惨状
アルパ街へ向かう道中で通る農村では、すでに災害による影響は色濃く出ていた。
ガラクタのように積み重なられた損壊した家具、その場しのぎに設置された厚い布で作られたテント、それと多くの人が外で身を寄り添って休んでいる有り様だった。
よく見なくても分かるほどに顔色が悪い人もいて、強い不安感で周囲は包まれていた。
まさに平和な所で飼われていた犬が、獰猛な生物がいる厳しい環境へといきなり放り出されたような状態だ。
街からの避難民に限らず大多数の村民も衣食住はままならず、肉体も精神も酷く疲弊している。
まさに劣悪な状況で、つい数日前まで食で栄えていた街の近辺とは到底思えないほどだ。
そんな中をタナトス達は歩き進みながら、アリストは周りを見て苛立ちを込めながら呟いた。
「これは思った通り、いや思った以上に状況は最悪みたいだね。こうなると、あたいの仲間達とシャウやポメラがいても数日でどうこうできる話じゃない。唯一救いなのは、見たところ農村はまだ復旧できそうなことくらいかねぇ」
「問題は街の方か」
アリストの言葉にタナトスが反応して言った。
すると彼女は辺りに視線を配せながら、避難民を探して行動を言葉にする。
「そうだね、まずは合流より詳しい状況を知るべきか。ちょっと避難民から話を聞いてくるから、ここで待っといてくれ」
そう言い残して、アリストは街から避難してきた人々の方へと一人で歩いて行ってしまう。
人の話を聞かずに行動を起こすのは即決でいいことだが、集団行動をしている今としては困ったものだ。
でも、そういうことはすでにシャウで経験しているから、特に不満を抱きはしないが愚痴くらいはこぼしたくなる。
「シャウだけじゃなくアカネもそうだったが、勇者は自分勝手に動くものなんだな。…まぁ、俺もそうだから人のことは言えたものじゃないか」
言ったそばから先に急ぎたい気持ちがあるが、アリストの情報収集が終わるまで待つしかない。
これでもシャウ達のことは心配であるし、それは彼だけが思っていることじゃなかった。
ミズキとスイセンの二人はタナトスの背後から近づき、この村の惨状を眼で見ては不安そうにうわずった声でミズキが言葉を漏らした。
「シャウさん達は大丈夫でしょうか」
「ん、空元気な奴だからな。今頃、走り回りながら被災者達を元気づけているだろうさ」
厳密にはシャウや自分たちも被災者側ではあるが、この場所で住居を構えているわけではないので精神的な余裕は住人よりはある。
それに何より勇者という立場もあるから、きっと考えるより先に行動に移していることだろう。
あっちこっちと慌ただしく動いているのをこの目で見なくとも、簡単に想像がつく。
それでもミズキが心配に思う気持ちは分かるから、タナトスは言葉を続けた。
「だから心配するな。仮にあいつが無茶をしようとしてもポメラが付いているから制止してくれるはずだ。それと、俺の腕も治してくれないと困るからな」
彼の右腕は未だに自由に動かすのは困難な状態だ。
実は縫合部を保護している布には血が滲んでいて、表情には出さないが強い痛みが続いていてもおかしくない。
縫合したとはいえ、応急処置に過ぎない。
そのことに気がついたミズキは不安な表情を見せた。
「腕、大丈夫ですか?」
「何ともないと言ったら嘘になるが、スイセンがかなり針を多く縫合してくれているから出血は浅くで済んでいる」
そういうと近くにいたスイセンがにんまりと笑って、いやらしく言ってきた。
「っくひひひ、敏腕な私に感謝してくださいよぉ~」
「そう言われると感謝する気持ちが何だか薄れるな。でも助かっているから、言葉にはしてないだけで心の中では感謝はしているさ」
「う~ん、妙に素直ですねぇ。私としては、もっと張り合っていじってあげたい気持ちがあるんですけどぉ」
「シャウみたいなこと言うんだな…。お前までいじらしい考えを持つのは勘弁してくれ。ただでもシャウ一人で騒がしいんだから」
まさに素直で彼らしい反応と返答だ。
シャウに似ていると言われるのは釈然としないが、彼の態度が少し愉快だったのかスイセンはにやついた。
「っくひひ、私は私で気ままな性格ですからねぇ」
そんな互いに心を許したような何気ない会話のやりとりをしていた。
するとその間にアリストは避難民からは必要なことは聞き出せたらしく、タナトス達の所へと早足で戻って来る。
アリストはアルパ街の方へと指をさし、早く行動するよう促す仕草を見せながら言ってきた。
「どうやらシャウとあたいの仲間たちは、アルパ街での救出活動に尽力しているみたいだよ。急いで行くよ」
「急いで行くのはいいが兵士達はどうする。負傷しているとは言え、すでに疲弊しきっている。シャウの所へ向かわせるより、ここで待機させた方がいいんじゃないか」
「確かにね。シャウには手間をかけさせて悪いけど、ここに連れて来た方が良さそうではあるねぇ。なら、街に向かうのはあたいとタナトスだけで…」
彼女がそこまで言った所で、ミズキが割り込んで声をあげた。
「あ、私もシャウさん達の所へ行きます」
「お姉ちゃんが行くなら、もちろん私もついて行くよぉ」
ミズキの言葉に続いて、スイセンも意見を口にした。
特にアリストとタナトスには制止させる意味がないので、彼女らの言葉を否定することはない。
一応タナトスはアリストの方へと視線を向けて無言で確認をとるが、彼女はそうかいと了承を小声で呟いて頷いた。
だから、これで四人でアルパ街へと向かう事になる。
そうと決まったらすぐに兵士達には待機するように伝えて、崩壊したアルパ街へと四人は移動を始めた。
事態が悪いためだけに、今は休む時間はない。
負傷している兵士たちを農村にいる避難民と共に置いていき、四人は早足で進んでいった。
そうしてアルパ街へと近づいて行った時のことだ。
彼らは惨状を目の当たりにする。
「まいったねぇ、これは」
ついアリストの口から、そんな言葉が苦々しい表情と共に出てきた。
地震で激しく歪んだ地面には大きな亀裂と段差がいくつも生じていて、その歪みにより建物は倒壊を起こしていた。
活気あった姿は見る影も無く、ほんの数日前まで人々が過ごしていた街とは思えないほどに原型を留めていなかった。
足の踏み場も無いほどに地面は瓦礫で覆われているし、地震に耐え切った建物は無くて荒れた様は戦の跡地みたいだ。
鎮火のために活動できる人もいないので発生している火災は放置されていて、漂う煙と酷い臭いがより気分を悪くさせてくる。
まさに誰が見ても、一年足らずでは復旧は難しいとひと目で分かるほどだ。
一言で言えば、文字通りに街全体が崩壊している。
更に暗雲が街を覆い、悪夢のような光景だった。
それに当然、惨状は街並みだけのことじゃない。
四人は廃墟同然の街からシャウ達を探すために、足場の悪い瓦礫の山へと足を踏み入れた。
するとすぐにミズキが足場の違和感に気づき、青い瞳の視線を落とすと小さな悲鳴をあげる。
「ひっ…!」
人の手が、瓦礫の下から地上を覗き込んでいた。
まるで空を掴もうとしているみたいに飛び出しているけど、その手の色は青白くて生気があるようには見えなかった。
もしかしたら、その腕は瓦礫の下では体と繋がってすらいないかもしれない。
繋がっていても少なくとも腕の持ち主は死んでいて、生きている様子はない。
そう思うと怖くて悲しくて、優しい心を持つ彼女にとっては胸の内が痛んで辛かった。
他にも、瓦礫の下では多くの死体が無残な形で残されているだろう。
街の惨状と目には見えない人々の姿が、今回の災害の酷さを物語って目を伏せて直視しないようにするしかなかった。
「ミズキ、足元に気を付けろよ」
「はい…」
瓦礫に身を乗り出さなければいけないほどに動きづらい足場にタナトスは声をかけるが、ミズキから返ってきた声色は暗いものだった。
その声だけで気分が落ち込んでいるのだと察するには充分だ。
状況が状況だけに明るい声で反応してくるとは思っていなかったが、彼としては負担をあまり掛けたくない気持ちがある。
その気遣いから、タナトスはいつものように言葉を投げかけた。
「大丈夫か。気分が悪いなら背負うぞ」
「だ、大丈夫です。さすがにそこまで迷惑をかけられませんから」
建前としてそう答えたが、本音を言うと体が密着することで高まる鼓動を知られたくないからだ。
ただでも不安と、状況とは関係ない妙な緊張感のせいで胸が苦しい。
そんなことを知られたら、彼は余計に心配するだろうとミズキは思っていた。
それから崩壊した街を歩き続けて数十分後のことだ。
四人は、瓦礫の上で兵士達と共に救出活動しているシャウとポメラの姿を見つけた。




