ミズキの強み
兵士達含めて全員の手当てを済ませた後、タナトス達は自分たちの足で鍾乳洞の中を進んでいった。
タナトスの魔人の力による暗視は移動において大いに役立ったが、大蛇による毒を受けた者の行動は制限を受けている状態だった。
そのため手を貸しても少しの距離の移動だけでも時間がかかり、休憩を挟みながら長時間暗闇の中を彷徨うことになる。
そうしてやがて全員の疲労の影が濃くなった頃、ついに歩く先から日の光りが見えて来た。
スイセンが一番にそのことに気づき、疲れきった声で呟いた。
「光りが漏れてる…」
「あ、本当だ」
続いてミズキも気づき、少し遅れてアリストや他の兵士達も外の明かりに気づいていった。
夢のようにも思えた、ようやく外へ出れる希望の光りだ。
疲れや体の痛みを忘れて、タナトス以外は思わず早足となる。
しかし光りの近くへ行くと、小さな落胆が生まれた。
見ると天井の岩の僅かな隙間から、たまたま日光が入っていたようだ。
それに岩は厚く、まだ自分達は地下の方に居るのだと思い知らされる。
けれど日の光りを見れただけ、外に出れるという希望は充分に持てるものだ。
「全員、少し下がっていろ」
タナトスは左手で魔剣を鞘から引き抜き、他の人たちに突然そう指示してきた。
一体何をするつもりなのかと、アリストが彼に声をかける。
「剣を取り出して何をする気だい?」
「全員の体力も限界だからな。天井の岩を斬り崩して道を作る」
「本気で言っているのかい?そんなことできるのかという以前に、下手に衝撃でも与えたらどうなるのか分かったもんじゃないよ」
「心配するな。必ず成功させる」
タナトスは落ち着いた口調で静かに答えて、魔剣を構える。
狙いは天井の岩を斬り崩し、階段の形にして地上に出れる道にすることだ。
彼の後ろに他の人達が下がったあと、魔人の力を発揮させたままタナトスは魔剣を何度か振るった。
静かに繊細に振るが力強くもあり、甲高い強烈な残響音が鍾乳洞の中に広がる。
その振るわれた斬撃の全ては、勇者達に決定打を与えた魔神の一振でありながらも静寂に近いものだった。
今までと違って破壊的ではないが、今まで以上の速さと切れ味のある斬撃だ。
そしてタナトスが魔剣を手馴れた動きで鞘に綺麗に収めると、天井の岩は崩れていった。
岩はどんな道具で切るよりも綺麗な断面を見せて地面に積もっていき、騒音を立てながら少し不格好な外への階段となる。
まさしく信じられない出来事ではあったが、このことについては兵士達から歓喜の声があげられた。
穴が大きくなったため一気に日光の降り注ぐ範囲が広がり、気持ちも自然と晴れやかなものとなる。
何日間も地中にいたわけではないが、久々の明かりについアリストからも笑みがこぼれた。
「なんだ。やるもんだねぇ、あんた」
「さぁ行くぞ。外に出たら、まずは全員を休ませないとな。俺は先に外の安全を確認してくる」
タナトスは何事もなかったように口にしては、先頭だって石の坂道を登って行った。
遅れてミズキはスイセンに肩を貸しながら登って行き、外の光景を目にした。
外は光りに溢れていて、一面岩が多い荒野となっていた。
大きく崩れた崖の断面が多く、他の洞窟へと続きそうな穴も見受けられた。
とても近くに街がある様子はなく、ここからでは人が住んでいそうな場所は見当たりもしない。
空を見上げると太陽の位置からして、すぐに夕暮れとなるだろう。
つまり食の街アルパから半日以上時間をかけて移動したことになる。
それでも丸一日かけずに外に出れたのは幸運なことだ。
「何も見当たらないとなると、食の街アルパに向かうしかないか。シャウもいるだろうから、早くスイセンのケガを治癒して貰わないとな」
「あの、タナトスさん」
遠くを見渡しているタナトスの隣で、ミズキは声をかけた。
彼はその呼びかけに反応して顔を向ける。
冷静で落ち着いており、何となく彼らしくないようなどこか柔らかい表情だった。
「どうした?」
「…いえ、また少し休憩してから移動するのかなと思いまして」
本当は訊こうとしたことはそんなことではない。
ミズキとしては、いち早くタナトスから何者なのか訊きたい気持ちがあった。
けれど自分から急かして訊くのには躊躇いがあって、彼の口から自然と話を聞くのが一番だと思い直した。
気になるのは確かだが、聞くことに恐れがあるのも確かだった。
たとえ何者だろうと今の彼には変わりないと分かっているのに、恐れている自分が情けないと思ってしまう。
仮にとんでもない悪人だとしても、何度も自分を助けてくれている人だというのに。
今、心の中にあるタナトスに対しての印象が変わるのが嫌だ。
この大切な想いを大事にしたい。
ミズキがそんな葛藤をしていると、タナトスは薄く笑って彼女への言葉を返した。
「なんだ、疲れたのか?なら一度休憩を挟もうか。無理する必要はないからな」
「すみません、災害のせいでまだ精神的な疲れがちょっと取れなくて」
もっともらしい言葉をミズキは口にしたが、隣にいたスイセンは口にしないが心を見透かしていた。
詳しくは分からないが、明らかにはぐらかしていると表情の微妙な違和感から感じ取る。
けれどスイセンに察せられていると知らずに、ミズキはより顔を曇らせて落ち込んでため息を吐くのだった。
こうして薄暗くなる前まで小休憩をとることになって、各々に休憩を取り始めた。
タナトスはアリストとこれからのことについて話して、兵士達は思い思いに休んでいく。
一方ミズキはスイセンと二人で岩陰の方へと座り込んで、腹部の傷の様子を見ながら休憩していた。
「スイセン、お腹の傷は大丈夫?」
「痛むけど血は止まったかなぁ。あの大蛇、出血死しないようにかなり浅く噛んでいたみたい」
「それなら良かった。シャウさんの所までもう少しだから、それまで我慢してね」
「うん、それはいいけど。……ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
スイセンの呼びかけにミズキは何気ない言葉で質問を促した。
しかしミズキの優しい表情に比べて、スイセンは真剣な瞳と表情でとても気軽な会話をする様子は微塵もない。
その表情を見てミズキは一体何かと思うが、スイセンは彼女にとって痛い部分を不意打ちに口にする。
「お姉ちゃん、何を怖がっているの?」
「え、なんのこと?」
「っくひひひ、とぼけなくていいよぉ。なんかタナトス君に対して、いつもより余所々々しいよねぇ。私には見ていて分かるよぉ。長年一緒にいる妹だし」
「そう、かな。そんな私おかしいかな…」
スイセンに言われて、戸惑いを明らかにミズキは見せた。
指摘された以上、隠すつもりはないようだ。
スイセンはミズキが話し出すのを静かに待ち、心の整理が少しだけついた彼女はゆっくりと話しだした。
「実はタナトスさんがね、ずっと秘密にしていたことを話してくれるって言ってくれたの」
「秘密?タナトス君、何か隠し事していたのぉ?」
「隠し事というか、過去のことなのかな。どうも普通の人とは違うみたいで、今まで口にしたくなかったことらしいの。それで、私はその事実を素直に受け止めれるか心配で…。私って、そんな強くないから」
「……うーん、そうかなぁ。私、お姉ちゃんのこと弱いと思ったことないよ?」
「弱いよ。いつも私はタナトスさんやシャウさんに守って貰って迷惑かけてばかりだし、ポメラさんやスイセンと比べても実力も知恵も劣っているもん」
それはミズキの言うとおりかもしれない。
初めて会った頃からタナトスには守ってもらい、シャウにだって何度だって命を助けて貰っている。
スイセンがシャウに対して暗殺を仕掛けた時はミズキには止めようがなくて、ポメラがいなければどうなったことか分かったものじゃない。
更に双子の妹であるスイセンと比べたら、戦闘に関してはまるで当てにできるものではない。
だから奇跡の勇者アカネの襲撃のときは、何もできずに捕縛されるという失態をしてしまった。
そんな弱い自分が、事実に堪えれるほどの強い想いがあるか分からない。
ただでも自分とスイセンを育ててくれた義父のリボルトが反抗組織の統括者ということに、未だに信じられない思いがあるほどなのに。
そう思っているミズキに、スイセンは小さく笑ってから意外にも明るい声で言った。
「っくひひひ、確かにそうかもねぇ。でもね、それでもやっぱりお姉ちゃんは強い方だよぉ。だってお姉ちゃん、私よりずっと心が強いもの」
「心?」
「うん、心。お姉ちゃんは私と違って両親の想いを大切にしていたし、私以上に家族を愛していた。それって凄いことなんだよ。私は自分の憎しみでいっぱいで何も考えられなくて、心が弱かったから分かったつもりになって自分を見失っていた。けれどお姉ちゃんは真逆。常にみんなのことを考えていて、心を強く持っていたからこそ私の温かい気持ちを取り戻してくれた」
あのとき、スイセンが狂ったように山の中でシャウを暗殺しようとしていた時はとても正気の状態ではなかった。
深い憎悪の呪縛に囚われていて思考が正常ではなく、なりふり構わずに行動していた。
でもミズキが本心からの説得をし、スイセンに昔のような心を思い出させた。
本当の愛情をスイセンは思い出して、暖かみを知って、アスクレピオス街ではシャウと話して自分の行いを悔い改めた。
全部はミズキのおかげであり、彼女だからこそできたことだ。
スイセンはそのことをよく知っていて、言葉を続けた。
「きっとタナトス君も、ミズキお姉ちゃんがいたから頑張れたことってあると思うよぉ。お姉ちゃんはただ甘いだけじゃない。誰よりも優しいのは強さの証でもあるの。それにお姉ちゃんはあのとき、私に頼ってと言ってくれた。今でも私はその言葉は偽りじゃないと思っているし、これからも頼るときは思いっきり頼るつもりでいる。そしてそんなことを言ってくれたお姉ちゃんは、私の自慢で尊敬できる強い人だよぉ。っくひひひ」
「……そうなのかな」
スイセンがどれほど力説しようと、ミズキは俯いて自信の無い言葉を漏らしてしまう。
けれど、その姿は決して情けなくは見えなくて、姉らしいとスイセンは思いながら話した。
「お姉ちゃん本人が否定しようと、私はお姉ちゃんの心と想いは強いものだと断言する。だからタナトス君から話を聞くのを恐れないで。どんな話の内容でもきっとお姉ちゃんはタナトス君に対する見方は変えないし、タナトス君もお姉ちゃんに対する接し方は変わらないよ。私が保証する」
力強くスイセンは言い切った。
水色の瞳を逸らさず真っ直ぐ見つめて、嘘の無い自信たっぷりの発言だ。
ここまではっきりと本心から双子である妹の言葉を聞くと、まるで自分に言われているように思えてくる。
妹が自分の気持ちを代弁しているようで、自分の心の言葉を聞いたミズキは迷いが吹っ切れた。
「…ありがとう、スイセン。なんだか励まされちゃったね、っけひひひ。うん、私は逃げないよ。たとえタナトスさんが何を話そうと今の気持ちを忘れない。この気持ちはとても大切なものだから、どんな話でも私は受け入れる」
「そう、悩みが解決したなら良かったぁ。まぁ決意するのも大変だからねぇ。決意するのを迷ったら、いつだって私がお姉ちゃんの背中を押してあげるよぉ」
「っけひひひ、ならまた私が悩んだ時はお願いね。スイセン」
二人の姉妹はお互いに優しい笑顔を浮かべては、手を握り合ってそれぞれ支え合うような言葉を口にした。
もうミズキの中の想いは固まった。
タナトスが何を話そうと、ミズキは今抱いている想いを忘れないようにと決意して、何だろうと受け入れるつもりでいた。
こうして二人の話に区切りがついた後、小休憩は終わって夕暮れの荒れた道の移動が始まった。




