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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第三章・魔法と不老長寿の秘薬・後編
271/338

彼らの決戦前夜に

タナトス達は賢者の家前まで瞬間転移した後、まず出迎えてくれたのは奇跡の勇者アカネだった。

ちょうど彼女は外に備え付けられていた手押しポンプから水を汲み取っていたらしく、手には地下水が並々入ったブリキ製のバケツを持っていた。

そして雑作業しているためか珍しく髪を束ねており、普段以上に大人っぽい雰囲気が(かも)し出されている。

ただ彼女は着飾らない日常的な様子で温かみある微笑みを浮かべ、どこか柔らかくほんのりとした声調で挨拶を口にする。


「あらあら、お帰りなさい。…とは言ってみたけれど、ついさっきも材料を届けに戻って来たばかりよね」


「でも、あれから半日足らずで色々な災難に遭ったんだぜ。一応無事に済みはしたが、ちょっと外出するだけでも大変だ」


「もう本当だよね!私なんか特に滅茶苦茶大変だったんだよー!よっぽど災難に愛されでもしているのか、死にかけたからね!しかも一回だけじゃなく二回だよ!最低二回は死にかけたの!」


タナトスとシャウが揃って苦労を強調した物言いになるのは仕方ない話で、一度賢者の家へ戻ったのは『哀楽の国』へ行く直前のことだ。

それから街への砲撃やカオスの件、更にマンドリンの襲撃騒動が発生するなど常に厄介事が纏わりついている。

まさしく行く先々で新たな問題が起きている状況であって、その中でもタナトスの場合はカオスによって妙な人間関係が不本意ながら築かれてしまい、うんざりする気持ちが少なからず湧いてしまう。

そんな彼らの気疲れを察したらしく、アカネは適当に受け流しながら労う言葉をかけた。


「ひとまずお疲れ様。そういう苦労話は後で皆と一緒に聞かせてちょうだい。それより今戻って来たという事は、また材料を採取し終えた所なのかしら?」


「いや、もう今日はおしまいだ。明日の決戦に備えて………とかを全員に報告しておきたい。すぐ集まれそうか?」


「ユウとかは集まれそうだけれど、カルラと賢者はどうかしらね。あの二人は変わらず隣の研究室に(こも)ったままで進捗(しんちょく)状況は不明だわ」


「なら俺が声をかけておく。悪いが、シャウとアカネはミズキ達の容体が問題無かったらリビングに呼んでおいてくれ」


そう彼が指示を出していると、ひっそりと静かに立っていたルミナが呟き同然の声量で喋った。


「…では、私はタナトス様と一緒に研究室へ行きます……」


「分かった」


こうしてタナトスとルミナはカルラ達を呼びに行くため、賢者の家とは別の建物へ入った。

その建物は外見のみならず内装も小さな倉庫であり、実際多くの食料や薬品、また雑貨類や家具、自家発電機などが保管されている。

だが、単に古ぼけた物置き場というわけでは無い。

賢者は自身でも把握しきれないほど(なが)い時間を生きているだけあって、先進的な科学力を持つ魔法大陸にとっても認知されていない専門知識を保有している。

それらの知識や技術は完全秘匿しており、大半の情報は倉庫の地下に積み込まれていた。

そしてその地下こそが、秘薬を製作する場所となっているのだ。

だから二人は狭い隠し通路を通っていき、賢者の隠し研究所である地下へ向かった。


「何度来ても調子が狂いそうになる場所だ」


タナトスは倉庫の地下に足を踏み入れた直後、ルミナ本人が居ることなど構わず怪訝な表情で独り言をこぼす。

なぜなら設けられた地下空間は地上と比べたら何もかもが異質で、見渡す限り無機質な物体で埋め尽くされている光景だったからだ。

壁や床、そして天井から隅の至る所まで分厚い鋼鉄で補強されていて、謎の原理で稼働を続けている装置の群れ。

増して一番近い地上が秘境とも言うべき大自然の環境に囲まれている一帯だから、より雰囲気の差が激しく、どうしても強い違和感を覚えてしまう。

しかもタナトスは幼い頃から自然に接した生活ばかり送っていたから、この独特な空気と見た目には抵抗感を抱いていた。

すると無機質な空間に見慣れているはずのルミナは、意外にも彼の気持ちに同調してみせた。


「この場所が苦手なのは……何となく分かります。……元より、生活面を配慮した造りでは無いですからね…。それに化学薬品の臭いで満たされてしまっていますから…」


「もしかしたら、その薬品の臭いってのが俺には合わないのかもな。鼻孔に強い刺激がとかじゃなく、脳に針でも刺されているかのような感覚がキツイ」


タナトスは言葉通り薬品に対する苦手意識が強いのか、眉を潜めながら狭い通路を歩く。

そんな彼を案内するように先へ進むルミナは、ふと思い出した口ぶりで応えた。


「……そういえばですが、タナトスのお父様……魔王と呼ばれていた方も化学品の刺激臭が苦手だとロイ様から聞きました。何でも感覚が鋭いせいで、自身にとって異質な気配には敏感だったと…」


「言われてみれば、魔界大陸にこういう研究施設は無かった気がするな。まぁ親父どころか魔物達も利便性を求めている訳じゃ無ければ、技術の必要性を感じて無かったが」


「私やロイ様も同じようなものです。この研究施設は思い出の一つとして残してあるだけで…、たまに製薬する場所でしか無いですから…」


「のんびり隠居生活していたら活用する機会なんて無いかもな。しっかし、こんな規模の施設を管理するなんて大変じゃないか?」


「そうでも無いですよ。…地上に建ててある家と同じ要領でして、地下全体に付加魔法と結界による防護を施してありますので…」


「あぁ、なるほどな。そう考えたらルミナの魔法って何かと便利だ」


タナトス達が世間話感覚で会話しながら進んでいると、向かおうとしていた先の扉が勝手に開いた。

するとその扉からはカルラとロイ賢者の二人が現れて、ちょうど良く一段落を着いた様子だった。

そして二人はタナトス達の存在に気づき、まず一番にカルラが声をかけてきた。


「あれ、お二人さん。もしかして材料を採取し終えたのですか?」


「そういうわけじゃないが、先に色々話しておきたいことができた。上の方へ集まって欲しくて呼びに来たんだが、話せる時間はありそうなのか?」


「えぇ、構いませんよ。一通りの下準備を終えて、今は自動作業中ですから。次の作業はちょうど深夜からになる所です」


「そうか、まだまだ作業が続いている途中なんだな。他に頼れる相手がいないとは言え、負担をかけて悪いと思っている」


「そう気遣いされる程でもありませんよ。作業が長い分、昔話に華を咲かせられる時間が多くて楽しいですから。ふふふふ」


彼女は相変わらずの糸目であったが、その口元の緩みや眉の動きからして本当に楽しそうだった。

普段では滅多に見せない気の緩ませ方だ。

それだけカルラでも昔の思い出に浸れる一時は幸せなんだろうなとタナトスは思いつつ、当たり障りない言葉を返した。


「まぁ、なんだ。下手に気疲れしないで作業を進められているなら良かった。ひとまず上へ行こうか。既にミズキ達が待っているはずだ」


こうしてタナトス達は地上にある賢者の家へ戻り、狭いリビングで一同が集まった後に今日の出来事に加え、これからの行動についての詳細を全て報告する。

その場には体調が回復したミズキとユウの姿もあって、特にユウは快調の時と変わらない雰囲気で呟いた。


「あのカオスって女の子、どれだけ立場が変わったりしてもつくづく騒がしいんですねぇ…」


『喜愛の国』が進軍させる事も話したが、彼女の中で一番引っかかったのはカオスの事だったらしい。

確かに一時的なものとは言え、場を大きく乱しているのは彼女の思いつき同然による行動だろう。

そもそもカオスがタナトスに付いていくと決心しなければ、『喜愛の国』や『哀楽の国』が攻めに転じる決断は難しかったはずだ。

ただ彼女のトンデモ行動はタナトス達に大きな影響は無く、核心となる事についてタナトスが切り出した。


「…とりあえず俺は準備が出来次第、先にブライトと決着をつける。それから材料を全て集め、次に『喜愛の国』に加勢するという流れのつもりだ」


これからの行動方針は言葉にすれば短く、とても簡潔で分かりやすいものだ。

しかし大雑把に考えても根本的な問題点があって、このことに賢者ロイが口を開く。


「あくまで我は傍観者の一人だ。可能な手助けも結局は製薬する事だけだろう。しかし、それでも一つ訊いておきたい。あのブライトとやらを相手にして無事に勝利できるものなのか?」


「どうかな。無事ってのは難しいだろうが、簡単に負ける気はしない」


「………推測で物を言わせて貰うが、ブライトの能力はお前の父親…それこそ魔王の全盛期に匹敵するかもしれない。だとすれば、まだまだ足りないように感じられる」


「足りない?まさか積み重ねってやつか?」


「あえて言葉で表現するならば、そうなる。今のままでは更なる上の領域へ届きそうにない」


「そのことなら大丈夫だ。狡賢い手段になるが、届かないなら相手の積み重ねを崩せばいいってだけだ。どんな手を使ってでも同じレベルにまで引き落とさせる。そういう意味を含めての準備が出来次第って話だ」


「なるほど、そうか。お前なりに勝算を組み立ててあるのなら、我の意見など浅はかな戯言だったか」


どの程度の確率を持った勝算なのか不明ではあるが、もはやブライトに関する件は全てタナトスに委ねるしかないのだろう。

けれど今の会話を聞いた上で、ミズキが他の問題点を指摘した。


「その準備というのが万全に整っても、タナトスさんは………無事では済まない可能性があるのですよね?」


「あぁ。どれだけ予定通りに事が進んでも、俺が万全な状態で帰ることは難しいだろうな。それでも材料の採取くらいなら…」


「いえ…、それなら私が自分で採取します。戦闘さえ避ければ体に負担はかかりませんから」


誰にとっても予想外の意見であり、この場に居る全員が驚きを隠せなかった。

今のミズキは寿命が極端に短いため、残りのタイムリミットが本当に数分間あるかどうかで運命が決まりかねない。

要は文字通り一秒も寿命を削る行為は避けたく、更に突発的な発作や普段通りの行動が難しいと考えたら信頼性に欠けてしまう。

また材料採取だけを目的にしても、彼女が向かう先は戦場に変わりないわけだ。

だからミズキは焦燥のあまり妙な事を言っているだけなのだと皆が思い、タナトスに至っては正気を疑う態度で応えた。


「馬鹿言うな。材料採取は過程であって最終目的じゃない。ミズキが不老長寿の秘薬を飲み、効果が出るまで安静にする。これが本来の目的だろ」


「分かっていますが、あれこれと手段を選べる状況でも無いはずです。それに、これは自分が生き続けるために自分で努力するだけの話です」


「自分の問題だからと言って、自身の力だけで解決しようとするのは立派かもしれない。だが、それは孤独に戦っている者が使う言葉だ。お前には全力で助けてくれる仲間がいるし、一人だと不可能な事は必ずある。そして頼りっきりになるのが忍びないと言っていられる状況下じゃない」


「………もちろん、タナトスさんが無事だった場合はお任せします。だから何か深刻な問題が起きた時、もしタナトスさんが動けない時に土壇場で決めるよりは……」


「それは一理あるが、そう簡単に代役案は賛成できない。そもそもの問題点として、俺が居なかったら採取できない材料があるだろ」


あと必要な材料は『憤怒と影の国』にある秘宝と、その付近にある植物の合わせて二つだ。

そして秘宝以外の材料は時間操作や成長促進が必要不可欠であって、現状タナトスにしか採取できないと言って良い。

そのはずなのだが、はっきりとミズキは言い切ってみせた。


「時間操作なら私にもできます。それに瞬間転移という技も可能です!」


「なに?」


「あの時…、タナトスさんが私を助けるために何度も時間を繰り返してくれたおかげで、少しは再現できるようになったんです!さすがにタナトスさんみたく短時間の連発は不可能ですけど、私でも役に立てます!」


この発言に一切嘘偽りが無いのは彼女の眼で分かった。

それに加え、ミズキが持つ魔王の力が飛躍的に上昇した事をタナトスは知っていた。

しかもその力量は計り知れず、もしかしたら魔王幹部サタナキアを倒した時の自分と大差ないかもしれないと思えるほどだ。

そう思えば千里眼も可能だろうし、タナトスが相手であれば離れていても意思相通する事は造作ないはずだ。

当然、ミズキが能力発現すること自体にリスクが伴うわけだが、もしもの場合を考慮すれば手段を選択する余裕が無いのは事実だ。

だからタナトスは酷く渋ってしまうものの、緊急手段の一つとして彼女の案を受け入れる他なかった。


「それならミズキに託すのも一つの手だと思うが、正直まだ気は進まない。どれくらいなら能力を使っても問題は無さそうなんだ?」


「え、えっと……力を抑えれば数分間くらいなら、きっと大丈夫です」


「自分でも把握できて無いなら、シャウ達全員を護衛に付けたとしても不安だ。いざ戻ろうとした時に、ミズキの調子が崩れたら瞬間転移で帰れない状況も有りえる」


「それはルミナさんが居れば…」


ルミナの付加魔法があれば、ミズキの調子は一時的に改善されて能力による負担は緩和されるだろう。

更に強化されることで能力のレベルも引き上げられるかもしれないが、ここに来てルミナが否定してきた。


「さすがに私は付いて行くことができません……。現在の状況では、『憤怒と影の国』に足を踏み入れるだけでも…中立の立場を蔑ろにするようなものですから……。ただし、道具を貸すくらいならば…」


「薬じゃなくて道具なのか?」


「私が使っている特製の指輪と腕輪です…。ミズキさん用に調整する必要はありますが、これらを付ければ並大抵の脅威や突発的な不調を防いでくれるようになります…」


言葉だけでは具体的な効果の程は分からないが、期待通りの結果は得られるという認識で良さそうだった。

何にしろルミナなりの精一杯の助力であって、彼女の好意に対してタナトスは感謝する態度を示した。


「それは助かる。何かと力を貸してくれてありがとうな」


「協力が務めですから…。それに私のしていることは最善の手段でも無いので…、そう感謝されるほどではありません」


「良し悪しの尺度なんて関係無い。俺は感謝したいくらいに助かったと思っているし、ルミナが可能な限り力を貸してくれているのは分かっているつもりだ」


「……でも…」


「そう逐一(ちくいち)責任を感じなくても大丈夫だ。同行は無理でも、すぐルミナは別の形で協力しようとしてくれた。その気持ちが俺達にとって充分嬉しい事だ」


「……うぅん…、なんでしょう。なんだか…不思議とムズ痒い気持ちになりますね……」


そう素直に呟くルミナの反応は照れ隠しみたいになっており、賢者ロイ以外に自分を理解しようとする者がいることに浮ついた気分を覚え始めていた。

しかも、タナトスは自然体かつ周りの事情を気にかけている様子でも無い。

だからなのか彼女は心なしか居心地の良い雰囲気を感じ、同時にまるで親しい旅仲間みたいな反応だと思った。

ただ、やはり彼自身は気遣いしようとしているわけじゃないがために、すぐさま余計な一言を口にしてしまう。


「当然、欲を言えば同行して欲しいけどな」


「……うっ…、すみません。協力が務めと言っておいて、結局自分の都合を優先してしまって…」


ルミナが落ち込んだのは見て明らかで、これに対してシャウが慌てて声をあげた。


「もうタナトスってば!なぁんで、すぐに余計なことを言っちゃうのなぁ~!」


「まぁまぁ、シャウさん落ち着いて下さい。…ひとまずタナトスさん。ルミナさんの協力があれば、私が採取に行っても良いという結論で大丈夫でしょうか?」


「ん、あぁ……。しつこく言うが、あくまで俺が戻らなかった場合だがな。それから後の事は戦況次第になる。唯一の気がかりは核弾頭という兵器の存在くらいか」


『憤怒と影の国』が核を保有している事は全員に話してある。

そして話題に出たとき、カルラが思いも寄らない事を言い出した。


「核兵器は使えませんよ」


「どうしてだ?」


「あまりにも危険だったため、私が前に潜入したとき細工しておきました。既に相手は工作に気づいていると思いますが、核の威力からして一度でも細工された兵器など使用する気にならないでしょう」


「全部に細工したって事なのか?」


「さすがに全てに細工は無理でしたが、複数の核兵器に施しました。そして運用するとなれば、些細な問題を見逃すほど相手も愚かでは無いでしょう。とはいえ、追い詰められた時に自爆覚悟で使用する可能性は捨てきれませんが」


要は、その兵器が存在するからには使われるという可能性が僅かでも残ってしまうと彼女は言いたいわけだ。

しかし、すかさず賢者ロイが核兵器について言及した。


「核は一度発射されれば、遥か上空まで飛ぶ。その際に我が結界で核を覆い、大気圏外……つまり全大陸に影響が無い場所で爆発するよう仕向ける。特定の区域だけを守るなんて面倒なのでな」


「………良いのか?それだと全ての国を守ると同意義に思えるが」


「屁理屈に聞こえるだろうが、別に国を守ることを目的としていない行為の結果になる。他国が助かるのは副産物であり、むしろアービス国王との約束を律義に守り、自身にとって必要な場所だけを保護する方がよっぽど『憤怒と影の国』に加担しているようなものだ」


「中立だからこそ、全てを見逃す義理は無いってことか」


「線引きが難しい所ではあるが、中立の立場とは問題に一切関わらないという意味合いでは無いからな。そもそも核兵器を使用された時点で、我に対して武力行為を振るっているのと変わらん」


このロイの発言にルミナは反応を示すことは無かった。

まるで既に知っていたというより、このような対処に出ると最初から分かっていたのだろう。

だからカオスから核兵器について聞かされても心配する様子はほとんど無く、せいぜい最低限となる問題をタナトス達に教える程度に留めていたのだ。

そんな事にタナトスが気付く一方、賢者ロイは言葉を続けた。


「ただ核兵器といった戦争に関わる事にしろ、材料の事だろうと、全てはお前がブライトとの対決を終えてからの話だ。だから今夜は決戦に備えて、ゆっくり休め」


「あぁ、そうする。でも休む前にカルラ、一つ頼みたいことがあるんだ」


「はい、なんでしょうか?」


「実は急ぎで薬を一つ作って欲しいんだ。前にスイセンがアカネとの一騎打ちに使っていたやつで………」


それからタナトスはカルラに小さな頼み事をして、彼らは賢者の家で夜を迎える。

その夜は雲で月が隠れてしまっていて、より暗い夜だった。

けれど、魔王の力を発現しているタナトスにとっては暗い夜だろうと関係無く周囲を見渡すことができて、一人静かに外で冷たい夜風を受けて気持ちを落ち着かせていた。

こんな決戦前夜に外で居るのは、単純に精神状態を安定させるためだけでは無い。

少し過去の想いに()けたいことがあって、タナトスは曇り空を仰いで何となく呟いた。


「…変わったな………」


自分に向けて言っているような独り言だった。

事実、彼はこの二年足らずの間で何度も変化していき、あらゆる面で成長を遂げている。

一番分かりやすい変化は実力の部分かもしれないが、今この場で自分が変わったと一番感じているのは内面の要素だ。

初めてミズキと会った頃は、自分なりに考えていたとは言っても大抵の事は気まぐれのみで判断していたし、何より自分本位で今ほどの向上心は欠片も持っていなかった。

こうして向上心に満ち溢れるようになったのは、仲間と呼べる存在ができてからだ。

約束を守ろうとしたり、仲間を守ろうとしたり、自身が新しく掲げた意志を貫き通そうとしたり、多くの目的を成し遂げようとしていたら自然と考えが変わっていった。

そう思えば、やはり自分が自分らしくあるためには他者の存在が必要なのだろうと彼は考える。

タナトスに限った話かもしれないが、自分一人だけで生きていたら新しい何かを得ることは無くて、自分という器が錆びつき腐っていたはずだ。


「少なくとも孤独に生きていたら、世界全体に興味を持つことは無かったな…。信頼できる相手が居るからこそ、今は特別な何かを常に感じられる」


これがブライトの言う、積み重ねの結果でもあるのだろう。

積み重ねて高い目線にまで至れたから、より広く遠くまで見渡すことができて、それにより新しい発見をして……新鮮な気持ちを抱くようになって、更なる覚悟を持てるようになって……常に変化や成長していくなど無限に等しい連鎖が起きている。

ただ、とてつもなく積み重ね過ぎて足元に視線が届かなくなっているのがブライトでもある。

独りで誰よりも果てしない先を見渡すことができるせいで、足元で足掻くしかない者達の存在を軽視している。

でも、それは仕方のない事だ。

なぜならブライトはタナトスと違い、様々な視点代わりとなってくれる仲間がいないのだから。

そのせいで自分が注視している部分しか気にかけるつもりすら無く、物事に対する価値観が誰と比べても酷く偏っている。


「誰かと思えばタナトスか。こんな夜更けで何をしている?」


呼びかけて来た人物は賢者ロイだった。

ちょうど研究所から出て来た所らしく、また彼も夜の暗闇を障害と感じていない。

すぐタナトスの存在に気づく辺り、よほど感覚が鋭いのか。


「ロイか。なに、ちょっと自分を見つめ直していただけだ。それにしても全盲なのに自由に歩き回れるんだな」


「ふはははっ、今更な疑問だ。ちなみにだが、我は目が見えないと言っても視覚が無いわけでは無い。眼球以外の仕組みで周囲の形を視ている、とでも言っておこうか」


「相変わらず訳の分からない言い回しだ」


「そうかもしれんな。それにお前の父親はもっと率直に物を言う性格だったか」


「どうだったかな。親父も親父で、理解しづらい言い方ばかりする時が多かったぜ」


「あいつに対する理解が困難だったのは、当時のお前が狭い視野でしか物事を見ていなかったからだ。きっと今ならば、そんなことは無いだろう」


やはり賢者ロイはブライトと大差ないような諭す考えで口にする。

このことにタナトスは何か引っかかりを覚えた。


「年齢を重ねると、みんなそういう喋り方というか…ちょっと変わった考え方になるものなのか?ブライトみたいだ」


「……そこまで似ているか?」


「まぁ雰囲気とか考え方はな。ロイやブライトの事を詳しく知っているわけじゃないが、どことなく近い印象を受ける」


「大雑把に言ってしまえば、我もブライトと同族だからな。そのため種族性という事で似通(にかよ)う部分があるのだろう。この種族は気性が荒いだとか、この生物類は臆病などの程度でな」


「それとは違うと思うが……」


「ならば、限りなく近い立ち位置に居るから、思考回路が似通っているだけなのだろう。それにブライトのような世界破壊とはいかんが、我も昔は虐殺を尽くしたものだ」


「昔って、前にルミナが言っていたエルフ達の侵攻か?」


「それより更に昔の話だ。タイミングとしては……そうだな。ルミナと出会って間もない頃で、我は一度エルフ共を皆殺しにしたのだ。そして我はアテナ・ルビアと言う獣人の血を引くエルフに討たれ、両目と片腕を無くした」


一体どれくらい昔の話なのか、少し想像がつかなかった。

なにせ他のエルフ達、それこそ昔の事情に誰よりも詳しいであろう『哀楽の国』のランディア国王すらロイが語った出来事を口にしていないどころか、気にした素振りが無かった。

むしろ気にかけていたのは賢者の家への侵攻があった事で、少なくともエルフに存亡の危機があったと知っているようには見えなかった。


「いつの話だよ」


「もはや詳しい年月は覚えていない。ただ、もしかしたら伝承か何かで朧気(おぼろげ)には残っているかもしれんな」


「伝承程度だと信憑性が低いだろうな」


「何より虐殺した時は、後世に語り継がせる間も与えなかった。とんでもない報復をしたと思っているが、どのような理由にしろ今ブライトがやろうとしている事と大差ない話だ。我は我のために、ただエルフ達を根絶やしにする気だった」


確かに彼の言う通り、今の話が事実ならロイとブライトには極端な何かを持っているように聞こえる。

でも、そのような過激な物語を紡いでしまうのは何も特別じゃない事だと思った。

なにせ彼は魔物を皆殺しする事を生き甲斐(がい)に暴走した人間を知っているし、タナトスを殺すためだけに大陸全土どころか世界を破壊しようとした魔物を知っている。

そして最終的な目的は見当つかないが、今こうして魔法大陸を一掃しようとしている『憤怒と影の国』のアービス国王も同じだ。

だが、同じような事をしてしまっている者達を知っているからこそ、タナトスは気後れせず応えてみせた。


「今、報復って言ったよな。何に対する報復だったんだ?」


「あるエルフの手によって、妖精や精霊と呼ばれる種族が根絶やしにされたのだ。そして秘宝の力を使うことで他のエルフ達は扇動され、大虐殺が起きた」


「秘宝?秘宝って、俺達が材料で集めているやつのことなのか?」


「そうだ。純魔水による性格豹変、魔薬による完全な暴徒化。それから『楽園と輝光の国』で入手した黒い光りによって一瞬で多くの命は奪われた。だから我はエルフだった者達を抹消した」


「つまり悪魔化したエルフを殺したって事か。それだけ聞くと、非の大きさに差がある気がするな」


「いや、正常なエルフまで殺害したから我に正当性は無い。他にも細かな問題や行き違いがあったわけだが、結果からすれば復讐に復讐を重ね、我自身にも復讐が返って来ただけだ。……笑える話だ。我がした事など、結局は何もかも壊してしまっただけなのだからな」


こうしてロイの過去を聞くと、彼がルミナより中立の立場を維持しようとしている理由がよく分かった。

自分が下手に関われば、全ての滅びを早めるだけのだとロイは知ったに違いない。

そのせいで隠居生活を始め、静かに暮らすことを望むようになった。

とは言え、彼の心境に対してタナトスは納得できない部分があった。


「それなのに残ったエルフ達が居る大陸に住むんだな。いくら自分に非があったと納得しても、普通なら疎ましい存在だと思ってしまうだろうに」


「我なりの罪を償い方だ。妖精と精霊を虐殺し、我に虐殺されたエルフ達がどのような結末を辿るのか見届ける。見届け、種族が途絶えたときにエルフという種族がどのような生き方をしていたのか(しる)す」


「不思議な償い方だ」


「そうでもない。記録に残せば、現在に存在しなくとも過去に存在したのだと知れる。今や何も残っていない妖精や精霊を思えば、非常に重要で大切なことだ」


「……言われてみれば、そうだな。俺は精霊だとかの存在はカルラから聞いただけで何一つ知らない。そもそも話に出なければ、この世界に存在した事すら知らなかっただろうな」


「それらの記録が途切れてしまったのは、ルミナとカルラも混血であるため、我以外に純血の種族がどうだったのか知る術が無いことだ。そして唯一知る我でも細かな事は知らず、口先では語れても物的証拠が無いから架空の存在と変わらん」


果てしない年月を生きた彼だからこそ言い切れる内容だった。

また彼がエルフ同士の問題に直接かかわらないようとしているのは中立のみが理由では無く、それも一つの歴史に過ぎないと解釈しているようだ。

そして賢者ロイの話を聞き、タナトスは一つの決意を胸に抱き口にしてみせた。


「…なら、今度は全種族のためにもブライトを止めないとな。ここで全員が消えてしまったら、新たな生物が生まれても俺達という存在が全て無くなる。それはさすがに寂しいぜ」


「そうだな。皆の存在のためにも守ってくれ。何より終わってしまえば、お前の親父が百億年費やした努力も無駄になってしまうからな…」


そんな何気ないロイの言葉に、彼は思うことがあった。

一体自分はどれだけ父親の存在について語れることがあるのだろうかと。

はっきり言って魔王の事をほんの一側面しか知らない。

しかし、今タナトスが集中すべきことは打倒ブライトであり、まだ仲間達が寝ている早朝の間にタナトスは薬を飲み、単身で『憤怒と影の国』へ移動するのだった。


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