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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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暗殺

シャウは浴室で洗濯物を洗い込み、ひとまず出入りが無い浴室に洗濯物を干した。

今は雨がかなりの降水量で降っている。

きっと洗濯物は一切乾くことはない。

そのことにシャウは溜め息を吐いて、がっくりと肩を落として低めのトーンでぼやいた。


「あーあ、明日の出発には間に合うかなぁ?穴も空いちゃってるし、できれば修繕も済ませておきたいんだけど」


洗濯物を干した後、シャウはリビングへと足を運んで、ソファの上で眠っているタナトスを一瞥する。

相変わらず深い眠りに落ちているようで、よっぽどの騒動でもない限り目が覚める様子はなかった。

おそらく普段から溜まっている疲れが、お酒で一気に(たが)が外れて出てしまったのだろう。

さすがに無理に起こすのは悪いと思い、シャウは部屋を照らすランプの灯りを消す。

それによりリビングの中は一気に暗闇に包まれて、玄関で点いてるランプの灯りがかすかに出入り口を照らすだけとなる。

ただ静かに降り注ぐ雨音だけが室内に響き、シャウはゆっくりとリビングから出て、ドアノブに手をかけながら囁く声量でタナトスに声をかけた。


「おやすみ、タナトス。また明日ね」


すでに眠っているためにタナトスからは返事はない。

それでもシャウは笑みを浮かべてから、リビングの扉を閉めた。

もうミズキは眠っているのだろうか。

メメも眠っていると言っていたし、私も寝て明日に備えよう。

そんなことをシャウは思って、特別に何かすることはなく階段を上がって自室へと向かう事にする。


「んー?」


二階に上がったとき、シャウは何とも言えない一種の違和感を覚える。

今は夜だし、かなり遅い時間と言っていい。

だから静かなのは当たり前だ。

でも、逆に、だからこその違和感。

あまりにも静か過ぎた。

雨音が強いせいで、そう思っているだけかもしれない。

けれど他人がいるにしては、少し妙な物寂しさを感じてしまう。


「何だか変な感じ。……まぁ、いいや。私も疲れたし、できるだけ早く寝ようっと。ふわぁ……」


シャウは大きく欠伸(あくび)をして、自室がある三階へと向かった。

家の構造は基本的には一階はトイレ、浴室、居間、台所、と基本的な生活スペースとなっていて、二階は来客を持て成すための客室がほとんどで、三階は完全にシャウのための空間となっている。

トイレ、浴室、書庫、武器庫、物置、寝室、居間、と小さいながらも一通り揃っており、三階だけで一軒家ほどの設備は揃っていた。

先にシャウは、三階の寝室に置いてあるタンスから一つの鍵を取り出した。

それからすぐに武器庫の部屋へと一直線に行き、武器庫の扉の鍵を開けて入り、身につけていた三節棍を武器庫の入口近くの机に置く。

武器庫は剣や槍、弓やボウガン、斧と鉤爪(かぎづめ)、鞭に薙刀、短刀にモーニングスター、ガントレットに盾と様々な道具が飾るようにして置いてあった。

これら全てはシャウが扱うわけではないが、大切に保管されている。

別に収集癖があるわけではないので不要なだけかもしれないが、それにはシャウなりの理由があった。

シャウは布を手に取って、椅子に腰をかけては三節棍を丁寧に拭き始める。

そして拭きながら、彼女は使われない道具たちを眺めていた。


「みんな、ただいま。今日も私はみんなの分まで、平和のために生きているよ」


遠い目で、まるで話しかけるような口調でシャウは囁く。

この一言は彼女なりの一種の誓いのための言葉。

シャウは、魔王討伐の際に多くの仲間を失った。

その人数は、治癒という能力を持つ彼女にとっては異常で、勇者の中でも抜きん出て戦死者がいたと言っていい。

シャウの治癒能力は、人間として考えれば神の力みたいなものだ。

欠損や不治の病でなければ瞬間的に治せるし、解毒を早めることも可能で、場合によっては瞬間的に免疫を作り出すこともできる。

極端に言えば完全な即死でさえなければ、命は救える能力。

でも、そのせいで仲間は死んだ。


原因は能力の過信であり、能力ありきの戦闘がほとんどになってしまったためだ。

能力を扱うデメリットが無いに等しいがために、誰もがシャウの治癒に頼りがちになっていて、シャウも自分の治癒を大いに喜んで使っていた。

この大陸での戦闘では、そんな状況で充分だった。

しかし魔界大陸に着いたとき、シャウは自分の能力の限界に直面することになり、多くの仲間を失うことになる。

あと一秒間に合えば救えた、魔界大陸特有の毒で対処できなかった、状況が悪いために仲間の近くへ駆け寄れずに見捨てることになった。

そんなことが多くあった。

だからシャウはいつしか仲間を見殺しにしないためにも、自らを殺すような戦法を取るようになる。

サタナキアという魔物と戦った時にみせた、即死に近い攻撃を受けるのを前提とした戦法だ。

そして武器庫に飾ってある道具たちは、戦死していった仲間たちの物。

彼女は仲間の死という重みを忘れないようにと自宅に保管し、帰宅した夜にはいつも平和のための誓いを口にしては黙祷をしていた。


「……ん」


黙祷をしている最中、シャウはあまりの眠気に(まぶた)が重くなって遅い(まばた)きをし始めた。

首が据わっていないみたいに何度も頭が上下していて、酷く眠くなってしまっているのが分かる。

けれどシャウは眠気のせいで判断が鈍り、昔の仲間のことを思い浮かべながら意識が暗闇に落ちていくのを感じているだけだった。

それから数分もしない内にシャウは椅子に座ったまま眠りに落ちてしまい、武器を手にしたまま静かな寝息をたて始める。

まだ浅い眠りの中だが、シャウは完全に無防備な状態となってしまっていた。


シャウが眠る少し前のこと、スイセンは空いている寝室のベッドの中に潜り込んでは息を潜めつつ、ただ時間の経過を待っていた。

鍵はかけてあるが念の為に静かにして、寝ている姿勢のまま室外の気配を探る。

シャウの足音を聞き逃さないように、寝静まったチャンスを決して逃さないように神経を張り詰めていた。

そんな状態が数十分経ったとき、スイセンはシャウが二階へと上がってくる足音を聞き取る。

二階に来た時に僅かの時間だけ足を止めていたみたいだが、すぐに三階へと上がっていく足音をはっきりと聴いていた。

スイセンはシャウが三階に上がるのを雨音に混じって聞こえてくる小さな足音で分かれば、すぐに目を開けてベッドから身を起こす。


「一時間、って所かな」


スイセンは呟くと、ベッドに座り込んだまま動こうとはしなかった。

念のため、シャウが就寝に入るまで待機する。

相手は一部では勇者の中では最弱と言われているが、腐っても魔王を討伐した勇者だ。

用心の意味も含めてリール街から一日半ほどタイミングを見計らいながら追跡はしてみたが、全ての力を確認できたわけではない。

見る限り単対戦でも暗殺は可能だが、狙うなら寝込みが理想的だ。

スイセンは座ったまま、気を抜かずに一時間近く待機してから床に降り立つ。

一応自分の姉と似るようにして格好を軽く直し、静かに寝室から出た。

まずは二階の通路を見渡しながら気配を探る。

視認はしていないが酒の臭いや空気からしてタナトスは変わらず眠っていて、他の者が新たに家に入ってきた様子もない。

馬小屋の親子とミズキの介入の心配もない。


「さてと…、やろうか」


スイセンは暗殺者らしい顔つきと目つきをして、短刀を服の内側に忍ばせてから暗闇と静寂に包まれた階段を上がる。

部屋の構造はピッキングを活用して、確認済みだ。

時間が足りなかったために細工はできていないが、構造を知っているだけで暗殺としては大きなアドバンテージがあった。

暗殺するときは最速に最短に、尚且(なおか)つ最小の手間で確実に殺す。

暗殺に必要なのは、確実性だ。

確実性を上げるために技術を身に付けて磨き、手段を増やす。

それらをスイセンは会得している。

最初にスイセンは気配を殺しながら三階の寝室へと行くが、シャウの姿を見つけることはできなかった。

まだ眠っていないのだろうかと一瞬だけ思うも、気配からしてあまりそのことは考えられない。

スイセンは軽くシャウの寝室を見渡すと、すぐにタンスが半開きなっていることに気がついた。

開けて調べてみると鍵が一つない。


「残った鍵の形状からして、武器庫の鍵が無いみたいだね。武器庫か」


スイセンは自分の記憶力を使って武器庫の鍵が無いのを推測しては、寝室から出て武器庫の扉の前に移動して立つ。

繊細に息を更に潜め、通路に漂う空気より存在を薄く、昔からあった家具より馴染んだ物のような気配にする。

単に気配を消すということは、異物や異質ではいけない。

その場に合った存在でいるのが大事だ。

そしてスイセンは怯えることなく、武器庫に入るのに最低必要限のスペースだけ、ただ静かに扉を押し開けた。

扉を開けて覗き込むと、そこには三節棍を手にしたま椅子の上で熟睡しているシャウの姿があった。

素早くスイセンは部屋に滑り込み、短刀を隠し持っている服の内側へと手を伸ばす。

その時だった。

シャウが持っていた三節棍が手から滑り落ち、床に落下して物音を立てた。


「……うっ…!」


「ふえ…?」


思わずスイセンは呻いて一瞬だけ緊張した顔つきになったが、シャウが寝ぼけた声を出したために気持ちを切り替えてミズキでいようとした。

それはスイセンにとっては正しい判断で、シャウは自分が出した物音に反応してうっすらと目を開けて指先で寝ぼけ(まなこ)をこする。

更にしばらく呆けた後に、シャウはスイセンの存在にようやく気がついて眠そうに間延びした声で話しかけた。


「あっれぇ…?ミズキちゃん、こんな所でどうしたの?」


「え、あの…さっきまで寝ていたのですが目が覚めてしまい、シャウさんが起きていればお話したいなと思って、先ほど寝室の方へ行ったんです。でも姿が見当たらなかったので、何かあったのかと思い…探していたらこの部屋に」


「あぁ、なるほどねぇ。てっきり夜が恐くて、一緒に寝たいのかと思っちゃった。わははー。うん、お話もいいけど眠そうな顔をしていたんだから、目が覚めちゃっても目を瞑ってベッドの上で寝そべっているべきだよ。一緒に寝たいのなら、歓迎するけど?」


「くひひひっ、平和の勇者様と寝所を一緒にして眠れたら自慢できることですけど、何だか余計に寝つけれなくなりそうだからやめておきますね。シャウさんに言われたとおり、静かに寝ておきます」


「うんうん、夜は眠る時間なんだから、しっかりと睡眠は取ったほうがいいよ。ふわぁ~…」


シャウは欠伸をしながら落とした三節棍を拾い上げる。

その動作をスイセンは注意深く見ながら、自然な動きでシャウの後ろの方へと歩きつつ話しを続けた。


「そういえば、この部屋に飾られている武器や防具って何ですか?所々、傷がついているのがありますけど…」


「昔、私の仲間が使っていた道具たちだよ。一応使える程度に補修していたりはするけど、飾っているばかりだからねぇ。もしかしたら、いくつかは劣化しているかも。そういえばミズキちゃんの武器、サタ何とかって魔物に壊されていたよね。どう、使ってみる?」


「えぇ…!?そんな恐れ多いですよ…!シャウさんのお仲間の形見を使うなんて、さすがに気が引けます!」


スイセンはおどけた口調で反応はしてみせるも、シャウの視界外である背後に立ってから短刀を取り出した。

意識や殺気をシャウには決して向けず、気取られないようにまるで日常風景の一つの動作に過ぎない動きで短刀を構える。

そんなことにシャウは気づいていないらしく、いつもと変わらない様子で受け応えた。


「わはははー、やっぱりぃ?でも道具だからね。使ってあげないのも可哀想ってものだよ。……うん、ところでさミズキちゃん」


「はい、何でしょうか?」


「お前、誰だよ」


今まで一度も無かった、乱暴な口調によるシャウの発言。

この言葉でスイセンは気づかれたことを察して、首元を狙って高速で短刀を横に振るった。

しかしシャウの行動の方が早く、身を屈められたことで短刀の鋭利な刃はシャウの髪をほんの少しだけ切ることしかできなった。

そのままシャウは床を転がって距離をスイセンから取り、三節棍を長棒に形状を変化させながら立ち上がって、流れる動きで戦闘の構えをとる。

仕方なくスイセンも短刀を片手に戦闘の構えをして、気づかれたにも関わらず不敵な笑みで悠長にシャウに問いかけた。


「凄いね。どうして気づいたのかな?私がミズキお姉ちゃんじゃないって」


「わははー、ミズキちゃんって寝癖がとても凄いからね。短時間だけ寝たにしても、寝癖が無いなんてありえないよ。ミズキちゃん(みずか)ら、私だけが寝癖が酷くて妹には寝癖ができないって言っていたくらいだし。それに、ミズキちゃんの笑い方と微妙にイントネーションが違うからね。最初は特に気にかけてはなかったけど、結果的には正体をバラすきっかけになったよ」


「くひひひひっ、そうですか。癖というのはやっぱり難しいね。まぁ、バレたなら私が未熟だったというだけの話。でも、あなたを殺すには何も支障はないよ。真正面から、堂々と、平和の勇者を殺すだけ…!」


「舐められたものだね。普通なら逃げても良い状況だろうに。いいよ、その自信過剰なところ私は大好きだよ!おいで!叩き伏せて暗殺のこと全部白状してもらうから!」


シャウが長棒を振り回して威勢良く声を荒らげたとき、スイセンは言葉通り短刀を片手に真正面から立ち向かっていった。


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