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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・後編
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心の相談

それからアルパ街には雲で隠れた夜空が訪れてきて、すっかり暗くなってしまった。

月明かりは満足に地は照らしておらず、街灯は全くと言っていいほど機能していないので救出活動も夜には打ち切りとなっている。

暗闇となっては危険が大きいため、仕方ないことだろう。

ただそんな中、シャウだけは走り回って次々と人々を治癒していって負傷者への手当ての活動を続けていた。

アルパ街にいる負傷者に限らず、東西南北にある全ての農村を全力で駆け回って被災者を救済していく。

それも一切の休憩を取らず、彼女は一人でも多く救えるようにと給水や食事すら取っていなかった。

けれど彼女は疲れた表情や様子を誰にも見せることはなくて、いつものような元気いっぱいの態度で人々に接していた。

それが真夜中まで続き、すでに多くの人々が眠りについた後のことだ。

ようやく一段落ついた所で彼女は集合場所である北の農村まで走って移動し、息を切らせながら到着した。

かなり無理して走っていたせいか疲れた様子をさすがに見せ始め、鮮やかな色をした茶髪には汗が滴ってしまうほどだった。


「はぁ……はぁ……。さすがにちょっと疲れたかな」


息を切らしながら両肩を上下させて、ゆっくりと走るスペースを落としていく。

そして視線も落としていき、やがて足を止めて前屈姿勢となって息を整え始めた。

大人しくしていると、流れる夜風が耳元をくすぐって静かに聴こえてくる。

虫まで静まり返った自然溢れる田舎の道、灯りが無く暗闇に等しい場所。

シャウはそんな寂しい空間でただ一人、疲れきった体を気休め程度に休ませていた。

そんなとき、彼女は不意に後ろから声をかけられる。


「シャウさん」


「わわっ、びっくりした…!」


聴き覚えある女性の声だったため、身構えるほどではなかったが体が一瞬だけ硬直するくらいには驚く。

シャウが振り返れば水色の髪をした女性が、どこか悲しそうな顔をして立っていた。

でも悲しそうと言うより困惑した表情にも近くて、何か分からないが悩みを持っていると察するには充分なものだった。

そもそも深夜なのに外にいる時点で、ただ事ではないことは分かる。

シャウは一息深く吐いてから、愛想笑いを浮かべて目の前にいる女性の名前を口にした。


「こんな時間にどうしたのミズキちゃん?麗しき乙女は、もう就寝する時間だよ?」


ミズキは自ら呼びかけたにも関わらず、シャウに言葉をかけられると目を伏せた。

強い戸惑いがある反応だ。

彼女がこんな態度をシャウにするのは非常に珍しい。

言い出しづらいことを考えると、急用ではないことは分かる。

けれどシャウが世話好きな性格のため、彼女が言い出しやすいようにと促し始めた。


「私に何か相談かな?ちょうど私のやることも終わったし、話ぐらいなら聞くよ。こんな時間だから聞き耳立てている人もいないだろうし、遠慮なく話して」


そう言ってあげたが、それでもミズキは篭った声を僅かに発しながら身を縮みこませた。

それでもシャウは余計な言葉を口にせず、優しい瞳で見つめながら話し出すのを静かに待ってあげた。

互いの髪が夜風で小さくなびき、静寂なひと時。

すると、やがてミズキは消え入りそうな小声で話し出す。


「……実はアルパ街に来るまでの道中で、タナトスさんから話を聞きました」


「話?どんな話かな?もしかして猥談…」


「違います。その、タナトスさんの出生や正体と言えばいいんでしょうか。何者で、どのような経緯でシャウさんと協力して魔王と戦ったのかです」


ミズキがそう答えると、シャウは愛想笑いから神妙な顔つきになった。

タナトスがどのような人物なのか、彼女はそれを知ったのかとシャウは理解して、愛想笑いとはまた別の優しい表情を見せた。

親しみを込めた、とても安らぎのあるものでミズキに向けている眼差しも同様のものだ。


「そっか、ということはタナトスは全部話したのかぁ。ついに信頼を寄せたってことだね。それで、ミズキちゃんはどう(こた)えたの?」


「私は、受け入れました。タナトスさんが何者だろうと、私から見たタナトスさんは信頼できる人で大切な存在であると」


「わはは、ミズキちゃんらしい答え方だね。で、何に悩んでいるのかな?反応を見る限りだと、その報告だけじゃないよね」


シャウにしては鋭い指摘だ。

実際、タナトスから話しを聞いた事を伝えるだけなら悩む必要は無い。

つまり単純に、他に悩んでしまう要素があるということ。

その証拠にミズキは再び黙ってしまって、今度は顔を隠すようにして俯いてしまった。

さすがにここまで来ると沈黙の時間が長くなってしまいそうでもあったので、シャウはミズキに歩み寄った。

そして至近距離になると、シャウは彼女の顎に指をかけて顔を持ち上げて強引に表情を月夜に照らさせた。

同時にシャウは少し驚いてしまう。

意外にもミズキの顔は耳まで紅潮していて、激しく恥ずかしい想いを抱いていることに気づくことになったからだ。


「どうしたの、ミズキちゃん。顔がすごい真っ赤だよ?」


そう言うと、ミズキは顎に触れていたシャウの手を握ってきた。

外は冷えるくらいなのに、ミズキの体温が高い。

手に触れると、そのことがはっきりと分かった。

そんな彼女から囁き声ではあったが、確かにミズキの口から告白の言葉が唐突に紡がれた。


「私、タナトスさんのことを想うと胸が苦しいんです!」


「……え?」


予想外の言葉に、ついシャウの口からは素っ頓狂な声が発せられた。

思わず聞き間違いだと思ってしまうような内容で、思考が一瞬停止してしまう。

同時にミズキがタナトスに対して、どのような心境を抱いているのかほぼ瞬時に理解する。

いつものシャウならここで冗談を口にしてしまうものだが、意外だった言葉に曖昧な反応しか示せなかった。

驚き以上に戸惑いが強くて、さっきとは逆でミズキではなくシャウの言葉が出なくなっている。

そんなシャウの反応に反して、ミズキは最初の一言を口にすると次々と話しだした。


「タナトスさんの近くにいると落ち着くのですけど、同時に何だか胸の高鳴りと暖かみを覚えるんです。私は守られる側なのに、それでもタナトスさんの力になってあげたいと強く思ってしまいますし、それに何でしょうか。ずっと尽くしてあげたいような気持ちにもなってしまいます。……もしかして、これって私が母性に目覚めてしまったんでしょうか!」


最後に妙なことを口にしたが、はっきりとシャウにはミズキがどのような感情なのか理解している。

だから余計には茶化さず、シャウ自身が思ったことを伝えた。


「母性とは違うと思うよ。というより、それはきっとアレだね。愛情だよ、異性に対する愛情」


「愛情って…?えぇっと、つまり……」


「自分自身のことなのに鈍いなぁ。ミズキちゃんがタナトスのことを大好きーってことだよ!」


「へ?わ、私がですか!?私がタナトスさんのことを…!だって好きになるきっかけなんて…っけひひ。うわわ、わぁ…へぇ?はぁ、わふぅ……」


まるで頭の中が故障でもしたかのように、言葉にすらなっていないことを喋りだした。

シャウからしたら愉快なリアクションだが、本人としては混乱していて考えが回っていないのが見ていても分かる。

そんな彼女にシャウは話し続けた。


「そっか、ミズキちゃんも乙女だねぇ。男女の仲とはいえ、まさかよりによってタナトスに惚れるなんてモノ好きもいい所だよ。人を好きになることは素晴らしいことだけどさ」


「ちょ、ちょっと待ってください!まだ本当に私がタナトスさんのことが好きだなんて決まってませんよ!似たような感情であって、実はシャウさんの勘違いかもしれません!たとえば、あくまで仲間としての好きという意味だとか!」


「ふぅん?そこまで言うなら、タナトスのこと思い浮かべてみてよ。一緒にいた時の事とかでいいから」


そう言われて、ミズキは素直にシャウの言葉通りにタナトスと一緒に居た時のことを思い出す。

するとただ近くを歩いていただけの出来事を振り返るだけでも、何故か胸の内側から火照ってしまう感覚が確かにあった。

理性的に考えようとすればするほど、言葉では言い難い感情が湧き上がってくる。

変に体が熱くなって思考が定まらなくすらなり、ついミズキは威勢良い声をあげた。


「シャウさん!シャウさんの治癒って病気にも効くんですよね!それなら治癒をお願いします!私、風邪かもしれません!」


「わはははー。私の治癒は確かに多くの病気にも有効だけど恋の(やまい)は、さすがに無理かな。おまけに、恋って不治の病とも言うからね」


そう言いつつも、シャウは念の為にと治癒の力を発動させる。

しかしもちろん無意味で、全くの無駄だ。

病気の類では無いから発熱が治まるわけもなく、ミズキの胸の高鳴る鼓動が安定することはない。

この事態にミズキは認めざるえなかった。

自分がタナトスに対して恋心を抱いてしまっているのだと。


「わ、私ってタナトスさんのことが好きなんだ……」


ようやくミズキ本人が自覚し始めた所で、呟いた内容がそんなものだった。

これまた妙な発言な気もするが、いかにも初々しそうな彼女らしい反応でもある。

とにかく、シャウとしてはこれ以上言うことはない。

このあとどうするのかはミズキ自身が決めることであって、余計な口出ししてはただの迷惑になる。

せいぜいできることは相談に乗ることくらいだ。

だからシャウは内心面白そうな話だと思いつつも、親しき仲間として立場で話した。


「まぁ、タナトスが色恋沙汰に関心を持っているのか分からないけど、ミズキちゃんならきっと上手くいけるよ。私も相談くらいならいつでも聞くし、必要なら手助けだってするから」


「そ、そうですか。ありがとうございます。では、早速一つ相談していいですか!」


「おぉ、何かな。この人生経験豊富な平和の勇者シャウ様が、独自の偏見でどんな悩みだろうとお答えしちゃうよ~!」


「シャウさんは恋したことはありますか!?」


「おっと……」


予想とは掛け離れた質問に、今度はシャウが戸惑いを隠せなくなってしまう。

てっきり、どうやったらタナトスともっと仲良くできるかの相談だと思っていたから、まさか逆に探りを入れられる言葉をかけられるとは考えていなかった。

とりあえずシャウは頭の中で考えを整理しながら、質問の意図を問い返した。


「どうしてそんなことを訊くのかな?」


「変なことを言ってすみません。ただ、やっぱり同じ感覚を経験したことあるなら、分かりやすいアドバイス貰えるかと思いまして。それで、よろしければ教えて頂けないでしょうか?」


「ん~、困ったなぁ。私は人は好きだけど、恋と呼べる経験そのものは無いかも。でも私の能力上、沢山の人と出会ったりすること多いから他人が恋する様は多く見てきたよ」


「じゃ、じゃあシャウさんはタナトスさんのことが好きだったりしませんか!?」


あまりにも唐突なミズキの言葉の返し方に、シャウは一瞬噴き出して笑ってしまう。

それから堪えた笑い声をシャウが漏らすものだから、ミズキは遅れて的外れなことを言ってしまったことに気が付いて、慌てて取り(つくろ)うとした。


「わっ、すみませんシャウさん!私、まだ気分が落ち着いていなくて変なことを…」


「わははは、いいよいいよ。もう、ミズキちゃんは可愛くて面白いなぁ。でも、そうだね。私はタナトスのことは好きかもしれない。あいにく、ミズキちゃんとは違って仲間としての好意だけどね」


そう話すシャウの口調や表情は落ち着いたもので、彼女なり正直に言ってるのだと察することができるものだ。

それだけではなく、どこか哀れみのある瞳でシャウは続けて話した。


「そもそも仮に私が誰かを好きになっても、きっと私のその愛は祝福されるべきものではないの。勇者ってのはね、人々を守って幸福に導いたりするけど、勇者自身が幸せになるのは間違いなんだよ。多大な自己犠牲を払える者が勇者であり、自らの幸せを望まないのが勇者と呼ばれる所以(ゆえん)でもあるの」


それは他に勇者と呼ばれている人達もそうだった。

平和の勇者であるシャウは自らを平和の象徴にするが如く、ケガの治癒だけではなく周りに元気を与えようと明るい面だけを見せている。

奇跡の勇者アカネは死地である魔界大陸へと上陸して魔王に挑んでいる時点で、自らの命を惜しいと考えていない。

正義の勇者アリストは正義をひたすら貫くことに労力し、信念による自己犠牲で正義ある世の中にしようとしている。

力だけではなく、心構えも常人からかけ離れているからこそ勇者の称号を得ていると言える。

しかしシャウが自分は祝福を受けるべきものではないと思っているのは、他にも理由があった。


「それに、私のために死んでいった仲間達もいるからね。死んだ仲間達のためにこそ、私は幸福を甘んじずに頑張り続けないと」


「あ……」


シャウは、魔王討伐前には多くの仲間を失っている。

戦争を経験をしている以上、仲間を失うことは避けられない。

けれど、そのことがシャウの中では周りの人達の想像以上に重くのしかかっていて、見えないところで彼女が自身を(さいな)んでいた。

だからこそ、本来シャウが笑顔を作ることがどれほど難しい話だというのか、むしろ元気を与える側ではなく与えられるべき立場ですらあるのかもしれない。

そんな治癒では癒せない大きな傷と痛みが、彼女の心にはあった。

そしてシャウが話したあと、夜風が流れるだけの静寂がしばらく続いてしまっていた。

このことに気がついたシャウは愛想笑いを浮かべて、ミズキに喋り出す。


「わはは、しんみりとさせてごめんね。とにかく、私はミズキちゃんの恋を応援するから!それとなくタナトスにはミズキちゃんに優しくするようにも伝えておくから、頑張ってね!さぁて、私はお腹空いちゃったから何か食べてから寝るよ。ミズキちゃんも、もう夜が()けているんだから早く寝た方がいいよ!」


「え、はい…。おやすみなさい、シャウさん。お話、聞いてくださってありがとうございます」


「うん、何か進展があったら教えてね!じゃあ、お休みー!また明日ね!」


最後に夜の挨拶をして話を切り上げると、シャウはミズキに背を向けて力強く走り出した。

そのためミズキからはシャウの表情が見えるはずもないのだが、走り去っていく彼女のその後ろ姿はどこか寂しそうで、闇夜へと消えていく姿が彼女の孤独な心そのものに思えた。


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