馬小屋
「それで魔王は赤髪で、片目は赤色でもう片方の目は金色でね。攻撃する時には変なオーラみたいなのを操ってきたんだよ!」
三人は順調に歩き進み、すでに半日は休憩無しで鉱山の街レイアに向かい続けていた。
だからすでに時刻は昼を過ぎていて、日は落ち始めかけているほどだ。
それでもシャウだけは元気が有り余っているようで、ずっと楽しそうに自分の旅について喋っている。
その様子はタナトスから見ていても、話を聞き続けているミズキの方が疲れそうだった。
けれどミズキは楽しそうに相槌を打って話を聞いている辺り、かなりシャウとは気が合うようだ。
シャウの気質もあるだろうが、同性だと仲良くなるのが早いなとタナトスは二人に関心していると、やがて険しい道が多い山の麓へと着くことになる。
「む、馬小屋か?」
山の麓には小さな砦と三軒の小屋があった。
その内の一軒の小屋は馬が出入りできる構造になっていて、馬小屋として機能しているのが窺えた。
するとシャウは自慢話をやめて、嬉しそうに跳ねながら説明し出した。
「おー!やっと着いたね!鉱山の街レイアまで歩くには道のりが険しいからね。ここで馬を借りて山道を登って行くんだよ!ちなみに砦は魔物との戦争の名残だね。今は民兵が使っているだけだから、城兵の心配はしなくても平気だよ!」
「民兵でも俺たちの情報が伝わっている可能性はあるんじゃないのか」
「大丈夫だよ。ここまでの最短距離って、私達が通ってきた森を介しているからね。絶対にリール城の情報伝達より早いし、そもそもレイアの街は情報の伝達って他と比べて遅いんだよねぇ。おかげでいつも式典や勇者会議に遅れかけることが多くて困るよ!」
「お前のことだから、どうせ他の街に寄り道して遅れかけているだけだろ」
「まぁね~。故郷だと買えない物とかあるし、寄り道は仕方ないよ!じゃあ、ちょっと馬さんを借りて来ますかぁ。すっみませーん!旦那さんは居ますかー!?」
慣れた様子でシャウは大声をあげながら馬小屋へと駆けていく。
相変わらず元気なシャウの声に、外に繋がられている馬達が顔をこちらに向けて反応しては、別の小屋から少女が扉を押し開けて出てくる。
まだ八歳程度の幼い少女で、身なりからして普通の市民なのが見て分かる。
そして故郷の麓というだけあって、シャウはその少女と知り合いで親しそうに会話を始めた。
「お、やっほーメメちゃん。お父さんはいるかな?故郷のレイアに帰りたいから馬を借りたいんだけど」
シャウにメメと呼ばれた少女は首を横に振る。
それから子供らしい拙い口調で話だした。
「ううん、お父さんは今はいないの。また馬が襲われたらしくて、民兵を連れてその様子を見に行った所なの」
「また襲われた?なにそれ。私が出かける二週間前はそんな話は無かったと思うけど」
シャウがそう言うと、メメという少女は興奮気味に喋る。
まるで大事だと言わんばかりの焦りようだ。
「あのね、シャウお姉ちゃんが出かけてからすぐに山を通る馬が襲われる事件が起きてるの!今日で、えっと……四件目なんだよ!今回のはどうか分からないけど、前の三件は馬を脅かして落馬した人から物を盗むっていう事件なの!もう馬の骨折もあって大変なんだから!」
「ふぅん、なるほどね。ふむふむ、それは故郷として野放しにできないことだなぁ。よし、メメちゃん。この平和の勇者シャウお姉様に任せなさい!その馬を襲う盗人は私が捕まえて、メメちゃんに謝らせてあげるよ!悪いことをしてすみませんって!」
「わぁ、さっすがシャウお姉ちゃん!悪いことをしたら謝らないといけないもんね!お願いだよ、シャウお姉ちゃん!約束だから!」
自信満々にシャウが言ったからだろう。
どこか安心した少女の表情が、更に明るいものになったようにタナトスには見えた。
シャウは短絡的な一面はあるし、他人からしたらお調子者に映るかもしれない。
それでも実力は決して劣ってはおらず、また実績もある。
何より少女とは信頼関係があって、その信頼からくる安心感による安堵だろう。
「えへへ、勇者は嘘つかないし、約束は破らないよー。それで、メメちゃんのお父さんはどの辺りに行ったのかな?」
「うーんと、多分いつもの登山道だよ!普段通りに登って行けば出会えるはずだから!」
「おっけーおっけー。じゃあ、行くから馬借りていいかな?できれば二頭お願いしたいんだけれど」
シャウは指を二本立てて、ジェスチャー交じりに馬を借りたい意を伝えた。
しかし少女は馬小屋の方を一瞥すると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「…えーと、シャウお姉ちゃんごめんなさい。緊急の時のために馬は常に残しておかないといけないから、今は一頭しか貸し出せないの。どうしても二頭が必要なら、シャウお姉ちゃんになら特別にいいけど…」
「ん?別に無理しなくていいよ。ここの馬は育ちがいいから、一頭で二人は平気で乗れるからね。一頭で充分。悪いけどメメちゃん、準備お願いね。その間に私は事件の手伝いのこと仲間に伝えてくるから」
「うん、任せてシャウお姉ちゃん!」
少女は馬小屋の方へと走り出すのを見届けると、シャウはタナトス達の方へと歩いて戻っていった。
それからシャウが説明しようとする前に、タナトスが少し面倒くさそうな眼差しで先に口を開く。
「おいおい、話は聞いていたぞ。いくら故郷とはいえ、俺とミズキは指名手配されていてもおかしくないから手助けの余裕なんか無いのだが。そもそもお尋ね者がお尋ね者を捕まえるって変な話じゃないか」
「お、話を盗み聞きとは手間が省けていいね。もしかして今日の朝は私の方が早く起きたと思ったけど、実は私が服を脱ぐ音でも聴いていたりしてたのかな~?年頃の女の子が衣類の着脱している音を盗み聞きとは、素晴らしい性癖だね!」
シャウは冗談めかしく言っては笑ってみせた。
しかし当然、タナトスはそんな冗談につられることはなく平然とした顔で流してしまう。
「突然、何を言っている。お前は人の話を聞いているのか?それでどうするんだ。本当に手助けするつもりか?」
「もちろん!知り合いだとか関係なく、困っている人がいたら助けてあげないとね!それに私達だったら強奪事件なんて、すぐに解決できるよ!」
「そうですよ、タナトスさん。シャウさんの意見に私は賛成です。確かに私達に余裕はありません。でも、だからと言って解決できることを見放す理由にはなりませんよ。今の時代、大切なのは助ける心を忘れないことです」
ミズキの言葉に、タナトスはずいぶんと立派なことを言うものだなと感心する。
しかしミズキらしいと言えば、ミズキらしい発言とも思える。
おそらく何を言っても二人は少女の困り事を助けるだろう。
二人の強い意思を察したタナトスは小さく溜め息を吐きはするが、仕方なく意見を同調させた。
「分かった。二人がそう言うならそうしよう。しかし俺は今回のことに関しては、あくまで自己防衛でしか動かんぞ。付き合いはするが、悪人退治は勝手にしてくれ」
気が進まないためタナトスは、あえて条件をつけるような事を言い出す。
しかしそれがタナトスなりの最大限の譲渡だと二人は汲み取って、シャウは嬉しそうに頷いて大声をあげる。
「よしよし、それで充分だよ!悪人退治は、よっぽど大人数相手じゃない限り私一人でも事足りるからね!あとそうそう、馬は一頭しか借りてないから私とミズキちゃんが乗るからね。タナトスは徒歩で登山だよ!」
「好きにしろ。山道や沼地と、険しい道には歩き慣れている」
「うんうん、快諾ありがとう!所でミズキちゃんは馬は扱える?経験が無いなら私が手綱を握るけど」
シャウが尋ねると、ミズキは少し口ごもりながらも答えた。
「あ、は…はい。お願いします」
「ん、何だか妙な口ぶりだね。経験はあるの?」
「あります。ありますけど…。その……妹には、お姉ちゃんはもう馬の手綱は握らない方が良いって言われてまして……」
「へぇ、不思議な話だね」
シャウは特に思うことはなかったが、このときタナトスは路地裏でのミズキの妹の身のこなしを思い出して一つ思うことがあった。
実はミズキは天然の要素を兼ね備えていることもあって、妹と比べると案外ポンコツな面が多いのではということ。
別に口に出しはしないが、そのようにタナトスは自然と解釈していた。
ただ昨日の夕食の準備を見る限り、ミズキは料理が得意で味覚に優れているのは理解している。
そしてタナトスがそんなことを思っていると、シャウは片腕を突き上げて少女が準備している馬小屋の方へと歩き出した。
「よし、決まったことだし、すぐに行こうか!平和の勇者シャウちゃんとその一味、盗人の捕縛に山へ出発だよ!」
気がついたらシャウはリーダーのように目的を明確に口にして、先頭を仕切っていた。
自然とミズキとタナトスも従っており、ミニスカートを揺らして歩くシャウを前に二人は続いて行くのだった。




