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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・前編
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黒衣の剣士タナトス

 この世界では魔物と人間が争っていた。

何十年も何百年も戦い、苛烈を極めた大規模の争いで多くの生き物が傷ついていった。

しかしやがて人間の方には特殊な力を持つ勇者と呼ばれる存在が現れて、魔物達を蹴散らしては人々を救い始めた。

そしてその勇者は全員で四人おり、それぞれの特徴を捉えた称号が王により与えられた。

 一人は平和の勇者。

 二人目は奇跡の勇者。

 三人目は正義の勇者。

 そして四人目は殺戮(さつりく)の勇者。

 この四人の勇者は各地へと散っては、勇者ごとに各自でパーティーを組んで魔王に対抗していた。


 それからやがて、ひと組の勇者のパーティーが魔物の本拠地である魔界大陸に上陸して、魔王と対峙する。

最初に魔王に挑んだのは奇跡の勇者という名を授かった人物だ。

しかし奇跡の勇者は魔王に惨敗し、一人の仲間を失っては敗走することになる。

 次に魔王に挑んだのは平和の勇者。

平和の勇者は、勇者の中でも実力だけで言えば一番に劣っていた。

だから奇跡の勇者と同様、負けるはずだった。

 だが平和の勇者は仲間の協力もあって魔王に打ち勝ってみせた。

見事魔王を倒し、世界に安寧をもたらしたのだ。

 すぐに平和の勇者が魔王を倒したという報せは人間が住む大陸全土に伝わり、平和の勇者は伝説の英雄として祭り上げられる事となる。

こうして、平和の勇者の手によって魔王と人間の争いは終結した。


 しかし、それから二年もの月日が流れた時のこと。

火種は決して消え失せておらず、燻り続けていた。

これは平和の勇者と共に魔王と戦った者の話。

一人の剣士による王殺しの冒険録。


「まずい……、油断した」


 毛先だけが赤色かかった短めに切り揃えられた黒髪で、屈強な体格をした若い男性は、思わず苦々しく言葉を漏らした。

苦しそうに呟くのは、彼が窮地に立たされた他ならない。

なぜこんな失敗をしてしまったのか。

これは山奥の一人暮らしを始めてから、生まれて初めてのミスだった。

しかもよりによって生まれて初めてのミスは痛恨のもので、思わず彼の顔が青ざめてしまうほどのことだ。

 彼は自宅の保存庫に置いてあった、傷んだ食料を目の前に思わずため息を吐く。


「なんてことだ。このタナトス、初の失態とでも言うべきなのか。まさか食料を全て駄目にするとはな。迂闊だったというか、俺が単なる馬鹿だったというか…」


 昨晩、嫌に家の中の風通しが良いと思っていたら食料庫の壁に大きな穴ができていた。

彼、タナトスはそのことに一晩中気づかず、穴からはネズミたちが群れを成して侵入してしまう。

その結果、食料を全てネズミの餌にされてしまっていた。


「ネズミどもめ。なんで食料を一口ずつだけ(かじ)るということをするんだ。業突張(ごうつくば)りにも程がある。あまりにも無慈悲だ。飢える苦しさを知っているなら、少しくらい俺に情けをかけてくれてもいいだろうに」


 あまりの突然の出来事に、タナトスは酷く落ち込んで弱音を吐いた。

山奥で一人暮らしをしているため、食料の調達は容易ではない。

彼にとって食料の在庫を無くすことは、まさに死活問題に直結する。


「外に出れば近くに街はあるが…。さて、どうしたものか。食料を買うにしてもお金がないか」


 タナトスは少し考える仕草をしては、良い案が浮かばないため思考に(ふけ)る。

彼は普段、あまりにも世間の流通に疎いがためにお金はほとんど持ち合わせていない。

持っていたとしても本当にごくわずかの金額で、宿屋で一泊だけ雑魚寝できる程度のもの。

 食料を買うことに使ったら、せいぜい小腹が満たせるぐらいの食料しか買うことができないという悲しい現状だ。


「稼ぐ、しかないのか?それか何か売るか。いや売るにしても……」


 タナトスは独り言を呟きながら、自分の家の中を歩き回り始めた。

非常に残念なことにタナトスの家には物がない。

あるのは武器や狩りに関する道具に生活必需品だけ。

どれか一つでも売ってしまったら今度は明日の食料だけではなく、明日の生活そのものに頭を悩まさせなくてはいけなくなる。

 だから彼は何度も道具を見ては、首を横に振って自分の中で売るかどうかを否定した。


「駄目だな。どれも必要な物ばかりだ。それに売っても大した金額にはならんだろうし……。とりあえず気は進まないが街に行くか。案外、何かお金か食料になる話があるかもしれないからな」


 タナトスはそう判断して、簡単に身支度を済ましては小さな自宅から出て行った。

身を隠すように黒のマントを羽織り、腰に差した剣の鞘も見えないようにと隠し持つ。

そして念の為に雀の涙の全財産を手に、準備が整えば街へと向かことにする。

 タナトスが向かう街は、人間では最大規模の街と言っていい場所だった。

多くの商店が賑わい、豊富な種類の物が流通しては沢山の人間が交流している。

そのため多くの仕事もあり、常に人手不足だという職も少なくはない。

 だからタナトスは楽観的な思いで街へ向かっており、すぐにお金くらいは手に入るだろうと考えていた。


 しかし、まず街に行くまでには十キロメートル近くは歩かなくてはいけない。

近い街と言っても、タナトスが住んでいた場所は秘境同然で街までの距離は普通なら馬が必要なほどだ。

 しかも街までの道のりも整備されているわけでもないので、決して楽ではない。

それどころか獣道ばかりで、普通の人だと通るだけでも苦労しそうな道だ。

そんな獣道でもタナトスは歩き慣れている。

もう数年は、この辺境の地に住んでいるのだ。

慣れていて当たり前と言える。

そうして黒い瞳で見る外の光景も見慣れて……、いないものをタナトスは目にしてしまう。


「あれは少女…?こんな野性溢れた森で珍しいな」


 タナトスは自宅から出て間もなくして、秘境のような森林の中でどこか幼さが残る少女の姿を見つけた。

少女は長い水色の髪を束ねていて、動きやすそうな旅人用の飾り気のない服装をしている。

更に旅用としての丈夫そうなマントを身に纏っていて、腰には剣の鞘を差しているのが見て分かった。

 特にタナトスは気にせずに無視して近くを通り過ぎようとしたとき、少女は水色の髪を揺らしてタナトスに可愛らしい声で話しかける。


「あの、すみません!」


 どこかうわずった声。

タナトスは声をかけられた以上、下手に無視をするわけにもいかないと、獣道を駆け寄ってくる少女の顔を見た。

 少女の顔は近くで見てもやはり幼さがある顔つきで、大きな水色の瞳が特徴的だった。

身長は百六十センチあるかどうかで、体型は年頃の女の子らしく華奢(きゃしゃ)っぽい印象を受ける。


「なんだ?」


 あまり相手に興味を抱いていなかったタナトスは、ぶっきらぼうに短く聞き返す。

その対応を気にせず少女は質問をなげかけた。


「この辺で女の子を見なかったでしょうか?その、私の仲間なんですが」


「いや、女の子は君しか見かけていないな。こんな森の中で人を見かけるなんて滅多にないから間違いない。………で、もう行っていいか?」


「あ、すみません。そうですか、ありがとうございます。呼び止めて申し訳ありませんでした」


 少女は期待していたものとは違うタナトスの答えに、一瞬だけ表情に影を落としては踵を返した。

どこか落ち込んだ彼女の後ろ姿を見ながら、何となく程度の感覚でタナトスは注意を呼びかける。


「この後どこに行くつもりか知らないが気をつけろよ。この辺は嫌な魔物が多い」


「えぇ、知ってます。ただの森にも関わらず、たった一匹で中隊に匹敵する戦力を持つ魔物が数匹いるとか。なぜこの森にそんな魔物がいるのかよく知りませんが」


「この辺は人がいないからな。魔王が死んでから住処をなくした魔物が森に居着いたんだろ。……それか、俺の命を狙っているのかもな」


「え…?」


 少女はタナトスの最後の言葉が気になって振り返った。

 それと同時に、森の茂みの中から音と共に素早く何かが飛び出した。

飛び出したそれは少女の目では捉えきれない速さで、影が見えたと思った瞬間には金属音が辺りに鳴り響いていた。

突然の金属音に少女は身を竦ませて顔を強ばらせるが、対照的にタナトスは自嘲気味に笑っているのだった。


「っくははは、噂をすれば何とかってやつだな。それか少女の匂いにでもつられてきたか」


 いつの間にかタナトスは剣を腰にかけている鞘から引き抜いており、飛び出してきた魔物の爪を剣の刃で受け止めている。

襲ってきた魔物の姿は狼に近いものがあったが、二本の足で立っていて三メートルはある巨体だった。

更に獰猛さを表す口をしていて、恐ろしい程に鋭い牙と禍々しい目つきをしている。

 低く鈍い唸り声も漏らしていて、もはやその声と容姿で如何に凶暴なのかひと目で分かるほどだ。


「きょ、凶悪で有名な魔狼(まろう)…!い、いやっ…!」


 水色の髪の少女が驚きで悲鳴をあげようとした瞬間、魔狼の姿が消える。

魔狼はタナトスに攻撃を受け止められたと分かると、素早く後ろに下がっては高速で木々を蹴って移動を仕掛けたのだ。

辺りに木々の葉が舞っては、地面を蹴る音だけが聞こえる。

 すでに少女には魔狼がどこへと移動しては、どのような動きをしているのかすら想像もつかない。

予測できない動きの上に、あまりにも速い。

しかしタナトスはしっかりと目で魔狼の姿を捉えていて、その場から動かずに剣を構え直していた。


「むっ…!」


 タナトスは一瞬だけ眉を潜めると、すぐに少女を抱えて動き出した。

そしてコンマ数秒後には、少女がいた足元の地面が大きく抉られる。

抉られた跡は大き過ぎる爪跡で、魔狼の攻撃によるものだと察するには充分だった。


「ひっ、石まで…!」


 しかもその爪による攻撃の威力は尋常ではなく、地面にあった石は細切れになっていて近くの木までへし折れている有り様だ。

 この時点で少女は死を覚悟した。

速さも力も人間の能力からかけ離れたもので、とても太刀打ちできるレベルではない。

少なくとも勇猛な兵士の単騎では、相手になることも敵わない強さを魔狼は持っている。

 だが顔を青ざめさせる少女とは違い、タナトスは平然として冷静な表情でいた。


「一メートル以上、俺から離れるなよ。でないと命の保証はできない」


「え…はい。でも…!」


 少女が何か言葉を口にしようとしたとき、奇跡的に少女は魔狼の姿を見た。

でも見た光景は、タナトスの目の前で魔狼が大きく腕を振るおうとしている瞬間。

まさにタナトスが切り裂かれる直前のことだったと言ってもいい。

 しかし魔狼が鋭利な爪を持った腕を振るうよりも速く、少女の目にはタナトスが魔狼の腹部を蹴りあげている光景が映っていた。


「ガァグッ…!」


 魔狼は強烈な蹴りによる衝撃をくらったことにより、嗚咽を漏らしては一瞬だけ呼吸が止まった。

呼吸困難により、完全に魔狼の動きが硬直している。

その隙にタナトスは次の行動に入っていた。

 前方へ跳んで魔狼の頭を掴んでは地面に叩きつけ、すかさず銀色に輝く剣の刃を魔狼の首に突き刺すことで地面に張り付けた。

続けてタナトスは素早く剣を振り上げて、魔狼の首を裂いて切断する。

少女が驚く間もなく魔狼の首元から血しぶきが噴き、魔狼は絶命したかのように見えた。

 だが魔狼は恐ろしい生命力を見せつけるかのように、生首だけになっても跳ねて唸りながらタナトスに噛みつこうとした。

普通では考えられない生命力に誰もが驚くかもしれない。

それでもタナトスは最後まで相手の気迫に押されず、表情を崩すことはなかった。


「獣にしては素晴らしい執念だが、その程度の殺意では俺を殺せない」


 タナトスは魔狼に対して呟きながら、牙を向けて襲ってくる頭を鋭い剣撃で両断した。

その追い打ちとなるトドメの攻撃は命を完璧に絶つもので、魔狼の目は白目を剥いて肉片として地面へと転がり落ちる。

 魔狼を討ち取ったタナトスは剣に付着した血を振り払い、自分の腰に差している鞘にへと戻した。

それからすぐに少女へと向き直り、一応心配の声をかける。


「大丈夫か?魂が抜けて動けないように見えるが」


「ぼ、呆然として立ち尽くしているだけです…。それよりも驚きました。まさかあのような恐ろしい魔物を一人で殺してしまうなんて……。あれほどの魔物だと、洗練された部隊の連携でないとどうしようもない程ですよ。少なくとも、一介の剣士では勝てないはずです」


「魔狼って呼び名だったか。そいつが異様に興奮していたからな。おかげで動きが単調で読みやすかっただけだ。で、お前は大丈夫なのか?」


 タナトスが再度同じ質問をぶつけると、今度は少女は考える素振りをみせてから答える。

真剣な水色の瞳で、純粋無垢な表情でまっすぐにタナトスを見据えていた。


「大丈夫です。ですが…その、これから私は街に行くつもりなのです。それで突然で申し訳ないのですが、一つお願いを聞いて下さらないでしょうか」


「お願いだと?出会ったばかりで見ず知らずの俺にか。まぁ金をくれるってなら、今だけ大抵のことは喜んで引き受けるぜ」


「ありがとうございます。それでお願いしたいことは街までの護衛です。私も武術の(たしな)みはあるつもりなのですが、どうも力不足なようで少し不安になってしまいました。ですので、街まででよろしいので私の護衛をお願いを引き受けて貰えませんか?」


「街って、この森から一番近くの街か?それなら都合がいい頼み事だ。ちょうど俺も街に行くつもりだったからな。せっかくの仕事の話だし、格安で引き受けよう」


「良かった、引き受けて下さるのですね。本当にありがとうございます。えっと……あぁ、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 水色の髪の少女はタナトスの名前を口にしようとしたが知らないために吃ってしまい、自身を助けてくれた相手の名を訊ねる。

その質問に何故かタナトスは一瞬だけ考えて躊躇う様子を見せるが、すぐに自分の名前を口にした。


「……タナトスだ。タナトス・ブライト。この魔物だらけの森林で生活してる貧しい剣士だ、よろしくな。それで、お前の名前は?」


「タナトスさんですか。私の名前はミズキと言います。短い間になりますが、よろしくお願いしますね。っけひひひ」


 水色の髪の少女、ミズキはそう言いながら明るく笑って小さな手をタナトスに差し出した。

タナトスはその少女らしい柔らかな手を握り返して、一瞬だけ黒い瞳を赤く輝かせて優しい表情で言葉を返す。


「あぁ、こちらこそよろしくな。ミズキ」


 これがミズキにとっては救いの出会いで、タナトスにとっては一生を決める悲運の出会いだったと言える。


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