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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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人外

空気が震えるような特徴的な唸り声。

唸り声に反応したのはタナトスと民兵だけではなく、もう一匹も反応して鳴き声をあげていた。

その一匹とは聴き慣れている声で、すぐに馬の鳴き声だと理解する。


「…なんだ、この唸り声は?」


「今のは俺たち……、いや最近襲ってきている魔物の声だ。馬はこの雄叫び声をよく覚えていて、怯えて声をあげるんだ…」


「それだけ危険ということか。さて、どうしたものかな。どうやら一匹だけが原因のようだし、シャウに任せてもいいが…」


「…シャウ様が来ているのか?それならシャウ様に任せた方がいい。魔王を打ち倒した勇者様なら、きっと退治して下さるはず。俺は主人の娘さんが心配だから下山しようと思う。君はどうする?」


「下山を手助けてもいいが、一応馬を見張る約束をしているからな。俺はもう少し待機するつもりだ。下山は一人で大丈夫か?」


タナトスにそう訊かれて、民兵はゆっくりと立ち上がってみせた。

だが民兵の顔色は良くなく、苦々しい表情となっている。


「まだ足が震えるが、体は動く…。襲われずに済めばの話だが、一人で大丈夫だ」


「体が動くなら充分だ。俺たちが使っていた馬を借してやる。すぐに安静を取るべきだ。来い、こっちの方だ」


タナトスは民兵を連れて、馬を置いた場所へと歩いて戻っていった。

すると馬は鼻息を荒くしていて、落ち着きなく足踏みをしている。

どうも民兵が言った通り魔物の唸り声に反応して、かなり不安な状態に陥っているようだ。

タナトスは馬を落ち着かせながら手綱を木から外して、民兵を馬の背中に乗せるのを手伝う。

それからすぐに馬を歩かせて下山に向かわせた。


「シャウ様の連れの黒衣の方よ。どなたか知らないが、助かった。この恩は何らかの形で返したいと思う。ありがとう」


「別に恩なんて売ったつもりはない。気にかけるな。さぁ、早く行け。馬が暴れても知らんぞ」


タナトスは礼を言われたことを仏頂面で照れ隠して、早く行くようにと促す言葉をかけた。

そして民兵が馬で下山していく様子を黒い瞳で見届けて、木々で姿が見えなくなった所でタナトスはその場に座り込む。


「思えば、これで見張る馬がいなくなったな。下手に動いても迷うだけだろうし、シャウを待つしかないか」


タナトスは独り言を呟いて、静かに眼を瞑る。

それから、かすかに吹く風に黒髪を揺らしながら周りの臭いと音に意識を傾けて警戒を強めた。

しかしすぐにタナトスは何者かに見られていることに気づき、目を開けてそちらの方へと視線を移すと、何者かの影が木から木へと音もなく移動するのを見かけるのだった。

日影のせいでほぼシルエットに近かったが、タナトスには確かに水色の髪色が一瞬だけ見えていた。


一方、シャウとミズキは二人で草木をかき分けながら進んでいた。

シャウを馴れた足つきで先頭を歩き、ミズキはその後ろで草木の枝に服を引っけながらもついていく。

そしてミズキはかなり慎重で辺りを強く警戒しているようだが、シャウは頭のリボンを大きく揺らしながら楽しそうな表情をしている。

(はた)から見ると、遠足気分に映ることだろう。


「いやぁ、昨日は昨日で森の中を駆け巡ったのに、今日も森林の中をこうして歩き回るとはね。何だか不思議な感覚だよ。まるで野生動物になった気分!」


「どんな気分ですか、それ…。それにしてもシャウさんは何だか余裕そうですね。さすがいくつもの修羅場や苦境を乗り越えた勇者様です。私もそんな余裕が持てるように見習いたいものです」


「わはははー、それほどでもあるよ!でもね、多くの苦境なんて誰もが味わっているから、私の経験なんて何も特別なことじゃないよ。大事なのは苦境に遭った回数じゃない。その苦境にどれだけ立ち向かった回数が多いかが大切なんだよ!だから常に苦境に屈しない心持ちはないとね!」


「なるほど、人生の後学のために覚えておきます」


ミズキの真面目な言葉の返しに、シャウは大きく頷いた。


「うんうん、そういう向上心は人間大切だよ!…それにしても師匠はどうしたのかな。二週間前からこんなこと起きてるなら、この件に関しての調査に動いていてもおかしくないんだけど」


「シャウさんのお師匠様ですか。確か魔王と戦った時の仲間の一人でもあるんですよね」


「そうだよー。唯一生き残った仲間でもあるね。まぁ私より実力はあるから生き残って当たり前なんだけど!」


二人は時折辺りを見渡しながら歩いて話続ける。

特にミズキは細かく周囲を見つつも、シャウの師匠の話について反応した。


「さすがお師匠様というだけあって、お強いんですね。えっと、シャウさんが扱う棒術はお師匠様が教えたものなんですか?」


「うん、その通り。でも師匠が使う武器はちょっと変わってるからなぁ。師匠の棒術を私なりにアレンジした結果が今だからね。機会があれば私の素晴らしい棒術をたっぷり見せてあげるよ!シュババーって、すっごく華麗で可憐な棒術だから!」


そう言われてミズキはリール街でのシャウの奇襲のことを思い出す。

あの時は全く披露はされていないが、どちらかというと鮮やかさより力強さを感じたように思える。

単純に相手を倒すためではなく、魔物を殺害することに特化した武術。

当然かもしれないが、シャウは勇者の中では最弱と言っても規格外の実力があるのは間違いない。

ミズキがそう思ったとき、葉すら揺らす地響きする獰猛な唸り声がどこからもなく聞こえてきた。

それは遠吠えというより威嚇する雄叫び。

明らかに敵意と殺意を晒し出している声で、シャウを身構えさせるには充分なものだった。

比べてミズキは身を竦ませて、驚きの声をあげた。


「わわっ、何ですか今の雄叫びは!?」


「んー、なんだろう。魔物なのは間違いないだろうけど、レイアの町の近くにこんな雄叫びをする魔物なんかいたかなぁ?なーんか昔に聞いた事がある声だけれど…」


シャウは怪訝そうにして、自分の顎を指先で触りながら何かを思い出そうと考え出した。

しかし思考する時間の猶予はなく、すぐにシャウは危険を察知することになる。

突如、黒い影が木々の中から素早く飛び出してシャウに影を落としながら接近してきたのだ。

すかさず木々以外からの日光の遮断と枝や葉が鳴らす音に反応したシャウは腰に手を伸ばす。

同時に鳴り響く金属音と烈風。

ミズキからしたら風が切れる音に混じって、ぶつかり合う金属音が聴こえただけで何が起こったのか把握しきれていない。

ただのんきに突然巻き起こった烈風で、水色の髪を手で押さえているばかりだった。


「ミズキちゃん、下がって!」


「え?」


必死にシャウが叫んでミズキが疑問の声を漏らしている僅かの間に、更に金属音が連続で鳴り響いていた。

シャウの武器である三節棍と他の何らかの武器がぶつかり合っているのだ。

慌ててシャウは腕を動かして三節棍を振っているが、足元は下がっていく一方だ。

その状態が続き始めて最初に鳴った金属音から数秒経ったとき、ようやくミズキは光景を視認して状況を呑み込み始めた。

黒いローブとフードで姿を隠した人物がどこからともなく現れていて、一丁の手斧を手にシャウに向かって猛撃を振るっていた。

それに対抗するようにシャウは三節棍で攻撃を防いでいくが、どうも襲撃を仕掛けてきた人物の力が途方もなく強いらしく、一撃を受ける度にシャウの腕は弾かれて動きにキレが無い。

手斧を手に現れた人物が何者なのか、身に纏っているローブとフードのせいで分からない。

ただ身長はシャウより高いようで、ミズキからしたら男性のように思えた。


「くっ!何なのこの力…!」


襲撃を仕掛けてきた人物の剛力にシャウは怯み始めて、思わず愚痴をこぼしてしまう。

そうして手斧による攻撃の防御に集中してきたとき、すぐに黒いローブの人物は隙を見つけてシャウの腹部を蹴り飛ばそうとする。

そのミドルキックが当たる直前にシャウは三節棍で防ぐが、蹴りも想像以上の力でシャウの体が後方へと軽く飛んで下がってしまっていた。

このときシャウは確信する。

黒いローブの人物は、人間の能力を超えた力量の持ち主だと。

そしてシャウの体が後方に飛んでいるが、せいぜい空中にいる時間はコンマにも満たない時間だろう。

しかしその時間の間に黒いローブの人物は前方へと駆け出していて、シャウの足が地面に着く前に接近していた。

まさに一瞬の接近。

吹き飛ばされて姿勢のバランスは崩れ、奇襲にまだ整理しきれていない思考の最中のシャウ。

そんな状態のシャウが接近してきた黒いローブの人物に対して何かできるわけもなく、黒いローブの人物が次に振るってくる手斧を防ぐことはできなかった。


「シャウさん!」


ミズキが叫んだとき、手斧は振り切られていてシャウの体が地面に叩きつけられていた。

黒のローブがなびき、シャウの茶髪とリボンが落下の勢いに追いつけず逆立っている。

それから地面との鈍い衝突音が鳴り、赤い血がシャウの頭上を舞った。

続けて黒いローブの人物は手斧を手早く持ち直しながら、空高く掲げて振り下ろす構えをしてみせる。


「駄目です、させません!」


すぐにミズキは追撃をさせないようにと、鞘から剣を引きぬつつ走り出して黒のローブの人物に向かって走りだした。

さっきの僅かな打ち合いを見て、ミズキは自身の実力が足りないことは理解している。

勝算がないのも把握している。

それでも地面に突っ伏してしまったシャウを助けるためには、立ち向かわないといけなかった。

黒のローブの人物はミズキが向かって来ていることに気づくと、振り下ろすのをやめて、ミズキの攻撃に備える素振りを見せた。

攻撃が来るかとミズキも走りながら剣撃に備えた構えを見せたとき、気づいたときは手斧は黒のローブの手元から消えていてミズキの目の前にあった。


「わわっ!?」


ミズキは思わず間抜けな声が漏らしてしまう。

それもそのはずで、ミズキが反応できない速さで黒のローブの人物は手斧を投げ飛ばしていたのだ。

すぐにミズキは手斧を剣で防ごうとするが、ぶつかり合って金属音を鳴らした時には、剣と手斧は宙に舞っていた。

あまりの衝撃の強さにミズキが剣を手放してしまって、体勢すらも崩れている。

剣と手斧が宙に舞って地面に落下する前に、黒のローブの人物は動き出して、すぐにミズキは息苦しさを覚えることになる。

黒のローブの人物がミズキの首を掴んだのだ。

そしてそのままミズキの体が仰向けに地面に叩きつけられたとき、黒のローブの人物のフードが勢いで取れて、口元しか見えなかった顔があらわになる。

肌は異常に白く、鋭い目つきで光りがない独特な瞳孔、犬歯のような鋭利な歯、鼻は低く、平らな顔つきで頬の部分はとても細い。

髪は人間で言う癖っ毛の状態で緑色。

更に髪の中からは、小さな白い角が生えているのがよく見えた。

その角と顔を見て、すぐにミズキは悟る。

この黒のローブを羽織った生物は人間ではなく、魔物だと。



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