合流
崩れた建物の瓦礫を乗り越えて近づこうとしたとき、先にこちらから声を掛ける前にシャウが気がついて大きく手を振ってきた。
明るい大声と相変わらずの元気な表情で、災害の渦中とは思えないようなものだが彼女らしい様子だ。
「おぉ~、ミズキちゃん達じゃん!やっほー、こっちだよ!無事だったんだね!」
シャウの呼びかけに反応したのはミズキたち四人だけではなくて、声によりポメラも遅れて彼女達四人に気づくことになる。
治癒の力を持つシャウがいるから当然ではあるが、見たところ二人にはケガはなく、不調といった様子も見受けられなかった。
一方で四人がまるで無事だと分かっていたかのようにポメラは至って冷静で、シャウの大げさな身振り手振りに反して軽く手をあげるだけの挨拶の仕草をみせる。
ミズキ達四人も手を振り返しながらシャウとポメラの二人の側まで急いで駆け寄り、最初に喜びの声をあげたのはずっと彼女らを心配していたミズキだった。
「シャウさん達も無事だったんですね!よかった…。状況が状況だっただけに、とっても心配していたんですよ」
「わはははー、私としては地割れに呑み込まれていたミズキ達の方が危険だったと思うけどね。とにかく、お互い何事もなく再会できて嬉しいよ!」
そう言って屈託のない笑顔をシャウは浮かべながら両腕を広げて、親愛なる想いを胸にミズキを力強く抱擁した。
こうして再会の喜びを分かち合うなか、正義の勇者アリストだけは辺りを見回してこの場にいる兵士達から何者かを探す素振りを見せていた。
しかし目的の人物が見つからないとなると、彼女は怪訝そうな表情をしながらもポメラに声をかける。
「ポメラ、あたいの仲間達は知らないかい?てっきり、あんた達と一緒に行動しているものだと思っていたんだけどさ」
「む、お主の仲間達か。それなら別行動でリール街からの支援の手配に追われているはずじゃよ。なにぶん、指揮系統というものが存在していない状態でな。救助の方も人手不足で手が回っておらず、お主の仲間が中心となって兵士を動かしておるようなものだ」
「そうかい。兵士も被災者側だから、現場が混乱している以上そうなっちまうだろうね。それで、あたいの仲間の場所は?」
「おっと、すまない。アルパ街から北にある村にいるはずじゃ。北の農村は特に損壊が少ないようで、そこを部隊の拠点にして救援活動をしている」
言葉を聞くと、シャウ達は今は手当たり次第で救出活動しているということだろう。
いかに、他に誰も動ける人物がいない事が分かる。
ポメラから自分の仲間の場所を聞くと、アリストは日の位置から北の方角を探って彼女らに背を向けた。
「ありがとう。本当は色々と話を聞きたいところだけど、あたいは仲間がいる場所へ急がさせて貰うよ。タナトスのことについては、今はこちらがどうこうできる状況でも無いんで少しの間だけ頼んだよ」
「頼む?あぁ、お主の代わりにあやつを監視しろということか。無意味だと思うが、一応は頼まれておこう。はっきり言って、私はタナトスのことを信頼しているのでな」
ポメラが信頼に準ずる男だと言いたくなる気持ちは、ほんの短い時間だけ行動を共にしていたアリストでも分かる気がしていた。
彼は、タナトスは良くも悪くも表裏の無いありのままの性格だ。
着飾ることはしないで、少し弄れている性格ではあるけど、胡散臭さが一切無い妙に真っ直ぐな態度だと思えた。
少なくとも彼はポメラとはどこか正反対だと、アリストは内心感じていた。
何よりどこか不自然さを感じていた彼女はポメラに対して一方的に不審感を募らせていて、余計な言葉だと思いながらも問いかけようとした。
「そういえば、あんた建物が崩壊するとき……」
言葉に出してしまったところで、アリストは言い淀ませる。
そして一瞬だけ目を伏せた後、訊くのを躊躇うというより訊く行為を明確にやめるという毅然とした口調で言葉を続けた。
「やっぱり、やめておくよ。あたいから余計な話をしている時では無いと言ったばかりだからね。大した話でもないから気にしないでおくれ。それじゃあ、あんたの方はあんたの方で頼むよ。またね」
アリストはそう言うと、一人で瓦礫だらけの足場を軽い足取りで北の方へと駆け出した。
彼女は話そうとした事を結果的に止めたにしろ、僅かに言葉を漏らしてしまっている。
それは思慮深いポメラにとっては妙に勘ぐってしまう機会となり、言い淀んだ内容が瑣末なことだったと切り捨てずに頭の隅にへと記憶しておくのだった。
とは言っても結局は何を言おうとしていたのか分からないし、こちらから聞くのも変な話なので発言の意図はおろか止めた理由も知るよしはない。
ポメラとアリストでそんなやり取りをしている間、シャウとミズキの方はまだ再会を喜び合っていた。
二人がしばらく力いっぱいに抱きしめたあと、シャウはミズキを離して笑顔で語りだす。
「ミズキちゃん、地割れに呑まれていたのに本当によく無事だったね。たいしたケガも無いようだし、正直驚いているよ」
「タナトスさんのおかげです。タナトスさんが命懸けで私を助けてくれて……。それだけでなく、死力を尽くしてみんなを救ってくれたから多くの人が生きてここまで来れました」
「へぇ、タナトスが!そう聞くと何だか意外だね!そんな積極的に人助けするような性格じゃないと私は思っていたんだけど、ついに慈愛の心にでも目覚めたのかな?」
シャウはわざと大きな声で喋りながら、近くに立っているタナトスの方へと視線を向けた。
明らかに弄るつもりでのわざとらしい言い方だ。
それにより彼にとっては性分じゃない人助けに対してどこか照れの思いでもあったのか、二人の話を遮るようにしてタナトスはシャウに声をかけた。
「シャウ。再会に水を差すようで悪いが、スイセンのケガを治してやってくれ。ここに来る道中で酷く負傷してしまっているんだ」
「そ、そうでしたシャウさん。すみませんけどスイセンの傷、急いでお願いします」
タナトスの言葉に促されて、ケガのことを思い出したミズキは慌ててスイセンの手を引っ張った。
傷そのものは深くないためにスイセン本人も心配されるほどだと思っていないが、決して軽視できるものではない。
ただスイセンはあまりシャウに対して世話になるのが好ましく無いらしく、どこか渋々とした態度と動きでミズキに引っ張られては彼女の目の前へと移動させられた。
そのスイセンの嫌そうな反応は誰からの目でも明らかで、ちょっとだけいじわるそうにシャウは彼女に話しかける。
「ん~、どうしたのかなぁスイセンちゃん。調子が悪そうだね?」
「……別に、そんなことないですよぉ。それより治癒お願いしますぅ、平和の勇者」
「あらら、そろそろシャウちゃんって名前で呼んでくれないと治癒してあげないぞ~?」
「じゃあ、別に治癒しなくていいですよぉ」
スイセンの意地を張った様子が表に出ると、ついミズキが叱るようにして小声ながらも尖った口調でスイセンの名前を口にした。
しかしスイセンは気にせず、つんとしてシャウから顔を背けては相変わらず愛想の良くないままだ。
そんな猫のように気まぐれで拗ねている彼女に、シャウは明るい笑みを浮かべてはスイセンの手を強引に握った。
「アスクレピオス街では私のために命懸けで戦ってくれた仲間だから、嫌と言っても私は治癒してあげちゃうけどね。でも、もう少なくとも私はスイセンちゃんとは親愛なる仲だと思っているから、名前で呼んでくれると嬉しいなと私は思っているよ!」
「……前向きに勘案しておきますぅ」
意外にもシャウの親愛なる仲という言葉をスイセンは否定するどころか、どこか気恥ずかしそうにして俯いて答えた。
そんなスイセンが口にした言葉はいい加減なものだったかもしれないが、シャウはいつもの元気ある表情で彼女の手を強引に握っては治癒でケガを治す。
その光景は仲間らしいもので、どうもシャウの目の前ではスイセンが素直では無いだけにしか見えないものだった。
すぐに治癒が終えるとスイセンはシャウから手を乱暴に離して、どこか躊躇ったように咳払いさせては顔を背ける。
目の前にいるシャウに表情を見られないように隠し、ちょっと間が空いたあとに小声で礼の言葉を口にした。
「あ、ありがとぅ…。平和の勇者のシャウ……」
声量が弱々しくて聞き取りづらいものだったが、スイセンは確かにそう言った。
顔を隠していたが耳が赤くなっているのをタナトスとシャウは気づいていて、彼女がどんな表情でいるのか簡単に想像がつく。
だから同時にどういう心境であるのかもシャウは察せていて、彼女が自分に対してしっかりと感謝の気持ちと信頼を寄せていることに喜びを覚えて抱きしめた。
「わはははー!もうスイセンちゃんったら、恥ずかしがって可愛いなぁ!ぎゅーって抱きしめてあげるよ!ぎゅうぅ~!」
「うわっ、そんな抱きしめないで欲しいなぁ…!私、ミズキお姉ちゃん以外にそういうことされるのは心許したくないんですよぉ」
はっきりとスイセンはそう言うも、そんなことをお構いなしにシャウは嬉しさのあまりか抱きしめ続けていた。
このまま見守っていてもいいかもしれないが、ふざけすぎている訳にもいかないのでタナトスはスイセンに助け舟を出す。
「シャウ。同性に興奮することには文句はないが、そこまでにしてやれ。それにこっちの腕のケガもできれば早く治して欲しいんだ」
タナトスの右腕に巻かれている布は赤く湿っていて、地割れに呑み込まれた時に力を入れたせいで血が滲みだした跡が残っていた。
こうしてみると一見ただ切り傷ができただけのケガかもしれないが、実際は骨が断裂したままだ。
彼は顔には出さないが、常人なら耐え難い痛みで苦しんでいるはずだ。
「おっけー!どうせなら抱きしめながら治してあげようか?」
「英雄である勇者に抱擁してもらえるなんて光栄なことかもしれないが、傷が痛むから遠慮しておく」
「えー、そんなこと言ってもしかして照れてるのかな?タナトスまで照れなくてもいいのに~!」
「無事再会できて気持ちが舞い上がってしまうのは分かるが、しつこい冗談は勘弁してくれ…」
「冗談じゃないんだけどなぁ。ほら、タナトスって人肌に飢えていそうだからさ!」
シャウは愛想笑いを浮かべながら、本気なのか冗談なのか分からないことを言う。
そんな彼女にタナトスは返事の言葉が出ず、母音を伸ばしただけの曖昧な声で流した。
その間にシャウはタナトスの手首を握り、治癒を発動させる。
腕そのものが壊死さえしてなければ、骨と神経が断裂していようが関係ない。
重症であった彼の右腕と、更には他にもできていた体の切り傷を数秒足らずで完璧に癒してみせた。
「はい、これで大丈夫だよ!スイセンちゃんを見習って少しは私に感謝してよね!」
「俺はいつもそれなりに敬意を払っているつもりだけどな。とりあえず、助かったありがとう」
すぐにタナトスは右腕に巻いていた布を解き、腕を掲げて状態を眺めた。
傷口は綺麗に消えており、前のように右腕には力が入って指先までしっかりと動く。
これなら違和感と問題もなく、戦闘で使うことができるだろう。
傷が癒えた今ならもう一度、あの仮面の人物と戦える。
そして、この力でミズキ達を守れる。
タナトスはそう思いながら、シャウとポメラに話しかけた。
「さてと、この後どうする。村に負傷した兵士を待たせているが、俺としては先にどうするのか決めておきたい」
彼がそう言うと、最初に反応を示して口を開いたのはシャウだった。
「ん~、まだ負傷者は多いからなぁ。私としてはしばらくここで治癒を続けていたいかな」
シャウの数秒たらずで一人のケガを治癒する力は、今のような状況こそ真価を発揮すると言っていいだろう。
しかし何人負傷者いるか分かったものではない上に、いつまでも体の不調を訴える人は後が絶たないだろうから嫌でも長居することになる。
ただ、決して治癒する活動を続けることは悪いことではない。
むしろ人々から見れば最善の行為と言える。
問題は、シャウの力が必要なタイミングを謝ったら更なる被害者を出すことだ。
なにせ反抗組織の活動が活発な今、下手したら負傷者どころか更なる死者だって出しかねない。
死者となってはシャウの力は無意味だ。
それにシャウの治癒が前線に無ければ、重要な戦力となる人物が死ぬ可能性もある。
そうなっては最早、事態は収拾できなくなって本末転倒に等しい。
そのことがポメラには分かっていて、次に彼女が発言した。
「シャウよ、今回の災害は反抗組織が原因の可能性もある。もしそうなら、相手はすぐに次の手を打つと考えていいはずじゃ。お主の力は重宝すべき故に、いつまでもここに滞在はしておれんぞ。だから私としてはタナトス達と合流した今、早めに切り上げて別の街へ向かうべきだと思っている。できれば一度、アカネ達に会って情報交換もしておきたい」
もっともな話だ。
こちらが得た反抗組織についての情報が貴重でもあるから、奇跡の勇者であるアカネと合流するのも悪いことではない。
しかし、それでもシャウは優しい性格を併せ持つからこそ渋る態度を示した。
「う~ん、けれどやっぱり負傷者を放置するわけにもいかないよ。反抗組織の具体的な狙いが読めているわけでもないから、私としては安易に移動していいとも思えないし」
「じゃがのう、シャウ。このアルパ街に被害を出すことで注意を引きつけるのが目的なら、相手の思うツボになってしまうぞ」
シャウとポメラの言い分は平行線に等しいものだった。
すでに言い合いが長くなりそうな傾向がある。
そのためか、意外にもミズキが手をあげて自信の無い声を発しながら注目を集めた。
「あの、すみません。それなら今日一晩だけこの地に滞在するのはどうでしょうか。タナトスさんやスイセンもここまでの移動で体力を消耗していますし、一晩だけ様子見をするという形では駄目ですか?」
一晩だけという言葉を強調し、ポメラとシャウの意見を互いに譲歩した考えをミズキは言った。
もう一晩で事態が収拾するわけもないが、特に情報も無い現状ではこれ以上の考えは出ようがない。
だからポメラは少し思考した素振りを見せては、小さく頷いた。
「そう…じゃな。一晩だけなら、私としては問題ない。アリストにもアカネのことを話しておく必要があるから、説明する時間と考えれば一晩は欲しい。シャウはどうじゃ?」
「ん~、一晩か。まぁ、いいよ!一晩の内に私が全員を治癒すればいいだけの話だからね!ということで決定かな。明日の朝、アルパ街から北にある農村に集合するまで各々自由行動!これに異議ある人はいるかな?」
ざっくりとひとまずの予定をシャウが決めて、念のために問題があるか確認する。
安易な即決となるが、大きな問題そのものはない。
だからタナトスやスイセンも文句は無く、賛成の意を示すのだった。
「私は別に構いませんよぉ」
「あぁ、俺もそれでいいぜ。明日の朝に北の農村に集合だな。それまで俺は休ませてもらう」
これにより五人の意見はまとまり、出発の時間までそれぞれの行動へと移ることになった。




