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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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黒熊の魔物

まずタナトスはミズキの安全を確保しようと、前方へと跳躍して黒熊の魔物に真正面から立ち向かった。

すぐさま黒熊の魔物は吠えながら豪腕を振るいタナトスを捉えようとするも、タナトスは華麗な身のこなしで紙一重で避けてみせては、肩を剣で切りつけながら巨体を飛び越えた。

しかし肥大とした筋肉と露出した骨のせいか、あまりの堅さに剣の刃は浅くしか通らない。

それでも黒熊の魔物の肩からは流血して、赤黒い血が迸った。


「どうした、こっちだぞ」


タナトスは黒熊の魔物の後ろへと着地しては、わざと挑発的な言葉を仕掛ける。

言葉は通じないだろうが、この場で唯一攻撃を通したのはタナトスだけだ。

そのため黒熊の魔物はタナトスの姿を視線で追っては、ミズキ達の方には背を向けた。

ミズキ達からしたら隙だらけに見える。

しかしそれは黒熊の魔物にとっては、ミズキ達の存在は警戒にするに値しないからこその話だ。

実際、今のミズキ達では仕留める手段が無い。

この戦いにおいては、悔しくもタナトスに全てを任せるしかなった。


「グゥゥウオオォオウ!」


「うるさいって言っているだろう」


タナトスは余裕の表情で言いながら剣を振りかざす。

そして黒熊の魔物は容赦なく鋭利な爪を剥き出しにして、再び巨大な腕を振るってタナトスの体を抉ろうとする。

今度はタナトスは剣で防ごうと試みるが、その判断は誤りだった。

剣で黒熊の魔物の攻撃を受けると同時に、酷く重い力が腕にのしかかる。

しかもその力は明らかに異常で、軽々とタナトスの体を吹き飛ばすものだ。

そのせいでタナトスは全身に衝突の感覚が伝わると一緒に、体を薙ぎ払われる事となる。


「ちっ、こんなのまともに受けたら簡単に死ねるぞ…!」


豪腕の振るいに合わせて、タナトスは宙に身を舞わせては後方へと飛ばされる。

更に飛ばされている途中に黒熊の魔物は巨体を俊敏に動かし、追撃としてタナトスにもう一度豪腕を振るった。

続く短調な攻撃。

だが的確で力強く、それゆえに無駄の無い動き。

まさにハンティングする獰猛な動物らしい攻撃だ。

慌ててタナトスはさっきと同様に剣で受けようとするも、今度は踏ん張りが一切効かないために更に宙へと弾き飛ばされる事となる。

鈍い金属音と共に、タナトスの体は完全に宙へと放り出される状態となってしまう。

もはや地面との距離は6メートルほどはあり、下手な着地をすればケガを免れない高さだ。

だが着地に対処する時間など、タナトスには与えられなかった。

間髪なく黒熊の魔物は巨体を活かして跳躍し、無防備となっているタナトスに向けて凶悪な牙を晒して噛みつこうと飛びかかる。


「くっ!」


タナトスは宙ですぐに剣を振るい、接近してくる黒熊の魔物の顔を切りつける。

しかし切りつけが甘いせいで、黒熊の魔物は怯むことなくそのままタナトスの体を噛み砕こうとする。


「口は閉じてろ!」


続けてタナトスは身を捻って空中で回し蹴り放って、黒熊の魔物の顎を打ち抜く。

それにより衝撃は確かに黒熊の魔物の頭に伝わりはするも、一切応えている様子はなかった。

代わりに回し蹴りを打ったタナトスの姿勢が変化して、体を逸らすことができるだけだった。


「ガァゥ!」


しかしダメージは通らなくとも、噛みつきを避けることはできた。

体が逸れることでかすかに避けれたタナトスは、無傷で地面に落下することになる。

そしてそれは攻撃を受けた黒熊の魔物も同様で、タナトスとは少し離れた場所へと落下していく。


「堅い、速い、力強いの三拍子が揃った生物だな。明らかに魔界大陸の魔物だ。なぜこんな所に生息しているんだか…」


タナトスはぼやきながら落下していき、緑が剥げた地面へと着地する。

するとタナトスは偶然にも、近くに一人の男性が地面の上でうずくまっているのを見つけた。

血だらけで、動いている様子はない。

すぐにタナトスはその血だらけの男性に近づき、顔を覗き込む。

壮年ほどの齢はいっているでろう顔つきで、特に鍛え上げたような体格ではない。

少なくとも民兵の類ではなく、民間人に過ぎないのだと察することができる。


「呼吸は……弱いが正常に繰り返しているな。気を失っているのか。しかし血だらけとは、ずいぶんな場所と状態で気絶しているものだな」


誰か知らないがこのまま放置するわけにもいかないと、タナトスは剣を鞘に収めて男性を背負うとした。

だがそんな猶予を与えまいと、すぐに荒々しい足音を立てながら近づくものがいた。

まだ姿は見えないが、黒熊の魔物だとタナトスには嫌でも分かる。


「さて、どうしたものかな。このまま一度撤退してもいいが、仕留めると啖呵(たんか)をきった後だからな。………無事で済むか分からないが、この男性を守りながらここでやるしかないか」


タナトスは男性を背負わずに地面に寝かせたままにしておき、立ち上がって静かに息を整えながら目を瞑る。

その状態が数秒続いたとき、タナトスの前方から興奮した黒熊の魔物が姿を現して襲ってくる。

いきり立ち、殺意にまみれた片目を鋭く輝かせて、酷い唸り声をあげて一直線で駆ける。

異常発達した足が一歩地面を蹴るたびに大地は揺れ、木々が騒ぐ。

そして空気は震えて、あまりの速さに烈風すら巻き起こっている。

まるで氾濫して激流と化した濁水だ。

あんなのに襲われたら人間なんて、まさに水に呑まれるようにして無抵抗のまま殺されるだろう。

しかしタナトスは冷静に目を瞑ったまま、棒立ちでずっと呼吸を整えているばかりだった。


「ヴオォオォオオオオオ゛ォォォオッ…!!」


狂気に満ちた雄叫びと共に、黒熊の魔物は容赦なくタナトスに襲いかかった。

今までとは比にならないほどの速さと力強さで駆けては、飛びかかりながら爪を立てて腕を振るう。

同時にタナトスは目を開けて、黒熊の魔物のおぞましい姿を見つめる。

そして次の瞬間には轟音と一緒に血が舞った。

轟音の発生源も血の出処も、全てはタナトスによるもの。

だけど血を流したのはタナトスではなく、黒熊の魔物の方だった。

このとき、黒熊の魔物ですら現状を理解できないことが起きていた。

気づけば自分の体が後ろへと倒れていて、強烈な痛みを頭から感じている。

何をされたのか分からない。

しかしまだ仕留めていないと分かると、すぐに黒熊の魔物は起き上がって再びタナトスの平然と立ったままの姿を視認する。

赤い眼同士が睨み合う。

ただ黒熊の魔物の目は充血によるもので、タナトスの眼は元から紅かったのではと思うほどの純粋な輝きと鮮やかさを持っていた。


「グゥオ゛オオオゥウウォオオオ!」


また黒熊の魔物は吠える。

威嚇のための吠えではなく、自分の気持ちを(たか)ぶらせて相手を殺すという意思を強く持つための雄叫びだ。

だが威嚇だろうと気持ちを昂ぶらせるためだろうと、今のタナトスにはどうでもいいことだ。

さっきまでと同じように黒熊の魔物は豪腕を振るい、タナトスの体を引き裂こうとする。

今までタナトスは攻撃を防ぐので精一杯だったが、今度はさっきまでと同様にはいかない。

タナトスは黒熊の魔物の豪腕を腕で簡単に叩き弾いては、瞬間的な殴打を魔物の豪腕に打ち込む。

すると黒熊の魔物の振るった豪腕は折れ曲がり、低い悲鳴をあげることになっていた。

更にタナトスは黒熊の魔物の折れた腕を片手で掴んでは、巨体ごと振り回して近くの木々へと投げ飛ばす。

投げられた黒熊の魔物の巨体は木々をへし折っていきながら猛烈な勢いで飛んでいき、為す術もなく勢いに身を任せる事となっている。

そんな飛んでいく途中の黒熊の魔物の巨体の上に、タナトスは自分の影を落とした。

もはや音速なんて比にならない速さでタナトスは飛びかかっていて、握り締めた拳を振り下ろして黒熊の魔物の巨体を地面に叩きつけた。

再び鳴る轟音と共に、地面はめり込んで山道に小さなクレーターができることになる。


「ガァウ…!?」


思わず吠えていたばかりの黒熊の魔物が嗚咽を漏らす。

すぐにタナトスは黒熊の魔物の巨体の上に着地しては、剣を鞘から引き抜いて胸部を刺し貫いた。

血が飛び散り、タナトスが剣を振り切れば黒熊の魔物の胸筋が裂ける。

それでも黒熊の魔物は自分の体の上にいるタナトスに対して噛みつこうと、素早く大きく口を開けて噛み切ろうとした。

けれど黒熊の魔物が口を開けた時には剣が口の中を刺し貫いていて、首上の方から刃の尖端が突出(とっしゅつ)している状態となっている。

そのままタナトスは剣を振り切って頭部を縦に裂いてやろうとするが、先に黒熊の魔物が牙を剥き出しに口を閉じようとした。

そのことに気づいたタナトスが剣を手放すと同時に、黒熊の魔物の牙が剣の柄を噛み砕く。

あのまま斬ろうとすればタナトスの手も噛み砕かれていただろう。


「しぶといな」


ぼやきながらタナトスが一度後ろに下がると、黒熊の魔物はおびただしい流血をしながら立ち上がってみせた。

それだけではなく魔物の足取りはしっかりとしていて、致命傷には程遠いように錯覚してしまいそうだ。

ただやはり実際は重症だ。

黒熊の魔物の片目は潰れていて、片腕は折れ、胸部は裂けていて、口の中も剣が刺さったままで貫いてある。

それにタナトスが投げ飛ばしたときには木々がいくらか刺し傷や打撲を与えている。

死なないにしても、動けないくらいにはなっていいダメージだ。

しかしそれらのダメージなど気にかけていない素振りで、黒熊の魔物はタナトスに向かって二本足で駆けた。

二本足でも相変わらずの速さで充分な迫力を持っているが、もはや悪あがきに等しい。

今度はタナトスは待つ姿勢に入らず、自らも立ち向かって動きだした。

黒熊の魔物が反応して腕を動かすよりも早く、タナトスは蹴りで黒熊の魔物の片足を打ち砕く。

すぐに痛みで黒熊の魔物は攻撃されたことを理解するなり、片膝を崩しながらまたタナトスに噛みつこうと口を開ける。

でもタナトスは続けてハイキックで黒熊の魔物の剥き出しになった牙を折っては手で掴みとり、黒熊の魔物の首に牙を突き刺した。


「終わりだ」


タナトスは冷静な口調と表情で牙をナイフのように扱って、黒熊の魔物の首を完全に切り裂く。

首元から血が噴き出して、黒熊の魔物の目が白目を剥いた。

ついに訪れる完全な絶命。

黒熊の魔物の巨体はタナトスの隣に流血したまま倒れこみ、これ以上は手足を動かすことなく死ぬ事となる。

これでやっと森の中の騒動はおさまり、騒いでいたばかりの木々がようやく静まった。


「ふぅー……」


タナトスは息を吐き、再び目を瞑った。

そして目を開けると黒い瞳へと元に戻る。


「ようやくか。いくら魔界大陸の魔物にしても、かなりの手強さだった。魔王の直属とまではいかなくとも、尖兵としては充分な実力だ。なぜそんな魔物がこんな所にいるんだか……。どちらにしろ詮索は後か。まずは……戻らないとな」


タナトスは黒熊の魔物の死体を一瞥しては歩き出し、気絶した男性の所まで戻っていく。

それから気絶した男性を背負い、砕かれた剣と魔物の死体を置いてミズキ達がいる場所まで歩いて行くのだった。


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