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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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雄叫びの正体

一人の幼い少女は馬に(またが)り、山中の険しい道を駆け上がっていた。

細かく息を切らせ、焦燥の表情。

とても急いでいる様子なのが充分に分かる。


「お父さん…、無事でいて…!」


その少女は、馬小屋の主人の娘であるメメだ。

彼女はタナトスが介抱した民兵から話を聞き、居ても立っておらず慌てて馬を走らせていた。

感情的で浅慮な行動かもしれない。

でも幼い少女にとっては勇気ある行動で、父親を大事に想っているからこその行動だった。

そして彼女はしばらく馬を走らせていると、酷く醜い遠吠えを耳にする。

思わず小さな身を竦ませてしまう声で、恐怖の叫び声が馬の脚すら止めさせた。


「ひぃっ…!?な、なにこの雄叫び…?」


少女は驚きながらも馬を落ち着かせて、その場に停止させる。

すると次に少女が耳にしたのは、悲鳴に近い女の子の声。

その声は聞き覚えのある声で、はっきりとどこから聴こえてくるのかも分かった。


「わはははー!なんだこれなんだこれ!」


「笑っている場合ですかシャウさん!何とかしないと大変ですよ!もうすでに大変な状況ですけど!」


騒がしく草木を掻き分ける音と共に、地響く重々しい足音が聴こえてくる。

メメが音がする方へ視線を移すと、そこからは水色の髪の少女と茶髪で血で赤くなったリボンを頭に飾った女性が姿を現した。

ミズキとシャウだ。

すぐにメメはシャウとミズキに気づくなり、驚きに近い声で呼びかけた。


「シャウお姉ちゃん!」


「お、メメちゃん!やっほー!って、なんでこんな所にいるの!?危ないよー!」


シャウはメメに駆け寄りながら話かけては、近くで足を止めた。

一見、いつもの様子でシャウは話してはいるが、血まみれであるために見る限り重症である。

そのせいで、メメは心配そうな口調で答えた。


「民兵さんからお父さんがどうなったか分からないって聞いたから…つい…。それよりシャウお姉ちゃん、すごい血の跡だよ?大丈夫なの?」


「わはは、今は大丈夫だよ!平和の勇者は元気が取り柄だからね!この程度、なんてことないさ!」


シャウは余裕だと言わんばかりに笑顔で反応してみせるも、隣にいるミズキはとても落ち着かない様子で後ろを何度も見ていた。

気づけば地響きしている足音が近づいて来ている。

恐らくミズキが警戒している原因は、その足音によるものだろう。


「シャウさん、あまりのんびりしている時間はありませんよ!今は逃げないと…!」


「おっと、そうだね。メメちゃん、悪いけど馬小屋に帰ってくれないかな?今、すっごく危険な状況なんだよね」


「…え、どういうことなの?」


メメが疑問の言葉を口にしたとき、シャウとミズキが答える前に意味を理解することになる。

シャウとミズキの後方から、木を薙ぎ倒して巨体の魔物が姿を現したからだ。

その魔物は熊に近い姿だが、身長は5メートル以上はあって全身の関節部分には鋭利な骨が剥き出しになっている。

更に熊にしては異様なほどまでに口が大きく、異常発達した牙が露わになっていた。

全身は黒く、筋骨隆々とした体型。

まさに見るからに、魔物としても生物の枠から一線を超えてしまっているのがよく分かる。

おぞまし過ぎる姿に、ひと目でメメは酷く怯えた表情を浮かべた。


「な、なにあれ…?」


メメが震える唇から何とか言葉を発したとき、黒熊の魔物はその巨体を二本足で立っては雄叫びをあげた。

爆発音にも似た雄叫びは空気を震し、辺り一帯の森を騒がせる。

もはや雄叫びだけで、木々が吹き飛んでしまうのではと思ってしまうほどの迫力があった。

その雄叫びに馬は酷く怯えて暴れだし、コントロールが効かなくなってしまったためにメメは落馬しかける。

すぐにその事に気がついたシャウは跳びだし、メメを抱きしめて地面に着地する。

そして抱きしめたまま、シャウはメメに優しく話かけた。


「えへへ、大丈夫かな?じゃあ逃げようか。今のままだと、私でもどうしようもないし」


「シャウお姉ちゃん、あれは何なの…!?」


「さぁ、なんだろうね。私もよく分からないけど、馬を襲っていた常習犯ではあるみたい。それに何だか知らないけど、私達を狙ってきているね。やだねぇ、まるで飼い主を失った凶暴な野犬だよ」


シャウがのんきにそんなことを言っている間に、黒熊の魔物は獲物に近づく足取りで動き出そうとしている。

あんなのに襲われたらひとたまりもない。

だからミズキは慌て気味に言い出した。


「あまり話している時間はありませんよ!早く身を隠さないと…!」


「おっと、そうだね。じゃあ、逃げ…」


シャウが応えている途中、黒熊の魔物は近くに生えていた木を鷲掴みにしては、地面から抜き取ってみせた。

そんな異常な筋力に驚いていると、すぐに黒熊の魔物は豪腕を振るって木を女の子三人に向けて放り投げる。


「うっそ、どんな力してるの!化け物じゃん!」


シャウは驚きながらも素早い身のこなしで、メメを抱えたまま跳躍して投擲された木を避ける。

ミズキは地面に身を伏せることで避けるも、投げられた木は馬に直撃して後方の木まで飛ばしてしまう。

木々は折れ、馬の体は潰れて赤く染まる。

ありえない力に恐怖を覚えながらも、メメは悲しそうな声を漏らした。


「あぁ、大事なお馬さんが…!」


「ごめん、さすがに馬までは助けれなかった。それと、悪いけどメメちゃん口を閉じておいて。全力で動くから舌を噛むよ!」


シャウは落下している途中に木に足をかけては蹴飛ばし、移動に勢いを増させる。

そしてミズキが立ち上がるまでの時間を稼ぐために、わざと黒熊の魔物の目の前に降り立っては攻撃を誘った。

すぐに黒熊の魔物は大きな腕を振るい、シャウと抱えられているメメの身を引き裂こうとする。

シャウは瞬間的なバックステップで攻撃を避けては、続けて来る二撃目の切り裂きも大きなバク宙で避けてみせる。

それからミズキの近くに着地するなり、念の為に動けるかどうか声をかけた。


「ミズキちゃん、動ける?」


「動けはしますけど…逃げれる自信がありません」


「弱気になったら駄目だよ。リール街では兵士の追っ手からは逃げれたんだから」


「あれはタナトスさんがいたからであって…私の力では……」


ミズキが言い訳のような言葉を口にしていると、黒熊の魔物は体格以上の速さを発揮して接近していた。

木を軽々と投げれる力を考えれば、素早い身のこなしでもおかしくはない。

それでもあまりの速さにシャウとミズキは反応は遅れてしまい、気づいた時には黒熊の魔物は目の前で再び爪を立てて腕を大きく振り上げていた。

すぐさま黒熊の魔物は力強く腕を振り下ろし、三人の身を巨大で鋭利な爪で裂こうとする。

だが誰よりも早く反応できたシャウはメメを抱えた状態でありながらも、ハイキックを黒熊の魔物が振り下ろす手に放っていた。


「うっわ…!?」


しかしあまりにも力量が違い過ぎるのか、シャウのハイキックは僅かに攻撃を逸らすのが精一杯で、肝心のシャウの身は後ろに吹き飛ばされていた。

しかもシャウが尻餅を着いた時には、ハイキックを放った脚からはおびただしい血が流れてしまっている。

うまく攻撃を逸らしはしたが、力だけではなくリーチも違いすぎたために、ほとんど防げずに脚は爪で深く切り裂かれていた。

傷はすぐに癒えはするも、シャウの顔からは大量の汗が流れる。

サタナキアとの戦いから続く深刻なダメージ、休みのない戦闘。

それら要因が重なっているために、ついにシャウは体力の底が尽きかけて息を切らし始めていた。


「わはは、5分でも休めればいいんだけど…そうもいかないかな。…本格的に危険かも」


黒熊の魔物は狂犬のように唸り声を発しては、近くにいるミズキに対して大きな口を開けた。

捕食するための獰猛な牙が向けられる。


「いや…助けて……!助けてください…!」


今、ミズキの手元には拾ったナイフしかなかった。

剣はサタナキアに折られ、すでに使い物にはならない。

それにナイフ程度では黒熊の魔物は怯むことすらないだろう。

だから今のミズキは捕食される弱者同然で、何の手立てもなかった。

恐怖のあまり目に雫が溜まり、体が震える。

そして黒熊の魔物の牙がミズキに触れる瞬間のこと、ミズキは叫んだ。


「助けてタナトスさん!」


ミズキの叫び声が山中に響くとき、衝突音が轟いた。

土煙が舞い、疾風が辺りを包みこむ。

一体何が起きたのか誰も把握できていなかった。

それは黒熊の魔物も同じだった。

自分は少女を噛み砕こうとしたのに、なんの歯ごたえも無ければ口の中に肉の味が広がらない。

代わりに口の中が血の味でいっぱいになっている。


「おい、いつまで目を瞑っている?逃げるなら逃げろ、ミズキ」


名前を呼びかけられたミズキは瞑っていた目を開ける。

するとミズキの瞳には、黒いマントを羽織った男性の姿が映った。

その男性は剣を手に黒熊の魔物の片目から顎下までを貫き、地面に突き刺している。

そしていつもの表情で、彼はミズキに言う。


「もう日は暮れているんだ。レイアにつく前に面倒事は片付けるぞ」


「タナトスさん…!」


救援に来た黒衣の男性、タナトスの名前をミズキが呼んだとき、黒熊の魔物は力づくで暴れて無理やりタナトスを振り払って剣を引き抜いた。

振り払われたタナトスは守るようにしてミズキの目の前に降り立ち、剣を振り構える。

立ちはだかるタナトスに対し、黒熊の魔物は頭を刃で貫かれたにも関わらず吠えた。


「グォオオオォオォオォオォォオォ…!!」


「随分とうるさいさえずりだ。全員下がれ。こいつは俺が仕留めておく」



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