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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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逃亡者の追跡

「あまり悠長にしてられねぇってのに…どうすればいい」


騒ぎに気づいて起きてきた街人達がシャウの家の消火活動している間、下手に騒ぎに巻き込まれないようにタナトスは街中を歩いて考え込んでいた。

今頃、メメと父親はこの鉱山の街レイアの宿屋へ移動しているはずだ。

全員が火事に気を取られているが、ついさっきまでタナトスは情報収集をそれとなくしていた。

しかし訊いた街人全員からの答えは全て、シャウの行方に関することは知らない分からないというものだけ。

雨が降っていたせいで音がかき消されていたこともあるし、何より町人達は習慣的な生活を送っているがために夜はほぼ全員が深い眠りに入っていたせいだ。

そもそもシャウがこの街に戻ってきていたことも知らない様子が大半だった。


「くそっ…」


ついタナトスは悪態を口にする。

追われている身だと分かっていたのに、酔いつぶれた自分の浅はかな行動が情けなく、どうしようもない苛立ちすら覚えていた。

そんな気が立ち始めていたタナトスに、一人の女性が後ろから声をかける。


「お主、タナトスか。久しぶりじゃな。元気にしておったか?」


「ん?」


どこか、聞き覚えがあるような大人らしい女性の声。

タナトスは足を止めて振り返り、その女性の姿を見る。

声をかけてきた女性はいくつものボタンが付いた黄土色の長袖のコートを着ており、内側に着ている白いシャツが胸や腰のラインをはっきりと表していた。

そして黄土色のショートパンツに白色のタイツを履いており、背中には大きな袋を背負っている。

更に毛先が少し荒いセミショートの白髪が混じった金茶髪の上にある犬の耳と、僅かに覗かせる犬のような尻尾が特徴的だった。

全体的に大人っぽい顔つきと体つきで、女性の茶色の瞳がタナトスの黒くなっている瞳を見つめていた。

そんな見つめられていたタナトスは、女性の顔を見ては数秒だけ考え、ようやく思い出した口ぶりで名前を言い当てる。


「あぁ……確かポメラだったか。約二年ぶりだな」


ポメラ。

平和の勇者シャウの師匠であり、育て親同然の半獣人。

タナトスが知る限りでは、ある狼と人間の間で産まれた存在ということだけだ。

とても警戒心が強く、人間と比べたら身体的な能力は非常に優れていると言っていい。

その半獣人であるポメラはタナトスの言葉に頷き、少し懐かしんだ様子の表情を浮かべてみせた。


「ふむ、そうじゃな。魔王討伐からだから、だいたいそのくらいになる。それにしても、よく私の名前を覚えておったのう」


「お前の弟子さんがかなり記憶に残るタイプだったからな。おかげでぼんやりとはお前のことも記憶している」


「んははは、なるほど。シャウのおかげか。それで、あの火事の騒ぎは何じゃ?」


少し冷めた笑い声を漏らしたあと、ポメラの目つきが狼に似た鋭く厳しいものとなってタナトスに問いかける。

敵意とまではいかないが、すでに疑心感を持っているのはタナトスには伝わってきていた。

ここで嘘をついても余計な混乱を招きかねないために、ひとまずタナトスは訊かれたことだけを落ち着いた口調で受け答えた。


「街の人達には火の不始末だって伝えてあるが、あれは放火だ。何者かにより罠を仕掛けられ、()められた」


「ふむ、放火か。で、私の馬鹿弟子……シャウはどこにいる?」


普通なら驚くべきのことをタナトスは口にしたはずだが、意外にもポメラは落ち着いていた。

まるで想定していた内の一つだったかのような反応だ。

この場にはいないが、少なくともミズキだったら驚き慌てふためているだろう。

薄い反応にタナトスは気にかけるが、冷静なことには突っ込みを入れず答える。


「むしろ俺がシャウの行方を知りたいところだ。ただ、家に血が撒き散らされていたことを考えると、出かけたってことはありえない。連れ去られたか、それとも最悪殺されたのか…。それにミズキの姿も見当たらねぇ」


「ミズキ?あぁ、昨晩シャウが言っていた女の子の名前じゃったか。なるほどなるほど、手遅れだったとでも言えばいいのじゃろうか」


少しの情報しか口にしていないのに、ポメラは勝手に納得したように一人頷いていた。

一体なにがなるほどなのか、まるで意味が分からなくてタナトスはずっと続いている苛立ちを半分に抑えて問いかけた。


「なるほどって、一体どうした。時間が無いんだ。何か思い当たることがあるのなら、教えてくれ」


「いやいや、実は昨晩シャウからはだいたいの事情は聞いておってな。それで、私はミズキが怪しいと口にしていたんじゃ」


ミズキが怪しいと確かに口にしていた言葉だが、実際はタナトスのことも充分に疑っていた。

しかし本人を前にしているためにその事に関しては伏せておき、平然とした表情でポメラは話を続ける。


「もしかしたら妹という存在は全くの嘘で、本人が暗殺者とばれないように誤魔化しているだけとな。シャウがあんな性格じゃからのう。もし本当に暗殺者なら、容易に寝首はかけれたじゃろうて」


ポメラはこう口にするが、本当はそれだけではない。

タナトスが暗殺者の可能性もあるから、ミズキと手を組んでいることも考えていた。

タナトスほどの実力者なら、容易にシャウを殺せるだろう。

そして現状のように火事で遺体を燃やすこともできる。

わざわざ人が多い場所である鉱山の街レイアでする必要性はないが、絶対に無いとは言い切れない。

そんな考えをポメラは張り巡らせながら、現状で一番疑わしいミズキについて意見を口にする。


「そもそも今、そのミズキという少女の姿もないじゃあないか。ミズキがシャウに暗殺か拉致を仕掛けたのだと、そう考えるのが筋ではないのか?それにタナトス、お主ほどの男が居て二人共連れ去られるなぞ考えづらいのじゃが」


「……俺は寝ていた」


「寝ておっても、動けるように警戒はしておったのだろう」


「あー…、言い換える。酔いつぶれていた」


「何じゃと?……あまり言いたくない言葉じゃが、それが本当ならお主は馬鹿だぞ」


言いたくないと言っている割には、かなりはっきりとポメラは呆れ気味に言ってしまう。

当然とも言える反応にタナトスは言い返す気はしないが、気恥ずかしさ混じりに早口で言葉を返す。


「う、うるさい。そんなの分かっている。それでだ。誰を疑おうが、詮索(せんさく)憶測(おくそく)を口にするのは結構だが、今は緊急事態で一刻を争う。これ以上の探りは、シャウとミズキを見つけてからにしてくれ。ポメラ、お前は何か手掛かりか心当たりはないのか?」


「あればお主にシャウの場所なぞ聞かんと思うが…。しかし心当たりはないが、手掛かりは掴めるぞ」


「なに、本当か?」


タナトスの確認を込めた言葉に対し、ポメラは自信満々の笑みを見せる。

そして胸を張って、尻尾を振りながら言ってみせた。


「んはは、この私を誰だと思っておる?私はシャウに比べれば謙虚ではあるが、追跡なら随一と自負しておる。私の嗅覚で、今すぐにでも追えるぞ」


「昨晩は雨が降っていたようだが、それでも平気なのか」


「雨程度で臭いは掻き消えたりはせんよ。布に付着した汚れが水を流すだけで落ちないのと同じじゃ。では、早速行こうではないか。急がなくてはいけないんじゃろ?」


「あぁ、頼む。追えるなら今すぐ行こう」


タナトスが了承すれば、すぐにポメラは鼻を鳴らして臭いを探った。

するとスンスンとニ回嗅ぐだけで街の外側へと歩き出す。

更にもう一度嗅ぐと、タナトスの方へ振り返って山奥を指差して答える。


「こっち側……確か廃屋があったはずじゃから、下山する方じゃな。どうやら山から降り出しているみたいじゃ。走るぞ。付いてこれるか?」


「それは愚問ってやつだな。問題ない」


「よし、では行こうかのう」


タナトスと確認を取ったポメラは走り始めはとても軽いものだったが、山の森の中へ入るなり素早い身のこなしを発揮させた。

その姿勢や動きは人間というより獣に近いものがあり、下り坂だというのを一切関係なく駆け抜ける。

普通の人間だったら全力で駆ければバランスを崩してしまいそうな山道だが、ポメラには全く影響していなかった。

しかもポメラは鼻を働かせながらの走りだから、走力は明らかにシャウを上回っている。

そんなポメラの走りに、タナトスは真後ろを走って追っていく。

駆けていく足音と目の前を遮る葉や木々を抜けていく音を耳にして、振られる尻尾を目の前にしてついて行った。

するとポメラは跳んで石や茂みを避けて走りつつ、タナトスの方へ一瞬だけ目配せするように振り返って話かけた。


「タナトスよ。お主、今は魔人の状態ではないのか?」


「魔人?なんのことだ?」


唐突な質問に、思わずタナトスは聞き返した。

ポメラは前へ向き直り、足を進めながら話を続ける。


「目が赤い時じゃよ。特に名前を決めていないようなら、目が赤い時は勝手に魔人と呼ばせてもらうぞ」


「呼び方は好きにして構わない。それで今か。人間と変わらない普段の時は、さすがに魔人の力を発揮させていないさ。する必要もないからな」


魔人の時は異常なほどの力を発揮するが、生活では全く不必要な力だろう。

それは人間にも言える。

人間だって常に普段の食事や睡眠など、そういうことに全力を発揮して生活を送っているわけではない。


「確かにそうじゃろうな」


「それに魔人の力を発揮している時は、普段の状態と比べて疲労が大きい。特に時間といった制限の類があるわけではないが、さすがに一日中となると気が滅入る。常に戦闘状態に陥るようなものだからな。もし常に赤目だったら、おそらく自制が効かなくなる可能性がある。だから普段は魔人の状態ではいないってことだ」


「なるほど、好んで多用するものではないのじゃな。今更ながらよく分かった。それともう一つ、訊きたいことがある」


簡単に納得したあと、ポメラは神妙な顔つきをする。

続けての質問。

一体なにかとタナトスは質問を促した。


「なんだ?」


「もしミズキという少女が暗殺者だった場合、どうするのか考えておるのか?」


その質問に、タナトスは眉をひそめた。

かすかな動揺が心に出たための反応だ。

ミズキに対して僅かにでも心を許しているからこその反応と言える。

タナトスは一瞬だけ迷いはするも、はっきりとした口調で答えた。


「………ミズキが暗殺者ってのはありえないが、もしその時は話を聞くさ。そうするしかないだろ」


「ふむ、そうか。そうじゃろうな。では先に言っておくが、シャウが殺されていたら、話を聞けないと思っていいぞ」


このとき、タナトスは肌でポメラの殺意に気づく。

野生の獣に近い殺意で、どこか憎悪が含まれた殺意だ。

ポメラは少しだけ振り返って平然とした表情を見せながらも、低い唸り声に近い声で呟いた。


「実の娘同然のシャウが死んでおったら、私が暗殺者を殺しかねんからな」


「安心しろ、その時は俺が止めてやるさ…。暗殺者のためとかではなく、シャウのためにもな」


シャウは遠慮のない性格ではあっても、他の勇者と比べて明らかに殺生を好まない。

だからこそ勇者最弱と呼ばれる所以(ゆえん)であり、平和の勇者と呼ばれる。

タナトスは何となくではあったが、そのことを知っていた。

自分を殺した相手でも、きっとシャウは相手の殺害を望まないだろう。

それはポメラも分かっているはずだ。

そして会話が途切れるとポメラは走りながら周りを見渡し始めて、落ち着いた口調に戻って喋りだした。


「だいぶ臭いが強い。どうやらまだ山中(さんちゅう)のようじゃな。急ぐぞ」


「あぁ」


思えば、ポメラは一体何の臭いを追っているのだろうか。

もし家内にあった血の臭いを辿っているとしたら、臭いが強いということは嫌な予感しかしない。

タナトスは不安を覚えはするも、今は黙ってポメラの後ろをついて行くのみだった。


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