、更に世界が大切だと思えるようになったのは、あいつらにとってはどんな些細な事も大切だと知ったからだ。俺からしたら重要な事じゃなくても、あいつらには必要で、世界にはかけがえの無いもので溢れている」
崩壊した銀河の中でタナトスは力強く言い切る。
心の芯を揺らさず、視線を真っすぐ、今まで得た経験から主張を続けた。
「それにあいつらが全て大切だと思っているのは、更に多くの人々が居るからだ。それぞれ大切なモノのために苦しみ懸命に生きている大勢を目の当たりにしているから、あいつらは他者のためでも自分の事のように力を尽くせる」
多くの人々が頑張るのは自分のためだけかもしれない。
しかしシャウ達が勇者として頑張れるのは災難に苦しむ人々がいるからで、ミズキやユウが頑張れるのは人々のために尽くす勇者が居るからだ。
それら全てをタナトスは間近で見てきたから、自分も絶えず全身全霊で最善を尽くそうとしている。
何より頑張れる者が一人だけじゃないからこそ、皆の想像を超える形で繋がり連鎖している。
これはブライトには無い生きる原動力かもしれないが、それでも軽視した様子で相手は言った。
「そういう絆など、普段は意識していないだろうによく言えるものだな」
「悪いが、欠片も意識しようとして無い奴が言えることじゃないぜ。それに意識していなかったら、こうしてお前の正面に立っていない」
「………そうか、なるほど。これこそアービスが言っていたきっかけか。だとすれば、私が勝手に憂いていたより世界を見ている者が案外多いのだな。………しかし、それら全てが正しいとしてもだ」
何か言いながらブライトは目つきを変える。
その目つきは先ほどより冷酷で、まる不要で邪魔な汚物を見るように見捨てた視線だ。
今まで世界を観測していた黄金の両瞳から、殺気同然の気配が放たれている。
「お前達が私を止める理由に正当性があろうと無かろうと、私が自ら歩みを止める理由にはならない」
「だから戦う。そして教えてやる。俺達が何を得ようとしていて、何を守ろうとしているのか。ついでに馬鹿な考えも否定してやるぜ」
「それは楽しみだ。もちろん、私に物事を教える余裕があればの話になってしまうがな」
それからブライトが不敵な笑みを浮かべた直後、どういうわけか前触れも無く世界が一変した。
恐らく一変したと思ったのはタナトス一人だけだろうが、少なくとも彼は数瞬足らずで異常事態だと悟ったはずだ。
それもそのはずで、何も分からないままタナトスは見覚えある建物内に居て、彼の目の前には魔王幹部達と話している亡き魔王の姿があったからだ。
「親父………」
運命を決する戦いの最中のはずなのに動揺して目を見開き、思わずこぼれた哀しみに満ち足りた声色。
そして魔王の手には鞘に納められた魔剣があって、その魔剣を差し出しながら魔王は優しく語りかけて来た。
「タナトス、今この瞬間からお前も魔王幹部の一角だ。これからは武帝タナトスとして励み、以前と変わらず精進を続けろ」
「はい、魔王……様」
気づけば、言いづらそうに応えながら丁重に魔剣を受け取っていた。
無意識に出て来た返事と動作だったが、これによりタナトスは状況を理解しつつある。
どのタイミングでブライトの術中に嵌められたのか分からないが、今居るこの場所は自分の過去そのものだと。




