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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第三章・魔法と不老長寿の秘薬・後編
272/338

運命の決戦は

もはや前の国名など忘れたが、元々は誠意や情熱という意味合いの単語が付けられていた覚えがある。

確かに生物の原動力は感情だ。

その中でも怒りという感情は生きる力を与え、余計な抑制力を奪い、無尽蔵(むじんぞう)の活力を生み出す源でもある。

要は燃え盛る炎と同じだ。

怒りという爆発燃料によって燃えることで、炎は生命と破壊、そして豊かな営みを与えてくれた。

そして炎が激しきれば激しいほど輝きは強く、同時に影が濃くなる。

故に俺は『憤怒と影の国』と新しく名付けた。

強い力を持てという意思表示であり、生き抜くには強烈な衝動と決意に加えて、冷めることが無い熱意が必要なのだ。

永遠に炎を絶やさないよう、誰かが怒りという燃料を世界に注ぎ続け無ければいけない。


「だから平和な世界にも怒りが必要なのだ。虚ろ気な、儚く弱々しい想いでは、いつの日か炎が消えてしまう。まだ燃えている時は良いかもしれない。だが、矮小な火を頼りに温まっているようでは……いずれ生物は暗闇に包まれ凍え死ぬ」


そう独り言を呟くのは、銀髪のダークエルフであるアービス国王だった。

彼は今、とある狭い一室に居た。

そこの部屋は豪華絢爛(ごうかけんらん)で無ければ堅牢とは程遠く、どう見ても一般的な客室でしかない。

恐らく国際パレード開催地だった場所か、その付近周辺に設けられた建物内。

少なくとも国王という身分の者が留まる場所には相応しく無く、また戦線に近い事から仮の指令室にすら適していない環境下だ。

それでも彼は置かれている状況に一切濁りなく満足しているのみならず、窓を通して早朝から漂ってくる火薬と泥の臭いを(たの)しんでいた。


「大勢の者が安寧を渇望しているのを感じられる……。これで、ようやく生に対する執着心を生み出す刺激になっているという事か。なんとも素晴らしい現象であり、残念な結果だ。これこそが世界の真理だと証明されてしまったのだからな」


他者から暴力的な怒りを向けられ、取り返しが付かない被害を受け、初めて本気の覚悟と永く忘れない感情を抱く者が居る。

それから何かのために全身全霊を尽くす者が現れるだろう。

誰かの敵味方でも構わない。

どのような善悪でも問題ない。

混乱を生み出し続ける存在か、はたまた調和を望む存在でも良い。

とにかく次の事態を引き起こすきっかけにさえなれば、新たな感情は湧き立ち続け、延々と影響を広げていき、無気力だった者であろうと自己が形成され、やがて確固たる意志が確立されると彼は考えている。


「国とは統率されていなければいけない。しかし世界規模となれば完全なる統率は衰退しか生まないのだ。例え大多数に望まれていなかろうと、常に強く(あらが)う存在が絶対に必要だからだ。もし完璧な答えに到達しようと、完全な管理が整っていようと、全力で模索し続けなければ次世代の成長は停滞し、誰にも観測できないほどゆっくりと滅んでしまう」


一風変わった自論と道徳観をアービスが語る一方、その言葉を黙って聞いていた者が居た。

その人物はブライトと呼ばれる男性だ。

ただ彼の意見に興味は薄いらしく、一応最後まで聞いてしまったという理由で何とも雑な返し方をする。


「大人しく衰退を迎えるのも、美しい運命の一つだと思うがな」


「……そうだな。その終わりに納得し、喜んで享受しようとする者も居るだろう。だが、その軟弱な考え方を持つ奴は衰退する前に消えてしまう絞りカスだ」


「誰にも限界があるというのに、ずいぶんと選民思想が強いことだ」


「それが俺の役割だ。しかし俺は選民するために淘汰(とうた)する側に立っているが、何も未来永劫にカスを淘汰し続けろとは思わん。なぜならゴミが存在するおかげで、俺は淘汰するという熱意を抱くきっかけ(・・・・)を得たわけだからな」


言い変えれば、ゴミが落ちているから掃除しようという発想が初めて生まれて実行に至った事になる。

確かにそう言われてしまったら、ゴミという存在は世界に必要なのかもしれない。

当然、酷く変な話だとアービス自身が思っている。

ゴミを徹底排除しようとしているのにゴミが必要だと思っているようでは、どう見ても行動と思考に矛盾が生じてしまっているからだ。

それでもアービスは一抹の迷いを抱くことは無く、国王らしい態度で話を続けた。


「つまり不要なモノなど無い事になる。模索すること自体に意味があるのだ。俺のゴミ掃除は、次の誰かが道を模索するためのきっかけになれば良い。炎が鉄を熱するように、周囲に影響を与えることが一番重要だ」


「なら、お前は誰かの踏み台になるのも一つの目的なのか。とんでもない変人だ。この私から見ても、お前は特別な立ち位置にあると認識しているというのに」


「俺が一国の主になったのは…、その時の目的が統治者だったからに過ぎない。いつまでも達成した目的に留まっているようでは、それこそ俺が恐れている停滞であって衰退を招く要因になりかねない」


「っくはははは、だとしても性急に変化を求め過ぎだ。その急激な変化に付いていける者が居るか怪しい所だぞ」


ブライトはアービス国王と話していて、初めて小さな笑い声をこぼした。

それは嘲笑に近いかもしれない。

けれど何らかの愉快さを覚えたのは事実で、つくづく常人とは並外れた感性だと思ったはずだ。

桁違いの行動力と熱意に対し、何とも不確定で曖昧な目的。

しかも目的が達成したかどうかの確認は不可能で、とても思慮が深いとは言えない。

だが、その闇雲な道を突っ走れるのがアービス国王だけが持つ強さなのだろうと感じられた。

本当に思いきった人物だ。

そんな印象を抱く彼に対し、アービスは少し不服な態度を示した。


「なぜ笑う?そもそも、俺に付いて行ける者が居るのか逐一(ちくいち)振り返る必要があると思っているのか?」


「いやはや、別に愚かな決断だと思ったわけではない。…アービス国王。むしろ今、私は初めてお前の存在に興味を覚えた。いや、感心というべきか」


「ほぅ、神でも感心することがあるのだな」


「いくら私でも相手が予想とは反した考えに行きつけば、それなりに驚くことはある。はっきり言って、他の生物と比べてかけ離れている結論だぞ」


「現時点ではそうかもしれないが、これからは似た考えを持つ者が誕生する。どのような形であろうと変化を求める本物の強者がな」


単なる独りよがりでも、ここまで極め拗らせたら立派なものだ。

しかし捻くれてはおらず、清々しいほどに真っすぐでもある。

ただ最大の問題かつ欠点なのは、結局のところ賛同を得られる選択では無く、他者からしたら余計なお世話に分類される迷惑行為なわけだ。

不必要に全体を巻き込み、目先の平和を捨てて未来のためなんて馬鹿らしい。

そんな思い付きの一言で一蹴されそうな考え方だと、世界の破壊を考えているブライトですら思った。


「そう言うほど、この世界にお前が求めているような強者は必要なのか?誰もが自分の事で精一杯でもあるはずだ」


「断言する。変革を生み出す強者は絶対に必要不可欠だ。そして、今この時代の変革者に俺はなる……!」


自信に満ち溢れた発言をアービス国王が口にした直後のこと。

その瞬間にアービスの隣には突如タナトスが現れていて、抹殺しようとしていた。

瞬間転移による不意な出現。

いくら身体能力が大幅強化されているアービスでも、本気になっているタナトスの動きに反応できることは決して無い。

だが、より強者であるブライトは別だ。

タナトスの攻撃が終わるより早く彼は動き出してみせ、同時に建物を粉々に吹き飛ばしかねない衝撃が発生した。


「よく来たな、タナトス。この瞬間を私は待ちかねていた」


「ちっ、やっぱり先に約束を果たすのは無理か」


既にブライトとタナトスは外へ移動していて、そのまま咄嗟の流れで激しい格闘戦を始めた。

そして肝心のアービス国王は全壊した一室に留まったままで、余波のせいで血まみれになりながらも正常に意識があった。

まともな認識はできなかったが、ブライトが不意打ちを逸らしてくれたのは確実だ。

なのに全身には裂傷ができていて激しく痛み、たまらず苦悶の表情を作ってしまう。

この事実からアービスは、どこからともなく襲ってきた男性こそがブライトが目的にしている人物なのだと悟った。


「ふっ…、ふふふふ……。あいつがタナトスか。確かにブライトとは違うようだが、本質はどうだかな…」


そう半ば気絶しかけている状態で呟いた頃には、もうタナトスとブライトの二人は遠方まで移動していた。

恐らく彼らからしたら数歩感覚なのだろうが、実際の移動距離は数十キロに達している。

更に現在地を把握している暇は無く、とにかくタナトスは活路を見つけようと精一杯になっていた。

あらゆる一挙一動毎に致命傷になりかねない駆け引きの繰り返し。

まさしく神々の争いと言い例えられる光景になる中、ブライトには大きな余裕が見られた。


「一体どうした。前回の戦いから差異を感じられないぞ?」


「黙っていろ」


直接拳を交えて、改めてタナトスは確信する。

ブライトは単純に先を見透かしているだけでは無く、この結果に至らせるという決定の力を持っている。

それはコインを放り投げた時、未来視で裏表の結果を見て言い当てるのとは違う。

表が出ると自分が思ったから、どのような不確定要素が入り混じっても最後は表という結果を必ず出させる能力。

だから彼は絶対的、そして人からしたら神の意思と同義。

そのせいで何があろうと戦闘の駆け引きに勝つとブライトが思っている時点で、まずタナトスに勝ち目は無い。

そう気づいた時にはタナトスの胸元は打ち抜かれ、派手に後方へ吹き飛んでいた。


「……ぐっ、このままだと太刀打ちすらできないなんてな。悔しいが、まだ俺は力不足だ」


華麗に受け身を取っても転がり、どこかの山に衝突した衝撃で粉塵が舞い続ける。

そこにブライトは降り立って、彼の呟きを聞いていた様子で応えた。


「早々と諦めるのか?最終的に諦めるのなら、いつ諦めても同じことではあるが」


「おいおい、俺が諦める性分だと思っているのかよ。悪いが、俺は自分が望む結果を出すためなら無限に同じことを繰り返せるぜ」


無限の繰り返しは言葉の(あや)などでは無く、ミズキを強引に延命させた時に経験済みだ。

そう、まだ繰り返すという過程は必要だが、本来なら不可能だった事を自分が望んだ形にした経験をタナトスは得ている。

絶対の不可能を可能に変えてしまうのも、きっと神の意思と同義。

相手の絶大な力に屈さず、何度も繰り返すことで望んだものにする。

これがタナトスの戦い方であり生き方だ。

その勇ましい姿勢を示すかのように、再びタナトスは接近して格闘戦へ持ち込んだ。

しかし、馬鹿の一つ覚えで同じ事を繰り返した所で意味が無いように、ブライトは彼の発言と行動に対して苛立ちを覚えた。


「繰り返すからには何らかの代償が必要だ。そしてその代償を無限に払えるわけではあるまい」


「そうだな。現に俺は代償が払えきれず、前に屈しかけた。だが、俺の繰り返すってのは試行錯誤の事だ。常に新しい道を模索し続け、俺は全力を賭し続ける」


「っくははは、要は疲れる生き方を選択したのだな」


「確かに独りだった俺でも疲れ果てるだろうな。だけど、俺には協力者がいる」


「ほう?こうして立ち向かっているのはお前一人に見えるが?」


「そいつはどうかな」


このとき、タナトスはブライトに向けて不敵な笑みを見せた。

王の力を用いてもタナトスの思考が読めない。

魔王の力によるものなのか、ブライトの干渉を拒絶しつつある。

そしてタナトスは相手の腕を掴むと共に瞬間転移を発現させた。

より戦いやすい場所に移動するかと思えば、移動先は奇妙な環境下だった。

そこは全身が液体に浸かってしまう空間で、最初に強烈な臭いを感じる事となる。

しかも液体の中では手足を大きく動かせるほど広いが、海中とは異なる。

一体何か予想がつかず、ひとまずブライトは全方位に衝撃波を放った。


「ぐぅ……!」


呻いたのは両者共にだ。

合わせて凄まじい衝撃波は大きなクレーターを作り出し、更には全ての液体と鉄の破片を広く散乱させた。

それにより見慣れた外へ解放されて、ようやくブライトは飛ばされた先を知る。

瞬間転移した場所は、何らかの液体が入った鉄製の巨大タンクの中だ。

どのような意図があってこんな場所に移動したのか、現時点では見当がつかない。

少なくとも秘策に値するほど強力な一手では無いはず。

そうブライトが思ったとき、早くも彼の身に異変は起きていた。


「…っ?なんだ、毒……では無い。これは…!」


全身の感覚が乱され、景色が歪む。

ひたすらに気分が悪い。

これは彼にとって初めての経験で、まったくもって理解不能な現象。

訳も分からず吐き気がする。

そこまで不調に陥った彼は身を屈めてしまっており、視線は地面に向けられる一方だった。

対してタナトスは普段と変わりなく立ち上がっていて、予想以上の成果に自分でも驚く気持ちが多少あった。


「正直そこまで効果的だとはな。これが嬉しい誤算ってやつか」


「…何を、した…タナトス!この私に……何を!?」


「あの液体はランディア国王に用意して貰ったもので、なんてことない強力な酒ってだけだ。俺もクロスも、そして親父も酒には酷く弱かったからな」


「酒だと?お前達生物が好んで呑んでいる飲料か…!私自身も…驚きだ。虫けらどもの娯楽に疎いだけで、こうも苦しめられるとは……!」


ブライトは他の生物とは違うがために、酒類のみならず他の飲食類にすら疎かったのだろう。

まして摂取しようとする必要や考えが無かったから、自分が酒に弱いなんて彼は知りようが無かった。

それでもタナトスは共通の弱点を持った複製生物(クローン)だから効くかもしれない程度の認識だったため、これほど正常性を奪うとは想像以上だ。

また当然タナトスは酔い止め対策を施していて、来る直前にカルラに頼んでいた薬を飲んでいる。

そして相手は今までにない経験によって対処しきれず、強力無比であるはずの能力が不安定となっていた。

これによりタナトスはすかさず魔王の力を全力で発揮させ、神々しい黄金のオーラを纏う。


「手段を選ぶつもりは無いし、容赦はしないぜ。すぐに終わらせてやる」


そう言うタナトスのオーラは燃え上がった炎のように揺らいでおり、煌く粒子が大量に発生しては炸裂していた。

単純な力の輝きでは無く、強い生命力がみなぎっている。

明らかに前回とは違い、極限の領域に足を踏み入れ始めているとブライトは直感する。

だが、まだ荒削りでもあると感じ取っていて、何より自分の調子が少し崩された程度で自信を喪失するわけがない。

ただ思考が上手く回らなくなっているせいで、ある程度タナトスの行動が読めなくなっていた。

そのせいだろう。

ブライトが気づいた時には全く知らない場所への転移を繰り返しており、そこは見渡す限り荒廃しきった大地だった。


「ここはどこだ…?」


地平線の先は暗く、雲が無い。

また草木が一本も無く、異様に空気は乾ききっている。

どう見ても大地しか存在しない上に、まともな生物が存在する環境下では無い。

さっきまで居た場所と比べたら、完全に世界そのものが違う。

このことからブライトは状況を察して一つの答えを口にする。


「なるほど、別の惑星にまで瞬間転移したのか。そこまで可能になったとは…、私のクローンであろうとも素晴らしい成長ぶりだ」


「……厳密には離れた銀河にまで移動した。どの星にも生物が存在しない、惑星が群れているだけの銀河にな」


「別の銀河だと?宇宙空間を理解しているのか?」


「カルラやロイから得た知識だ。とは言え、漠然と存在を知っただけで何も理解はしていない。とりあえずお前と全力で戦うとなれば、これくらいの用意は必要だと考えた」


「妥当な判断だ。ただ大事なのは私に認められるレベルかどうかだぞ」


ブライトは足元を僅かにふらつかせながら、白銀のオーラを刃として手に取ってみせた。

対してタナトスは腰に携えていた吸血の魔剣エペタムを引き抜き、戦闘態勢の構えを取りながら言い捨てた。


「そうやって、いつまでも上から目線で物を言っている場合か?そんな心構えだから俺の策にかかっているんだろうが」


「お前の計画通りに進んだくらいで運命は変わらん」


「なら、その言葉通りなのか確かめてやるよ。……絶剣・死蝕兎(ししょくうさぎ)



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