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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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サタナキア

「な、何ですか貴方は…?」


息苦しそうにミズキは言葉を吐く。

だが人型の魔物からは返事はなく、ミズキを押さえたまま片手を振り上げて爪を立てる構えをみせた。

よく見れば手の(つめ)は熊の爪と同様で、明らかに殺傷能力が長けたものだ。

このままでは殺されると、ミズキは息苦しさで顔を赤らめながら、抵抗するために身を懸命に(よじ)らせた。

でも背中が地面を擦るだけで、何の抵抗にもならない。


「ひっ…!やめ…!」


ミズキは殺されると察知して、つい泣き言を漏らす。

しかしそんな言葉には何の力もなく、人型の魔物が腕を振り下ろすのを躊躇うことはなかった。

空気を切り裂く音と共に、人型の魔物はミズキの顔を狙って獰猛な爪を振り下ろして、恐怖のあまりミズキは固く目を瞑る。

だが爪がミズキの顔を抉る直前、強烈な鈍い衝突音が鳴った。

それと同時に人型の魔物の体が宙に吹き飛ぶ。


「ミズキちゃん、大丈夫?」


暗闇の中、聞こえてきたのはシャウの声。

その声を聞いたミズキが瞑っていた目を開けると、シャウが棒を手にしている姿が瞳に映った。

ただシャウの顔は血で濡れており、いつもの笑顔でありながらも深手を負っているように見える。

だからミズキは体を起こしてから、驚きの声をあげた。


「シャウさん!血が……!」


「ん?あぁ…これね。別に平気だよ。傷は塞がっているから」


そう言いながらシャウは自分の顔に付着していた血を、自らの服の袖で拭って少しだけ綺麗にしてみせた。

新たに血が流れ出していないのを見る限り、本当に傷は塞がっているようだった。

おそらく平和の勇者の能力である治癒を、倒れた時に自分に作用させたのだろう。

けれどもシャウがケガをしていたには変わりないので、ミズキは心配そうな表情を浮かべる。

そんな不安な顔をミズキがするのを見たシャウは、明るい声で言ってみせた。


「もう平気だってば!それより、ほら。敵さんがこっちを睨んでるよ」


シャウの不意打ちによる長棒の打撃を受けて吹き飛んでいた人型の魔物は、数メートル離れた場所で平然とした様子で立っていた。

だが目つきは恐ろしいもので、憎悪に満ちていて、如何にも憎い相手を見る眼でシャウとミズキを睨んでいた。

先ほど披露された圧倒的な身体能力と放たれている殺気により、ミズキは怯えが混じった顔つきで人型の魔物を睨み返す。

そんな中、ただシャウだけは余裕の笑みを見せながら、人型の魔物に話しかけだした。


「けっこう強く殴ったはずなんだけど、ずいぶんと平気そうだね?防いだのかな?まぁ、それはどうでもいいんだけど、君……この辺の魔物じゃないよね。一体何者?」


シャウのさりげない質問。

その質問に、意外にも人型の魔物は低い声で反応を示した。

しかし人型が話す言葉はどこか流暢ではない、かすかに語尾が強調された口調だった。


「私自身が何者かはどうでもいイ。それより訊きたイ。人間どもの話によれば、もしかしてお前が魔王様を殺した一人なのカ?」


「うーん?一応そうだね。私こそ魔王を打ち倒した平和の勇者、シャウ・コヨル様だよ!どうだ恐れおののけ、一介の魔物め!っていうか、私が自己紹介したんだから、君も自己紹介しろぉ!」


「ずいぶんと虚勢を張る人間ダ。……私はお前たちが魔界大陸と呼称している所から来た、魔王様の仇を討つモノ。そして偉大なる魔王様より授かった名はサタナキア。短い間だろうが、そう呼ぶといイ」


「サタナキア?なんか聞いたことあるよな、無いような…?なんだっけ、魔王の最高幹部の一体だった気がする。魔界大陸に行ったときにそんな名前をチラッとだけ耳にしたのかな」


かなり曖昧にシャウは言葉を漏らして、考える仕草をしてみせた。

そのことに、ミズキは思わず小声でシャウに尋ねた。


「え、魔王の幹部とかって存命なんですか…!?」


「まぁね。というか、そもそも私って幹部とかそういうの一体も倒してないし。奇跡の勇者が一体倒しただけで、他の全員……とは言っても数体だけど存命だよ。無駄な戦闘避けた結果だけど、こうしてやってくると思うと、魔王を倒した後も放置はマズかったかな」


シャウは長棒を構え直し、サタナキアという魔物に向けて戦闘を意思をみせる。

そして隙を見せないようにしながら、シャウは言葉を続けた。


「それにしても、こんな所で盗人の真似をしてたのは何が理由かな。まさか人間が住む地に移住するための資金を集めていたとかじゃないよね」


シャウは名前に続き、サタナキアにここで活動していた理由を探り始めた。

しかし今度は反応が薄く、サタナキアは戦闘の構えをする。

その動きだけで多くの会話を望まないのは、充分に察せれた。


「なに、ただの情報集めサ。それよりそろそろ殺させてもらウ。人間の一人や二人を殺すこと程度に、無駄に時間はかけたくなイ」


「ふーん、なら滅多打ちにして嫌でも問答に時間を浪費させてもらおうかな。いくら私が人間とはいえ、勇者を前に無事に済むと思っていたら大間違いだよ…?」


このとき、静かに話していたシャウの目つきが初めて変わる。

それは戦闘する者に相応しい顔つきと鋭い眼で、その変化に気づいたミズキが仲間にも関わらず、鳥肌が立ちそうになってしまうほどだ。

そしてミズキがそんな一種の恐怖感を覚えた時、シャウの姿は隣から消えていた。

同時にサタナキアは空を見上げる。

そのサタナキアの視線の先には、長棒を大きく振り上げているシャウの姿があった。

一瞬の跳躍による上空からの接近。

ミズキが見失ったシャウの姿を探している間に、サタナキアとシャウの攻防が繰り広げられる事となる。


「ふむ…?」


サタナキアはシャウの動きに目を細めて、僅かに感心した様子を口元だけ示してみせた。

人間にしては速い。

たったそれだけの印象による感心だ。

決して驚きではなく、意表を突かれたわけでもなく、まして脅威に思ったわけではない。

それからシャウは容赦なく、サタナキアに飛びかかりながら長棒を高速で縦に振り落とす。

しかしそんな攻撃など造作もないと言わんばかりに、サタナキアは片手で長棒を受け止めてみせた。


「甘いね」


シャウがそう呟いたとき、長棒の先の部分が外れて、長棒を接続している鎖の部分が露わになる。

長棒の一方の部分のみ、三節棍の状態になったのだ。

すると尖端の部分だけは勢いよく回って、サタナキアの頭に向かって更に棒が振り下ろされる形となる。

それでも間髪ない連続の二度目の攻撃すらも、すかさずサタナキアはもう片方の手で受け止めた。

その間にシャウは長棒を手放しながら地面に着地して、すぐにサタナキアの腹部に強烈な肘打ちを打ち込む。

続けて流れる動きでシャウはサタナキアの顎を肘打ちした腕で平手打ちして、もう片方の腕でサタナキアの胸部を殴打した。


「たぁっ!」


シャウは掛け声をあげて、ハイキックでサタナキアの頭を打ち抜く。

打撲音が鳴ったとき、サタナキアが受け止めていた長棒の握力は弱まった。

すぐにシャウは更に飛びかかりながら受け止められていた長棒を掴んで奪い取り、そのまま長棒を三節棍に形を変えて連続の打撃をサタナキアに打ち込む。

鮮やかな身のこなしと共に一発一発がサタナキアの体に当たる度に、とても重々しい鈍い音が鳴っていて、第三者からも強烈な打撃だと分かるほどだ。

そんな強力な攻撃を、シャウは怯むサタナキアに畳み掛けるように当てていく。

しかし猛撃の中、サタナキアは確かに呟いてみせた。


「……弱いナ」


「え…?」


とても短い言葉。

だけどその短い言葉は、シャウとミズキに不安を抱かせるものだった。

なんてことない発言にシャウは焦りを覚えて、三節棍と回し蹴りを同時にサタナキアに打ち込み、続けて三節棍を長棒の状態に戻した。


「くらえっ!」


シャウの攻撃で最大のものは、全身を使った全力の長棒の殴打だ。

その威力はタナトスとの朝の組手で言ったように、大木すら破壊できる尋常ではないもの。

人間がそんな攻撃を受ければ下手したら折れるどころではなく、腕で受けたら腕が吹き飛んでもおかしくはない。

それは魔物が受けた場合も同様だ。

シャウは長棒を振り回しながら体を回転させて、力強く踏み込みこんだ。

長棒と体の回転の勢い、踏み込むによる脚力、両方の腕力と全てを活かした技術。

それらを重ね合わせた力と技術を全て長棒による突きに込めて、サタナキアの頭部に目掛けて放った。

だが当たる直前、サタナキアは全身全霊の突きを片手で弾いて逸らしてみせた。


「うっわ、嘘でしょ?」


思わず現実を否定する言葉を、シャウは呟いてしまった。

逸らされた長棒の突きの威力は途方もないと表すばかりに、離れた木の枝すらへし折る。

しかしどれほど威力があろうとも、当たらなければ意味がない。

しかもそれほどの威力があった攻撃を、サタナキアは簡単に弾いてしまっていた。

更に全身を使った攻撃の後の隙は非常に大きく、シャウの体勢は完全に無防備となる。


「死ぬといイ。勇者と名乗る勇ましき女性」


「シャウさん!」


シャウの猛撃についていけにないために、傍観していたミズキは叫んだ。

だけど戦闘において悲痛な叫び声なんて、何の意味も持たない。

次の瞬間にサタナキアが腕を振るった時には、シャウの腹部は貫かれていて、サタナキアの腕が血まみれで貫通していた。

周辺にシャウの血は飛び散り、地面は赤く染まる。

そのことにミズキの目に雫が溜まり始めた。


「そんな……シャウさん!」


攻撃を受けたシャウは呻き声すら漏らさない。

もはや一撃で勝負が決したとサタナキアは思った。

けれどシャウは呻き声を漏らさない変わりに、微笑(ほほえ)んでみせた。


「何ダ…?」


魔物であるサタナキアから見ても、シャウの微笑(びしょう)は異常だった。

すぐにシャウはサタナキアの体を蹴り飛ばし、自ら腕を引き抜く真似をする。

血が噴き出しながらシャウは後方に着地して、長棒を手に戦闘の構えを直す。

さすがにこのことには、サタナキアも動揺は隠せずにはいられなかった。


「有り得ないナ。とても人間がする行動とは思えなイ」


「言ったでしょ。私は勇者だって。ただの人間とは違うんだよ!」


深手を負ったはずのシャウはいつものように言葉を返した。

気づけばシャウの腹部に穴などは一切見られなく、すでに完治している様子だ。

それはミズキはシャウの治癒による能力だと理解する。

それでもミズキには納得できなかった。

あれほどの深手を負えば、いくら傷が癒えようとも痛みで倒れ込んでもおかしくないからだ。

だからミズキは数秒後には理解する。

シャウは元からこんな無茶な戦法をとっていて、それに慣れてしまっているのだと。

魔王と戦う勇者であった以上、普通の戦い方では魔物には太刀打ちできなかったのだとは思う。

でもあまりにも自殺行為に近い戦い方に、ミズキはシャウの戦い方に大きな不安を覚えてしまう。


「さぁ行くよ!サタナキア君!勇者の真髄はこれからなんだから!」


シャウは元気よく言いながら、万全な状態だとアピールするようにして長棒を振り回した。

だけど実際は万全な状態とは程遠い。

ダメージは確かにあったし、流れてしまった血は戻らない。

肉体への負荷以上に痛みやストレスで脳への負荷があり、足元は下手したらふらついてしまいそうだ。

いくら傷が治ろうとも、体を無理に動かしているには変わりなかった。


「案外、勇者とは面白い生物なのだナ。いいだろウ。次は首を切り飛ばしてやル。それで今度こそ、死を与えてやろウ」


「ふっふーん、どうかな?私の全力に、きっと手も足も出ないと思うけどね!」


シャウはそう言うが、全力は最初から出している。

それでもシャウは時間さえあれば、余裕の態度は絶対に崩さないようにしていた。

でないと焦りのあまり思考が硬直して、まともに対処できないと分かっているからだ。

つまりシャウは、敵のサタナキアが数段格上なのを理解している。

まともに戦っては絶対に勝てない。

シャウはそのことを見越して、長棒を振り回しながら、片手を背中に回して親指立てたサインをミズキに送った。


「えっと…?」


ミズキは戸惑った表情を浮かべる。

どういう意味かは分からない。

だけど、何となくどういう目的かのサインかは分かる。

サタナキアへの決定打となる攻撃を、シャウはミズキに託したのだ。



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