鉱山の街レイア、そしてシャウの家
すでに日はあまりにも暮れすぎていて、空は暗かった。
見上げれば、空を覆うほどにある眩しい星々が見えてしまうほどだ。
それでもシャウとメメはしっかりと道を記憶しているようで、暗い道を上手く辿り、タナトス達は正規の入口から鉱山の街レイアに着くことができていた。
「んー、やっと着いたね!でも、さすがにこの時間だと誰も出歩いていないし、皆家の中なのかな。まぁ山中の魔物が襲って来てないようで何よりだよ」
ほぼ休憩無しによる徒歩の登山と連戦があったにも関わらず、シャウはいつもの調子で元気な声をあげていた。
少女とは言えメメですら歩き疲れていて途中でシャウが背負っていたくらいなのに、こうも元気だとコンディションの保ち方は異常なほどに高い。
ミズキは普通に疲れきっている状態だし、タナトスも疲弊仕切っているわけではないがシャウのような元気を発するのは難しいくらいだ。
だからタナトスは背負っている馬小屋の主人のこともあるので、シャウに早く休憩を取れる提案を持ちかけた。
「シャウ、色々と済まして置きたいこともあると思うが、まずはお前の家で良いから一晩を明かさないか?傷が癒えているとはいえ、メメの父親の容態も気になる」
「おっと、そうだね。ではでは、年頃の女の子の家に招き入れようじゃないか!我が家のように振舞うのは結構だけど、あまり人の家を物色しないようにね!特にクローゼットやタンス、壺を漁ったりとか!分かった、タナトス?」
「なぜ名指しをする。そんなことするわけがないだろ。お前は俺を盗賊か何かだと思っているのか?」
俺は適当にツッコミを入れていると、ミズキが囁き声で呟く。
「でも、タナトスさんならやりかねないと思います…」
「おいおい、俺はそんな立ち位置になった覚えはないぞ」
そんなくだらない会話をしながらも、俺達は鉱山の街レイアの中を歩き進んで行く。
近くの民家の窓から漏れてくる明かりと、申し訳程度に街を照らす松明を頼りに転ばないように気をつける。
タナトスは周りを見渡しては、暗いせいかレイアの光景そのものは普通の市民街と変わらないように思えた。
ただどこか高山独特の寒気と、鉱物を加工する窯の熱気と土臭さが混じっている。
それに自分が住んでいた森やリール街とも違う感覚が、暗くて周りが見渡せなくとも雰囲気を肌で感じ取れた。
特にミズキは物珍しそうに、妙に必死になって辺りを見渡している。
そして歩き進みながらシャウが自分の故郷について簡単に話し出した。
「レイアでは基本的に夜が早くて朝も早いんだ。夕方には鉱山の採掘や加工は終えて、明日の準備に入っているんだよ。だから今はほとんどの人は、もう就寝しているね。多分、家の明かりもすぐに全部消えちゃうんじゃないかな」
「そういうものなのか。まぁ薪を取るのも大変な労力が必要だからな。鉱山は火を大量に扱うからこそ、油も薪も節約したい所か」
「そうだね。理由はそれだけじゃないけど、一番の理由はそうなるかな。さてと、着いたよ!ここが我が家でございます!わははー!」
シャウはそう言いながら、ある一軒家の前で立ち止まって笑顔で振り返ってきた。
その一軒家を思わずタナトスとミズキは見上げて、すぐに率直な感想がミズキの口からこぼれた。
「お、大きい……。すごい…、さっすが勇者様の家ですね」
「まぁね!どう、まるでお姫様みたいで感銘でも受けちゃった!?もっと尊敬とかしちゃってもいいんだよ!」
言葉だけではなく表情と態度もシャウは威張りだした。
実際、こうして威張れるほどにシャウの家は明らかに民家としては飛び抜けていた。
三階建てで、部屋がいくつあるのと思わず窓を数えてしまいそうになるほど大きく広い。
まるで宿屋を二軒は繋げたような規模で、王族が一泊しても不思議はない。
外装も綺麗で、山中にある自宅と考えたら少し異様にさえ思える。
豪邸と言っても遜色ない家を前にして、ただシャウは小さな言葉で付け足して呟いた。
「とは言っても元は兵の駐屯所用の建物で、二年前に改装して使っているだけなんだよね…。さぁ入ろうか!鍵は……っと」
シャウは扉の真横の壁を調べ出し、何度も手で擦り始めた。
すると壁の一部分が回転して開き、手のひらほどのサイズの小さな隙間を覗かせた。
その小さな隠し扉からシャウは鍵を抜き取り、無駄に華やかな玄関扉のドアノブに鍵を差し込んで回し、更に押し込んで鍵をもう一度回す。
すると二回、金属の歯車が噛み合う音が鳴ってからシャウは鍵を抜き取った。
「たっだいま~」
お気楽にシャウは帰りの挨拶を口にして、玄関扉を開けた。
そして近くのランプへと馴れた動きで手を差し伸ばし、何か小さなスイッチを捻ると発火音が鳴ってランプの中に光りが灯される。
ランプの光明は玄関を照らし、狭い範囲だが室内も照らし始めた。
俺たちはシャウの後をついて、ぞろぞろと家の中へと入っていく。
どうもシャウは勇者だからなのか家を空けることが多いようだが、誰かが管理をしているようで家の中は綺麗だった。
小物は整理整頓されていて、家主であるシャウに似合わずに花まで飾られている。
しかし花があっても女の子らしい家というより、シックで落ち着く雰囲気がある内装だ。
ついつい小物に視線を奪われるタナトスとミズキを見ながら、シャウは玄関の真正面にある階段を指差して、タナトスに指示を出した。
「タナトス。二階に上がって右手の壁突き当たりの部屋にベッドがあるから、そこへメメのお父さんを寝かせて貰える?」
「分かった」
タナトスは頷いて二階の階段に上がろうとすると、自分の父親であるからかメメは慌てて一緒に階段を上り始めた。
「あ、私も行くー!」
「うん、お願いメメちゃん。ついでにタナトスが勝手にタンスを物色しないか見張っていてね!」
「うん、任せて!」
「…これでも今日の功労者のつもりなんだか、少し酷い扱いじゃないか?どれだけ俺を手癖悪い奴にしたいんだ」
「なんかタナトスが偉そうな事を言ってるけど知ーらない!ミズキちゃんは私と一緒にティータイムと洒落こもうか。休憩休憩!メメちゃんとタナトスの分も用意しておくから、後で来てね!おまけに美容に天敵だけど、夜のお菓子も用意しておくよ!」
シャウは強引にミズキの手を引っ張っていき、リビングの方へと歩いて行く。
タナトスはそんな二人の姿を尻目に階段を駆け上がり、シャウの言われた通り二階の右手通路へと進んでいった。
そしてメメがランプを点けていき、タナトスは突き当たりの扉をしっかりと視認する。
至って普通の木の扉をメメが先導して押し開けて、室内へと二人は入っていく。
室内は寝室のようで、メメが室内のランプを点ければシングルベッドと小さなテーブルに椅子があるのが見えた。
タナトスはベッドの上に未だ気を失っているメメの父親を丁寧に降ろして、静かに寝かせてあげた。
それからまだ目を開けないためにメメは心配そうな眼差しで、自分の父親の顔を眺める。
「お父さん、大丈夫かな…?」
「シャウの治癒についてはお前もよく知っているだろうが、俺も保証するほどに信頼して良い代物だ。持病でもない限り、絶対に死にはしない」
「そうだね、そうですよね。お父さん、大丈夫だよね。うん…、何だかやっと安心してきた。お父さんはいなくならないもんね…」
どこか意味深とも捉えれる最後の言葉。
でも特に意味が深いわけではなく、ただ単に言葉通りなんだとタナトスは思う。
母親か、または別の身内か知り合いが亡くなっている経験を既にメメは経ているのだろう。
二年前まで魔物と長きに渡る大規模な戦闘を繰り返していたんだ。
ミズキやシャウのように、身近の人を亡くすのは残酷だが珍しいことではない。
今でも魔物と人間は殺し合う対立関係である以上、必ず一方の死は免れない環境だ。
「そうか。安心したなら何よりだ。……さて、どうする。下でシャウが少食の用意をしてくれているようだが」
「私はもう少し、ここでお父さんの傍にいたいと思う。だってお父さん一人にしたら寂しそうだもん」
「…ふっ、確かに一人で暗い部屋の中を眠るのは寂しいだろうな。分かった。なら俺が菓子か何かあれば持って来てやる。じゃあ、また後でな」
タナトスはそう言い残し、メメと父親を二人っきりにして部屋から出て行く。
メメは見るからに幼いから、まだまだ親に甘えたい年頃だ。
だからきっと一息ついた今、押し寄せて来ている感情があるはずだ。
そうだろうと思ってタナトスは気を利かせたつもりで、颯爽と出たわけだ。
その気配りは偶然にも正しく、何気なく耳を澄ませば部屋の中からメメのすすり泣く声が聴こえてきた。
「親が恋しくて泣いているのか、それとも親が安心だと分かって泣いているのか。どちらにしろ、俺の場合だとありえない話だな…」
タナトスは自分の軽薄さに自嘲しては、二階の階段を降りて一階のリビングへと向かっていった。




