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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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山中の騒動を終えて

魔物の返り血を浴びたタナトスが負傷した男性を背負い、ミズキたちがいる場所へ着いたとき、まず最初に第一声をあげたのは意外にも面識が少ないメメという少女だった。


「あ…!お父さん…!?」


そう言うなりメメはタナトスの方へ駆けていき、背負っている男性の顔を覗き込んだ。

それから心配そう表情で、おどおどと戸惑うばかりで言葉を詰まらせてしまっていた。

メメの様子に気がついたタナトスはぶっきらぼうに答える。


「ん…、あぁ…お前の父親だったのか。安心しろ、気を失っているだけで生きている。だからそんな悲しそうな顔をするな」


「ほ、本当に?本当にお父さんは生きてるの…?」


「本当だ。ケガはしてるがな。シャウ、お前の治癒で治せないか?」


話しながらタナトスは地面に座って休んでいるシャウに視線を向けると、シャウは反応してウインクをしてみせた。

タナトスが救援に来て、黒熊の魔物を倒してこの場所に戻るまでは大して時間は経過していないが、すっかりと体力が回復したようだ。

もはや中々のスタミナの回復力だと、タナトスが感心してしまうほどだ。


「えへへー、おっけー。この平和の勇者様に任せなさい!私にかかれば、どんな傷だってすーぐに塞がるからね!」


シャウはそう言いながら駆け寄り、タナトスに背負させたまま治癒の光りをメメの父親に発動させた。

するとメメの父親の体にできていた傷はすぐに塞がっていき、大事に至らないことを誰もが察した。

そのためメメは安堵の溜め息と声を漏らした。


「わぁ…、さっすがシャウお姉ちゃん。これで…もうお父さんは大丈夫なんだよね?」


「うん、もちろん!私の治癒にかかれば、すーぐに傷は治るからね!まだ気絶はしているようだけど、きっと明日には目を覚ますよ!」


「ありがとうシャウお姉ちゃん!それと、えっと…」


メメはタナトスの方を見ながら言い淀む。

しかしタナトスはあまり気にかけていないせいで、メメのこの反応には気づいていなかった。

だから見かねたシャウが、嬉しそうな表情でメメの耳の近くで囁く。


「この仏頂面の男性はタナトスって言うんだよ」


「あ、うん。タナトスお兄ちゃん、ありがとう!お父さんを助けてくれて、私すごく嬉しいよ!それにあんな強い魔物を倒すなんて格好いいね!勇者様みたいで尊敬しちゃう!」


「ん、なんだ突然。…別に気にするな。本当にたまたま助けたに過ぎない」


メメの心底からの満面の笑みによる感謝。

でもそっぽを向いたように、メメの感謝の言葉に対してタナトスは冷めた反応で返してしまう。

本当に偶然助けたとはいえ、少し冷たい言葉かもしれない。

けれどそんなタナトスの反応を見て、シャウはにやけた顔を浮かべては芝居かかった話し方をした。


「おいおいタナトス君~、感謝され慣れていないからって照れてそんな反応するのはどうかな~?ここは素直な気持ちになって、人を助けるのは当然だ、俺は勇者様の連れの一員として誇りがあるからな!とか言えないものかな。ん?どうかな、言えないかな?」


「…う、うるさい。変に茶化すな!それに別に照れてなんかいないぞ、俺は。確かに滅多に感謝されはしないが、いちいち他人の言葉で一喜一憂するような単純な奴ではない…!それよりもだ、このまま早くレイアに向かうぞ。もう日が沈んで道は暗い。下手したら遭難する」


早口気味にタナトスは言いながら、勝手に山頂に向かって歩き出す。

その様子にくすくすとシャウとメメは姉妹のように笑っていた。

そして一つの戦闘を終えた四人は歩き出して、シャウの故郷である鉱山の街レイアへと向かう。

うす暗くなった道を踏みしめて行く途中、ミズキはタナトスに話しかけた。


「タナトスさん、さっきはありがとうございます」


「…なんだ。なんのことだ?」


「何って……さっき私が魔物に襲われているとき、助けてくれたじゃないですか」


「あぁ、それも偶然だ。俺がたまたま居合わせたから助けたにすぎない。最初、森で助けた時と同じだな」


「でも助けてくれたには変わりありません。それに、嬉しかったですよ。タナトスさんが助けにきた瞬間、不思議と安堵を覚えました。言葉では少し表しづらいのですけど、こう……安心とは違うんですけど、安心に近い感覚というか」


どうも上手い言葉が出てこないらしく、ミズキは手探りに話すも結局は言葉を詰まらせた。

だからかタナトスは沈黙の時間ができないように、適当に相槌を打ってあげる。


「そうか。まぁ……ふっ、少しは否定せずに、感謝の気持ちを素直に受け入れるべきか。それとミズキ。お前、剣はどうした?鞘もないようだが。あの大型の魔物に折られでもしたのか?」


「あ、剣ですか?剣は別の魔物に襲われたときに折られて使えなくなったんです。えっと、なんでしたっけ……確かサタナキアと言う人に近い容姿の魔物です」


サタナキア。

確かそう名乗っていたなという曖昧な記憶でミズキは何気なく、その名前を口にした。

するとタナトスはサタナキアという名前を聞くなり、ほんの一瞬だけ僅かに動揺した表情を見せては真剣な眼差しでミズキに聞き返す。


「サタナキアだと?それは本当なのか?」


「おそらく…、そう名乗ってきましたから間違っていないと思います。あと、シャウさんが言うには魔王の幹部の一体だとも」


「そうか、サタナキアがこの山に…。どおりで魔界大陸の魔物がいたわけだ。しかし、それにしてもサタナキア自らか…。何か動こうとしているのか?でも今更、一体何をするつもりだ…?」


「えっと、タナトスさん?」


「…大丈夫だ、少し思考に(ふけ)っていた。とりあえずトカゲのサタナキアについては分かった。気にはかけておこう。シャウの言うとおり、そいつは魔王の幹部の一体だからな。それに俺の記憶が正しいのなら、幹部の中でも最上位と言っていい実力と権限の持ち主のはずだ。また会うことがあったらすぐに逃げろよ。どんな戦闘をしたのか知らんが、少なくとも二度目は剣が折られるでは済まないぞ」


「はい、そうですね…」


ミズキ自身も、もう一度サタナキアと戦闘になれば今度は死んでしまうだろうという不安があった。

相手が殺気を放ったとき、今まで感じたことのない恐怖を覚えた。

絶対的な強者から発せられる殺意を、捕食される弱者だけが明確に感じることができる恐怖。

生物としての圧倒的な違いを、戦闘経験の浅いミズキですら気配だけで理解した。

もし気まぐれでサタナキアが戦闘中に本当の殺意を垣間見せていたら、どうなったのか想像が容易い。

そんなことを神妙な面持ちでミズキは思っていたが、すぐにタナトスの言葉に違和感を覚えた。


「え、トカゲ?トカゲってなんのことですか?」


「ん?トカゲみたいな奴だろ。肌が白色で髪が緑色で、顔つきもトカゲに似てる。それと尻尾もあるし…、何より尻尾が色々とトカゲっぽい」


「タナトスさんのトカゲに対する認識がよく分かりません。トカゲの尻尾に似てたら、それらは全部トカゲなんですか?って、魔物について詳しいんですね。シャウさんですら、サタナキアについては名前程度でしか知らない様子でしたのに」


「俺は魔王の幹部には一通り面識があるからな。記憶は曖昧だが、面影くらいは覚えているさ」


「……どういうことですか?それは戦闘したことあるってことですか?それとも見かけただけとか…。いや、でも面識ってことは……うぅん?えー?あぁ…うん?」


「何一人で唸っているんだ。考えるのは結構だが、足を止めたら置いていくぞ」


タナトスの呼びかけでミズキは一気に現実に引き戻され、すでに離れていた距離を縮めるために慌てて跡を追う。

ただタナトスの言葉は上手く理解できていなかった。

どういうつもりで面識があるなんて言ったのか、まるで分からない。

気にかける程のことじゃないのかもしれない。

それに今のミズキにとって一番に気にかけているのは、タナトスの事やこれからのことですらなかった。

サタナキアとの戦闘中に飛んできた水色の柄のナイフ。

よく見れば柄には独特な模様が刻まれており、自分の双子の妹が愛用しているナイフだと一目で分かった。

近くに妹がいる。

そんな気がしてならなくて、内心ミズキはどこか落ち着かない気持ちでいっぱいだった。


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