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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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治癒の限界

暗殺者であるスイセンは放たれた矢のように勢いよく飛び出し、シャウに短刀を突き刺す構えで襲いかかった。

素早いが、直線的な動き。

シャウは簡単に叩き伏せてやろうと手に持っている長棒を振り回し、スイセンの攻撃に備えた。

そしてスイセンが走りながら短刀を小さく構えて接近してきたと同時に、シャウは長棒を手早く振るって遠慮なく頭を打ち落とそうとした。


「残念、見え見えなのはそっちの攻撃だったね」


スイセンは余裕たっぷりに呟いては、振るわれた長棒が頭部に衝突する寸前で、その姿をシャウの視界から消す。

しかしシャウはスイセンの動きをしっかりと目で捉えており、動きを目で的確に追っていた。

シャウが武器庫の天井を見上ると、天井に足を着けているスイセンの姿があった。

そこから更にスイセンは短刀を複数本シャウに投げながら天井を蹴り飛ばして、移動に加速をかける。

飛んでくる短刀をシャウが長棒で鮮やかに弾くとき、音もなくスイセンの姿は飾られた武器の近くに移動していた。

スイセンは飾られていた武器の一つである剣を手に取り、ゆっくりと構えてみせる。

あまりにもゆっくりで、シャウがスイセンに対して向き直るには充分すぎるほどの時間。

余裕なのか、慢心なのか、それとも何らかの狙いがあってなのか。

どちらにしろ、それらの行動はシャウにとっては隙にしか思えなかった。


「わははー、ずいぶんと余裕そうだね?そんなのんびりとしていたら他の人が起きて来るんじゃないのかな?」


「っくひひひ、どうでしょうねぇ。起きてくる人が果たしてこの家にいるんでしょうかねぇ」


スイセンは挑発的な口調で囁いた。

まるでわざと神経に触るような態度であり、過敏に反応したシャウは思わず苛ついた言葉で返してしまう。


「そう、それはどういう意味なのかな」


「どういう意味も何も言葉通りだねぇ。というより、私は一度言った気がするんだけど?メメという女の子は、父親共々ぐっすり眠っているって。…つまりはそういうこと」


「あまり、余計な想像を掻き立てるような言葉は口にするものじゃないよ?そういう言い方って、()らない怒りを買っちゃうものだから」


「っくひひ、要らない怒りを買ったら、一体どうなるんです?是非とも教えて貰いたいものですねぇ?」


「いいよ、そんな教えて欲しいのなら教えてあげるよ!徹底的に叩きのめしてさ!」


シャウは長棒を武器としてスイセンに立ち向かう。

鋭く、力強く床を蹴り、先ほどのスイセンの駆け出しと比べて(まさ)らずとも劣らない初速。

甘く見ていたスイセンからしたら、予想外の速さかもしれない。

けれど、スイセンは決して余裕の表情は崩さなかった。


「どうだ!」


素早く接近したシャウは大声をあげて、再び長棒をスイセンに振るった。

長棒を振るう速さは風を切るもので、当たれば打撲程度では済まされないだろう。

それでもスイセンは繊細な剣さばきで、刃先を長棒に滑らすことでシャウの攻撃の軌道をずらせてみせた。

長棒は空回りし、シャウの体勢が一瞬だけ無防備になる。

しかしシャウは長棒が外れたとなると同時に体を捻り、すかさず回し蹴りでスイセンの体に叩き込んでいた。

とっさの体術。

瞬間的な反応にしては充分な動きであり、いかにシャウが体術を得意としているのか攻撃を受けたスイセンは理解しながらも、小馬鹿にした様子で驚きの声をあげた。


「おおっ、さすが平和の勇者とでも言えばいいのかなぁ?」


だが驚きの反応とは裏腹にスイセンはシャウの回し蹴りを剣の柄で受けており、決定打と呼ぶには程遠かった。

次にスイセンは剣を振り払ってシャウの蹴りを弾いては姿勢を崩させ、素早い腕の動きで剣を切り返して相手の体を切り裂こうとする。

まさに高速で刃が接近している途中でシャウは器用な手捌きで長棒を振るい、先ほどのスイセンと似た対処法で棒先を刃に滑らせて軌道を外すと一緒に、宙へと剣を弾き飛ばした。

弾いた剣が宙を舞う中、続けてシャウは姿勢を一瞬で立て直して、長棒による壁すら撃ち抜く突きをスイセンの胸元に狙って放つ。

突きに限らないが、どれも一撃を受ければ重症になりかねない威力。

スイセンは体を逸らすことで突きを間一髪で避けつつ、懐から自分の短刀を手に取る。

それから二人の少女は武器による打ち合いを始めていた。


サタナキアの時の連続された攻防とは違い、互いに互いの攻撃を殺しながらの戦闘だ。

スイセンが短刀を振ればシャウが長棒で弾き、シャウの長棒による殴打が襲いかかれば短刀で逸らしてみせる。

更に(かわ)していき、互いがカウンターによる攻撃を振るう。

その光景は互角に見えるかもしれない。

でも狭い室内と考えたら簡単に間合いが詰めれる以上、スイセンの方が()があって攻撃速度も連続性もテクニカルな捌きも上だった。


「くっ…!」


シャウが苦しそうな声をあげたとき、スイセンは更に距離を詰めて短い振りで突き刺せる間合いにまでしてみせた。

ここでシャウは急いで長棒を三節棍に形状を変えるも、短刀による攻撃の対処には間に合わない。

スイセンはチャンスだと見るなり、手早く短刀を逆手持ちの状態でシャウの腹部に突き刺した。

短刀の刃は短いものではあるが、柄の手前まで深く突き刺さってシャウの腹部に傷を作る。

腹部の肉を抉り、内臓にまで刃は届いているはずだ。

しかしシャウは表情を苦痛で歪ますことすら無く、咄嗟(とっさ)に膝蹴りをスイセンの胸元に打ち込もうとする。


「うっ、これか…!」


間髪ない反撃に驚きはしたが、スイセンは手のひらで膝蹴りを受け止めてみせた。

けれど攻撃を防いだにも関わらず、怯まずに反撃してきたシャウを警戒して、スイセンは突き刺した短刀を抜き取りながら数歩分の距離を素早く取った。

それからスイセンはシャウの腹部の刺傷を注意深く見て、ふっと軽く笑う。

すでに血の跡しか残っておらず、傷は塞がっていた。


「っくひひひ、それが平和の能力である治癒というものかな。こうして間近で見ると、なかなかに人外な技ですねぇ。羨ましいほどだよ」


「そんな羨ましがっても、君には使ってあげないよ?降伏するってなら別だけど」


「いえいえ、私に気を遣う必要はないですよ。だって、私がケガなんてするわけないじゃないですか」


スイセンは不敵に笑う。

どこまでも挑発的な発言と態度に、シャウは本当に舐められているのだと理解する。

そのなか、一瞬だけシャウは目眩を覚えて足元をふらつかせた。

しかしすぐに立て直し、三節棍を構え直す。

スイセンはシャウの動きを注意深く観察しては、目を細めて顔色を注視して呟く。


「あれれ、どうやら毒の類にも治癒というものは効果を発揮するようですねぇ?短刀に毒を仕込んであったんですが思っていた以上に万能、とでも言うべきかなぁ。まぁ、それでもどうにでもできる手段は腐るほどありますけど」


「君、無駄口好きだね。暗殺者なら暗殺者らしく寡黙(かもく)で仕事をこなしたら?」


「……いえいえ、私は無駄口を一切叩いていませんよ。口を動かすのは機を狙っているときや、探りを入れている時だけ。今だって、毒がどの程度で解毒されているのか観察していただけですよ」


「そう、わざわざ教えてくれるなんてありがたい……ね!」


シャウは自分の治癒で体が万全になったと同時に、語尾を強めてスイセンに襲いかかった。

すぐにスイセンはシャウの動きに反応し、剣と同様に飾られていた槍を手にとっては投げ飛ばす。

投擲(とうてき)された槍は空を裂き、一直線と言って差し支えない勢いでシャウに飛んでいった。

だがシャウは特に意に介す様子はなく、走る速度を緩めることすらせず、手に持っている三節棍で槍を弾いてみせた。

室内に響く金属音と共槍が軌道を変えて宙に舞っている最中(さなか)、今度はシャウが自ら距離を詰め切ってはスイセンを叩きのめそうと三節棍を振るう。


「いいですねいいですね!さすが勇者ですよ!」


気分が高揚し始めているのか、スイセンは嬉々とした声をあげて短刀で三節棍の打撃を器用に切り払う。

更にスイセンは一瞬の隙を見つけてシャウの首元を掴みかかり、体勢を崩すために力強く引き寄せ太。

けれどシャウは掴まれるや否や、自ら踏み出して頭突きをスイセンの頭に打ち込んだ。


「っ!?」


予想外の反撃にスイセンが怯むと、シャウは素早く三節棍を振るって顎下を叩き上げた。

頭に響き、視界の暗転と一緒に激しい痛みがスイセンの体に駆け巡る。

見事顎下を打たれたスイセンが衝撃と痛みで数歩下がれば、追撃としてシャウが体を回転させてハイキックを頭に放つ。

もはや完全に容赦のない攻撃。

鋭く放たれたハイキックはスイセンの頭に入り、はっきりと聞こえるほどの音量で鈍い音が鳴った。


「くぅっ…!」


ハイキックによりスイセンは床に体を叩きつけられて、うめき声をあげる。

見れば鼻血が出ていて、手の甲で拭き取っていた。

その様子に、シャウはちょっとだけ嫌味を交えた言葉を口にする。


「ふふっ、ケガはしないんじゃなかったけ。どう、少しは降参する気にはなったかな?今なら大特価サービスで治してあげるよ」


「………私は大特価より大出血サービスの方が好きですよ。ほら、血って綺麗じゃないですか。平和の勇者の血だって、こんなに赤い。っくひひひひ」


「え…?」


言われてスイセンの妙な視線に気づくと、シャウは自分の腕を伝って流れている一筋の赤い液体を見た。

血だ。

それもスイセンのものではなく、自分の血。

いつのまに切られていたのか。

腕だということを考えると、首元を掴んできた時か三節棍で顎を叩きあげた時しかない。

シャウはすぐに自分の腕の切り傷を癒そうとするが、なぜか上手くいかず先に酷い目眩を覚えることになる。

また毒の類だと思うが、明らかにさっきの毒とは症状が違って体中に痺れが走る。

そんな違和感を覚えてから床に伏したのは、数秒後ほどのことだった。

シャウが床上に倒れこむ姿を見て、スイセンはゆっくりと立ち上がって床に這うシャウの姿を見下ろした。


「っくひひひ、どうも体の機能が不全となると治癒はできないみたいですね。となると、気絶していても治癒は不可能と捉えていいですよねぇ?あなたは随分と気軽に治癒の発現をしていましたが、やはり最低限の集中力か又は何らかの条件が必要な様子」


悠々とスイセンは一歩一歩距離を縮めていく。

その間もシャウは何とか治癒で回復を試みようとするも、体の麻痺が邪魔して普段のようにできなかった。

うまく発現できない治癒が、光りとなって散っていくだけだ。

この麻痺毒は、また短刀に仕込まれていたものだろう。

スイセンの態度ばかりに気を取られていて迂闊だったと、自分の浅はかさにシャウは後悔する。


「わはは、参ったね…。これでも一応、世界を救った勇者で通っているんだけど、こうも油断しちゃうなんて」


「そうですねぇ。油断ですよ、これは。言動に容易(たやす)く惑わされ、相手の狙いを見切れないのは弱点と言ってもいい。捨て身による戦法の限界でもありますかねぇ。本当に隙だらけだったのは、私じゃなく勇者の方だったってことですよ」


「こんなことなら、一撃で仕留めるべきだったね…。わははは、笑えない。本当に笑えない」


「死ぬときくらい、笑顔でいた方がいいですよ。安心してください。あなたの代わりに私が一撃で仕留めてあげますから」


麻痺毒のせいかシャウの視界はぼやけていた。

顔が上がらず、飛び散った血のせいで液体が染み込んで茶髪が床にへばりつく。

それでもシャウは無理に普段の調子で喋ってみせた。


「それは良い話だね。でも、できれば殺さないで欲しいなーっとは思うよ」


「無理です。さようなら平和の勇者」


「そっか、それは残念。あと、そうだ…。あなたのお姉さ」


シャウが言葉を発している途中、スイセンは短刀を振り下ろした。

その刃は容赦なく、シャウの口を閉ざさせるには充分の攻撃だ。

まさに暗殺者らしい無慈悲な行為だった。


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