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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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最強の魔物と最弱の勇者

シャウはサインをやめると、振り回していた長棒を戦闘の構えに戻す。

そしてそれから、わざと挑発的な笑みと発言をサタナキアに向けて発した。


「さぁさぁ、お待ちかね!最弱であり、英雄であり、平和の象徴であり、勇者であり、最高の美少女シャウ……、いっくよー!」


「ふん、くだらない名称をつらつらト……」


サタナキアが待ちの姿勢に入っている間に、シャウはミニスカートを揺らして自ら特攻する状態で突撃した。

サタナキアとシャウの実力差は歴然。

普通なら自殺行為も甚だしい。

しかしシャウの表情には、怯えや恐怖は一切ない。

それは自分の特別な力が、治癒だからというものではない。

自暴自棄でもなく、ただ彼女にとっては恐怖を感じるほどでもないという程度の話だ。

絶対に勝てない戦いなんて、シャウはすでに何度も経験している。

死にかけたことだって数え切れないほどある。

そのためシャウは勝てない戦いなんて慣れてしまっていて、自分の命だけを賭けた戦いならば恐れるに値しない。

もはやその狂気的と言ってもいい感覚が、シャウの闘志を維持させていた。


「一瞬で終わらしてやろウ」


つい先ほど、ある程度の戦闘をしていたために、サタナキアは余裕たっぷりに冷酷な眼を細めて呟いた。

すでにシャウの実力は、たかが知れている。

殺す気になれば造作もない。

そんな慢心を抱いてサタナキアはシャウの動きを注視し、一撃で仕留めれるようにカウンターを狙う。

突風のように駆けていたシャウがサタナキアに接近すると、まず最初に攻撃を仕掛けたのはやはりシャウだ。

シャウは長棒を振りかぶり、サタナキアの頭を叩き潰そうとした。

しかしシャウの振りかぶる腕より速く、サタナキアの鋭い爪を持った手がシャウの顔面に向かっていく。

このまま互いに攻撃を続行すれば、互いの攻撃は両名共に当たるだろう。

でも仮にシャウの攻撃がサタナキアに当たっても、不運にも大きなダメージにはならない。

せいぜい、本当にただの棒で一回叩いたくらいのダメージで終わる。

対してサタナキアの攻撃は、間違いなく顔面を抉り取るもの。

いくら瞬間的な治癒ができるにしても、下手したら首を切断されて即死は免れない。

相打ちにしては、あまりにも不釣り合いな両名の攻撃。


「死ネ…!」


サタナキアの鋭い爪は空気を切り裂き、シャウの顎の下へと接近していく。

なのにシャウの視線はサタナキアの爪ではなく、サタナキアの白い顔へと注がれていた。

反応すらできないかと、サタナキアは内心呆れてしまう。

これぐらいの攻撃に反応できないで、よく魔王様に立ち向かったものだと呆れ返ってしまいそうなほどだ。

しかしサタナキアの鋭利な爪がシャウの首上に接触する直前、シャウの動きが変化する。

その動きがどのような変化なのか、気づいた頃にはサタナキアの爪は逸れてシャウの頬をかすっていた。


「いぇい、隙有りだね」


嬉しそうにシャウが言葉を吐いたとき、長棒の構えが変わっていた。

それは攻撃ではなく防御の構え。

今のサタナキアの爪による切り裂きを、長棒で弾いて的確に軌道を逸らしていたのだ。

あまりにも丁寧で正確で俊敏な受け流し。

これはシャウの勇者としての旅で、培った戦闘経験による賜物だった。

すぐにシャウは武器の形状を長棒から三節棍に変えて、サタナキアの体に攻撃を連撃で叩き込んだ。

持ち前の体術を活かし、変則的な棒術による攻撃。

まともに受けようとすればするほど、シャウの攻撃は酷く読みづらくなっていく。


「やかましイ!」


サタナキアはシャウの攻撃を浴びながらも、強引に腕を振るってシャウの体を切り裂こうとした。

しかしその攻撃すら、シャウは三節棍を操りながら綺麗に受け流してみせる。

そして流した動作から、鮮やかな動きでサタナキアの顎を棒で叩きあげていた。

力は明らかにサタナキアの方が上だ。

だからこその受け流しからのカウンターを、シャウは反射的にやってのけていた。

まさに一種の拳法。


シャウは棒でサタナキアの頭を叩き落とそうとしたとき、サタナキアはその棒の攻撃を受け止めようと腕を上げる。

だが腕をあげたことで横腹が隙だらけになり、シャウは振り下ろしていた腕を止めて、もう片方の棒でサタナキアの横腹を叩き抜く。

続けて、止めていた腕を振りおろしてサタナキアの頭を叩き落としては、振り下ろした棒で更にもう一度顎を叩き上げた。

一瞬のフェイントから繰り広げられる連撃だ。

受け流し、カウンター、フェイント、連続攻撃、変則的な攻撃、卓越した体術と棒術、誘導、攻撃の先読み、俊敏な対応。

シャウはそれらで、身体能力を圧倒的に上回るサタナキアに対抗していた。

一見、ここまでくれば互角には見えるかもしれない。

確かに攻撃はシャウの方が一方的で、サタナキアに多くの攻撃を打ち込んでいる。

でもサタナキアは厄介に感じているだけで、焦りはない。

なぜならシャウの攻撃には決定打が無いからだ。

サタナキアからすれば、シャウの攻撃は子供の遊戯に等しい。

そのことを察してなのか、ミズキは焦りを隠せずにいた。


「うぅ…一体どうすれば………、どうすればいいんでしょう…!」


ミズキから見ても、戦闘はシャウの方が有利に進んでいるように思えていた。

けれど一撃でひっくり返りかねない状況ではある。

だから自分がどうにかしなければと、懸命に頭を働かせる。

とにかく、まずは武器がなければと弾き飛ばされた剣を探すために見渡した。

するとミズキはすぐに剣と、別の武器である手斧を見つける。

手斧はサタナキアという魔物が最初に使っていた武器だ。


「手斧、これを使えば…いけるかも……!」


ミズキはすぐに動き出して剣を回収しては鞘に収めて、次に手斧を手に取る。

その僅かの時間の間にも、シャウはサタナキアと攻防を繰り広げていて、少しずつ規模が大きくなり始めていた。

サタナキアが一瞬だけ身を引いて距離取ったと思うと、高速の動きにより姿を消しては、シャウに突撃して拳を振り切っている。

それすらもシャウが攻撃を受け流してはしていたが、完全に間一髪で対処が限界に近づいていた。

しかもサタナキアの攻撃頻度は更に上がり、気づけばシャウの攻撃の手数は少なくなっていて、受け流しを重視するしかなくなっている。

もっと厄介なのは、サタナキアの攻撃手段がカウンターからヒットアンドアウェイに変わっていること。

そのせいでシャウは翻弄しづらくなっていて、フェイントや誘導の効果が薄くなっていた。

そしてシャウの受け流した攻撃がたまたまた木に当たれば、木はへし折れて倒れている。


そんな攻撃が人間に当たれば、無事で済まないのは一目瞭然。

だからミズキは足元が震えそうになる。

死は恐い。

ケガだって嫌だ。

けれど、それ以上にミズキにとっては、目の前の人が死ぬのはもっと恐くて嫌だった。

それが彼女の正義心であり、ミズキなりの闘志の燃え上がらせ方だ。


「シャウさん。今、助けます…!」


ミズキは手斧を手に持って駆け出して、シャウとサタナキアに向かっていく。

狙うは、シャウがサタナキアの攻撃を受け流した一瞬のみ。

それぐらいしか、ミズキにとっては攻撃するチャンスはない。

そしてすぐにシャウはミズキが動き出したことを視認した。

同時に足の動きを変えて、武器を三節棍から長棒へと形状を戻す。

するとサタナキアが誘い込まれるようにして、シャウに立ち向かったときだ。

シャウが立ち位置を変えたおかげもあって、サタナキアがシャウと激突した時は、サタナキアの背はミズキに向けられていた。

更にシャウは長棒でサタナキアの攻撃を受け流しながらも、あえて自分の腕を爪で抉らせた。


「痛っ!」


シャウは腕を切り裂かれたためにおでにシワを寄せて、苦痛の表情を僅かに浮かべる。

普通に見れば、サタナキアの攻撃に対処できずにシャウが逸らしに失敗しただけだ。

しかし実際はシャウが自分に注意を向けさせるためであり、ミズキのためのカモフラージュ。

攻撃を受けることでサタナキアの追撃を誘ったのだ。


「わざと攻撃を受けるなんて、ずいぶんと無茶なことを…!」


ミズキはその行動に驚きながらも、せっかく与えてくれたチャンスのために攻撃を仕掛ける。

慣れていない手つきで手斧を持ち直して大きく振りかぶり、サタナキアの背に向けて投げ飛ばした。

完全に視界外からの攻撃。

だがミズキの足音か、武器の空気を裂く音か、それとも気配か何かに感づいたのだろうか。

サタナキアはシャウの長棒を腕で弾いて姿勢を崩させてから、首を振り向かせて視線を後ろに動かしてみせた。

するとすぐにミズキの攻撃に気づいて、飛んできた手斧を防ぐどころか手に取って掴んでしまう。


「ふふっ、わざわざ武器を返しに来てくれたのかナ…?」


サタナキアは不敵に笑う。

でも、ミズキの攻撃は手斧だけではない。

ミズキはそのまま走り続けて、鞘から剣を引き抜いては鞘の紐を解き、鞘も腰から抜き取って手にした。

鞘と剣による擬似的な二刀流。

ミズキはその二刀流を武器に、手斧を手にしたサタナキアに立ち向かう。

サタナキアは接近してきたミズキに対して、手斧を素早く力強く横に振るう。

すぐにミズキは姿勢を低くしながら手斧の攻撃を鞘で受けて、力で押されながらも軌跡を僅かに上に逸らしてみせた。

ただあまりにもの力強さに鞘は折れ曲がっては、ミズキの手元から弾かれる形で落としてしまう。

続けて振るわれるミズキの剣撃と、サタナキアの二度目の手斧による振り下ろしの攻撃。

切り返しも振るう早さもサタナキアの方が格段に上で、先に手斧がミズキの体を切り裂くだろう。

だからミズキは死を覚悟する。

まだ負けたつもりはない。


それでも、嫌でも死のイメージがミズキの頭の中で渦巻いた。

一秒もあるかないかの時間の中で、ミズキは初めて敵の動きをはっきりと見る。

まるで走馬灯を見るような、それに近い感覚とも言うべき現象と思考。

だけどミズキが見たのは、何も迫り来る手斧だけではない。

また別の金属武器が、シャウの目の前を通りすぎた。

同時に金属がぶつかり合うことで鳴る響音が、ミズキの耳の中を突き抜ける。

弾かれて飛んでいく柄が水色の独特なナイフ。

そんなナイフが、どこからもなく飛んできてはサタナキアの手斧を強く叩いていた。


「このナイフ、妹の…!」


飛んできたナイフに見覚えがあったミズキは驚いて、目を見開いていた。

しかし手斧の振りは飛んできたナイフにより妨害されたことで酷く鈍くなり、ミズキにとっては絶好のチャンスとなっている。

だからすぐにミズキは気持ちを切り替えて、精一杯の力で剣を突き出した。

突き出された刃はサタナキアの胸元を突き刺し、確かに抉る。

でも何も攻撃はこれで止んだわけではなかった。


「わはははー、今度は防げないね。受けるといいよ、平和の勇者の一撃をさ!」


サタナキアがミズキの剣で胸元を突き刺されて怯んだ瞬間、姿勢を崩していたシャウは体勢を立て直して、長棒を振り回していた。

しかも体を上手く捻り、全体に回転をかけていて、一度目は弾かれた全力の一撃を放とうとしている。

最初は防がれたが、何も威力がないわけではない。

それにまともに受ければサタナキアと言えど、大きなダメージは免れないはずだ。

そして今、サタナキアはシャウの攻撃を防ぎようがなく、これ以上を望めないほどに無防備。

シャウは体を回転させた勢いのまま踏み込み、長棒を両手で掴んで、大きく振り回して突きの姿勢と構えを取る。


「これで…少しは応えろぉ!」


シャウは叫びながら長棒による全力の突きを、サタナキアの頭部を狙って放った。

全力を込めた突きは素早く、サタナキアの頭部に直撃した時には異常なほどまでに鈍い轟音が鳴る。

更にサタナキアの体は大きく仰け反り、血が飛び散った。



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